転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく 作:メスガキ(♂)
「遮那王様、お足元にお気をつけて」
「うん」
京を出て二日目。街道で一緒になった
平泉へ行くと聞くなり、途中まで同道しないかと言ってきた。
ありがたい話ではあった。俺は宿の取り方も、この時代の銭の使い方も知らない。吉次がいれば、今夜は屋根の下で眠れる。
気になるのは、吉次の頭の下げ方だった。俺にも礼儀正しいが、牛若にはもう一段深い。当の牛若は女物の
「なあ吉次。なんでこいつにそんな
吉次が目を瞬いた。牛若を見て、俺を見る。
「武蔵坊殿、主君に対して失礼ではありませんか」
「どう見てもただのメスガキだからな、こいつ」
「うるさいよ、ハゲ」
牛若が、草を叩いていた枝をこちらへ突き出した。その先で、緑色の芋虫がうねっている。
「ほら、虫がいたよー、ハゲー」
「やめろ! 近づけるなこのメスガキ!」
「頭に乗せたら似合うと思うんだけど」
「乗せんな!」
前世引きこもりネトゲ廃人は、虫が苦手なのだ。
吉次が黙って目を逸らした。
その夜は
夕飯は、麦の混じった飯に菜の汁、干した魚が一枚。前世のコンビニ弁当の方がよほど豪勢だった。
それでも、一日歩き通した腹には染みた。汁を最後の一滴まで飲み干し、飯は三杯おかわりした。
「ハゲ、食べ過ぎ。そんなに美味しい?」
「うまい。けど、お前がくれた握り飯の方がうまかったな」
「……塩しか振ってないよ、あれ」
牛若はぷいと横を向いて、干し魚をつつき始めた。変なやつだ。
宿の女が、湯が沸いていると告げに来た。
牛若が向き直り、袖で口元を隠して上目遣いにこちらを見る。
「お風呂あるって。いっしょに入らない?♡」
「誘惑すんなメスガキ!」
「えー。背中、流してあげるのに」
「いらん!」
その時、表で戸板の破れる音がした。
隣の部屋で何かが倒れ、女の悲鳴が上がる。廊下を踏み鳴らす足音は、一人や二人ではない。牛若はもう戸口に立っていた。腰に太刀がある。
「昨日の連中か!?」
「たぶん。追ってきた」
牛若の声は平たかった。昨日、山道で聞いたのと同じ声だ。
薙刀を掴んで立ち上がると、左肩が引きつった。矢傷だ。
「無理しないで寝ててよ、ハゲは」
「この程度余裕だ!」
「ふーん」
言い捨てて、牛若は廊下へ出ていった。
追おうとして、薙刀の刃先が
すぐ先で、牛若が三人を相手にしていた。
動きが硬い。
いつもの牛若なら、相手の頭上を跳び越えて後ろへ回る。ここで跳べば天井に頭を打つ。太刀は抜いても、振る高さがない。左右は板壁で、横へも抜けられない。しかも牛若の後ろでは、吉次と
棒が振り下ろされる。牛若は半身で外した。外すだけなら簡単らしい。だが外した分だけ男が前へ出て、吉次たちに近づく。牛若はすぐに戻って道を塞ぐ。
なら、交代だ。
俺は牛若の
「弁慶!?」
入れ替わりに前へ出ると、それだけで廊下はほとんど埋まった。
棒が来た。右の前腕で受ける。乾いた音がして、棒は俺の腕の上で止まった。
「下がれ、弁慶! 怪我してるだろ!」
「してねえ方の腕で受けてる!」
「そういう話じゃない!」
背中で、牛若の気配が変わった。
「——狙いは、この首であろう」
牛若は俺の脇をすり抜けて一歩前へ出ると、男たちを真っ直ぐに見据えた。
「
背後で、吉次が息を呑んだ。
廊下が静まり返った。
男たちが顔を見合わせる。
「誰だ?」
「知らねえ。どこの娘だ」
「どけ、ガキ!」
