転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく   作:なほやん

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第七話 櫛一枚

 

「殿から離れろ、この野郎!」

 

 割って入ると、泰衡(やすひら)はすぐに手を引いた。

 怒りも身構えもせずに目を丸くして、それから困ったように笑った。

 

「これは失礼いたしました。従者どの」

「従者どのじゃねえ!」

 

 薙刀の石突(いしづ)きを地面にどんと突き立て、足を開いて胸を張った。

 

「俺の名は、武蔵坊弁慶だ!」

 

 横で、義経がぷっと噴き出した。さっきまで固まっていた肩から、力が抜けている。

 よし。

 

「弁慶どの」

 

 泰衡は、俺にまで頭を下げた。

 

「京からここまで、九郎どのをお守りくださったのですね。ありがとうございます」

 

 見得を切った勢いの、行き場がなくなった。

 

「ごめんね、次郎どの。こいつ、番犬みたいなものだから」

「番犬ってなんだ!」

 

 泰衡が、肩を揺らして笑った。

 

「頼もしい忠犬どのですね。さあ、父が待っております。館へご案内しましょう」

 

 泰衡は馬の手綱を取ると、自分は乗らずに、義経の方へ差し出した。

 

「九郎どの、どうぞ。長旅でお疲れでしょう」

「え、でも」

「私は歩きたい気分なのです」

 

 義経は少し迷ってから、ひらりと鞍に上がった。泰衡が手綱を引いて歩き出す。吉次は荷を背負い直して、後を追った。

 

 手綱くらい、俺が引くのに。

 そう思いながら、泰衡の横に並んだ。

 

 日が落ちかけた町には、もう灯がともり始めていた。通りの両側の店先で、篝(かがり)火が揺れている。すれ違う人がみんな泰衡に頭を下げ、泰衡はその一人一人に、名前を呼んで返事をしていた。

 

「与作、腰はもういいのか」

「おかげさまで、若様」

「おたけ、倅が帰ってきたそうだな」

「へえ、昨日!」

 

 ……こいつ、町の人間の名前、全部覚えてるのか?

 

 秀衡の館は、京で見たどの屋敷よりも広かった。

 

「おお、九郎殿! よう来られた、よう来られた!」

 

 広間の上座から、恰幅のいい男が身を乗り出していた。泰衡の父、藤原秀衡(ふじわらのひでひら)。奥州でいちばん偉い男だと、吉次が道々言っていた。そのわりに、声が近所のおっちゃんみたいに大きい。

 

「長旅であったろう。何も案ずることはない。ここにおればよい」

 

 秀衡は立ち上がって、義経の両手を取った。子供の帰りを待っていた親みたいな顔だった。

 

 膳が運ばれてきた。

 焼いた鮭。雉(きじ)の汁。鯉(こい)の膾(なます)。見たこともない山のきのこを炊いたもの。どれも素焼きの皿に盛られていて、一皿空けると、すぐに新しい皿で次が来る。

 

 わんこそばかよ。

 

 いや、待て。

 宴に招いて毒を盛る話なんて、時代劇でいくらでも見た。

 

 義経が箸を取ろうとした。

 その手首を、掴む。

 

「殿、待て。俺が先に食う」

「え」

「毒見だ」

 

 鮭をかじった。脂が乗っていて、皮がぱりっとしている。うまい!

 雉の汁をすすった。骨から出た出汁(だし)が、腹の底まで染みる。うまい!

 鯉も食った。きのこも食った。うまい! うまい!

 

 毒が入っているかもしれない以上、全部の皿を確かめなければならない。脇には、使い終わった皿がみるみる積み上がっていく。

 

「……ねえ、それ全部毒見?」

「当たり前だろ」

「僕の分、ないんだけど」

「まだ確かめ終わってねえ」

 

 向かいの席で、泰衡が新しい皿を俺の前へ押し出した。

 

「弁慶どの、こちらもまだ確かめておられませんね」

「おう」

「こちらも」

「おう」

 

 上座で、秀衡が膝を打った。

 

「見事な喰いっぷりじゃ!」

 

 広間がどっと沸いた。

 

「九郎殿は、よい家来をお持ちだ。おい、この御仁に飯をもっと持て!」

 

 義経が、両手で顔を覆っていた。耳まで赤い。

 

 宴の終わりに、秀衡がまた声を張った。

 

「そうじゃ、九郎殿に用意したものがあったな。持ってまいれ!」

 

 今度は、膳に代わって贈り物が並んだ。

 秀衡からは、唐櫃(からびつ)の蓋いっぱいの砂金。燭台の灯を跳ね返して、蓋の中がまぶしい。泰衡からは、さっき義経が乗ってきたあの馬を、そのまま鞍ごと。義経が頭を下げるたびに、広間から拍手が起きる。

 

「厩(うまや)のどれを差し上げるか、決めきれませんで。結局、今日乗っていた一頭を」

 

 泰衡は、すまなそうに眉を下げた。

 

