転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく 作:なほやん
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朝、縁側で
昨日の、あの櫛で。
目が合うと義経は少し微笑み、何も言わずにこっちを見たまま、もう一度ゆっくりと髪に櫛を通した。わざとだ。絶対わざとだ。
顔がまた熱くなる。なのに、口の端が緩むのも止められなかった。
「
庭の向こうから、男が一人駆けてきた。肩幅が広く、背筋がまっすぐだ。顎から頬まで黒々とした
「
「よろしくね」
……警固?
義経の番なら俺がしている。ほとんど毎晩、寝ずにしている。なのに、別のやつを付ける。
む? 俺では不十分ってことか?
「おう、よろしくな」
継信の目が、俺の方へ動いた。
「
「殿は気にしてねえぞ」
「主君が許すことと、郎党が慎むことは別でござる」
継信は立ち上がると何も言わずに義経の前へ回り、庭を行き来する郎党たちとの間に、ちょうど半歩だけ出た。
俺も半歩前に出た。継信も半歩出た。
俺がもう半歩。継信も、もう半歩。
こいつ、俺とキャラ被ってね?
後ろで、義経が噴き出した。
「ハゲと、ヒゲだね」
「ハゲ言うな!」
「ひげ、でござるか」
継信は真顔のまま、自分の顎を撫でた。義経は縁側で腹を抱えている。
「おい、ヒゲ。その面で、いくつだ」
「十七にござる」
「十七!? 俺と同じぐらいかと思ったぞ……」
「拙者、そんなに老けて見え申すか」
継信の肩が、少し下がった。
「そういえば、武蔵坊殿」
継信が顔を上げた。
「今宵の相撲には、出られるのか」
「相撲?」
「秀衡様が、九郎様のご歓迎に郎党の力比べを催されるのでござる。勝った者には、褒美も出るとか」
褒美。
そうだ、
「いかがなさる、武蔵坊殿。無理にとは、申さぬが」
継信の目が俺の腕の太さを測っていた。
上等だ。
* * *
夕方、館の庭に縄が張られた。土俵なんてものはない。縄で丸く囲っただけの地面を、郎党たちが二重、三重に取り巻いている。上座では秀衡がもう盃を手にして上機嫌だった。
「僕も出る」
「は?」
止める間もなく義経が小袖を脱ぐと、下は白い
「ひ、姫君……?」
「いや、九郎様だ。九郎様は男だ」
「男……?」
湯殿で一度見ている。脱いでも何も変わらないのは、知っている。知っているのに、目が納得しない。周りの郎党たちの目もどう見ても納得していない。
俺は自分の上着を脱いで義経の頭から被せた。
「隠せ!」
「なに、独り占め?♡」
「違う!」
義経は上着を俺に突き返すと、さっさと縄の中へ入っていった。
「では、私がお相手を」
「若様自ら……!?」
「若様が相撲を取られるのは、いつ以来だ」
上座で秀衡が盃を置いて身を乗り出した。泰衡は義経より頭ひとつ大きく、日に焼けた、しなやかな体をしていた。
「手加減はしませんよ、九郎どの」
「もちろん」
二人が組むと、泰衡の腕が義経の背中へ回り、義経の頬がその胸に押しつけられた。
胸が、むかむかした。今日は毒見をしていないから、食あたりのはずがない。
待て。
これは、もしかして——嫉妬か?
俺が? 誰に?
泰衡が、義経と組んでいる。今、義経と組めるのは、あいつだけだ。
——そうか。分かったぞ。
俺は、義経と相撲を取りたいんだ!
橋の上で一度も勝てなかった、あの義経に、勝ちたいんだ。
泰衡が押すと、義経の
義経はその隙を逃さず、ふっと沈んで泰衡の足を払った。大きな体がくるりと宙を回り、どさっ、と背中から落ちる。泰衡はしばらく空を見て、それから仰向けのまま声を立てて笑い出した。
「参りました。九郎どのは、やはりお強い」
庭が、どっと沸いた。いい負けっぷりじゃねえか。認めねえけど。
俺は縄をくぐって、義経の前に立った。
「殿、次は俺と取れ!」
「やだよ」
「なんでだよ!」
「ハゲ、重いもん」
重い。
……重い?
