転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく   作:なほやん

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第二十七話 面二つ

 

 陣岡(じんがおか)の陣は、篝火で昼のように明るかった。

 

 天狗と鬼の面をかぶり、平泉から来た延年の一座だと名乗ると、門の兵は笑って通した。義経は一座から借りた薄い青の小袖を着て、紅と黄の被衣(かずき)をまとっている。小袖の青は、俺が選んだ。こっちは同じく借りた黒い僧衣に白い頭巾を巻き、木の薙刀を担いでいた。

 

 陣には赤ら顔の兵士たちばかりで、頼朝(兄貴)と梶原は見当たらない。

 

「逆賊の首じゃ、拝んでいけ!」

「弟君を討った逆賊を自ら成敗なさるとは、鎌倉殿はなんとお優しい!」

「眉間に八寸、よう似合うわ!」

 

 囃し立てる兵たちの真ん中に、柱が一本立っていた。

 

 その柱の上に泰衡がいた。

 閉じた目の間に、黒い釘が打ち込まれている。

 

 隣で、義経が半歩前に出る。

 その震える肩を掴んで、引き戻した。

 

「延年の一座とやらか、よくきた! 舞え舞え!」

 

 一座からの祝いだと言って俺たちが酒を振る舞うと、兵たちは歓声を上げて群がってきた。そこで、天狗と鬼は舞い出した。

 

「やあ、そこな天狗! 名を名乗れ!」

「ざーこ、はーげ♡」

「はげじゃない! 剃っとるんじゃ!」

 

 兵たちがどっと笑った。

 

 俺たちの舞を、次郎が見ている。

 

 次の台詞が喉から出てこなかった。天狗の笛が一節だけ長く鳴って、待っている。

 腹の底から声を絞り出した。

 

「そこの天狗! その刀、置いていけ!」

 

 兵たちがまた沸いた。笑い声の下で、面の中の頬が濡れていく。

 

 天狗は鬼の肩を蹴って跳び、柵の上から鬼の頭を笛でぽこんと叩く。鬼が転ぶたびに、笑いが大きくなった。負けた鬼は天狗の家来になり、天狗を肩に乗せて山を越えていく。

 

 舞い終えるとやんやの喝采が上がり、俺たちはまた、酒を注いで回った。

 

 吉(・)次(・)の(・)酒(・)は(・)よ(・)く(・)効(・)い(・)た(・)。

 笑い疲れた兵たちが、火の周りで一人、また一人と寝息を立てはじめる。

 

 篝が細くなった頃、柱の前に立った。釘の頭を指でつまみ、ふん、と一息に引き抜く。義経は煤と血で汚れた次郎の頬を袖で拭い、布で包んで胸に抱えた。

 

 あとは逃げるだけだ。義経と目を合わせて頷き合い、明かりの落ちた裏手へ回った。柵が見えてきた。見張りの影もない。いける。そう思って陣の外れの柵を越えたところで、行く手に松明が灯った。

 

「どこへ行く」

 

 頼朝(兄貴)と梶原が立っていた。

 

「皆さま寝てしまわれたので、そろそろお暇しようかと」

「では、その手の中の包みはなんだ!」

 

 梶原が怒鳴った。義経は泰衡の首の包みを足元の草にそっと置く。

 

「……そんなに怒っちゃって、ていのー♡ ざーこ♡」

「ふざけるな!」

 

 梶原の叫びに、兄貴が弓を手に取った。

 

「その面の下、暴いてやろう」

 

 兄貴の声と共に、梶原が刀を振りかぶって斬りかかってきた。

 

「しゃーねえ、わ(・)か(・)ら(・)せ(・)てやろうぜ」

「うん!」

 

 義経がまとっていた被衣をむしり取って、梶原の顔へ投げつける。衣の下から、薄い青の小袖が松明の明かりに艶やかに浮かんだ。

 

「こんなもの!」

 

 梶原が衣を振り払って、さらに斬り込んでくる。

 

