誰にも語る気はなかったけれど、時と出会いは気持ちを変える。
支部でエレベーターを待ってる時間。自販機でジュースを買っていっしょにまったり飲んでる時間。訓練の合間の休憩時間。輸送機へと搭乗しての、任務地までの移動時間。
ちょっとした隙間を見つけては、あたしはなのちゃんとフェイちゃんに、ぽつりぽつりとセツナの話を聞いてもらうようになっていた。
菜園のお世話が好きだった話。料理が大の得意だった話。
ワンコみたいに駆けて来て、抱きしめられるのが大好きだった話。
ちょっぴり機嫌を損ねちゃって、全然痛くはなかったけれどぽかすか叩かれちゃった話。
今でもずっと、何処に行くにも変わらず持ち歩いている、セツナお手製安全祈願のお守りの話。
あの子について、どうしたって言えない事も多くある。話させてもらっている癖に、聞いてほしくない事も少なくない。
それでも、なのちゃんもフェイちゃんも、余計な口とか挟まないで、にこやかな顔をしてあたしに話をさせてくれていた。
付き合った時間は短いけれど、頭の鈍いあたしでもさすがに段々分かってきてる。
あの子達は、多分ただの国連職員なんかじゃない。ただの魔法の天才だとか超法規的な戦力だとか、そういう枠に収まりきれる子達じゃない。
あたしの中で、閉ざした物が数多くあるように。
なのちゃんの中にだって、フェイちゃんの中にだって、表には決して出せないだろう秘めた何かが居座っている。
そうでなかったら、こんな細やかさとか繊細さとか、十三歳で覚えるなんて早々誰にも出来っこない。
あたしの方が四つもお姉さんなのに、いつもいつも君らに甘えまくってて、情けないって分かっちゃいるんだけどもさ。
その分ちゃんと、EXCEEDZにまでスカウトされて来た意味を、ちゃんと果たしてみせるから。
──なのちゃんもフェイちゃんも、二人ともいつもありがとね。
これからも頼りにするし、君達に頼ってもらえる立派なお姉さんであれるように頑張るよ。
その日はあたし達の任務地である、第一管区から第三管区へと。
あたしとなのちゃん、フェイちゃんが先頭に立ち、中・大型侵略種の集団の出張駆除を完了させていた。
現地の駆除隊員の皆さんも、敵の猛攻を前にしてあたし達が到着するまで見事に足止めを果たしてくれた。一般人の被害はなし。市街地の被害もごく軽微。大三管区の駆除隊員の皆さんも、軽症者が数名だけで重症者も死亡者も出していない。
大変珍しい事に、完璧超人フェイちゃんが愛剣バルディッシュを装備するのを忘れてきてて現着するのがなかなかギリではあったけど、どうにかこうにか間に合って世はスレスレで事もなし。
静かで大人びたフェイちゃんが、思わず両手で頭を抱え、『あーっ!!』って叫んだレア光景は、イジらないし忘れ去るのがお姉さんとの約束だ。
──とまあ色々ありつつも、あたし達三人は輸送機のメンテナンスが終わるまで、大三管区の簡易基地にて休息を取らせてもらってた。
ところで任務中の事だけど、フェイちゃんは遅刻したぶん気合を入れて獅子奮迅の大活躍。大型の侵略種を相手にしても、バルディッシュを両手に構え勇猛果敢に飛び込んで、二体三体と黄金の閃きと共に斬り捨てた。
中型の集団に囲まれたって、周囲の全てを余さず感知しているみたく、純白のマントを風のように翻し踊るみたいに軽やかに凌ぎきる。
さすがは万能の天才。それだけでも、あたしだってなのちゃんだって見惚れるくらいにすごいってのに、あの子の本領はその後だ。
侵略種が、数を頼みに攻めても攻めてもフェイちゃんには掠りもしない。むしろ、黄金に発光する魔剣によって、一体二体と着実に斬り捨てられていく。
侵略種は苛立って、じわじわと怒り狂い、フェイちゃんの元へと大量に集まってくる。動きが制限されてしまうくらい、じわりじわりと大量に引き付けられて来る。