義経はけらけら笑いながら、縄の外へ出ていく。その背中へ、手に持ったままだった上着を放ってやった。
「着とけ。風邪ひくぞ」
義経は振り向きもせずに受け取って、頭からかぶった。
「……ぶかぶか」
縄の中に、俺だけが残った。
「おい! 俺の相手はいねえのか!」
見物の輪が、しんと静まった。
「ならば、拙者がお相手いたす」
その輪の中から、継信が縄をくぐってきた。
「上等だ。どっちが真の壁か、証明してやる!」
「望むところにござる」
組んだ。
動かない。
押した。押し返された。
引いた。ついてこない。
こいつ、足の裏に根でも生えてんのか。
「武蔵坊殿、なぜ退かぬ」
「お前こそ」
縄の外では義経と泰衡が並んで座っていた。義経は俺の上着にくるまって、干し柿をかじっている。泰衡が何か言って、義経が笑った。
「がんばれー、ヒゲー」
「なんでそっちを応援すんだよ!」
組んだまま、継信が低い声で言った。
「武蔵坊殿は、九郎様とどこで」
「京の橋の上だ。刀を取ろうとして、負けた」
継信の腕にぐっと力がこもった。
「では、なぜ九郎様に仕えておられる」
握り飯二つで。
とは、言えなかった。言ったら、こいつはたぶんもっと怒る。
「守るって、言っちまったからな」
継信はしばらく黙っていた。組んだ腕の力が、少しだけ変わった。
「拙者も、盾になるしか能がござらぬ」
「見りゃ分かるさ、同類だってな」
いつの間にか日が落ち、郎党たちが鉄の籠に薪を入れて、背の高い脚の上に据えていく。篝火だ。火の粉がはぜて、組んだままの俺たちの影が、地面に長く伸びた。見物の輪はむしろ厚くなって、郎党の足の間から、子供たちまで前へ潜り込んでくる。
腕が、重い。継信の息も、荒い。
今だ。
俺は継信の帯を掴んで腰を落とし、両足が地面から離れるまで持ち上げて、そのまま縄の外へ下ろした。
「参り申した」
継信が息を切らしながら頭を下げた。
「されど、次は負けませぬ」
「おう。いつでも来い」
歓声とともに見物の輪が前へ崩れ、背伸びして見ていた小さな子供が、人に押されてよろけた。とっさにそばの篝の脚にしがみつくと、鉄がきしんで傾いた。
誰かの悲鳴が上がり、燃える薪を載せた鉄の籠が子供の真上へ倒れてくる。
一番先に動いたのは、義経だった。座っていたところから飛び出して子供を胸に抱え込み、そのまま駆け抜けようとして、足がもつれた。
ぶかぶかの上着の裾を、踏んでいた。
俺の上着だった。
義経は子供を抱えたまま、地面に伏せた。
二番目は、俺だった。
二人と籠の間へ飛び込んで仁王立ちになり、倒れてきた鉄の籠を、正面から、両手で受けた。
重い。
熱い。
その次に、痛いが来た。
焼けた鉄が、手のひらに張りついている。じりじりと、肉の焼ける音がした。籠からこぼれた熾火が、腕から肩へ転がり落ちていく。顔に、熱が吹きつける。
弁慶は奥州で死ぬ。それが今なのか?
いや、篝火で焼け死んだ弁慶なんて聞いたことがねえ。
横へ払えば、燃える薪が人垣へ飛び散る。離せば、落ちる。後ろには、二人がいる。
振り向くとすぐ後ろで、起き上がりかけた義経の首に、震える子供がしがみついていた。義経は降ってくる火の粉から子供を庇い、ぎゅっと抱き締めて頭をくるむように体を丸めた。その目だけが、俺を見上げていた。
ああ、怖いよな。火だもんな。だから、笑ってやった。
「大丈夫だ」
いつもなら言われる「下がれ」が今日は来なかった。
籠の横から継信が飛びつき、傾いた脚を掴んで力任せに起こすと、俺も籠を押し上げた。息を合わせたわけでもないのにぴたりと揃い、鉄の籠が元の脚の上へ、がしゃんと戻る。
手のひらが、鉄から剥がれた。俺は二人の方へ向き直って、焼けた手を背中へ回した。子供に見せるもんじゃない。
「さすが武蔵坊殿!」
継信が叫んだ。
見物の輪が、どっと沸いた。子供の母親が泣きながら何度も頭を下げている。秀衡が上座から、見事じゃ、誰か水を持て、と叫んでいる。泰衡が井戸の方へ走っていった。郎党たちが代わる代わる俺の肩を叩いていく。
焼けた肩を叩かれるたびに、笑ったまま奥歯を噛んだ。
義経はぶかぶかの上着を被ったまま、輪の外に立っている。朝、あの櫛を通していた髪に、灰が積もっていた。
着とけ、と言ったのは俺だ。
なのに、褒められている。
こんなに大勢に褒められるのは、初めてだった。
みんなが笑っていた。
継信も、郎党たちも、俺も。
義経だけが、笑っていなかった。
応援、本当にありがとうございます!
低評価もまた来てしまいましたが、この物語は必ず完結させますのでご安心ください!
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