カーテンの隙間から降り注いで来る、眩しくも穏やかで優しい朝日。それとは全く対を成す、スマホの騒々しいアラームと目覚まし時計のコンビネーション。
現在時刻朝七時。普段であれば、ジリジリジリジリぴぴぴぴぴー! と豪快に鳴り響くそれらによって、強制的に己が目を覚まさせるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンであったのだけど──
「ほーら、そろそろ起きてフェイトちゃん! あーたーらしいー朝ですよー!」
普段のサイドテールをほどいてる、寝癖だらけでぼっさぼっさの焦げ茶の髪。そんなの全然気に留めてもなさそうな、小さくて柔らかい手によってゆさゆさゆさと好き勝手に揺さぶられ、今朝ばかりは普段とは全然違う起床となった。
「──うん、おはようなのは。起こしてくれてありがとう」
ニコニコ顔で見下ろしてくるパジャマ姿の彼女に向けて、自分らしい穏やかな微笑みを返してからフェイトはゆっくりと体を起こす。
「えへへ、フェイトちゃんがわたしよりもお寝坊さんなんて、なんだか珍しいよね〜」
「もう、普段のわたしは十一時にはベッドに入って八時間は寝てるんだから。今日のは貴女が深夜一時を過ぎるまで、お喋りに付き合わせてくれたせいなのよ?」
なのはの額を手のひらで、ぺちんと優しく一回叩く。
「そうでした〜」と、ぷにぷにでほにゃりとした天使の笑顔を返される。
──ああ、幸せだなと。
胸に広がる優しい温かさを噛み締めながら、フェイトはベッドを抜け出した後スリッパを履いて立ち上がる。
──昨夜は本当の本当に、心も体もとろけるくらいに楽しかった。
二人いっしょにお風呂に入って、お湯をかけあって遊んだり互いの背中を流したり、指の先から頭の中に至るまで芯からリラックス出来た。ここのところいっしょにいられなかった分、自分の部屋で二人っきりで、なのはの好きなお菓子やジュースを嗜みながら思う存分お喋り出来た。
シイナさんの入隊手続きに戦闘訓練。彼女となのはの能力を基点にしての、原種駆除作戦の策定。慌ただしかったここ二ヶ月の、埋め合わせが全部出来て本当に幸せだ。
そのシイナさんを勝手に出汁にしちゃったのは──まあ正直、ちょっぴり悪いことをしちゃったかなって思っています。
だからといってシイナさんに実害があった訳でもなし、本人に伝えてもしょうがない事だろうし心の中でだけ謝っておきます。シイナさんごめんなさい、フェイトはあんなに小賢しい事もうしません。
それと、なのはが本気で泣き出したのは、まさかあんな風になっちゃうなんて言い訳がましいとは分かっていても想定外中の想定外でしたといいますか。
でも、昨日のわたしは『シイナさんの事を抜きにしていっぱいいっぱいなのはに構ってもらいたい欲』のあまり、情報漏洩の件でお説教の最中も、ずっと寂しかったんだって本音を伝えてた最中も、ずっとずーっと変なスイッチが入りっぱなしになっちゃって、言う事なす事あれこれ盛ってお姫様のドレスみたいに装飾過剰になってましたとでもいいますか。
なのはがぐずぐず鼻をすすりながら正座で縮こまっていた時も。なのはが大泣きしながら抱きついてきて、精一杯の好意を伝えてきてくれていた時も。どちらの状況も同じくらい、背中に電気がビリビリビリビリ走り続けて身震いするほど気持ちが良くて無表情を維持するのにもいちいちすっごい気合が必要で──ああ、なら今度はいっそ三ヶ月くらい、なのはとの交流を必要最低限にまで抑えてみたらどうだろう。
幹部として、EXCEEDZの他支部にまで出張だとか技術交流会に出席だとか。あれやこれやと言い訳をして、三ヶ月か四ヶ月完全に接触を断ってみたらどうだろう。
