フェイトちゃんは毒親の血を脱せない   作:すかすかのタキ

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フェイトちゃんは毒親の血を脱せない

 高町なのは十三歳。彼女は普段、大きな瞳を好奇心と快活さとに輝かせた、明るくてちょっぴり天然で礼儀の正しい女の子だ。

 

 少し話をしてみたならば、大概の人はあっという間に好意を抱き、あっという間にお友達になってしまう、大変に魅力的な女の子だと断言しても差し支えない。

 

 だが今は、大きくて無邪気な瞳がうるうると、今にもこぼれ出しそうな涙によって哀れなほどに潤んでいる。

 

 ぐすんと鼻をすする音までもした。

 

 出来るなら今すぐにでも正座をやめて、居室の外まで脱兎の如くに逃げ出してしまいたい。久瀬シイナか八神はやての大きな胸の中へと飛び込んで、『よしよしよし、かわいそうに。なのちゃん怖かったんだね〜☆☆ まだ子供なんだから、お姉ちゃんには遠慮なんて全然必要ないからね〜☆☆☆』などと、優しく抱かれて背中をさすってもらいながらベッタ甘に慰めてほしい。そのような内心が透けて見えていたけれど、とてもじゃないけど実行出来はしないのだ。

 

 何故かといえば、すぐ目前で腕を組んで、仁王立ちの状態で自分の事を見下ろしているフェイトの顔が怖かった。

 

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。彼女は基本的には公平無私で穏やかで、職務を忠実に遂行する国連幹部の一員だ。

 

 内務や政治だけでなく、S級魔導士の一角として戦闘面でも攻防共に万能の能力を発揮する。

 

 それらを活かし、四年来の親友であるなのはらは、いっしょに幾多の危機を乗り越えて硬い絆を紡いできた。

 

 十三歳の、特別なようでいて何処にでもいるようなごくごく普通の女の子。そんななのはの、無垢で澄んだ精神は、この友情はずっと不変の物だって、今日まで無垢に信じ続けられてきた。

 

 ──けれど今は、時をかけて紡いだそれが唐突に。

 

 音も立てずに無残に地へとほどけ落ちたかのように。腐った果実が枝から土へと千切れ落ち、ぐちゃりと崩れてしまったかのように──フェイトの顔が、二人がまだ敵として出会ったばかりであった頃の、冷たく鋭い刃のそれに戻ってしまっていたのである。

 

「ねえなのは。貴女はどうしてシイナさんの存在を、EXCEEDZが非公表にしているかは分かってる?」

 

「え、えーと。EXCEEDZは侵略種災害の撲滅を目的とした組織だから。その組織が、侵略種由来の能力を持っている魔人の力を借りているって知られたら世間の人からいらない批判をぶつけられかねないし、シイナさんの為にもならないから──だったっけ?」

 

 降り下ろされる冷たい声に耐え抜いて、おっかなびっくり回答をする。

 

 ──だ、大丈夫かな? わたし、フェイトちゃんみたいに頭は良くはなれないけれど、多分大体合ってるよね?

 

 シイナさんからも、『なのちゃん毎日勉強頑張っていて偉いね〜♡ お姉ちゃん頭使うの苦手だしすっごく尊敬しちゃうよ〜、なでなでなで〜♡♡』っていつも褒めてもらえているし、七十点くらいは取れているまずまずな回答の筈だよね?

 

 そう考えて、なのはは正座の状態からちらりと顔を上げてみた。

 

 どうやらこの点に関しては、自己採点通りの合格ラインにあるらしく、それ以上の追撃がフェイトから放たれる気配はない。

 

 ないのだが、当然それでフェイトの中の苛立ちが、収まってくれている訳ではなかった。

 

「──ええ、その通りよね。だからEXCEEDZの皆さんにも、一部の幹部や騎士さん達を除いては、シイナさんの能力はあくまでも魔導由来のものだって説明してる。だからこれは機密として、内外ともに口にしてはいけない事なのだけれども──なのは。貴女、魔人狩りのリーダーらしき方相手に、魔法と誤魔化しておけばいいところを、国連には炎の魔人の協力者がいるんだってうっかり漏らしちゃったのよね?」

 