 木の薙刀で薙ぐと、梶原はわずかに身を引いて柄の先をかわし、返す刀で柄を半分まで斬り込んでくる。回り込もうとすれば、梶原が先にそこへ立つ。兄貴を自分の背に置いたまま、一歩も通さない。

 

 その肩越しに、兄貴が矢をつがえた。

 

 俺が避ければ、後ろの義経が危ない。

 背後で、軽い足音が土を蹴った。

 

 ああ、わかってる。

 

 弦が鳴る瞬間、俺はその場で身を屈めた。

 小さな足が背中を踏んで、すぐに離れる。俺を踏み台に跳んだ義経の笛が、宙で矢を叩き落とした。

 

「僕が守って——」

「俺が殴る!」

 

 起き上がりながら、梶原の懐へ踏み込む。

 柄を返して手首を打つと、梶原の刀が落ちた。

 

「お、おのれ——」

 

 そう叫んだ梶原の顔に拳を叩き込む。尻餅をついた梶原の懐から帳面がこぼれて、紙がばらけて地面に散る。這って逃げようとする襟首を掴んで引き戻した。

 

 もう一発。

 

「これが、次郎の分だ!」

 

 梶原の顔が地面にめり込んだ。

 

「化け物か」

 

 兄貴がもう一度弓を上げる。

 その懐に一歩踏み込んで、頬を殴り飛ばした。

 

「これは、こいつの分だ!」

 

 兄貴は短く呻いて、土の上に転がった。

 

 倒れた兄貴の腰から太刀を引き抜いて義経へ放る。

 義経が抜いた太刀の切っ先が、兄貴の喉元で止まった。

 

「さらば」

 

 太刀が松明の火を映して、闇の中で白く閃いた。

 振りかぶった手が、兄貴の眉間へまっすぐ振り下ろされる。

 

 ひゅっ、と風が鳴り、兄貴が目を閉じる。

 そして、

 

 ——ぽこん。

 

 義経の手の中にあるのは、笛だった。

 

 しばらく誰も動かず、散らばった帳面の紙だけが風にめくれていく。

 やがて、兄貴が打たれた眉間を指でそっと押さえ、ゆっくりと目を開けた。

 

「俺を斬らぬのか」

「斬らない。代わりに、この国を守って」

 

 兄貴は地べたに座り込んだまま、長いこと天狗の面を見上げていた。

 松明の火が二度、三度と揺れ、それから、ふっと兄貴が笑った。

 

「その小袖、よく似合っているな」

 

 天狗の面が少しだけ俯いた。

 義経は太刀を腰に佩いて笛を懐にしまうと、草の上から泰衡の首の包みを拾い上げた。

 

 そのとき、陣の方から松明と足音がわらわらと駆けてきた。

 

「鎌倉殿! ご無事でございますか!」

「やべ、逃げるぞ!」

 

 槍を構えた兵たちに背を向けて、俺と義経は駆け出した。追ってくる足音に、兄貴の声が重なった。

 

「追うな!」

「しかし、鎌倉殿」

「追うなと言った! あれは、ただの狐だ」

 

 兄貴の声を背に、闇の中を走った。

 

 汗で張りついた面を剥がすと、夜の空気が頬を撫でた。夜露に濡れた草が脛を打ち、陣の明かりがみるみる後ろへ遠ざかっていく。

 

 兄貴は弟を討った逆賊を成敗するって名目で、奥州に攻め入ったんだ。その弟が生きていたら、名目が立たない。けど、それで義経の気持ちは——

 

「よかったのか」

「いいの」

 

 隣を走る義経の息は、弾んでいた。泰衡の首を胸に抱え直して、義経は前を向いたまま笑う。そして、腰の太刀を俺に差し出した。

 

「はい、これ」

「ん?」

「千本目」

 

 受け取った太刀は、拍子抜けするほど軽かった。

 あの時、五条の橋で千本目に欲しかったのはこれじゃない。

 

「いらねーよ、こんなの」

 

 そのまま闇の中へ放り投げた。

 

「よかったの? 源氏重代の髭切(ひげきり)だよ。すっごく高いよ?」

「……え?」

 

