紅蓮の魔人・久瀬シイナさん。わたしよりも四歳上で、離島在住の十七歳のすらっとした女子高生。
ギャルの人っぽい見た目の通り、明るく元気で開けっぴろげな人だけど──彼女がそんな風に楽しそうに在れるのは、間違いなく並大抵の事じゃない。
今から五年ほど前の事。
かつてシイナさんは、祖父とご両親を亡くした事をきっかけに、離島にある自宅を離れ本土の養護施設にまで移り住む事になり──その最中、運悪く大規模な侵略種災害に巻き込まれたのだという。
土地勘も頼れる人もいない中、助けを求め都市を燃やす炎の中をあてどもなく彷徨って。
彼女は自分と同じよう、炎の中に一人きりで佇んでいた一人の女の子を見つけだした。
セツナ。
手入れのされない植物みたくに伸び切った、薄桃色の長い髪。
同じように伸び切った重い前髪の隙間から、不安や怯えを隠せないまま外界を覗いてた、オパールみたいな瞳を持った一人っきりの小さな子供。
焼け落ちていくビル群。肌を刺して苛む熱波。人と獣が入り混じった吐き気を催す死の匂い。崩れそうな首都高を、歩めども歩めども生者の気配は見つからない。
避難所は果たして何処なのか。分からない。見当がつかない。正しい道を歩んでいるかも定かじゃない。いや、そんな事より今は水が欲しかった。スポーツドリンクだとか炭酸だとか、そんな贅沢は言わない。冷えていなくても構わない。人肌みたいに中途半端な温さでいい。ボトルの蓋一口分だけでいいから水で喉を潤したい。
炎が憎い。熱さが憎い。よりにもよってこんなに悪いタイミングで自分をここに連れてきたクソったれな神が憎い。その癖に、電気の途絶えた都会の夜道を炎が照らしてくれてる事だけは感謝しているわたしもいる。体中が痛くって足は鉛のように重いのに、妙な自己矛盾に笑いが込み上げてきそうになる。
そんな、地獄そのものの光景と、次の一歩で終わりそうな行軍の只中で──。
シイナさんは、不安と怯えと寂しさに濡れてなお、炎の中であまりに美しく煌めいている。
そんな、一人の子供のオパールみたいな両眼から、目を離せなかったのだという。
セツナ。自分自身の名前以外一切の記憶を無くし、身内が存在するのかも定かじゃない謎だらけの女の子。
彼女を保護した直後、ようやく避難所にまで辿り着けたシイナさんであったのだけど──やはり、大規模被災の直後なのだ。行政はろくに機能しておらず、誰もが自分の身だけで精一杯で、引き取り手なんて現れる筈もない。
──嘘か真か、本土では侵略種災害のどさくさにかこつけた人身売買組織まで動き回っているのだって、当時のシイナさんはネットや大人の噂で聞いていた。
根も葉もない、単なる都市伝説の類いかもしれない。
けれど、それが脳裏によぎった瞬間に、シイナさんにはこれまでにない一つの思いが湧き上がった。
──人身売買。それが真実かどうかなんてわたしには分からないけれど。
危険があると知ってながら。一度手を握ってあげた身でありながら、今更この子を見捨てるなんて出来やない。
お天道様に誇れない生き方はするなって、おじいちゃんに散々言われ続けてきた。
『──シイナ。お前は気性が荒くて楽天的であれやこれやと適当な癖をして、妙に醒めてて見切りが早い面がある。時代のや環境のせいにして人生を投げたりしよう、心身ともに強くならなくては駄目だ』って、肩を抱かれて真剣な目で諭された。
そして、おじいちゃんの得意だった猟銃の扱い。気配や殺気の消し方に、身の隠しての侵略種の待ち伏せ方。ミスやトラブルを受け入れて、次善の手を最速で打つ心構え。ヘビとか昆虫の食べ方だとか、泥水の蒸留の仕方とかサバイバルのあれこれを。