「うん…。なんとか誤魔化さなくちゃって、ちゃんと思いはしたんだけど…。思ったよりも顔に出てたみたいで、気付いたら小競り合いの流れの中で色々喋っちゃってました…」

 

 そうなのである。正座でしょんぼりしているなのはには、国連が炎の魔人に原種駆除を協力してもらっている件を、隠す意思はきちんとあった。シイナの名前も、誓ってシの一文字すらも一切口にしてはいない。

 

 それでもなのははあまりに人間的に人が好く、バカが付くほど正直な十三歳の少女であった。

 

 先日命を下された、原種三号と四号の駆除任務中。目的地である、人里離れた汚染区域にある廃倉庫。

 

 その場所にて遭遇をした、古風な黒いセーラー服の上、黒いパンキッシュなコートを羽織り、長く美しい黒髪をポニーテールに纏め上げた、赤い瞳の静かな少女──魔人狩りのリーダーこと夜見トワ。

 

 先にシイナと一戦を交わした魔人狩りのメンバー・ユーナとアオイからの報告があったのだろう。彼女からの、

 

『そちらのお仲間には、炎の魔人能力を使う方が?』という問いかけになのはは、

 

『え〜と、一応機密事項なので、お答えしづらいんですが〜』と、頬をぽりぽり掻きながら気まずそうな微笑み交じりに返してしまい、

 

『──あ、いるんですね。炎の魔人いるんですね。国連は一般人を魔人にして、兵士として利用している疑い大いにありの悪徳組織なんですね。許せません』と即断されていきなり刀で斬りかかられた。

 

 過激である。さすがは距離感バグりガールにして復讐の鬼である。静かで理知的に見せかけて、問答無用で攻撃してくるトワは酷い。

 

 けれど、なのはもなのはで国連組織の一員として、いくらなんでも酷すぎるという領域で人間的な分かりやすさに程があった。

 

 賢くてノリのいいAIにして、なのは愛用の魔杖レイジングハート君も、『いつもながらマスターさあ…』などとうっかりため息ついちゃいそうな案件である。

 

 主を思い、トワとの戦闘中に勝手に能力を分析したり拘束を破壊したりしてくれたレイハ君はマジで偉い。

 

 そんな彼の献身もあり、その場は一応事なきを得たといえ──フェイトはこれを国連執務官として、軽い気持ちで見過ごす事など出来なかった。

 

 魔人狩りとは、社会の裏で蠢いている正体不明の五人組だ。

 

 五人共が、かなり強力な魔人能力を有していながらも──文字通り私利私欲など交えずに、魔人の発生と魔人化薬の根絶の為だけに活動をし続けているらしく、交渉次第ではEXCEEDZとの協力態勢を築けるかもしれない。

 

 原種三号・四号駆除の任務中。

 

 魔人狩りメンバーの一人、相沢シオリと遭遇し少し会話が出来た事で、そう希望を抱いたフェイトであったのだが──残念ながら彼女らは警察組織に酷く不信感を持っていた。

 

 協力態勢を築けないだけならば、仕方がないの一言で済む。

 

 しかし、個々が当千の武力を有し、権力に対し大きな不信を持つ者の集まりならば──その集まりが、権力に対する明確な弱みを握ってしまった時、果たしていつ何時にどのような行動に出て来るか。

 

 その答えは、フェイトの明晰な頭脳を以ってしてでも簡単には出し得なかった。

 

 利害の絡む相手なら。欲得や損得を抱いた相手であれば交渉や駆け引きにまで持ち込める。しかし、危険も利益も欲得も度外視し、ただただ魔人の撲滅だけを理念とした少人数の組織であれば、恐らくそれは通じない。揺らぐ事なき信念故に、計れないし底知れないし合理性が通じない。読めない事が、合理的な視線で以って行動指針の決定をするフェイトに取ってこの上なく恐ろしかった。

 

 だから、そのように厄介な状況をうっかりで作り上げてしまったなのはに対し、フェイトは執務官の一人として叱責せざるを得なかったのであるが──経過と共に段々とやりすぎな様相が出始めていた。

 

 いわく、『久瀬さんをスカウトする時に、当時野宿中だった彼女のキャンプ道具にワクワクとして、留守のテントを勝手に覗き込むという大変失礼な真似をした』。

 

