各管区では文明を維持出来てはいるものの、侵略種被害によって至るところに廃墟とスラムが連なっている、極東の国瑞穂の本土。
それとはある種かけ離れた環境にある、見渡す限りの青い海と豊かな山とに囲まれた場所。
本土から船で半日かかる、この世の果てに取り残されているかのような時代遅れの小さな離島。
人口が減り、高齢化が進み、いずれ誰もいなくなってしまうのが、ずっと前から見えてはいるんだけれども。
それでもあたしはここで生まれ、心も体も育ててもらった大切な場所──極東の国瑞穂の離島・海女取島。
もちろんそんな僻地にだって侵略種はやって来て、しっかり定着はしているんだけれども。
ただ、土地が狭いのが幸いしてかなんなのか、島内では中型レベルでも滅多に見れず、定着したのは海蜥蜴とか星二個レベルの小物だけ。あたしを含め、地元猟友会のおじちゃん達でどうにか対処が出来ている。
──で、今から二年くらい前の、あるよく晴れた牧歌的な日曜日。あたしがまだ、EXCEEDZに勤めていない頃。まさか国連に関わるなんて、全然思いもしていなかった日々。
その週は珍しく、侵略種駆除の依頼が全然なくて。
家の掃除と菜園のお世話、猟銃のメンテだけはしっかりと行って、後はあたしはリビングのソファに寝転んでスマホで漫画とかを読んでいた。
台所では、セツナが夕ご飯の準備中。
楽しそうでご機嫌そうな、セツナのオリジナルっぽいほんわかとした鼻歌。トントントンと振るわれる、材料を切る包丁のリズム。お肉や野菜を炒めてる、食欲を誘う香ばしい音。窓から差し込んでくる夕日の色と、微かに聞こえる波の音。その全てが心地良くて、ソファに身を預けているとついついうたた寝しそうになってしまう。
ああ、きっとこれがおじちゃんの言っていた、おじいちゃんがあたしと変わらない年頃の、あたしの故郷のあるべき姿。
その理解、その感慨に身を委ねて、手にしたスマホもいっしょにして、意識を手放そうとした瞬間──
ピンポーン! というインターフォンの音が鳴った。
次いで、「久瀬さんこんにちはー! 宅配便が届いてまーす!」って、配達のお兄さんがうちにまで、呼びかけてくる声も響いてきた。
眠気がぱっと吹き飛んで、あたしはむくりとソファから体を起こす。
セツナは台所にて、フライパンにおヘラを振るっている真っ最中。当然ながら、玄関までは出る余裕なんてなく、
「しーちゃんごめーん! 手を離せないから受け取ってー!」
手元のフライパンを注視して、あたしの方を見ないまま大きな声で頼んでくる。
「は〜い。なんか注文してたっけ〜? セツナの料理道具か菜園用具〜?」
「そうかもー。それか、しーちゃんに猟友会さんからの弾丸じゃないかなー」
「ま、見てみれば分かるね〜」
ソファから立ち上がり、ぱっとインターフォンの映像を確認。大丈夫、不審者の様子なし! 配達員さんを無駄にお待たせしないよう、あたしはとてとて早足で玄関にまで向かってく。
横開きの門を、ガラガラと音を立てて開いてから、「はーい、お待たせしましたー」とご挨拶。
あれ? なんか一瞬、配達員のお兄さんが『ぎょっ!』とした顔したけれど、あたし変な対応しちゃったかな? まわれ右してささーって、逃げるみたいに去ってったし。サイン受け取るのも忘れてったし。あて先間違ってないから別にいいけど。
リビングにまで戻って、台所のセツナに向けて、「セツナのが当たりだったねー。猟友会からあたし宛てだったよー」と伝えておく。
「はーい、しーちゃんご苦労さまー」セツナも一言返事をし、あたしの方にちらりと目線を送ったとこで、
「『しーちゃんのおバカ!! 男の人が来られてたのになんて格好で出てるのーっ!!』って、かつてないレベルでのセツナの怒りが大爆発ー!!」
大三管区の戦闘跡地に配置した、折りたたみ式のコンテナユニット。
もとい、EXCEEDZの簡易基地の中、あたしは椅子からガッターン! と勢いよく立ち上がり、両の腕を高らかに上げ火山みたいな激怒を表現!
すぐ間近にいたなのちゃんとフェイちゃんが、二人揃って「きゃああーっ♪♪」って。
それはそれはとっても楽しそうな悲鳴を上げて、ノッリノリであたしの方から逃げていく。
よっしゃあ今度も大成功! シイナお姉さん渾身のガッツポーズ炸裂! さっきのよりも更にウけた! あたしってば、典型的な体育会系脳筋女と自認してたけど、話術の類いは結構イケていたんだね!