 義経が笑った。俺も笑った。

 

 三晩歩いて中尊寺の金色堂へ着くと、堂の前で吉次が待っていた。

 

「よくぞ、ご無事で……泰衡様に代わり、お礼申し上げます」

 

 吉次はそう言うなり、膝をついて泣き出した。

 

「色々手配してくれてありがとな、吉次。全部、お前のおかげだ」

「とんでもない。お二人のお力にございます。御首は、手前どもが命に代えてもお守りいたします」

 

 堂の中は、柱も壁も天井も金で覆われていた。灯明の小さな火を受けて、四方の金がゆらゆらと光っている。

 

 桶に納める前に、義経が懐から櫛を出した。包んでいた布を解くと、次郎の髪は煤と血で固まって、あちこちで絡まっていた。

 

「こんなに、ぐちゃぐちゃになっちゃって……」

 

 義経は泣きながら、毛先から櫛を入れていった。引っかかるたびに手が止まるので、俺が指で先にほどいてやる。半分ほど梳いたところで、義経が櫛を俺に差し出した。

 

「弁慶も」

 

 いつも義経にしているのと同じように、根元から毛先までゆっくりと梳く。最後まで櫛が通ると、次郎は眠っているような顔になった。

 

 そして、堂の奥、秀衡殿の棺の横に、泰衡の首を納めた桶を置いた。

 

「秀衡殿。倅、連れて帰りました。……遅くなって、すんません」

 

 俺が経を上げているあいだ、義経は懐から蓮の実の袋を出して、じっと見ていた。好きな場所に植えてくれと次郎に渡されたその袋を、こいつは鎌倉へも、京へも、吉野へも、懐に入れたまま歩いていた。

 

「植えるとこ、見つからなかったよ。次郎」

 

 義経は袋の口を開けて、中の実を一粒残らず首桶の中へ落とした。

 

「だから、預けるね。戦のない世が来たら、咲かせて」

 

 経を上げ終えても、義経は桶の前から動かなかった。俺も隣に膝をついて、桶に手を置いた。

 

「ああ。その世は、必ず来る。だって、俺はそこから来たんだから」

「次郎。ありがとね」

 

 灯明を一つずつ消していくと、金の光も一つずつ沈んでいき、最後に親子の棺だけが闇に残った。

 

「これから、どちらへ」

「まあ、歩きながら考えるさ」

 

 吉次は深く頭を下げて、それきり顔を上げなかった。

 

     * * *

 

 関山(かんざん)の坂を下りて衣川の浅瀬を北へ渡ると、東の空が白くなっていた。

 

 川の向こうは、一面の芒(すすき)だった。

 白い穂が胸の高さまで伸びてどこまでも続いている。焼け残った礎石が、穂の間にところどころ頭を出していた。

 

 風が渡るたび、芒の大草原は海のようにうねっている。

 束稲(たばしね)の山の端が赤く染まっていく中で、義経が伸びをした。

 

「ねえ、本当に一緒に行くの?」

「当たり前だろ」

「僕がどこへ行っても?」

「どこ行くんだよ」

「海の向こう、かな」

 

 海の向こう、か。

 

「遠くね?」

「うん。だから、聞いてるんだけど」

 

 俺は義経の手を取った。

 

「どこへ行っても、俺がお前の隣にいる」

 

 義経の手が強く握り返してきた。

 

 白い穂が肩を撫でていく。

 隣の義経が、芒の波に沈んでは浮かぶ。

 

 俺たちは、ずっと一緒に大草原を歩いていった。

 

     * * *

 

 中尊寺蓮が咲くのは、それから八百年後のことである。

 

 (完)

 







 最後まで読んでいただき、本当に本当にありがとうございました!
 番外編もお届けしますので、「お気に入り」はそのままにお待ちください!

 皆様の応援のおかげでここまでくることができました。
 ぜひ、高評価、感想などをいただけますと嬉しいです!

 ちなみに中尊寺ハスが咲くのは1998年のことです。
 改めまして、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!
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