いよいよなのはが耐えきれず、ずっとこらえてきた涙と喚きが決壊しようとしたその瞬間──
「ごめんなさいね、なのは。実はわたし、シイナさんに最近嫉妬していたの」
「──────へ?」
空気が変わった。フェイトの声も甘く変わった。蜂蜜漬けのシュガードーナツに更にメープルシロップをかけたが如く、フェイトの声も瞳の色もベッタベッタに甘く変わった。
涙が止まり、ぽかんとした表情のまま、正座だけは維持し続けている高町なのは。そんな彼女を、プリンやゼリーを食すみたいに甘〜い力で抱きしめて、フェイトは更に耳元で囁くように言葉を紡ぐ。
「ねえなのは。貴女はシイナさんが来て二ヶ月、二人で任務に当たる事が多かったでしょ?」
「う、うん。そうだったけど」
「シイナさんは誰から見ても、本当にとっても素敵な人だよね。年上なのに偉ぶらないし、綺麗な顔やスタイルを鼻にかける事も全然ないし。開けっぴろげで明るくて、太陽みたいに元気な笑顔を誰彼構わずみんなに向けて、ただそこにいるというだけで、場の空気を朗らかで優しいなものに変えてしまう。出会ってたったの二ヶ月だけど、わたしはそんなあの人がすっごく好きになってるし、人として尊敬だってしているわ」
「うん、そうだね! わたしもそうだよフェイトちゃん! わたしもシイナさんが大好きだし、とっても尊敬しているよ!」
「うん、そうだよね。シイナさんはすごいよね。──だからこそ、わたしは不安だったのよ。なのは、最近貴女は任務から帰ってわたしの元に来るたびに、シイナさんのお話ばっかりしてたでしょう?」
「──え、そうだったっけ? わたし、そんなにシイナさんのお話ばっかりしてたっけ…?」
「うん、してたよ。任務の後にお弁当五つも食べていてすごかったとか。現地の子供とあっという間に仲良くなって、任務の後に野球とバスケとサッカーまでして元気すぎてすごかったとか。入隊まだ二ヶ月なのに、EXCEEDZの隊員さんに告白されていたのを目撃してすっごくドキドキしただとか。とにかくもうシイナさんの事ばっかり色々と」
「──う、言われてみれば確かにいっぱいしてたかも。フェイトちゃんに、シイナさんのお話ばっかり聞いてもらったりしてたかも…?」
「だからこそね、ここ最近のわたしはずっと、不安と寂しさでたまらなかったんだ。わたしは執務官だからあまり現場には出られない。わたしが支部に留まっている内に、現場のエースのなのはとシイナさんばかり、遠い所に出向いていっていっしょに過ごす時間が増えて。反対に、わたしがなのはといられる時間はどんどんどんどん減っていって──近い将来、なのはの中の一番が、わたしじゃなくてシイナさんに変わってしまうんじゃないかって。ここ最近、そんな不安がずっと収まってくれてなかったの」
「────────」
甘々だったフェイトの言葉に一抹の陰りが差す。なのはの大きく可愛らしい目がより大きく見開かれる。
言葉を。友達の為、何か気の利いた言葉の一つでも返してあげるべきなのに。頭の中が真っ白になり、フェイトが言わんとしている事が何なのかは直感している筈なのに、彼女は何も返事を返してあげられなくなる。
「──だから、ごめんなさいねなのは。わたしがまだ、人として未熟で小さくて幼いから、我慢をする事が出来なかった。シイナさんへの嫉妬と羨望を拗らせて、叱責が必要な状況にかこつけて、貴女にこんな酷い意地悪をしてしまったの。
わたしって、昔から本当に成長しないバカだよね。なのははもう、シイナさんとは全然比較にならないくらい弱くて醜いわたしの事を、この世の誰より大嫌いになっちゃった…?」
そうして、この言葉を聞いた瞬間。
なのはの大きな両眼から、先程までとは全く全然別物の、何より優しく柔らかく、愛の込もった熱い涙が瀑布のように溢れ出した。
「違うよ! ごめんなさいフェイトちゃん! 悪いのは、フェイトちゃんの寂しい気持ちに気付いてあげられなかったわたしだよっ!」
なのはの感情は爆発していた。十数秒の、頭が真っ白になってた時間を丸ごとバネにしたように、とてつもない勢いで爆発をした。
わんわんと幼子のように泣きながら、持てる力の全てを使いフェイトをぎゅっと抱きしめて。
留まる事なく押し寄せて来るそれをどう纏め上げればいいのだろうか、自分でもさっぱり分からないままに。
想いの全てを涙と共に。みっともなくしゃくり上げながらであろうとも、親友の悲しさと脆さを想い必死になって絞り出していた。
「わたしはフェイトちゃんが好き! どの平行世界を巡っても、フェイトちゃん以上の人にだなんて絶対出会えたりしないって、断言出来るくらい好き! わたしと違って何でも出来て、頑張らないと置いていかれるんじゃないかって怖くなったリもするけれど! フェイトちゃんは、誰よりキレイで格好良くてどんな人より尊敬出来る、わたしの最高の親友だよっ!」
一気呵成にそこまで言って、鼻をすすって一息つくとまたもや涙がぶわっと大量に流れ出て、
「だから自分の事を、弱くて醜い成長しないバカだだなんて卑下したりしないでよう! わたしが好きなフェイトちゃんをフェイトちゃんが嫌うだなんて、そんなのガマン出来ないもん!
