転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく   作:なほやん

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第四話 棒三本

 

「遮那王様、お足元にお気をつけて」

「うん」

 

 京を出て二日目。街道で一緒になった金売吉次(かねうりきちじ)という商人は、とにかく腰が低かった。

 平泉へ行くと聞くなり、途中まで同道しないかと言ってきた。

 ありがたい話ではあった。俺は宿の取り方も、この時代の銭の使い方も知らない。吉次がいれば、今夜は屋根の下で眠れる。

 

 気になるのは、吉次の頭の下げ方だった。俺にも礼儀正しいが、牛若にはもう一段深い。当の牛若は女物の小袖(こそで)で、拾った枝を振り回して道端の草を叩いている。とても様付けされる態度ではない。

 

「なあ吉次。なんでこいつにそんな畏(かしこ)まってんだ?」

 

 吉次が目を瞬いた。牛若を見て、俺を見る。

 

「武蔵坊殿、主君に対して失礼ではありませんか」

「どう見てもただのメスガキだからな、こいつ」

「うるさいよ、ハゲ」

 

 牛若が、草を叩いていた枝をこちらへ突き出した。その先で、緑色の芋虫がうねっている。

 

「ほら、虫がいたよー、ハゲー」

「やめろ! 近づけるなこのメスガキ!」

「頭に乗せたら似合うと思うんだけど」

「乗せんな!」

 

 前世引きこもりネトゲ廃人は、虫が苦手なのだ。

 

 吉次が黙って目を逸らした。

 

 その夜は鏡宿(かがみのしゅく)に泊まった。吉次の馴染みの宿だそうで、造りが古く、廊下の天井が低い。

 

 夕飯は、麦の混じった飯に菜の汁、干した魚が一枚。前世のコンビニ弁当の方がよほど豪勢だった。

 それでも、一日歩き通した腹には染みた。汁を最後の一滴まで飲み干し、飯は三杯おかわりした。

 

「ハゲ、食べ過ぎ。そんなに美味しい?」

「うまい。けど、お前がくれた握り飯の方がうまかったな」

「……塩しか振ってないよ、あれ」

 

 牛若はぷいと横を向いて、干し魚をつつき始めた。変なやつだ。

 

 宿の女が、湯が沸いていると告げに来た。

 牛若が向き直り、袖で口元を隠して上目遣いにこちらを見る。

 

「お風呂あるって。いっしょに入らない?♡」

「誘惑すんなメスガキ!」

「えー。背中、流してあげるのに」

「いらん!」

 

 その時、表で戸板の破れる音がした。

 

 隣の部屋で何かが倒れ、女の悲鳴が上がる。廊下を踏み鳴らす足音は、一人や二人ではない。牛若はもう戸口に立っていた。腰に太刀がある。

 

「昨日の連中か!?」

「たぶん。追ってきた」

 

 牛若の声は平たかった。昨日、山道で聞いたのと同じ声だ。

 

 薙刀を掴んで立ち上がると、左肩が引きつった。矢傷だ。

 

「無理しないで寝ててよ、ハゲは」

「この程度余裕だ!」

「ふーん」

 

 言い捨てて、牛若は廊下へ出ていった。

 

 追おうとして、薙刀の刃先が鴨居(かもい)を削った。この天井では、振り上げることもできない。俺は薙刀を部屋へ放り込み、素手で廊下へ出た。

 

 すぐ先で、牛若が三人を相手にしていた。

 

 動きが硬い。

 

 いつもの牛若なら、相手の頭上を跳び越えて後ろへ回る。ここで跳べば天井に頭を打つ。太刀は抜いても、振る高さがない。左右は板壁で、横へも抜けられない。しかも牛若の後ろでは、吉次と手代(てだい)たちが荷を抱えて固まっていた。

 

 棒が振り下ろされる。牛若は半身で外した。外すだけなら簡単らしい。だが外した分だけ男が前へ出て、吉次たちに近づく。牛若はすぐに戻って道を塞ぐ。

 

 なら、交代だ。

 

 俺は牛若の襟首(えりくび)を掴んで、後ろへ引いた。

 

「弁慶!?」

 

 入れ替わりに前へ出ると、それだけで廊下はほとんど埋まった。

 棒が来た。右の前腕で受ける。乾いた音がして、棒は俺の腕の上で止まった。

 

「下がれ、弁慶! 怪我してるだろ!」

「してねえ方の腕で受けてる!」

「そういう話じゃない!」

 

 背中で、牛若の気配が変わった。

 

「——狙いは、この首であろう」

 

 牛若は俺の脇をすり抜けて一歩前へ出ると、男たちを真っ直ぐに見据えた。

 

「遮那王(しゃなおう)はここにいる。その男に用はあるまい。来い」

 

 背後で、吉次が息を呑んだ。

 

 廊下が静まり返った。

 男たちが顔を見合わせる。

 