たくさんたくさん教えられて、厳しいけれど確かな愛情を以ってして心と体を鍛えてもらい続けてきた。
──なら、昨日のような弱さだなんて金輪際もう見せない。自分で手を引いておきながら、ここにあの子を放置していくだなんて無責任な選択だけはあり得ない。
ぐらぐらと、マグマみたいに湧き上がってきたその思いに駆られたシイナさんは──あろう事か、本土へ行っての養護施設での生活を空き缶みたくに蹴り捨てて、セツナさんに戸籍を与え自分の義理の妹として離島の自宅まで同行させた。
わたしとしては、それだけでもびっくりしちゃう行動力と決断力の強さなのに。
更にシイナさんは、家族の遺産や行政支援に頼る事を良しとせず、海女取島猟友会ハンターとしての収入源を確保して、学業とハンターとセツナさんのお世話との、三足のわらじを履いたとんでもない生活を開始。
──時世が時世だとはいえ、その生活を五年間。
語ろうにも語りきれない色んな苦労がありつつも、姉妹二人でいっしょに乗り越えてきたその果てに──シイナさんは今ここで。国連災害対策本部EXCEEDZの一員として働いて下さっている。
ヘビとか昆虫食だとか、一部勘弁してほしい要素が混じってはいるけれど。
お話をして、経歴を知れば知るほどに、わたしはシイナさんのとてつもなさを思い知る事になる。
──もしもわたしが、なのはと出会わないままで。
従順で空っぽな人形でいたままで、唐突に母をなくしてしまっていたのなら一体どうなった事だろう。
分からない。想像が出来ないし、想像を押し進めるのも怖い。けれど、怖いのに、考えたくもないのに見えてしまう。
膝を抱えて部屋の中に閉じこもり、毎日毎日呆けているだけの自分。何が好きで何が嫌か、何処に向かえばいいのかも一人じゃ分からないままに、一歩も動けず朽ちていく。そんな、哀れで情けない自分の姿があまりに明確に見えてしまう。ましてやそこに、自分以外に寄る辺のない小さな子供を抱えていたとしたのなら──。
そこまで思いが及んだとこで、首を振って強制的に自分の気持ちを切り替える。
自分とあの人はどうしようもなく別人で、ユーノ君であろうともクロノ君であろうとも、自分と誰かを比べすぎると必ずネガティブになっちゃうし。
こんな自分を好きだと言って手を伸ばしてくれる親友に、申し訳がたたないから。
──シイナさんはよく、セツナさんとの思い出話をしてくれる。
セツナはね、家庭菜園と料理が趣味で、季節の野菜をたっぷり使ったお料理はどれも絶品だったんだ。フェイちゃんやなのちゃんにも、食べさせてあげたいなあ。
セツナはさ、大人しいけど甘えん坊で、わたしが家に帰ってくるとワンちゃんみたいにとてててーって駆け寄ってくるんだ。しっぽをぶんぶん振ってるみたいで、たっまんなく可愛かった。
セツナは大人しいけどオシャレにはうるさくて、『しーちゃん! 着替えはちゃんとしなきゃダメ!』っていうお小言を右から左に流していたらある日とうとうキレちゃって。寝転んでたらドスンと馬乗りになって来て、ぽかすかぽかすかダブルパンチで頭や背中を叩かれちゃった。笑えるくらい痛くもかゆくもなかったけれど、機嫌を損ねてご飯抜きは勘弁だし、ちゃんとまいったはしておいた。あの時のドヤ顔、写真に撮っときたかったなー。
ほら見てフェイちゃん! 可愛いでしょ!? 安全祈願のお守り! これね、セツナが自分で作ってくれたんだよ! すごいでしょ!? 手作りだよ!? 小学五年生でだよ!? オシャレで器用で思いやりが深くって、血なんて繋がってなくってもわたしの最っ高の妹なんだ!