うわああああああああああああああああああああああああああん!」
もう辛抱なんて無理とばかりに、今度こそ人の言葉をかなぐり捨ててなのはは盛大に泣き出した。
防音が施されたフェイトの部屋に、うわんうわんとはばかる事ない声が響く。
紡いだ言葉にも涙にも、嘘偽りの類いだなんて一片たりともないのだと証明してみせるかのように。
フェイトを抱きしめるなのはの腕に、痛いくらいにますます力が込もりゆく。
彼女の顔は既に涙だけでは飽き足らず、鼻水までもが垂れ流しとなりべちゃべちゃに汚れてしまってる。
当然ながら、全力全開で抱きしめられてるフェイトの服も被害大。涙と鼻水の洪水によりべっちゃべっちゃに濡れてしまっているのだけれど、今の彼女はそんな程度の瑣末事、気にする気にもなれなかった。
──ああなのは。
こんな顔を自分のすぐ目の前で晒した事を、貴女は後日きっと後悔するのでしょう。
今のテンションが落ち着いて冷静になってしまったら、恥ずかしくって三日くらい顔も合わせてくれないのかも。
本当にそうなったなら、本末転倒極まりないって思うのだけど──それでもね、なのは。貴女の体を受け止めているわたしの胸は裡は今、人生で何度も訪れる事はないだろう至上の喜びに満ちてるの。
だって貴女が、わたしを想ってこんなに泣いてくれている。
みっともなくても滑稽でも、こんなわたしへ友情を伝える為に必死になってくれている。
ほんの四年前までは、わたしはただただ母に従い続けているだけで、疑問や望みを持つ事すらも全然しようとしなかった。
母の為なら、人を無為に傷つける事すら厭わない。大事な使い魔・アルフの忠告ですら、真の意味では胸に届いていなかった──中身が空虚で空っぽで、自分の為の人生を未だ始めてすらもいない、紛い物のお人形。
あの頃のわたしからどれくらい変われたのかは、自分じゃよく分からないけれど──こんなつまらないわたしの為に、こんなにも一生懸命になってくれる友達が出来たのは、きっと限りなく幸せな事だから。
改めて、なのはの体をぎゅっと抱きしめ返してあげるフェイト。
なんかいい話っぽく纏めようとしている彼女だけど、結局やっている事は敬愛するシイナさんを出汁にしてのなのちゃん独占行為であった。
あまりにも大好きすぎて、目的の為ならば当のなのはを泣かす事すら厭わない、人間としてもヒロインとしてもなかなかアウトなクソ下衆行為なのである。
プレシアさんから脱却出来たと思っていたら全然出来ていなかったと言うべきか、全く以ってアホらしいほど血は争えないと言うべきか。
チョロイン代表なのちゃんも、あの甘々な変貌ぶりはさすがにちょっとおかしいと気付いてほしいものである。
──とまあ、ツッコミどころを挙げ始めたらキリのない、とんだマッチポンプではあるのだけれど。
「ねえフェイトちゃん。わたし泣きすぎて顔が汚れちゃったし、よかったらいっしょにお風呂に入らない?」
「ええもちろん、喜んでお付き合いさせてもらうわ。背中の流しっことか、髪の洗い合いとか乾かし合いもやりましょう?」
「うん! それでね、今夜はおんなじベッドでいっしょに寝て、最近あんまりお喋り出来なかったぶん眠たくなるまでいっぱいお喋りしてたいな!」
「もう、なのはったら悪い子ね。深夜までお喋りする気満々じゃない。明日もお仕事なんだから程々にしなくちゃダメよ?」
「はーい!」
右手をビッと大きく上げて、満面の笑みで応えるなのは。
この通り、当事者二人が最高に幸せそうにしてるので、部外者が余計な口を挟むのは野暮というものなのだろう。
女子寮内の、フェイトの住んでる居室よりちょっと離れた場所にあるシイナさんの居室から、
「ぶあっくしょーん!」という盛大なクシャミが響いた。