転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく   作:なほやん

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第八話 二枚目の盾

 

 朝、縁側で義経(よしつね)が髪を梳(す)いていた。

 昨日の、あの櫛で。

 

 目が合うと義経は少し微笑み、何も言わずにこっちを見たまま、もう一度ゆっくりと髪に櫛を通した。わざとだ。絶対わざとだ。

 

 顔がまた熱くなる。なのに、口の端が緩むのも止められなかった。

 

「九郎(くろう)様!」

 

 庭の向こうから、男が一人駆けてきた。肩幅が広く、背筋がまっすぐだ。顎から頬まで黒々とした髭(ひげ)に覆われ、三十は過ぎていそうないかつい顔をしている。男は義経の前で片膝をつき、深々と頭を下げた。

 

「秀衡(ひでひら)様の郎党、佐藤(さとう)継信(つぐのぶ)にございます。本日より、九郎様のお住まいの警固(けいご)を申しつかりました」

「よろしくね」

 

 ……警固?

 義経の番なら俺がしている。ほとんど毎晩、寝ずにしている。なのに、別のやつを付ける。

 

 む? 俺では不十分ってことか?

 

「おう、よろしくな」

 

 継信の目が、俺の方へ動いた。

 

「武蔵坊(むさしぼう)殿。主君の前で、その口の利き方はいかがなものか」

「殿は気にしてねえぞ」

「主君が許すことと、郎党が慎むことは別でござる」

 

 継信は立ち上がると何も言わずに義経の前へ回り、庭を行き来する郎党たちとの間に、ちょうど半歩だけ出た。

 

 俺も半歩前に出た。継信も半歩出た。

 俺がもう半歩。継信も、もう半歩。

 

 こいつ、俺とキャラ被ってね?

 

 後ろで、義経が噴き出した。

 

「ハゲと、ヒゲだね」

「ハゲ言うな!」

「ひげ、でござるか」

 

 継信は真顔のまま、自分の顎を撫でた。義経は縁側で腹を抱えている。

 

「おい、ヒゲ。その面で、いくつだ」

「十七にござる」

「十七!? 俺と同じぐらいかと思ったぞ……」

「拙者、そんなに老けて見え申すか」

 

 継信の肩が、少し下がった。

 

「そういえば、武蔵坊殿」

 

 継信が顔を上げた。

 

「今宵の相撲には、出られるのか」

「相撲?」

「秀衡様が、九郎様のご歓迎に郎党の力比べを催されるのでござる。勝った者には、褒美も出るとか」

 

 褒美。

 そうだ、吉次(きちじ)から借りた金も返せる!

 

「いかがなさる、武蔵坊殿。無理にとは、申さぬが」

 

 継信の目が俺の腕の太さを測っていた。

 上等だ。

 

     * * *

 

 夕方、館の庭に縄が張られた。土俵なんてものはない。縄で丸く囲っただけの地面を、郎党たちが二重、三重に取り巻いている。上座では秀衡がもう盃を手にして上機嫌だった。

 

「僕も出る」

「は?」

 

 止める間もなく義経が小袖を脱ぐと、下は白い褌(ふんどし)一枚だった。郎党たちの輪が、ざわっと揺れる。

 

「ひ、姫君……?」

「いや、九郎様だ。九郎様は男だ」

「男……?」

 

 湯殿で一度見ている。脱いでも何も変わらないのは、知っている。知っているのに、目が納得しない。周りの郎党たちの目もどう見ても納得していない。

 

 俺は自分の上着を脱いで義経の頭から被せた。

 

「隠せ!」

「なに、独り占め?♡」

「違う!」

 

 義経は上着を俺に突き返すと、さっさと縄の中へ入っていった。

 

「では、私がお相手を」

 

 泰衡(やすひら)が上着を脱いで縄をくぐった。郎党たちの輪がさっきとは違う揺れ方をした。

 

「若様自ら……!?」

「若様が相撲を取られるのは、いつ以来だ」

 

 上座で秀衡が盃を置いて身を乗り出した。泰衡は義経より頭ひとつ大きく、日に焼けた、しなやかな体をしていた。

 

「手加減はしませんよ、九郎どの」

「もちろん」

 

 二人が組むと、泰衡の腕が義経の背中へ回り、義経の頬がその胸に押しつけられた。

 

 胸が、むかむかした。今日は毒見をしていないから、食あたりのはずがない。

 

 待て。

 これは、もしかして——嫉妬か?

 

 俺が? 誰に?

 泰衡が、義経と組んでいる。今、義経と組めるのは、あいつだけだ。

 

 ——そうか。分かったぞ。

 

 俺は、義経と相撲を取りたいんだ!

 

 橋の上で一度も勝てなかった、あの義経に、勝ちたいんだ。

 

 泰衡が押すと、義経の踵(かかと)がじりじりと縄の方へ下がっていく。思ったより強い。だが、義経が一瞬だけ顔をしかめた途端、泰衡の腕が緩んだ。

 

 義経はその隙を逃さず、ふっと沈んで泰衡の足を払った。大きな体がくるりと宙を回り、どさっ、と背中から落ちる。泰衡はしばらく空を見て、それから仰向けのまま声を立てて笑い出した。

 

「参りました。九郎どのは、やはりお強い」

 

 庭が、どっと沸いた。いい負けっぷりじゃねえか。認めねえけど。

 

 俺は縄をくぐって、義経の前に立った。

 

「殿、次は俺と取れ!」

「やだよ」

「なんでだよ!」

「ハゲ、重いもん」

 

 重い。

 ……重い?