 いわく、『久瀬さんをスカウト中、嫌がって逃げる彼女を追跡中に──放出系攻撃の精度が甘い──と挑発する形になってしまい、結果周囲の侵略種までをも刺激して不要な戦闘に突入した』などなど。

 

 執務官としても親友としても、彼女にお説教が必要だというのはまあ分かる。

 

 仮にここに、八神はやて総督が立ち会ってくれていたのだとしても、『まあまあフェイちゃん、幸い無事に帰れたんだしここはなるべく穏便に〜』となだめるだけで、説教自体を止める事は多分やりはしなかった。

 

 しかし、今のフェイトのやり様は──済んだ過去のやらかしまでもネチネチネチネチ蒸し返してしまう今のフェイトのやり様は、明らかに悪い傾向にある。

 

 ここまでどうにかこらえていたなのはだが、さすがにもういい加減涙が決壊寸前だ。

 

 フェイトの居室は、激務にあっても完璧と言っていいほどにきちんと整頓されている。

 

 磨かれた窓。ほこりの落ちていない床。シーツにしわ一つないベッド。衣服の脱ぎ散らかしだとかお菓子の食べ残しも当然皆無。

 

 本棚には、政治学や組織運営論。侵略種駆除の歴史や生物学の専門書など、今のなのはじゃとても着いていけそうにない難解なものがジャンル順に並んでて、

 

『やっぱりフェイトちゃんはすごいなあ。頭がすっごくいいんだなあ。綺麗好きで落ち着いていて言葉づかいも丁寧で、みんなに自慢の親友だけど人としても憧れちゃうなあ』と、曇りない星空みたいに煌びやかな憧憬をしかと抱かせていたのだけれど──しかし今や、居室の内の整頓された全ての物が、無慈悲で無機質な重圧を発生させる悪辣装置となり果てて、間断なくなのはの心を苛んでいる。

 

 ネチネチは未だ降り止まない。容姿と若さと愛想だけで世の中を乗り切っている。魔力のコントロールはいいけれど表情のコントロールがまるでダメ。このままではいつまでも経っても誇りある国連の一員たり得ない。言葉の鞭が容赦なく、何発だって痣になるほど打ち込まれる。

 

 フェイト・テスタロッサの母──プレシア・テスタロッサという女性は、どう言い繕おうとも毒親としか言えない存在だった。

 

 美化されすぎた過剰な理想を追い求め、今目の前にいるフェイトの美徳が一つすらも目に映らず。

 

 過酷すぎる虐待をフェイトに向けて、止めてくれる者もないままに独り延々と繰り返してきていた。

 

 かつてのフェイトはその扱いこそ当然と、甘んじて虐待を受け入れ続けてきたのだが──現在はもう違う。

 

 長年の使い魔であるアルフ。そして高町なのはの献身により母の呪縛を脱却し、時空管理局という新たな居場所に属する事で新しい自分を作り上げてきた。

 

 ユーノ・スクライア。クロノ・ハラオウン。リンディ・ハラオウン。八神はやて。そして炎の魔人・久瀬シイナ。同年代から年長者まで多くの人と関わる事で、今日まで新しい人生を紡ぎ上げていく事が出来ていた。

 

 しかしそれでも悲しくも、人は血だとか遺伝子だとかいう物に、逆らう事など出来はしないのであろうか。

 

 今のフェイトは明らかに、かつての母プレシアの人生の焼き直しを行なってしまってる。

 

 高町なのはという欠点だらけの人間の、それでも数多く秘められている勇気や優しさといった美点を忘れ、自身の描くあるべき理想を押し付けに行ってしまってる。

 

 凍りついてゆくフェイトの瞳。鋭さと酷薄さとを増してゆく言葉。閉ざされたまま循環せずに、澱んで濁って腐敗していく居室の空気。

 

 このままフェイトは闇に墜ちていってしまうのか。なのはと築いてきた友情も、ここで全てが瓦解してゼロに戻ってしまうのか。

 

 いよいよなのはが耐えきれず、ずっとこらえてきた涙と喚きが決壊しようとしたその瞬間──

 

 

「ごめんなさいね、なのは。実はわたし、シイナさんに最近嫉妬していたの」

 

「──────へ?」

 

 突如として空気が変わった。フェイトの瞳と声色が、ベッタベッタに甘いものへ突如として変貌をした。

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