転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく   作:メスガキ(♂)

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第三話 一本目

 

 前方の木立(こだち)から、三人の僧兵(そうへい)が現れた。

 

 それだけではない。背後に二人、左右の斜面にも人影がある。法衣(ほうえ)の裾を括(くく)り、長刀(なぎなた)や弓を手にした男たちが、いつの間にか俺たちを囲んでいた。

 

「知り合いか?」

「知らない。僕の名は知ってるみたいだけど」

 

 牛若の声から、さっきまでの軽さが消えた。

 

 先頭の男が長刀を構えた。背後でも砂利を踏む音がする。振り向くと、二人が横に広がって退路を塞いでいた。

 

「誰に頼まれたの?」

 

 牛若が腰の太刀へ手を掛けた。

 

「まあ、答えるわけないか。弁慶、手を出さなくていいよ。僕の問題だから」

 

 僧兵が踏み込んだ。長刀が牛若の喉へ突き出される。

 

 うわ。

 こいつ、本当に刺す気だ。

 

 牛若の身体が沈む。

 

 最初の長刀を半身で潜り、鞘(さや)に収めたままの太刀で手首を打つ。武器が落ちるより早く二人目の懐(ふところ)へ入り、柄頭(つかがしら)で顎を跳ね上げ、その身体を蹴って三人目の頭上を越える。着地と同時に膝裏(ひざうら)へ一撃。背後から迫った二人は、片方の突きを外して腕を取り、その身体をもう片方へ投げつけた。

 

 五人が地に伏すまで、十息とかからなかった。

 

「俺、いらなくね?」

 

 昨夜も思ったが、こいつは強い。

 

 ただ速いのではない。相手が何をしようとしているのかを見て、その一歩先へ入っている。しかも太刀は一度も抜いていない。

 

 牛若は、長刀を拾おうとした僧兵の手首を鞘で押さえた。

 

 そのとき、木の葉が鳴った。

 斜面の上に、弓を引き絞った男がいた。

 

 弦(つる)が鳴る。

 

「牛若!」

 

 考えるより先に身体が動いた。

 

 牛若の胸を突き、俺の背後へ下がらせた。斜面の射手と牛若の間に、肩をねじ込む。俺一人なら横へ跳べる。だが、それでは矢がこいつに届く。

 

 ——ドッ!

 

「があっ!?」

 

 左肩に衝撃が走った。

 

 痛い。

 

 何だこれ。

 

 超痛い。

 

 肩へ焼けた杭でも打ち込まれたようだった。身体の奥まで響き、膝から力が抜ける。ゲームなら赤い数字が浮かんで、すぐにヒーラーが緑の数字で埋めてくれた。ここにヒーラーはいない。肉が裂けた感触も、流れ出す血の熱さも、身体を動かすたび、刺さった矢が傷口を抉(えぐ)るのも全部分かる。

 

「弁慶!」

 

 怖い。

 

 急に怖くなった。

 

 こんなものを何本も食らったら死ぬ。当たり前だ。俺はゲームキャラじゃない。いくら身体が馬鹿みたいに頑丈でも、矢が刺されば血が出るし、血が出続ければ死ぬ。

 

 だが、武蔵坊弁慶が死ぬのは、ここじゃない。

 

 俺が死ぬのは奥州だ。ここは京の山道だ。山道で矢を一本もらって終わった弁慶なんて、聞いたことがない。

 

 なら、この一発では死なない。

 

「……っ、は」

 

 震えていた膝へ力を入れた。

 

 立てた。

 

 なんだ。

 

 本当に立てるじゃないか。

 

「弁慶、退いて!」

 

 牛若が腕を掴む。

 その顔を見た瞬間、前世の記憶が一つだけ蘇(よみがえ)った。

 

『ナイスカバー! 助かった!』

 

 前世では運動はできなかったし、人付き合いも苦手だった。仕事で誰かに褒められた記憶も、すぐには思い出せない。

 

 それでもゲームの中では、仲間より先に殴られると褒めてもらえた。

 

「大丈夫だ」

「どこが!」

 

 痛い。

 超痛い。

 

 それでも俺は、牛若の前へ戻った。

 

 倒れていた僧兵が起き上がり、新手が斜面から駆け下りてくる。いくら牛若でも、多勢に無勢だ。だが全員を倒す必要なんてない。

 