 俺は皿の山の横で、並んだ贈り物を眺めていた。

 

 砂金。馬。屋敷。飯。

 どれも、俺には一つも用意できないものだ。

 

 俺、義経に何もやったことねえな。

 

     * * *

 

「また夜通し起きてたの?」

「寝ずの番だ」

「三日続けて?」

 

 戸が開いて、義経が顔を出した。

 俺は義経の部屋の前の縁側に、薙刀を抱えて座っていた。

 

「もしかして、僕の寝顔が見たいとか?♡」

「見えねえよ! 戸の外だぞ!」

 

 屋敷は広く、夜具は分厚く、衣は新しい。朝も夕も膳が出る。泰衡は毎朝顔を出して、不便はないかと聞いていく。義経の部屋の前で番をしている俺にまで、夜食の握り飯を届けてくる。

 

 何もかも、行き届きすぎていた。

 

 おかしい。

 ここは、俺が死ぬ場所のはずだ。なのに、何も起きない。何も起きないのが、いちばんおかしい。

 

「ねえ。そんなに警戒しないでよ」

「するだろ。ここは——」

「次郎どのは、いい人だよ」

 

 義経は、ごく当たり前のことを言う顔をしていた。

 

 胸のあたりが、むかむかした。

 まだ三日前の毒見が残っているらしい。

 

 義経が、俺の腕を引いた。

 

「今は僕が起きてる。昼まで寝て」

「けど——」

「寝ないなら、今夜は僕も起きてるから」

 

 それは困る。

 俺が縁側に横になると、義経は部屋から夜具を持ってきて掛けてくれた。離れかけた袖を掴むと、にやっとされた。

 

「なに。一人じゃ眠れないの?♡」

「お前が勝手に出歩くと困るんだよ」

「はいはい」

 

 義経が頭のそばに腰を下ろした。俺は袖を掴んだまま、目を閉じる。こいつが動けば、すぐ分かる。

 

「何かあったら、起こせよ」

「うん。おやすみ、弁慶」

 

 目が覚めると、義経はまだ隣にいた。俺が袖を放すと、引っ張られていたところを指で伸ばした。

 庭の向こうから、泰衡が手を振って歩いてきた。

 

「九郎どの。夕日を見に行きませんか。よい池があるのです」

「俺も行く!」

 

 口が先に出た。

 泰衡は、嫌な顔ひとつしなかった。

 

「もちろん弁慶どのも、ぜひ」

 

 町外れの林を抜けると、池があった。

 風がなく、水面が鏡みたいに空を映している。岸には葦(あし)が伸び、水の上を蜻蛉(とんぼ)がすいすいと渡っていく。向こう岸のさらに先に、低い山が一つ、ぽつんと座っていた。

 

「金鶏山(きんけいさん)と申します。春と秋の、ちょうど今ごろだけ、日があの頂に沈むのです」

 

 三人で、岸に並んで立った。

 言われて見ていると、本当にそうなった。赤い日が、山の頂に吸い込まれるように降りていく。池がまるごと、同じ色に染まった。

 

「父は、いつかここに寺を建てたいと申しております。極楽浄土を、この世に写したような」

 

 泰衡は、少し照れたように笑った。

 

「私はただ、千年たっても蓮の花が咲き続ける池にしたいのですが」

「どうして?」

 

 義経が聞いた。

 

「戦のない世が訪れるとき、そのしるしになるように」

 

 戦のない世。

 俺はそれを知っている。八百年後の、この国だ。

 

「そういう世の中は、必ず来る」

 

 口から出ていた。

 泰衡が、目を丸くしてこちらを見た。

 

「まるで見てきたように仰いますね、弁慶どの」

「……まあな」

 

 泰衡は静かに頷くと、懐に手を入れた。

 

 ——刃物か。

 

 俺は義経の前へ半歩出て、薙刀の柄を握り直した。

 

「蓮の実です。京の寺から分けていただいたもの。九郎どのにも、少し」

 

 出てきた小さな袋が、義経の手に乗せられた。

 

「いつか、九郎どののお好きな場所に植えてください」

 

 ……種かよ。

 半歩出た足を、そっと戻した。

 

「九郎どのの夢は、何ですか」

 

 義経は袋を両手で持ち直し、泰衡へ向き直った。館で秀衡に挨拶したときと、同じ顔になっていた。

 

「俺は……」

 

 俺!?

 今、俺って言ったか?

 

 俺の前では、ずっと「僕」だ。橋の上で会った夜から、一度も崩したことがない。

 

「源氏の子だから。兄上に会って、それで、父上の——」

 

 そこで、途切れた。

 義経は手の中の袋へ目を落とした。しばらく待っても、続きは出てこなかった。

 

「ここでは、九郎どのは九郎どのでおられればよいでしょう」

 

 義経が顔を上げた。

 

「……何もしなくても?」

「ええ」

 

 義経は蓮の実の袋をそっと懐にしまい、それきり何も言わずに夕日の方を向いたまま動かなかった。

 

 俺は、泰衡のことを源氏の子を狙うやつだと思っていた。

 ……こいつ、もしかして、いいやつなのか?

