転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく   作:メスガキ(♂)

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第二話 握り飯二つ

 

 武蔵坊弁慶。

 

 源義経に仕えた怪力無双の僧兵(そうへい)で、最後は主君を守るため全身に矢を受け、それでも倒れず立ったまま——

 

「俺、死ぬじゃん」

「何が?」

「うおっ!?」

 

 顔を上げると、牛若丸がいた。

 

 昨夜、俺を散々に打ち負かした女装美少年は、橋の欄干に腰掛け、何がおかしいのかにやにやしながらこちらを見ている。

 

 夜が明けてみれば、ここが俺の知っている時代ではないことは嫌でも分かった。川沿いには板や檜皮(ひわだ)()いた屋根が連なり、行き交う人々は見慣れない装束(しょうぞく)をまとっている。牛車(ぎっしゃ)まで通っているのだから、さすがに大掛かりな時代劇の撮影だと思い込めるほど俺も現実逃避は得意ではない。

 

 俺はどうやら、本当に武蔵坊弁慶になったらしい。

 

 問題は、弁慶についてほとんど知らないことだった。

 橋で牛若丸に負けて家来になる。最後は、さっきの立ったまま死ぬやつ。場所は……たしか奥州だった。

 以上。

 

 俺、歴史知識なさすぎない?

 

 日本史の試験で習った記憶もない。前世の俺にとって弁慶とは、ゲームに出てくれば大柄な僧兵で、だいたい筋力と防御力が高く設定されている人だった。まさか自分がなるとは思わなかった。

 

「朝からぶつぶつ言って、気持ち悪いハゲ」

「お前は朝から口が悪いな!」

「昨日は『あなた様』だったのに」

「あれは気の迷いだ」

 

 ついでに橋の(たもと)へ目をやって、俺はもう一つの問題に気づいた。

 

 刀の山が、低い。

 

 昨夜は九百九十九本あったはずの太刀が、どう見ても半分を切っている。橋を渡っていく物売りの腰に、やけに立派な太刀が差さっていた。

 

「盗られてるね、ハゲ」

「盗品だしどうせ持ち歩けないし、まあいいさ」

 

 千本目どころか、一晩で五百本は減った。実績はリセットである。

 

 牛若が欄干から飛び降りた。

 

 昨夜と同じ、女物の派手な小袖(こそで)姿である。朝日に照らされると女装の完成度がさらに上がっている。事情を知らなければ、どう見てもどこぞの姫君だ。

 

「それで、何が死ぬの? 毛根?」

「剃ってんだよ!」

 

 牛若は俺の頭をしげしげと眺めると、何を思ったのか手を伸ばしてきた。そのまま遠慮なく頭頂部を()でる。

 

「おお。つるつる」

「人の頭で遊ぶな」

「朝日が反射してる」

「やめろ!」

 

 手を払おうとすると、するりと逃げられた。昨日から俺を完全に玩具(おもちゃ)だと思ってやがる。

 

 だが、その牛若丸も最後には死ぬ。

 

 源義経についてなら、弁慶よりはいくらか知っていた。平家をやっつけた英雄で、なぜか兄貴と仲が悪い。最後は奥州あたりへ逃げて死ぬ。順番も年代も知らないが、終わり方だけは有名だ。

 

「じろじろ見ないでよ。いやらしい」

「お前から人の頭を撫でてきただろうが!」

 

 牛若はけらけら笑った。

 

 まだ十五、六。元服(げんぷく)すらしていない。口が悪くて、人をハゲ呼ばわりして、女みたいな格好で俺をからかって喜んでいるこのクソガキが、いずれ源義経になって、最後は死ぬ。

 

 歴史上の人物として知っていたときには、何とも思わなかった。

 

「さっきからじろじろ見て、変なの」

 

 牛若は首を(かし)げると、(ふところ)から竹の皮に包まれた何かを取り出した。

 

 匂いがした。

 竹の皮ごしでも分かる、米の匂いだった。

 

「食べる?」

「くれるのか」

 

 手を伸ばす。

 引っ込められた。

 

「僕の家来になるなら」

「お前なあ!」

「いらない?」

 

 腹が鳴った。

 

 転生してから何も食べていない。しかも、この巨体である。昨夜から腹の底が空っぽになったような感覚はあったが、食べ物を目の前に出されると急に耐え難くなった。

 

「卑怯だぞ」

「じゃあ、いらないんだ」

「いる」

「家来になる?」

 

 どうせ歴史は、そうなると決まっている。

 

 それに、腹が減っていた。

 

「なる」

 

 牛若は満足そうに笑って竹の皮を寄越した。

 開けば、中には握り飯が二つ入っている。塩を振っただけの簡素なもので、具も何も入っていない。

 