──そんな溺愛お姉さんぶりを、惜しげもなく見せてくれていたシイナさんだけれども。
質問したらなんでも答えてくれそうな、開けっぴろげなあの人だけど。
彼女とセツナさんの核心。
どうしてシイナさんはセツナさんを失わなくてはならなかったのか。海女取島で何があって、シイナさんは人から魔人へ成り代わり紅蓮の力を継承するに至ったのか。
わたしは──フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、出会って以来シイナさんをずっと好ましく思ってて、人として同僚として尊敬してる。
なのはとの時間を取られた件に関してはちょっぴり嫉妬もしたけれど、彼女の事をもっと知り彼女の得てきた経験を学ばせてほしいと思ってる。
──それでも、そんなシイナさんであろうとも、語るのを頑なに拒絶している事があり、絶対に踏み込ませてはくれない領分がある。
わたしがシイナさんと仕事をしていられる時間。それはわたしが組織の一員である以上、あまり多くは残されていないと思う。
仮にこの先、極東から出ないまま十年いっしょに仕事が出来たのだとしても、この件ばかりは一つも進展しないんだという諦念にも似た確信がある。
それでももし──遠くない別れの先、わたし達に再会の機会が与えられたのだとしたら。
シイナさんが表に出せない悲しみを、欠片だけなら預けていいと思えるくらい、優しくて大きな大人になっていたい。わたしは──フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、貴女のような人の為になれるよう、切にそう願っています。
──侵略種駆除のどさくさで、なのはといっしょにあざとい困り顔攻撃でシイナさんを堕としてから二ヶ月。
それが彼女の嘘偽りの一切ない、久瀬シイナと並んで歩み、やがて胸へと抱くに至った素直な感情であるけれど。
「──おっ、なのちゃんフェイちゃんおっはよーう! 今日も朝から仲いいねえー!」
両の腕を大きく広げ、はじけるようにハイテンションな笑顔と挨拶を共にして、部屋から出て来たフェイトとなのはをガバーとまとめて抱きしめてくる。
出会ってからはや二ヶ月。最初は面食らった久瀬シイナのこのノリにも、今やフェイトはすっかり慣れきってしまってた。
「きゃあ〜! やめてやめて、シイナさん苦しいですよお〜!」
「うりゃうりゃうりゃ〜! ダメだぞ〜なのちゃんみたいに可愛い子は絶対逃がしてやんないからね〜!」
それはなのはも同様であり、シイナの腕の中で楽しそうにバタついて、外れそうで外れてくれない脱出遊びに心の底から興じている。少し年の離れた子同士の、実に心和む光景だった。もっとも隣のフェイトの身としては、
『みなさーん! この通り、わたしとなのはは誰から見たって仲睦まじく、手と手を繋いで歩いているんですからね♡ 何人たりとも二人の世界に絶対入って来たらダメですよ♡ 万が一にも入って来たら、わたしの愛剣バルディッシュが火を吹いちゃいますからね♡♡』オーラを出してたつもりだったのに、シイナにはやる事なす事あまりに勢いがありすぎて全然通じていないのである。
これはちょっとたまらなかった。彼女以外じゃそうそう持ち得ないだろう、無敵の領域にすら近い、斜め上の超絶的なコミュ力だった。
──まあ、ちょっぴりイラっとはしたものの、シイナに悪気や悪意がある訳でなし、ハグされるのはなんだかんだでイヤではなし。フェイトもこのノリに関しては、既に諦めの境地にまで達していた。
──それはそれとてしかしである。
ここは国連災害対策本部EXCEEDZの女子寮だ。同じ職場の者同士の、共同生活の場であるのだ。
言うまでもない事だけど、女子寮が存在するのなら男子寮も存在する。基本的には別棟に分かれて生活をしているけれど、食堂やトレーニングルーム等は共同の場所を使っている。
もしシイナが、女子寮内に留まってウロウロしているのなら別にいい。多少だらしなくはあるものの、シイナという子のキャラ的に笑って済ませられる狼藉だ。
しかしである。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという常識人は、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる久瀬シイナを前にして、心中ツッコまずにはいられない。
──あのう、シイナさん。貴女これから食堂にまで朝ご飯を食べに行かれるんですよね? 別に変質者扱いする訳じゃないけれど、男性の目がいっぱいある場所にまで向かって行かれるんですよね?
なのにどうして、おへそが丸見えになっている丈の短いTシャツと。
太ももまでもが丸出しになっているちょっとえっちなショートパンツ一丁で。下着同然と言っても差し支えないいやらしい格好で、どうしてそんな場所へまで堂々出向かれようとしているの──?