 敵の前に立つ。攻撃を受ける。後ろへ通さない。

 それだけなら、何千時間もやってきた。

 

「おらァ! こっちだ!」

 

 腹の底から吠(ほ)えた。前世ならスキル一つで済んだタゲ取りを、喉でやる。新手の目が、小さい牛若から大きい俺へ移った。

 

「弁慶、右!」

 

 長刀が来る。柄(え)で受けて押し返すと、その脇を牛若が抜け、鞘の一撃で相手を沈めた。左から二人。薙刀を横へ振って足を止めれば、俺の右肩を踏み台に牛若が跳ぶ。華やかな袖が宙で翻(ひるがえ)り、着地したときには二人とも倒れていた。

 

 俺が止めて、牛若が倒す。

 

 数の差が、見る間に消えていく。

 

「これだ」

 

 思わず笑った。

 

「俺が殴られて、お前が殴る!」

「言い方!」

 

 弓を持った男が斜面の上へ逃げ出した。それを見て、立てる連中も武器を捨てて走り出す。這っていた男まで、仲間の袖にすがって引きずられていった。

 

 あとには、先頭にいた男だけが残った。片膝をつき、空の右手をこちらへ見せている。

 

 牛若が太刀に手を掛けたまま、男へ近づいていく。

 俺はその前へ柄を差し出した。

 

「待て、牛若。あとはこいつだけだ。縛っとこうぜ」

 

 男の長刀を足で遠ざけ、腕を取ろうと手を伸ばす。

 

「弁慶、下がれ!」

 

 左の袖から、短い刃が俺の腹へ伸びた。牛若が太刀を抜いた。男が横へ崩れる。喉を押さえた指の間から血が溢れ、土を蹴っていた足が止まった。

 

 俺は、差し出した手を引っ込められずにいた。

 

 死んだ。

 さっきまで喋っていた人間が、目の前で死んだ。

 

 男の口がまだ開いている。何か言うのを待ってしまった。もう動かないのだと分かった途端、握り飯が喉までせり上がってきた。

 

「お前……」

 

 牛若が男の手から刃を蹴り離す。その小さな背中が怖かった。

 なんで殺した、と言いかけて、落ちた刃を見た。

 

 武器を落としたら、もう終わりだと思っていた。

 こいつはまだ、俺を殺すつもりだった。

 

 牛若が斬らなければ、俺の腹に刺さっていた。俺がここで死ねば、こいつはまた一人だ。

 

 まだ舐めていた。

 これは、マジの命のやり取りだ。

 

 唾と一緒に吐き気を飲み込んだ。次は、武器を落としただけで気を抜かない。守ると言った相手に、俺の油断の尻拭いまでさせてたまるか。

 

「助かった」

「……うん」

 

 牛若は死んだ男の顔を見下ろしていた。

 

「こいつら、鞍馬の坊さんか?」

「違う。鞍馬の人なら顔を知ってる」

「じゃあ誰だよ」

「たぶん、平家」

 

 平家。

 義経がやっつける側だ。俺が知っているのは、そのくらいしかない。

 

 その平家が、源氏の子供一人のために、坊主の格好をさせた男を何人も山へ伏せていた。

 

 そうか。

 こいつはもう、命を狙われているんだ。

 何年も先の歴史の話じゃない。今日の、この山道の話だ。

 

 道を外れ、木立の陰で腰を下ろす。荷物を置いた拍子に矢が揺れ、肩に痛みが走った。動くたびに傷口を抉られる。早く抜いて、傷を塞がなければ。

 

 矢へ手を掛けた。

 

「待って! 勝手に抜くな!」

 

 牛若が俺の手首を掴んだ。さっき男を斬ったときより、ずっと怖い顔をしている。

 

「でも、刺さったままじゃ傷が広がるだろ」

「血がもっと出たらどうするんだよ!」

 

 血を止められるか、と言われれば分からない。俺は矢から手を離した。

 

「分かった。どうすればいい」

「動かないで。まず、傷を見せて」

 

 言われるまま襟を開けた。牛若が布を取り出す。その手に任せてじっとしていると、小さな声がした。

 

「なんで避けなかったの」

「避けたらお前に当たるだろ」

「僕なら避けられた!」

「それでも、万一があるだろ」

 

 牛若が黙った。

 視線が、俺の肩へ落ちる。

 

