転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく 作:なほやん
天狗と鬼の面をかぶり、平泉から来た延年の一座だと名乗ると、門の兵は笑って通した。義経は一座から借りた薄い青の小袖を着て、紅と黄の
陣には赤ら顔の兵士たちばかりで、
「逆賊の首じゃ、拝んでいけ!」
「弟君を討った逆賊を自ら成敗なさるとは、鎌倉殿はなんとお優しい!」
「眉間に八寸、よう似合うわ!」
囃し立てる兵たちの真ん中に、柱が一本立っていた。
その柱の上に泰衡がいた。
閉じた目の間に、黒い釘が打ち込まれている。
隣で、義経が半歩前に出る。
その震える肩を掴んで、引き戻した。
「延年の一座とやらか、よくきた! 舞え舞え!」
一座からの祝いだと言って俺たちが酒を振る舞うと、兵たちは歓声を上げて群がってきた。そこで、天狗と鬼は舞い出した。
「やあ、そこな天狗! 名を名乗れ!」
「ざーこ、はーげ♡」
「はげじゃない! 剃っとるんじゃ!」
兵たちがどっと笑った。
俺たちの舞を、次郎が見ている。
次の台詞が喉から出てこなかった。天狗の笛が一節だけ長く鳴って、待っている。
腹の底から声を絞り出した。
「そこの天狗! その刀、置いていけ!」
兵たちがまた沸いた。笑い声の下で、面の中の頬が濡れていく。
天狗は鬼の肩を蹴って跳び、柵の上から鬼の頭を笛でぽこんと叩く。鬼が転ぶたびに、笑いが大きくなった。負けた鬼は天狗の家来になり、天狗を肩に乗せて山を越えていく。
舞い終えるとやんやの喝采が上がり、俺たちはまた、酒を注いで回った。
笑い疲れた兵たちが、火の周りで一人、また一人と寝息を立てはじめる。
篝が細くなった頃、柱の前に立った。釘の頭を指でつまみ、ふん、と一息に引き抜く。義経は煤と血で汚れた次郎の頬を袖で拭い、布で包んで胸に抱えた。
あとは逃げるだけだ。義経と目を合わせて頷き合い、明かりの落ちた裏手へ回った。柵が見えてきた。見張りの影もない。いける。そう思って陣の外れの柵を越えたところで、行く手に松明が灯った。
「どこへ行く」
「皆さま寝てしまわれたので、そろそろお暇しようかと」
「では、その手の中の包みはなんだ!」
梶原が怒鳴った。義経は泰衡の首の包みを足元の草にそっと置く。
「……そんなに怒っちゃって、ていのー♡ ざーこ♡」
「ふざけるな!」
梶原の叫びに、兄貴が弓を手に取った。
「その面の下、暴いてやろう」
兄貴の声と共に、梶原が刀を振りかぶって斬りかかってきた。
「しゃーねえ、
「うん!」
義経がまとっていた被衣をむしり取って、梶原の顔へ投げつける。衣の下から、薄い青の小袖が松明の明かりに艶やかに浮かんだ。
「こんなもの!」
梶原が衣を振り払って、さらに斬り込んでくる。
木の薙刀で薙ぐと、梶原はわずかに身を引いて柄の先をかわし、返す刀で柄を半分まで斬り込んでくる。回り込もうとすれば、梶原が先にそこへ立つ。兄貴を自分の背に置いたまま、一歩も通さない。
その肩越しに、兄貴が矢をつがえた。
俺が避ければ、後ろの義経が危ない。
背後で、軽い足音が土を蹴った。
ああ、わかってる。
弦が鳴る瞬間、俺はその場で身を屈めた。
小さな足が背中を踏んで、すぐに離れる。俺を踏み台に跳んだ義経の笛が、宙で矢を叩き落とした。
「僕が守って——」
「俺が殴る!」
起き上がりながら、梶原の懐へ踏み込む。
柄を返して手首を打つと、梶原の刀が落ちた。
「お、おのれ——」
そう叫んだ梶原の顔に拳を叩き込む。尻餅をついた梶原の懐から帳面がこぼれて、紙がばらけて地面に散る。這って逃げようとする襟首を掴んで引き戻した。
もう一発。
「これが、次郎の分だ!」
梶原の顔が地面にめり込んだ。
「化け物か」
兄貴がもう一度弓を上げる。
その懐に一歩踏み込んで、頬を殴り飛ばした。
「これは、こいつの分だ!」
兄貴は短く呻いて、土の上に転がった。
倒れた兄貴の腰から太刀を引き抜いて義経へ放る。
義経が抜いた太刀の切っ先が、兄貴の喉元で止まった。
「さらば」
太刀が松明の火を映して、闇の中で白く閃いた。
振りかぶった手が、兄貴の眉間へまっすぐ振り下ろされる。
ひゅっ、と風が鳴り、兄貴が目を閉じる。
そして、
——ぽこん。
義経の手の中にあるのは、笛だった。
しばらく誰も動かず、散らばった帳面の紙だけが風にめくれていく。
やがて、兄貴が打たれた眉間を指でそっと押さえ、ゆっくりと目を開けた。
「俺を斬らぬのか」
「斬らない。代わりに、この国を守って」
兄貴は地べたに座り込んだまま、長いこと天狗の面を見上げていた。
松明の火が二度、三度と揺れ、それから、ふっと兄貴が笑った。