 

 日が、山の向こうへ沈みきった。池の赤が、ゆっくりと引いていく。

 

「弁慶どのの夢は?」

 

 急に振られた。

 

 俺の夢。

 前世なら、レイドの完全攻略とか。今は——死なないこと? いや、それも違う気がする。

 

 義経が笑ってれば、それでいい。

 

 ……なんて、言えるか。

 

「飯が、うまけりゃいい」

「弁慶どのらしい」

 

 泰衡は、それ以上は聞かなかった。

 かわりに、義経に笑いかけた。義経が、小さく笑い返した。

 

 義経を今、笑わせてるのが、こいつなら。

 こいつに任せた方が、いいんじゃないのか?

 

 胸が、またむかむかした。

 

 しつこい食あたりだ。

 

     * * *

 

 翌日、義経と吉次を連れて、市へ出た。

 

 義経に何か贈る。そう決めていた。

 泰衡は種をやった。秀衡は砂金をやった。俺も何かやる。

 問題は、銭がないことと、目利きができないことと、本人が隣を歩いていることだ。

 

「吉次、銭貸してくれ」

「……はい?」

「あとで返す」

 

 吉次は、何も聞かずに小さな革袋を出してくれた。こいつはやっぱり、すごいやつだ。

 中身は銭ではなく砂金だった。

 

 平泉の市は、京より騒がしかった。砂金を秤(はかり)にかける店があり、毛皮を山と積んだ店があり、海の向こうから来たという青白い焼き物を並べた店がある。人の肩と肩の間を、荷を積んだ馬が割って通っていく。

 

 押し合う人の中で、袖を引かれた。

 義経が、俺の袖をつまんでいた。

 

「逢い引きみたいだね♡」

「吉次もいるだろうが!」

 

 吉次が、黙って目を逸らした。

 

 ところが、それきり義経は静かになった。

 袖はつまんだまま、店先ばかり見ている。見ているのに、何も手に取らない。太刀を並べた店の前では足が止まって、柄へ伸びかけた手が、途中で下りた。隣の店では、子供の遊ぶ独楽(こま)の前で止まって、やっぱり何も取らずに歩き出す。

 

「ねえ、弁慶……何もしないって、どうやるの?」

 

 義経は、独楽の店の方を見たまま言った。

 

 難しいことを聞く。

 前世の俺が休みの日に何をしていたかといえば、ネトゲだ。参考にならねえ。

 

「知らねえな」

「……だよね」

 

 そういや、昨日は義経に寝かしつけられたんだった。

 

「殿が何かするなら、俺が前に立つ。何もしねえなら、俺は殿の隣で一緒に昼寝する」

 

 義経が、こっちを見上げた。

 

「……ほんと、単純」

「うるせえ」

 

 今度は、声を立てて笑った。

 

 笑いながら歩く義経の横で、俺は店先を横目で見ていった。

 反物は、義経の方がよっぽどいいのを着ている。刃物は、義経はもう持っている。食い物は、食ったら終わりだ。

 残るものがいい。義経が、ずっと持っていられるもの。

 

 小間物を並べた店の隅に、木の櫛があった。

 歯の細かい、飴(あめ)色の、何の飾りもないやつだ。

 

 ……これ。

 見たことがある。博物館だ。ガラスケースの中に、歯の欠けたのが一枚だけ、大事そうに飾ってあった。平安時代の、なんとか遺跡から出たとか。

 八百年後なら超お宝だぞ、これ。

 

「殿、ちょっと向こう向いてろ」

「なんで」

「いいから!」

 

 義経を反対側へ向かせて、小間物屋の前にしゃがみ込んだ。

 

「親父、これくれ!」

 

 革袋ごと差し出すと、店の親父は匙を持つ手を一瞬止めてから、砂金をひとすくい秤に載せた。

 釣りは、穴の四角い銅の銭で返ってきた。紐に通して、じゃらりと重い。

 

「殿! もうこっちを見ていいぞ!」

 

 振り向いた義経に、櫛を突き出す。

 義経は櫛を受け取って、ひっくり返したり、日に透かしたりした。

 

 吉次が、口を開きかけた。

 

「九郎様、それは——」

「いいの」

 

 義経は、短くなった髪に、その櫛を一度だけ通した。

 

 吉次の顔が、青くなっていた。

 

 ……待て。

 櫛って、女に贈るもんじゃないのか?

 男に、しかも主君に。俺、今、ものすごく変なことをしたんじゃ……

 

 俺の顔が、熱くなった。

 

「ありがと、弁慶」

 

 義経だけが、にっこり笑った。

 





 低評価が入ってしまい悲しいです……
 次回、義経のこの笑顔を曇らせますので、ぜひ高評価で応援お願いします。

 既に応援してくれている皆様、本当に本当にありがとうございます!
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