「弁慶は。弁慶が痛いのは、いいの?」

「よくねえよ。めちゃくちゃ痛かったぞ」

「だったら!」

「でも、俺はまだ死なない」

 

 牛若が顔を上げた。

 

「それに、俺が受けると昔から褒めてもらえたんだ」

「……褒める?」

「ああ。俺が攻撃を受けると、助かったって言ってもらえた。だから、まあ……これでいいんだよ」

 

 牛若は何も言わなかった。

 ただ、俺の傷を見ていた。

 

 それから顔を伏せ、ぽつりと言う。

 

「僕は、褒めない」

「え?」

「こんなの、褒めないから」

 

 声が震えていた。

 

「もう、やらないで」

 

 困った。

 

 それは約束できない。

 

「努力はする」

「絶対やるじゃん!」

 

 ようやく牛若がいつもの顔に少しだけ戻ったので、俺は笑った。

 

 

 

     * * *

 

 

 

 男が眠っている。

 

 肩の傷は縛った。血は止まった。矢は抜いた。焚火の向こうで、山が崩れるような音を立てて息をしている。俺はその顔を見ていた。

 

「ざーこ」

 

 返事はない。

 

 誰も聞いていないときに、僕と言う必要はない。

 

 平家の世で、源氏の遺児は目に付く。だから、この姿を選んだ。稚児(ちご)は数に入らない。女も数に入らない。口の減らない子供なら、なお数に入らない。見くびられるように、俺は十年かけて振る舞ってきた。

 

 奥州へ抜けるには、駒が要った。あの夜、九百九十九本の太刀の前に立っていた大男を見て、俺が考えたのはそれだけだ。

 

 身元がない。後ろ盾がない。法師の形をしているのに寺の名を言わない。頭の中身は軽く、腕は化け物じみている。

 

 ——使える。

 

 囮になる。盾になる。追っ手の目はまず大きい方へ行く。失っても惜しくない。握り飯二つで買えた。安い買い物だった。

 

 父が敗れたとき、俺は生まれたばかりだった。俺が生きているのは、俺の代わりに死んだ者がいたからだ。乳母(めのと)がいた。郎党(ろうとう)がいた。名を覚えていない者もいる。

 

 寺へ入れられてから、俺は決めた。

 

 もう誰も連れて行かない。

 

 それでも、一人では奥州へ行けない。だから、失っても構わない駒にした。

 

 試すつもりで、行き先を言った。渋れば、笑って一人で行けばいい。

 

 この男は、渋りもしなかった。

 

「どこへ行っても、俺がお前を守る」

 

 何が欲しい。何を売りつけるつもりだ。いくら勘定しても、答えが出ない。人は得のあるほうへ動く。それだけで、ずっと人を読んできた。

 

 この男だけが、読めない。

 

 矢を受けた直後、この男は確かに一度怯えた。それなのに立ち上がり、あとでこう言った。

 

「俺が受けると昔から褒めてもらえたんだ」

 

 誰がそんな値をつけた。

 

 俺は、礼(・)を(・)言(・)わ(・)れ(・)れ(・)ば(・)死(・)ね(・)る(・)男(・)を拾って歩いていたのだ。矢が刺さるまで、気づきもしなかった。

 

「でも、俺はまだ死なない」

 

 まだ、と言った。血を流しながら、そこだけは疑ってもいなかった。

 

 いつまで、死なないつもりでいる。

 

 そんな男に俺は、ありがとう、と言いかけたのだ。血が止まったとき。布を縛る俺に、この男が大人しく肩を預けてきたとき。

 飲み込んだ。礼を言えば、この傷までよかったことにされる。

 

 褒めてしまったら、この男は止まらない。

 

 この男が前へ出るより先に、射手を取る。庇う暇もないほど早く、全部を終わらせる。

 

 ——それでも足りなければ。

 

 俺の前に立てないよう、この男の膝を砕いてでも止める。

 

 駒に壊れられては困る。ただそれだけだ。

 

 焚火が爆(は)ぜた。男が寝返りを打ち、傷に障ったのか小さく唸(うな)って、また眠った。俺は縛った布の位置を直してやり、それから、抜いた矢を拾って懐(ふところ)へ入れた。

 

「おやすみ、弁慶」

 

 明日になれば、俺はまた僕に戻る。

 

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