その全てを、戦闘開始直後から全て俯瞰し待ち構えいたかの如く、フェイちゃんは溜めていた魔力で以ってして、必殺の魔法サンダーレイジを発動。
轟音を共にして、一帯へと苛烈な雷が降り注ぐ。怒り苛立ち密集しすぎていた為に、侵略種らはろくな回避行動一つも取れず──結果としてフェイちゃんは、単身で約四割の侵略種を倒し尽くす、まさに珠玉の大戦果を上げたんだ。
上げたんだけど、フェイちゃんてばまー性格が生真面目なもんだから、
『ごめんなさい…。執務官でありながら無様に遅刻をした以上、わたしだけで八割は倒しきらなければならなかったのに…。たったの四割…。目標の半分以下…。こんなんじゃ執務官として、極東支部の皆さんに申し訳が立ちません…』なんて、駆除はとっくに終わってるのにぐったり落ち込んだままでいる。
『あーっ!』って絶叫したのといい、重ねてレアな光景だ。
それを見たなのちゃんが、青空に桃色の航跡を引きながら急いで避難勧告区域外の商店街まで飛んで行って、
『ほらフェイトちゃん、見て見て、わたしケーキを買ってきたよ! 美味しそうでしょ!? みんなで食べてやな事忘れて元気だそ!』って励ましてはくれたんだけど、
『ん、ありがと。一口だけ頂くわね…』と、簡易基地に設置された机の上にぐったりと突っ伏したまま、雷雲みたいなどよどよオーラもいっしょになって漂わせて、全く気のない沈んだ返事を返してくる。
ううーん、フェイちゃんてば重症だなあ。大好きななのちゃんのご奉仕攻撃が効かないなんて。
あたしもなのちゃんも隊員の皆さんも、やらかしばっかの恥ずい人生とでも言いますか、フェイちゃんにはしょっちゅう助けてもらっているんだし、お互い様ってゆう事で全然気にしなくっていいんだけど。
仕方がない。ここはシイナお姉さんが人生の先輩らしく、落ち込んでる子を元気づける必勝テクを見せつけてやろうじゃん──!
「あはははははははははは! シ、シイナさんてそれで一時期ひもじそうな顔をしていたんですかー!?」
「だ、ダメよなのは。人の失敗を笑うのは失礼な事だから…!」
簡易基地の中、なのちゃんはせっかくのケーキを机の上に置いたまま、一口も食べられないでお腹を抱えて大爆笑。
フェイちゃんも口では厳格たろうとしてるけど、完全に声が震えてる。
下手をしたら、椅子からガタンとずり落ちちゃうかもしれないくらい。どの方向からどう見ても、なのちゃんと同じくらいに大爆笑の寸前だ。
俯いて目を逸らしたまま、ふるふるふるふる震えてるのが可愛くって面白い。
さてさて、あたしがどうやってフェイちゃんの気持ちを切り替えさせて笑わせたのかってゆーと、答えは超が付くくらいに簡単だ。
かつてのあたし、久瀬シイナのやらかした数々のアホでおバカな大失敗を、面白可笑しくちょっと大げさにアレンジをして、あたし自身が笑いながら披露しちゃえばそれでいい。
今回語ってみたのは、あたしの新しい友達こと、夜海トワさんとの最新のエピソード。
トワってばさ、見た目は瑞穂出身の女子らしい、綺麗で長い黒髪の、おっとりとしたお嬢様っぽい子ではあるんだけど、同時にすっごい痩せの大食いで。
その日はね、モールに行ってあれこれ食べ歩きをしてたんだけど、トワったらやっぱりいいとこのお嬢様っていうか、お腹といっしょにちょっとばっかり金銭感覚が壊れてるっていうか。
ハンバーガー、フランクフルト、クレープ、唐揚げ、三段重ねのアイスクリーム、ミニラーメン、焼きそば、麻婆豆腐、どら焼き、お饅頭、ワッフル、肉まんあんまんピザまんにチョコまん、タコ焼きにイカ焼きにシュークリームと、もう無限レベルに何でもかんでも食べる食べる! おっとりしていてもの静かな子なんだけれど、それはそれは幸せそうな、きらきらオーラをだだ漏らしにして食いまくる!