「誰だ?」

「知らねえ。どこの娘だ」

「どけ、ガキ!」

 

 一人が牛若を押しのけ、吉次の荷へ向かおうとした。俺はその顔面を掴んで止めた。

 

 こいつら、遮那王の名を聞いても眉一つ動かさない。見ているのは荷だけだ。

 

「牛若。こいつらただの強盗だ!」

 

 牛若の口が、開いたまま止まった。

 

 その頭めがけて、別の棒が振り上げられる。

 

 考えるより先に、掴んでいた男を突き飛ばし、牛若を腕の中へ引き込んで盗賊へ背中を向けていた。

 

 一本目が背中に落ちる。

 二本目。

 三本目。

 

 息が詰まる。膝は折れない。

 

 腕の中で、牛若が俺を見上げていた。一本落ちるたびに、その顔から血の気が引いていく。

 

「こんなもん痛くねえから、安心しろ」

 

 嘘だ。痛え。だが、矢に比べればなんてことはない。

 

 それに、刃物もない。弓もない。棒と木太刀(きだち)の強盗だ。

 なら、受けきれる。

 

 牛若を後ろへ押しやり、向き直る。

 

 足を開いて、廊下の真ん中に腰を据える。両腕を広げれば、左右の壁に手が届いた。

 知ってるぞ。弁慶といえば、これだ。

 

「これが俺の——仁王立ちだ!」

 

 盗賊たちが、そろって半歩あとずさった。目は残らず俺に向いている。ヘイト管理、完了。

 

「なんで倒れねえんだ、こいつ……」

 

 では、こっちの番だ。

 

 次の棒を掴んだ。引く。棒ごと男が飛んできたので、そのまま後ろの男へ投げ返した。二人まとめて部屋の板戸を突き破る。

 

 木太刀が右肩へ来た。受けた。木太刀の方が折れた。

 

「は?」

 

 木太刀の男が、手元に残った柄を見ている。その隙に、一人が壁際から俺の脇の下をくぐった。

 

 しまった、と振り向いた時には、もう鞘が鳴っていた。牛若が男の手首を打ち、返す鞘で膝を払う。男は吉次の荷の手前で床に這った。

 

「後ろは僕がやる。前だけ見てて」

「おう!」

 

 別の男が腰に組みついてきた。持ち上げる。軽い。

 加減、加減。欄干を峰でへし折った夜を思い出して、そっと放る。

 

 そっと放ったはずの男は、廊下の突き当たりまで飛んでいって壁に刺さった。

 

 今度は二人が同時に来た。一人の帯を掴み、もう一人を小脇に抱える。

 

「離せ! 離せえ!」

 

 腕の中で、嫌な音がした。

 

 慌てて腕を緩めた。人間は壊れやすい。つい昨日、目の前で見た。

 残った連中は逃げ出そうとして、狭い廊下で押し合いになった。まとめて抱えて、床へ下ろす。

 

「降参! 降参する!」

 

 静かになった。

 

 廊下で立っているのは、俺と牛若だけだった。牛若の足元にも、三人転がっている。

 

「やるじゃん、ハゲ」

「今さらかよ」

 

 盗賊を縛り終えるころには、宿の者も集まってきていた。

 

「いやはや。見事な忠義でございました」

 

 吉次が俺の前で深々と頭を下げる。

 

「忠義? そんな大層なもんじゃねえよ」

 

 肩を回そうとして、やめた。矢傷のほかに、殴られたところがあちこちで疼(うず)き始めている。腕には、もう紫色の痣が浮いていた。左肩の布にも、赤いものがにじんでいる。傷がいつ開いたのか、覚えていない。

 

「しかし、あれほど打たれずとも」

「仕方ねえだろ」

 

 廊下の向こうで、牛若が盗賊の棒を一か所へ集めていた。小さな背中に、女物の小袖。

 

「あいつ、まだガキだろ。俺の方が頑丈なんだから、俺が前に立った方がいい」

 

 牛若の手が止まった。棒が重かったのかもしれない。

 

「……左様でございますか」

 

 吉次はそれ以上、何も言わなかった。

 

 部屋へ戻って横になった途端、どっと疲れが出た。背中も腕もずきずき痛むのに、瞼の方が重い。

 

 うとうとしかけたところで、左肩に何かが触れた。

 

 薄目を開けると、牛若が俺の肩の布を解(ほど)いていた。灯りの端で、赤く染まったところをじっと見ている。

 

 寝たふりをした。起きていると知れたら、またハゲだの何だの言われる。

 

 新しい布が巻かれた。昨日より、少しきつい。

 

 結び終えた手が、そのまま止まった。

 

「……僕が」

 

 小さな声だった。俺に言ったのではない。

 

「僕が、ちゃんとしないと」

 

 何を、とは聞けなかった。

 





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