 

 義経はけらけら笑いながら、縄の外へ出ていく。その背中へ、手に持ったままだった上着を放ってやった。

 

「着とけ。風邪ひくぞ」

 

 義経は振り向きもせずに受け取って、頭からかぶった。

 

「……ぶかぶか」

 

 縄の中に、俺だけが残った。

 

「おい! 俺の相手はいねえのか!」

 

 見物の輪が、しんと静まった。

 

「ならば、拙者がお相手いたす」

 

 その輪の中から、継信が縄をくぐってきた。

 

「上等だ。どっちが真の壁か、証明してやる!」

「望むところにござる」

 

 組んだ。

 動かない。

 

 押した。押し返された。

 引いた。ついてこない。

 こいつ、足の裏に根でも生えてんのか。

 

「武蔵坊殿、なぜ退かぬ」

「お前こそ」

 

 縄の外では義経と泰衡が並んで座っていた。義経は俺の上着にくるまって、干し柿をかじっている。泰衡が何か言って、義経が笑った。

 

「がんばれー、ヒゲー」

「なんでそっちを応援すんだよ!」

 

 組んだまま、継信が低い声で言った。

 

「武蔵坊殿は、九郎様とどこで」

「京の橋の上だ。刀を取ろうとして、負けた」

 

 継信の腕にぐっと力がこもった。

 

「では、なぜ九郎様に仕えておられる」

 

 握り飯二つで。

 とは、言えなかった。言ったら、こいつはたぶんもっと怒る。

 

「守るって、言っちまったからな」

 

 継信はしばらく黙っていた。組んだ腕の力が、少しだけ変わった。

 

「拙者も、盾になるしか能がござらぬ」

「見りゃ分かるさ、同類だってな」

 

 いつの間にか日が落ち、郎党たちが鉄の籠に薪を入れて、背の高い脚の上に据えていく。篝火だ。火の粉がはぜて、組んだままの俺たちの影が、地面に長く伸びた。見物の輪はむしろ厚くなって、郎党の足の間から、子供たちまで前へ潜り込んでくる。

 

 腕が、重い。継信の息も、荒い。

 

 今だ。

 

 俺は継信の帯を掴んで腰を落とし、両足が地面から離れるまで持ち上げて、そのまま縄の外へ下ろした。

 

「参り申した」

 

 継信が息を切らしながら頭を下げた。

 

「されど、次は負けませぬ」

「おう。いつでも来い」

 

 歓声とともに見物の輪が前へ崩れ、背伸びして見ていた小さな子供が、人に押されてよろけた。とっさにそばの篝の脚にしがみつくと、鉄がきしんで傾いた。

 

 誰かの悲鳴が上がり、燃える薪を載せた鉄の籠が子供の真上へ倒れてくる。

 

 一番先に動いたのは、義経だった。座っていたところから飛び出して子供を胸に抱え込み、そのまま駆け抜けようとして、足がもつれた。

 

 ぶかぶかの上着の裾を、踏んでいた。

 俺の上着だった。

 

 義経は子供を抱えたまま、地面に伏せた。

 

 二番目は、俺だった。

 

 二人と籠の間へ飛び込んで仁王立ちになり、倒れてきた鉄の籠を、正面から、両手で受けた。

 

 重い。

 熱い。

 その次に、痛いが来た。

 

 焼けた鉄が、手のひらに張りついている。じりじりと、肉の焼ける音がした。籠からこぼれた熾火が、腕から肩へ転がり落ちていく。顔に、熱が吹きつける。

 

 弁慶は奥州で死ぬ。それが今なのか?

 いや、篝火で焼け死んだ弁慶なんて聞いたことがねえ。

 

 横へ払えば、燃える薪が人垣へ飛び散る。離せば、落ちる。後ろには、二人がいる。

 

 振り向くとすぐ後ろで、起き上がりかけた義経の首に、震える子供がしがみついていた。義経は降ってくる火の粉から子供を庇い、ぎゅっと抱き締めて頭をくるむように体を丸めた。その目だけが、俺を見上げていた。

 

 ああ、怖いよな。火だもんな。だから、笑ってやった。

 

「大丈夫だ」

 

 いつもなら言われる「下がれ」が今日は来なかった。

 

 籠の横から継信が飛びつき、傾いた脚を掴んで力任せに起こすと、俺も籠を押し上げた。息を合わせたわけでもないのにぴたりと揃い、鉄の籠が元の脚の上へ、がしゃんと戻る。

 

 手のひらが、鉄から剥がれた。俺は二人の方へ向き直って、焼けた手を背中へ回した。子供に見せるもんじゃない。

 

「さすが武蔵坊殿!」

 

 継信が叫んだ。

 

 見物の輪が、どっと沸いた。子供の母親が泣きながら何度も頭を下げている。秀衡が上座から、見事じゃ、誰か水を持て、と叫んでいる。泰衡が井戸の方へ走っていった。郎党たちが代わる代わる俺の肩を叩いていく。

 

 焼けた肩を叩かれるたびに、笑ったまま奥歯を噛んだ。

 

 義経はぶかぶかの上着を被ったまま、輪の外に立っている。朝、あの櫛を通していた髪に、灰が積もっていた。

 

 着とけ、と言ったのは俺だ。

 なのに、褒められている。

 

 こんなに大勢に褒められるのは、初めてだった。

 

 みんなが笑っていた。

 継信も、郎党たちも、俺も。

 

 義経だけが、笑っていなかった。

 





 応援、本当にありがとうございます!
 低評価もまた来てしまいましたが、この物語は必ず完結させますのでご安心ください!
 引き続きお気に入り、評価で応援いただけますと嬉しいです! よろしくお願いいたします!
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