「その小袖、よく似合っているな」
天狗の面が少しだけ俯いた。
義経は太刀を腰に佩いて笛を懐にしまうと、草の上から泰衡の首の包みを拾い上げた。
そのとき、陣の方から松明と足音がわらわらと駆けてきた。
「鎌倉殿! ご無事でございますか!」
「やべ、逃げるぞ!」
槍を構えた兵たちに背を向けて、俺と義経は駆け出した。追ってくる足音に、兄貴の声が重なった。
「追うな!」
「しかし、鎌倉殿」
「追うなと言った! あれは、ただの狐だ」
兄貴の声を背に、闇の中を走った。
汗で張りついた面を剥がすと、夜の空気が頬を撫でた。夜露に濡れた草が脛を打ち、陣の明かりがみるみる後ろへ遠ざかっていく。
兄貴は弟を討った逆賊を成敗するって名目で、奥州に攻め入ったんだ。その弟が生きていたら、名目が立たない。けど、それで義経の気持ちは——
「よかったのか」
「いいの」
隣を走る義経の息は、弾んでいた。泰衡の首を胸に抱え直して、義経は前を向いたまま笑う。そして、腰の太刀を俺に差し出した。
「はい、これ」
「ん?」
「千本目」
受け取った太刀は、拍子抜けするほど軽かった。
あの時、五条の橋で千本目に欲しかったのはこれじゃない。
「いらねーよ、こんなの」
そのまま闇の中へ放り投げた。
「よかったの? 源氏重代の
「……え?」
義経が笑った。俺も笑った。
三晩歩いて中尊寺の金色堂へ着くと、堂の前で吉次が待っていた。
「よくぞ、ご無事で……泰衡様に代わり、お礼申し上げます」
吉次はそう言うなり、膝をついて泣き出した。
「色々手配してくれてありがとな、吉次。全部、お前のおかげだ」
「とんでもない。お二人のお力にございます。御首は、手前どもが命に代えてもお守りいたします」
堂の中は、柱も壁も天井も金で覆われていた。灯明の小さな火を受けて、四方の金がゆらゆらと光っている。
桶に納める前に、義経が懐から櫛を出した。包んでいた布を解くと、次郎の髪は煤と血で固まって、あちこちで絡まっていた。
「こんなに、ぐちゃぐちゃになっちゃって……」
義経は泣きながら、毛先から櫛を入れていった。引っかかるたびに手が止まるので、俺が指で先にほどいてやる。半分ほど梳いたところで、義経が櫛を俺に差し出した。
「弁慶も」
いつも義経にしているのと同じように、根元から毛先までゆっくりと梳く。最後まで櫛が通ると、次郎は眠っているような顔になった。
そして、堂の奥、秀衡殿の棺の横に、泰衡の首を納めた桶を置いた。
「秀衡殿。倅、連れて帰りました。……遅くなって、すんません」
俺が経を上げているあいだ、義経は懐から蓮の実の袋を出して、じっと見ていた。好きな場所に植えてくれと次郎に渡されたその袋を、こいつは鎌倉へも、京へも、吉野へも、懐に入れたまま歩いていた。
「植えるとこ、見つからなかったよ。次郎」
義経は袋の口を開けて、中の実を一粒残らず首桶の中へ落とした。
「だから、預けるね。戦のない世が来たら、咲かせて」
経を上げ終えても、義経は桶の前から動かなかった。俺も隣に膝をついて、桶に手を置いた。
「ああ。その世は、必ず来る。だって、俺はそこから来たんだから」
「次郎。ありがとね」
灯明を一つずつ消していくと、金の光も一つずつ沈んでいき、最後に親子の棺だけが闇に残った。
「これから、どちらへ」
「まあ、歩きながら考えるさ」
吉次は深く頭を下げて、それきり顔を上げなかった。
* * *
川の向こうは、一面の
白い穂が胸の高さまで伸びてどこまでも続いている。焼け残った礎石が、穂の間にところどころ頭を出していた。
風が渡るたび、芒の大草原は海のようにうねっている。
「ねえ、本当に一緒に行くの?」
「当たり前だろ」
「僕がどこへ行っても?」
「どこ行くんだよ」
「海の向こう、かな」
海の向こう、か。
「遠くね?」
「うん。だから、聞いてるんだけど」
俺は義経の手を取った。
「どこへ行っても、俺がお前の隣にいる」
義経の手が強く握り返してきた。
白い穂が肩を撫でていく。
隣の義経が、芒の波に沈んでは浮かぶ。
俺たちは、ずっと一緒に大草原を歩いていった。
* * *
中尊寺蓮が咲くのは、それから八百年後のことである。
(完)
最後まで読んでいただき、本当に本当にありがとうございました!
番外編もお届けしますので、「お気に入り」はそのままにお待ちください!
皆様の応援のおかげでここまでくることができました。
ぜひ、高評価、感想などをいただけますと嬉しいです!
ちなみに中尊寺ハスが咲くのは1998年のことです。
改めまして、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!