その間なのはは、どんな気持ちで生活を送っているのかな。わたしとの日々を想って、寂しくて悲しくて毎晩泣いてくれるだろうか。心が空っぽになっちゃって、仕事も娯楽も何一つ手が付かず呆けてくれたりするのだろうか。そんな色褪せた日々の果て、わたしとの久々の再会を果たしたその瞬間、なのはは一体どんな顔をわたしへ向けてくれるのかな。歓喜と解放の交響曲が、盛大なファンファーレを鳴らすみたいに最高の笑顔をくれるのかな。わたしの部屋が、あっという間に天井にまで浸水しちゃうくらいの勢いで、びえんびえんと泣くのかな。実際にどうなるのかは、実行をして結果を迎えてみないと分からない。けれどその瞬間の事を想ったら、またあの時の気持ちの良すぎる電流がビリビリビリって背中から脳髄を駆け抜けて──
「──フェイトちゃん、さっきからボーっとしてるけどどうしたの? やっぱり寝不足気味で低血圧?」
ちょんちょんと、眉毛をハにした困り顔のなのはから数度ほっぺたをつつかれて、フェイトは長くて危険な夢想から「はっ!?」と現実にまで帰って来た。
「ご、ごめんなさい、大丈夫よ。鍛えているし精神系の補助魔法も持ってるし、一日くらい多少寝不足でもへっちゃらだから。──さ、混み出す前に早く着替えて食堂にまで行きましょう?」
なのはを安心させるよう、緩やかな笑顔と共に小さくガッツポーズを取ってみせるフェイト。
しかしてその内心は。
──い、いけないわ。わたしはEXCEEDZの執務官なのに、昨夜といい今といい何を考えてしまっているの?
なのはやシイナさんが安全に原種駆除が出来るよう戦略を立てなければならないのに。
オーバーワークにならないように、仕事の量をきちんと調整してあげなくてはならない責任ある立場なのに。
それなのに、よもや二日連続で、こんなにも不埒な思考に延々身を浸してしまうだなんて! ダメだわまずいわこんなの絶対いけないわ! 反省よ反省! ほんのちょっぴりだけだけど、誰一人として立ち入れない次元の狭間に嵌まり込んで孤独に頭を冷やしてたーい!
──などなどと、パジャマから内務の制服に着替えつつ、なのはの世間話に相槌を打ちいつも通りの緩やかな笑顔を浮かべたままで、激しく悶々し続けていたのである。
そうして自分の首元に、キュッと固く気合を込めて紫色のネクタイを締めたフェイトは、隣のなのはに全く悟られないままに一つの決意を新たにした。
──よし、決めたわ。
わたしは今後の人生もう二度と、あの変なスイッチが入るような真似はしない。なのはがいなくても我慢がちゃんと出来るよう、お友達をもっとたくさん作りましょう。
お説教は長引かせずに、三分以内に終わらせるのを神様にここで誓う。
わたしなんかとは全然違う、シイナさんみたいに素敵な人が傍にいても。嫉妬や劣等感を覚えても、二度と心が暴走する事のないように、わたしはわたしをちゃんとコントロールしてみせるのだから──!
「じゃあフェイトちゃん、そろそろ行こっか?」
「ええ。今日はなのはにエスコートもお願いしちゃうわね」
パジャマから制服に着替え、互いの髪を互いの櫛で梳かし合い、それから仲睦まじく右手と左手をしっかり繋ぎ、なのはは食堂へと向かうべく居室のドアをガチャリと開けた。
そして、極度に間が悪いというかべきか、強烈な主人公体質の成せる業だというべきか。
フェイトをエスコートするなのはの手が、ノブに手を掛けドアを開けたまさしくそのタイミングで、
「──おっ、なのちゃんフェイちゃんおっはよーう! 今日も朝から仲いいねえー!」
はじけるようにハイテンションな笑顔と挨拶を共にして。
件の素敵なお姉さんこと、紅蓮の魔人・久瀬シイナが扉の前を通りかかった。