実はあたし、その時お給料日前でさー。出費はね、ほどほどに抑えておこうと思ってたんだけどさー。
あんなん見せられちゃったらね、一介の食いしん坊として、欲望と食欲にボワっと火がついちゃうに決まっているさ!
あはは、もうどうにでもなれーって同じメニューを食べ歩きして、おかげでトワと別れる頃は財布の中はほぼカラッポ! 給料出るまで三日間、根性でひもじい思いを耐え抜いたって黒歴史の披露をしたら、想定通りにフェイちゃんに受けた。今も体を震わせて、あからさまかつ必死に笑いをこらえながら、
「シ、シイナさん。それなら少し、貯金を下ろせば良かったんじゃないですか? 食費三日分の補助くらい、別に気にとかしなくたって…」と、真っ当な質問を返してくる。それにあたしは、
「いやーダメダメ! お小遣いの無駄遣いは自己責任! 一回それを自分自身に許したら、際限ない無駄遣いが始まるぞっておじいちゃんに言われてたから! だから三日間、歯を食いしばって空腹をどうにかガマンしてたんだ! 偉いでしょー!」と大げさに胸を張ったドヤ顔で返答。これがフェイちゃんにとって、完全なるとどめになった。
それまでは、一応年上であるあたしの顔を、立てようとはしてくれてたんだろうけども、
「ぶふぁーっっ!?」って、とうとう辛抱出来ないで美形が台無しになる噴出をした。なのちゃんもつられて噴出した。
お姉さんてば大受けだ。フェイちゃんもなのちゃんも、両方が謎テンションで、お互いの肩や背中を本気でバシバシ叩き合っちゃうレベルでの超会心の大受けだ。
いやーこんなに笑ってもらえるとこっちまで気分がいいな! あたしなんかのちょっとの恥で元気を出してもらえるのなら、川に全力ダイブとか人生もっとやらかしまくりでいいかもね!
「──と、ところでシイナさん。他にもっと面白いお話はないですか? よかったら、まだまだ色々聞かせてほしいなーって」
おっと、笑いすぎて涙まで流しているなのちゃんから、シイナさんまでリクエストが入りました。
「こらなのは、ダメ。先輩に失敗談をせがむだなんて、人としてはしたない行為よ?」
少し落ち着いたフェイちゃんがやんわりたしなめてあげてるけれど、両目は全然そう言ってない。
ちらちらちらちらあたしの方に、にやにやとした視線を向けて、もっとお話してほしいってなのちゃん以上に熱いリクエストを送ってきてる。
もおー、二人とも可愛いなあー。仕方ないなあー。頑張っているフェイちゃんに元気を出してもらう為なんだし、お姉さんももう一肌脱いじゃわざるを得ないなあー。
「ん〜どうしよっかな〜? もうそろそろ、輸送機のメンテも終わっちゃう頃だしな〜?」
あたしは思わせぶりな表情を見せながら、次は何を披露しようかと検討を開始する。
「ええ〜いいじゃないですか〜! あと一つだけ! あと一つだけ〜!」
「こらなのは! シイナさんを困らせちゃダメだから〜!」
なのちゃんはぐいぐいと迫ってきて、フェイちゃんは羽交い締めにして止めようとしてるけど明らかに形だけ。全然力が込められている様子がない。
うふふ。まるで子犬と子猫の甘噛み交じりのじゃれ合いだよ。
こっちまで笑いそうになるのを耐えながら、頭の中のエピソードをあれやこれやと探っていって──そうだ、これにしよう。あたしはこのお話を、二人に聞いて覚えておいてもらいたい。
ちょっとだけ姿勢を正して見せる。どんな風に喋ったら楽しく面白くなるか、頭の中でぱぱっと構成を組み立てておいてから。
あたしは一つの、あたしとセツナとの日常の、ある一つの思い出を話し始めた。
あと少しかと思ったけど終わりそうで終わらない。無事完結まで頑張ります