なのちゃんとフェイちゃんは完全に、『シイナお姉さんを怒らせちゃっていっしょに逃げているごっこ』にまで入ってる。
手を繋いだ状態で外の方まで駆けてって、きゃあきゃあとわざとらしい悲鳴を上げながら。
よく晴れた平穏そのものの空の下、管区の瓦礫を撤去中の隊員さんらの間を縫って、笑顔でぴょんぴょん踊るみたいに跳ね回る。
まるで冬が終わって春が来て、全力で生の喜びを味わっている若くて無垢な野ウサギみたい。
うーん、まああれだね。以前からおんなじ事を、何度も何度も繰り返し思ってたりするけどさ。
あの二人って、ほんとのほんとに仲が良くって可愛いなあー。仕事の疲れも見る見る癒されていっちゃうなあー。
セツナは大人しめで家庭的な子だけども、言う時は遠慮なしにガツンと言える強い子だって知ってもらえたのも良かったよ。あの二人、出来るのならいつまでだって眺めていたいもんだけど、撤去作業のお邪魔になっちゃあいけないし、
「フェイちゃーん、なのちゃーん! お片付けのご迷惑になっちゃうよー! 二人ともいい子だから、そろそろこっちに戻っておいでー!」
あたしも外にまで出て行って、両手をメガホン代わりにし大きな声で二人の事を呼び戻す。
「はーい!」と素直な返事が重なって、すぐさま軽めのダッシュにてコンテナの方へと戻ってくる。
──うわあやっば。なのちゃんとフェイちゃんてば、まだ手を繋いでるよ。手と手をしっかり繋いだままで、とてとてこっちへ走ってくるよ。
ワンコとかニャンコとか野ウサギとか色々例えてきたけれど、今が一番双子の小動物感が半端ない。
いくらなんでも可愛すぎて、こっちへ駆け込んで来たとこを揃ってぎゅーっと抱きしめてほっぺにキスをしてあげたい。そうゆう危ない気分にすらなってきた。
まあいくらニブちんなあたしでも、『ダーメ! カップルのお邪魔しちゃダーメ! なんにもせずに、そっとお迎えしてあげなくちゃダーメ!』っていう警報音がガンガン鳴り響いてるのは分かっているし。
かるーく手を振り笑顔で迎え、やりたいようにやらせといてあげるのが、二人のお姉さんとして粋な振る舞いっていうもんなんだ。
やがて、あたしのすぐ懐にまでとび込んで来たなのちゃんが、ほっぺを蒸気させたままあたしの顔を上目で見上げ、
「ねえねえシイナさん! 一つ聞きたいんですけども!」
「はいはい、なあに?」
ああーやっば。距離近い。過去最高になのちゃんが、素直で無邪気なワンコっぽい。
「シイナさんて、ほんとのほんとに丈の短いおへそが全部出たシャツに、ピッチピッチで脚の方も全部出したショートパンツを着ただけで、宅配便に出ちゃったんですか?」
「うん、出たよ?」
あたしはなのちゃんの飼い主──じゃなくって、心の広い先輩らしくにこやかに、頭をなでなでしてあげながら質問に答えてあげる。
「そしてセツナちゃんから、『しーちゃん! どうしてそんなにエッチな格好のままなのに、平気でほいほい人前にまで出ていっちゃうの!? どうしてしーちゃん何回言っても自分が美人て理解をしてくれないの!? そのうち誰かが変な勘違いをし始めて危険なストーカーになっちゃうよ!?』って、めっちゃくっちゃに怒られたのも、全部全部ほんとにあった事なんですか?」
「うん、そだよー?」
これにももちろん先輩らしく鷹揚に。
お散歩中にこちらを見るや、ぐるんぐるんとしっぽを振って甘えにやって来てくれた、ちっちゃくってなつっこい可愛いワンコと楽しくお喋りするみたく、あっけらかんと笑顔で答えてみせたんだけど。
そしたら次は、なのちゃんのすぐ後ろに控えていたフェイちゃんが、「ぶふうーっ!?」って盛大に噴き出した。
本日二度目の、せっかくの美少女がちょっと以上に台無しになってしまう、背中をぐいんと反らしてのド派手な噴き出し方をした。
噴くのと同時、崩れるように地面にがくんと膝をつき、背中を丸めてお口とお腹を両手で押さえ、ふるふる震えて全く動けなくなっている。
うーん、同じのネタの反復なのにこんなになるまで笑うだなんて。
フェイちゃんてばもしかして、普段大人びた子でいる分だけ、一回ツボに入ったらかなり尾を引く笑い上戸になるタイプ? だとしたら、今後はあんまやりすぎたりしないよう、そういう子だって覚えておいてあげなきゃね。脳内ノートにメモだメモ。
「──それにしてもだよ、ワン──じゃなくってなのちゃん。いい機会だし、ちょっとばっかり質問があるんだけど」
そう。急で悪いっちゃ悪いんだけど、セツナの話を聞いてもらった事なんだし、ちょうどいい機会だった。なのちゃんフェイちゃんの二人から、外の視点で意見をもらいたい事がある。