一人が牛若を押しのけ、吉次の荷へ向かおうとした。俺はその顔面を掴んで止めた。
こいつら、遮那王の名を聞いても眉一つ動かさない。見ているのは荷だけだ。
「牛若。こいつらただの強盗だ!」
牛若の口が、開いたまま止まった。
その頭めがけて、別の棒が振り上げられる。
考えるより先に、掴んでいた男を突き飛ばし、牛若を腕の中へ引き込んで盗賊へ背中を向けていた。
一本目が背中に落ちる。
二本目。
三本目。
息が詰まる。膝は折れない。
腕の中で、牛若が俺を見上げていた。一本落ちるたびに、その顔から血の気が引いていく。
「こんなもん痛くねえから、安心しろ」
嘘だ。痛え。だが、矢に比べればなんてことはない。
それに、刃物もない。弓もない。棒と
なら、受けきれる。
牛若を後ろへ押しやり、向き直る。
足を開いて、廊下の真ん中に腰を据える。両腕を広げれば、左右の壁に手が届いた。
知ってるぞ。弁慶といえば、これだ。
「これが俺の——仁王立ちだ!」
盗賊たちが、そろって半歩あとずさった。目は残らず俺に向いている。ヘイト管理、完了。
「なんで倒れねえんだ、こいつ……」
では、こっちの番だ。
次の棒を掴んだ。引く。棒ごと男が飛んできたので、そのまま後ろの男へ投げ返した。二人まとめて部屋の板戸を突き破る。
木太刀が右肩へ来た。受けた。木太刀の方が折れた。
「は?」
木太刀の男が、手元に残った柄を見ている。その隙に、一人が壁際から俺の脇の下をくぐった。
しまった、と振り向いた時には、もう鞘が鳴っていた。牛若が男の手首を打ち、返す鞘で膝を払う。男は吉次の荷の手前で床に這った。
「後ろは僕がやる。前だけ見てて」
「おう!」
別の男が腰に組みついてきた。持ち上げる。軽い。
加減、加減。欄干を峰でへし折った夜を思い出して、そっと放る。
そっと放ったはずの男は、廊下の突き当たりまで飛んでいって壁に刺さった。
今度は二人が同時に来た。一人の帯を掴み、もう一人を小脇に抱える。
「離せ! 離せえ!」
腕の中で、嫌な音がした。
慌てて腕を緩めた。人間は壊れやすい。つい昨日、目の前で見た。
残った連中は逃げ出そうとして、狭い廊下で押し合いになった。まとめて抱えて、床へ下ろす。
「降参! 降参する!」
静かになった。
廊下で立っているのは、俺と牛若だけだった。牛若の足元にも、三人転がっている。
「やるじゃん、ハゲ」
「今さらかよ」
盗賊を縛り終えるころには、宿の者も集まってきていた。
「いやはや。見事な忠義でございました」
吉次が俺の前で深々と頭を下げる。
「忠義? そんな大層なもんじゃねえよ」
肩を回そうとして、やめた。矢傷のほかに、殴られたところがあちこちで
「しかし、あれほど打たれずとも」
「仕方ねえだろ」
廊下の向こうで、牛若が盗賊の棒を一か所へ集めていた。小さな背中に、女物の小袖。
「あいつ、まだガキだろ。俺の方が頑丈なんだから、俺が前に立った方がいい」
牛若の手が止まった。棒が重かったのかもしれない。
「……左様でございますか」
吉次はそれ以上、何も言わなかった。
部屋へ戻って横になった途端、どっと疲れが出た。背中も腕もずきずき痛むのに、瞼の方が重い。
うとうとしかけたところで、左肩に何かが触れた。
薄目を開けると、牛若が俺の肩の布を
寝たふりをした。起きていると知れたら、またハゲだの何だの言われる。
新しい布が巻かれた。昨日より、少しきつい。
結び終えた手が、そのまま止まった。
「……僕が」
小さな声だった。俺に言ったのではない。
「僕が、ちゃんとしないと」
何を、とは聞けなかった。