 一つ目を口へ運んだ瞬間、頭の芯が痺れた。

 

 うまい。

 

 米の甘さと塩気だけが、腹の底まで真っ直ぐ落ちていく。前世で食ったどんな飯よりも確実にうまかった。気がつけば二つ目にも手が伸びていて、味わう間もなく飲み込んでいた。

 

「お前の分は?」

「もう食べたよ。その身体なら二つでも足りないでしょ」

 

 そうか、と頷きかけたところで、小さな音がした。

 

 きゅう、と。

 

 音の出どころは、目の前の腹である。

 牛若はぴたりと動きを止め、それから何事もなかったような顔で明後日の方を向いた。耳まで赤い。

 

「今の、川の音だから」

「川はそんな音しねえだろ」

「川の音なの」

 

 そういうことにしておいてやることにした。

 

「そういえばムキハゲ、名前は?」

 

 前世の名前を名乗るべきなのかとも思ったが、俺が本当にあの武蔵坊弁慶なら、答えは一つしかない。

 

「武蔵坊弁慶」

 

 口にすると、妙にしっくりきた。昨日まで一度も名乗ったことがないはずなのに、昔から自分の名前だったように舌へ馴染む。

 

「ハゲの方が覚えやすいね」

 

 また笑う。

 

 腹立たしいのだが、不思議と嫌ではなかった。

 

「ねえ、本当に家来になるの?」

「握り飯食っちまったからな」

「僕がどこへ行っても?」

「どこ行くんだよ」

「平泉」

 

 平泉……?

 知らんな。

 

 俺が死ぬのは、たしか奥州だ。平泉ではない。

 なら平泉は安全だな!

 

「どこだ、それ」

「遠いよ。歩いてひと月くらい」

 

 握り飯の礼を言おうとしていた口が、そのまま止まった。

 新幹線はない。つまり歩きでひと月か。

 

「遠くね?」

「うん。だから聞いてるんだけど」

 

 牛若はこちらを見ずに言った。

 

 声が平たかった。さっきまで人の頭を叩いて笑っていた子供と、同じ喉から出ているとは思えない。

 試されている、と気づくのに少しかかった。ここで俺が渋れば、こいつはたぶん笑って、一人で行く。

 

 お前はいずれ死ぬ、と言ったところで、こいつは行くのをやめないだろう。俺が未来から来たと言って通じる相手が、この世にいるとは思えなかった。

 

 言えることはないが、できることは一つだけある。

 

 敵の前に立つことだ。

 

 どうせ当分は死なないのだ。死なない奴が殴られ役をやるのが、パーティーとして一番効率がいい。

 

「どこへ行っても、俺がお前を守る」

「え、急に真面目で怖いんですけど」

「うるせえ」

 

 少し間があった。

 

「弁慶、ありがとう」

 

 牛若が初めて、名を呼んだ。

 

 俺はため息をつき、その小さな頭へ大きな手を置く。昨日散々こちらの頭を叩いた仕返しに、髪がぐしゃぐしゃになるくらい撫で回してやった。

 

「わっ、ちょっと! やめろ!」

 

 牛若が俺の腕を振りほどこうとする。もちろん本気を出されたら逃げられるのだろうが、今は本気で嫌がっているわけでもないらしい。

 

 なら、まあ。

 

 このクソ生意気な女装ショタ上司に付き合ってやるのも悪くない。

 

「で、いつまで女の格好なんだ?」

 

 家来になって最初の仕事は、主人の荷物持ちだった。京の町外れを抜けると家並みはまばらになり、道は山へ向かって細くなっていく。

 俺の肩には大薙刀(おおなぎなた)と、牛若に持たされた荷物が一つ。当の主人は相変わらず、女物の小袖(こそで)姿で俺の前を歩いていた。

 

「変?」

 

 牛若が足を止め、両手を広げた。

 

 山道だというのに、色鮮やかな裾が少しも乱れていない。石を踏んでも、ぬかるみを跨いでも、足音がほとんどしなかった。昨夜、俺をいいように転がした足である。見た目だけなら、どう見ても姫君の山歩きなのだが。

 

「変じゃねえよ。似合ってる」

 

 両手が、ゆっくり下りた。

 

 そのまま袖で口元を隠し、牛若はぷいと前を向いて歩き出す。

 

「ふうん」

 

 何か気に障ったのだろうか。褒めたつもりだったのだが。

 

 ふと、背後で砂利の擦れる音がした。振り返りかけると、今度は道の脇で枝が鳴る。牛若も足を止めていた。俺たちのほかに、誰かいる。それも、一人じゃない。

 

「——遮那王(しゃなおう)殿。お命、頂戴する」

 

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