「はい。なんですかシイナさん?」
「今でもよく分かんないんだけどさあ。セツナはどうして、男の人がどうとかであんなに怒ってたんだろうね?」
「───────────はい??」
「いや、だってさ? ストーカーもなにもさあ、あたしなんかの一体どこに、思わずつけ回したくなるような、女子っぽさがひそんでいると?」
「──え、ええと」
「まずさあ、あたしお化粧なんて興味もないしやる気もないし、そもそもがガッチガチの肉体労働者じゃん。やったところで動き回って汗かいて全部落ちちゃうのがオチだからずーっとすっぴんで通しているし、それで全然問題ないし」
「─────────」
「ファッションもね、なんか全然ダメみたいでね? セツナからも、『もうしーちゃんは、自分で服を選ばないで! わたしが全部やったげるから! わたしがいない時は、なんにも余計な事は考えないで、全部制服で通せばいいから! お願いだからしーちゃんは、絶対自分で私服を選んだりしないでー!』って憐れみまじりで怒られたりしちゃったし」
「─────────」
「一応ね、家事くらいはね。猪とか鶏とかの解体くらいは余裕だし、まあまあそれなりに万能のつもりでいたんだけどもね。これもやっぱりセツナから、『ダーメ! しーちゃんはお仕事で疲れてるんだから、お家の中でまで働いたらダーメ! 家事なら全部わたしがやるから、しーちゃんはゆっくり休んでて!』って八割方は奪われちゃってる体たらくだし」
「─────────」
「ついでに言えば、髪も毎日、二つか三つか寝癖がぴんぴんハネてるし。頭に血も昇りやすいし、じいちゃん譲りの荒い言葉が口からぽんぽん飛び出すし。言葉にしたらした分だけ、女子っぽさとかどんどんゼロになるじゃない? セツナは頭良いのにさ、こんなあたしがストーカーに遭うだとか、どうしてそんな珍妙な事言ったのかって今でもさっぱり分かんなくって。なのちゃんとフェイちゃんなら、あたしに代わってどういう事か上手い具合に言語化出来る?」
──と、あたしとしてはウケ狙いは一旦止めて、しごく真面目に二人へ聞いてみたんだけれども。
「──シ、シイナさん、ごめんなさい…! 一分だけ、一分だけで構いませんから、どうか一言だって喋らないで…! お願いですから少しだけ、メンタルを整える時間を下さい…!」
どういう訳かなのちゃんは、割れる限界ギリギリまで膨張をした風船みたいな顔をして、両手でしっかり口を抑えて必死で笑いをこらえてた。
──いや、なんだこれ? ワンちゃんそのものと思っていたら、今度は冬眠前に食い溜めしているリスの顔? 一体全体どういう感情? 真面目に質問した筈なのに、なのちゃんてば何がそんなにウケてるの?
てゆうか、屈み込んでふるふるしながら笑ってたフェイちゃんもまたフェイちゃんで、
「あ、あはは。あはははははは。あはははははははははははははは。無理無理無理無理もう無理です。可笑しすぎて死んじゃいます。シイナさんってばさっきから、あんまりにも冗談がお達者すぎますよう。あははははははははははははははは」
なんかもう、更に上まで行ったというか、心が半分壊れちゃったと言ったらいいか、ぺちんぺちんと地面を叩いて延々笑い転げてる。
あー、いやまあ、シイナお姉さんとしてはだよ?
二人が笑ってくれるのは、もちろん見ていて楽しくなるし嬉しくだって当然なるし、歓迎中の大歓迎じゃあ当然あるんだけれどさ。
けど、今のは全然冗談なんかじゃないからね? ウケを狙ってないとこで何故か異様な大ウケをして、しかもそれが今日一番のクリティカルだとしたんなら、やっぱ納得いかないし悔しいものがあるんだよ?
──くそっ、負けられない。根性だって笑いでだって、あたしはあたしに簡単には負けられない。あたしの十七年の人生で、一番でっかい恥をかいたヤバい事件はなんだった?
今すぐに、早急かつ正確に思い出せ。そいつを基にある事ない事交えての超大胆な現実改変アレンジを施して、さっきの笑いを超える笑いを提供しなきゃあ芸人として気が済まねえ──!
なんて、心の中でこっそりうんうん唸っていたら、
「──あのですね、シイナさん。わたし、セツナちゃんがシイナさんを色々心配をして怒っていた理由、すっごく分かる気がするんですよ」
呼吸を整え立ち直ったなのちゃんが、まだ笑っているフェイちゃんを横にして、にこにこと微笑みながらあたしへ向けて伝えてきた。
「──え、マジで?」
いやいや待って。それはいくらなんでも早すぎないか? あたしが約二年間、事あるごとに考えたけど一向に答えが出ない難問に、そんになあっさり答えが出た?
さすがにちょっとあり得ない。あたしの心にぴょこんと猜疑心が芽生え出て、腰を屈めてなのちゃんの眼を、ついつい覗き込んで見ちゃってた。
屈み込んだあたしの両眼に映るのは、セツナの好きな少女マンガのヒロインみたく、大っきくって可愛い瞳。
島で見上げた星空みたいにキラキラしてて、純粋で濁りがなくて、真っ正直にあたしの両眼を見ている眼。
──あ、これは間違いない。このブレなさは間違いない。
なのちゃんには分かってる。正真正銘本当に、あたしが全然分からなかったセツナの事が、なのちゃんには分かってる!
うわあすっご! あたしじゃいくら考えてもダメだったのに、答えに着くが超はっや!
さっすがなのちゃん、ちっちゃくて可愛くて年下の子でも国連特務部隊的なアレ! 天才フェイちゃんの相棒という立ち位置は伊達じゃない! さいこー! なのちゃん先輩超さいこー!
あたしは興奮のまま、なのちゃんの両手をしっかと握り、
「なのちゃんお願い! 今からであったって、あたしはセツナの姉としてあの子の事をもっときちんと知りたいの! だからどうか、頭の足りないダメダメお姉さんの為に、駆除隊員エース様の貴重な知恵をお貸しして〜!」
いらない見栄なんて全部捨て、握った両手をぶんぶん振って全力懇願してみせた。
それに対してなのちゃんからは、
「そ、それはもちろん全然構わないんですけれど〜。でも、多分、シイナさんの望んでいられる答えとは全然ズレてるといいますか、頭で理解は出来てても伝える自信が全くないといいますか。最悪の場合、ガーッて激しく怒られそうな悪い予感さえしちゃってて、少々気が進まないといいますか〜」
自信ありの表情から一転。言った言葉がそのまま示す通りである、微妙に困った笑い顔をあたしに向けて返された。
──ええ、なんだそれ? なのちゃんてば、天真爛漫で真っ正直な、いつものなのちゃんらしくない。答えに確証があるのやらないのやら、いまいち分かんないんだけども。
けれど、あたしとしては、二年を掛けてぐっちゃぐっちゃにこんがらがった大きな謎を、一気に解き明かせるかもしれない貴重な機会。
ここであっさり退くなんて絶対出来はしないから、
「怒んない! 理不尽な怒り方なんて、絶対にしないって誓うから! そういうのは、出会った時のスカウト事件が最初で最後! フェイちゃんにもはやて総督にも、ルークさんにもリインさんにも、ヴィータちゃんとかシャマルさんとかヴォルケンリッターの皆さんにも、誓える人間片っ端から全員に誓うから!」
「───────ほんとに? 何を言っても怒ったりとかしませんか?」
「ほんとに! 絶対!」
「ほんとのほんとにほんとです?」
「絶対の絶対の絶対! 嘘ついたらスターライトブレイカー真正面から撃ち込んでもらっても構わない!」
「ディバインバスターじゃなくって!? スターライトブレイカーを撃ち込んじゃってもいいんですか!? ──そ、そこまで言うんでしたらまあ、シイナさんを信じちゃってもいいですけれど」
「うん! 大丈夫! この一か月半、なのちゃんといっしょに戦ってきたお姉さんを信じてあげて!」
あたしはどーんと胸を叩いてみせて、自分達が戦場で培ってきた信頼をなのちゃんへと訴えた。
あー、でもスターライトブレイカーかあ。原種も何体か吸収したし、あたしも結構強くなったつもりではいるけれど。
スターライトブレイカーが相手じゃあ、ギリギリ一発耐えるのが限界ってとこだよねえ。
真っ正直で、天然ボケに定評のあるなのちゃんだし。キレたら撃ってもいいって失言を、絶対真に受けていないとは、正直あんまり自信を持っては言い切れない。
別にキレ散らかす気はなくっても、万一を考えたなら勢い任せにまずい約束しちゃった気もするけれど。
他の人なら跡形残らず消し炭にされちゃいそうだけど、あたしなら九割九分死にはしないしまあいいか! 今はそれよりセツナの怒りの真相だ!
「「指切りげんまん嘘ついたらスターライトブレイカー食ーらう! 指切った!」」
そうして互いにしっかり念を押し合うと、なのちゃんはこほんと一回咳払いして、
「では言いますが。──多分セツナちゃんはですね。シイナさんが人間的にあんまりにもスキだらけすぎるのが、一周回って可愛くってたまらなかったんですよ」