「ん〜フェイちゃんどうしたの? 今日はいつもよりつれない感じがするけれど」
「そ、そうですか? 多分気のせいだと思うのですが」
「うーん、そうかなあ。──ま、素直なワンコのなのちゃんに、ツンデレニャンコのフェイちゃんって感じで、どっちにしたって超可愛いからお姉さんは大好きだよ〜! ぎゅ〜っっ♡♡♡」
「あ、そうですか…」
国連災害対策本部EXCEEDZ極東支部の女子寮の廊下にて。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、半分下着の久瀬シイナから、なのは共々ぎゅうぎゅう抱きしめられた状態のままここ二ヶ月の事を振り返る。
──ああ、こんなコミュ力お化けなお姉さんであろうとも、思えば最初の頃はそれなりに遠慮というものがあったんだな。
ここに着任して半月。それくらいの期間はまあ、ちゃんとパジャマから制服に変え、身だしなみを整えた上で食堂にまで来られていた。来られていたのだけれども、それ以降のシイナさんは色々怪しくなってきた。
仕事ぶりには一切なんにも問題ない。報連相は完璧だし、敬愛出来る立派な人なのは間違いない。力になってあげたいと、わたしが思っているのも間違いない。
だけどそれはそれとして、仕事の外となると一転、シイナさんは色んな面で人として相当ズボラな方なんだ。
制服は着て来てるけど、髪は寝起きのままボサボサ。靴下の色が左右別。人前でも大きく口を開けてあくびする。食べる事が大好きすぎて、隣の人のお皿のおかず(被害者は主にわたしかなのは)をひょいひょいひょいひょいお箸で奪いぱくぱくぱくぱく口にしてる。全くの無意識で。その他にも食事の後、ほっぺたにご飯粒が四つも五つも付いたままになっている。椅子から立ち上がった瞬間におじさんみたくにお尻をぽりぽり掻いてるし、制服のボタンを掛け違えてて下着がちょっぴり見えそうになっているエトセトラエトセトラエトセトラ。
そして今日、とうとうシイナさんは、上はおへそが覗いてしまう丈の短いえっちなシャツ。下は太もも丸出しの、えっちすぎるショートパンツだけ身に付けてひょいひょい居室外まで飛び出してきた。
──ええ。シイナさんが大胆かつ開けっぴろげなお姉さんである事は、この二か月で十分以上に承知はしていましたよ。はばからずに言うのなら、あの方のそういうとこがわたしもなのはも大好きではありますよ。
でもこれは、さすがに少々悪い意味で順応しすぎといいますか実家のようなリラックスぶりといいますか、冗談と解釈していた発言が一部丸々素だったのだといいますか。
とにもかくにもシイナさんは今、この適当かつ刺激的すぎる格好で、男性の目も多くある寮の共用食堂にまでほいほい踏み込もうとしてるんだ。
いやいやいやいやあり得ません。天然ボケなお方としてもお年頃の女性としてもいくらなんでもあり得ません。こちらのワガママで協力して頂いている方とはいえ、さすがにこれは酷いです。事故です事故、放送事故の配信事故。放置ダメ。見て見ぬふりは絶対ダメ。ちょっと自分でも何言ってるか分からなくなってきましたけれど、支部の執務官として一言問い質す必要があります。寮内の公序良俗はもちろん、隣のなのはの教育にも良くないし、間なんて置かずに今ここで、このわたしこそが解決するべき問題です──!
──という訳で。
「あの〜ところでシイナさん。つかない事を聞きますがそのお召し物は一体…?」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は、公人モードに自分を入れて、穏やかな笑顔と静かな声で、決して責め立てたりはしないというポーズを作り久瀬シイナに質問をした。
内面がこうも荒れ狂っているにも関わらず、実に大人な対応をしてくれる完成された少女である。しかして、肝心のシイナからの返答は、
「──ん? お召し物がどうって何が?」
きょとんとした、小さな子供みたいな眼と口調。背後には、大小無数の『?』マークがほわほわほわほわ浮かんで見える。
それくらい、シイナは無垢かつ透明なきょとん顔で以ってして、抱きしめているフェイトに向けてふわっとした返答をした。
意識してにこやかにしていたフェイトでも、つられて思わずきょとんとした顔になってしまう。
きょとん。
きょとん。
数秒間、全く同じきょとんとした表情で向かい合う、四歳離れた二人の少女。
──だが、幸か不幸かフェイトとは、常人の二倍三倍頭の切れる天才的な少女であった。先のシイナのその口調。浮かべた顔の解釈を無意識に終えたその瞬間、フェイトは一つの電撃的な負の天啓を得てしまった。
──あ。これシイナさんは、自分のしている格好を想像以上に分かってない。
豊かに育った大きな胸。鍛えられ、引き締まった白い体にすらりと伸びた長い脚。男女問わず、自分の容姿がどれだけ人を惹きつけるのかシイナさんはこれっぽっちも分かってない。
喋っていると、一時も同じ形に留まっている事はない。哀も楽も喜も怒りも。清涼な心の裡が大河となってそのまま流れ出ているかのような、色彩溢れる快活な顔。
シイナさんは自分がどれだけ人目を惹いちゃう存在か、自分じゃ全く何一つとして分かってません──!
総身に奔る衝撃。それこそが、フェイトの脳裏に降り立った電撃的な負の天啓と負の理解。
久瀬シイナの、未だきょとんとした表情。
それはもう、誰が何処からどう見ても、自分の投げた質問を欠片すらも理解してもらえていない、執務官たるフェイトにとって絶望的返答であったのだ。
──これこそがシイナさん。都会や宇宙の価値観では測れない、離島生まれで離島育ちの天然ガールだというの。
その理解によって、フェイトの執務官スマイルに早くもピシリとひびが入った。
──どうしよう。どうすればこの人に、言いたい事を事を荒げず理解してもらえるだろう。分からない。思い付かない。だけどもたもたしていたら、男性の目がいっぱいある共用食堂にまでシイナさんが入っちゃう。時間がない。余裕がない。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようわたしは一体どうしたら──ああ、ならもういっそ、シイナさんの並外れた鷹揚さと器の大きさにベットして、
『あのですね、そのですね? シイナさんは、わたしからしてもなのはからしても、大変尊敬出来る人生の先輩の一人ですよ?』
『でも、今の貴女は上も下も露出が酷くて大変えっちな格好だから。今の貴女を男性陣のいる場に出すと、いやらしすぎて絶対治安が乱れますのでもう少しまともな服に着替えてきて下さるとフェイトはとっても助かります☆』
──なんて風にもういっそ、下手な思考は放棄して全部素直にぶっちゃけようかとフェイトは考えてはみたものの。
──っていやいやいやいや無理無理無理無理なんなんですかこの発想とこのセリフ! バカですか!? 国連執務官なのに、政治的でめんどくさくてあれやこれやと迂遠な会話の才能が全く以って備わってないバカ女なんですか!? こんなのを実行なんてわたしなんかじゃ絶対無理! 考えてみただけで熱くて痺れて恥ずかしい! 貴女の体はいやらしいとかえっちとか直に伝えるだなんてそんな事、恥ずかしすぎて電気の魔力が暴走をして全身焼け焦げて死んじゃうー!
この通り、ダメそうだった。そのように直球で伝えるのは、公人であるのと同時、ウブで照れ屋で普通な十三歳であるフェイトではあまりに荷が重すぎた。
先日の、長期のなのはロスによるストレスで、いぢわるに快感を覚えてしまう変なスイッチが入ったのならまあともかく。
シイナとの出会い頭、『美少女だ』と言われただけでぽっと頬を赤らめてしまってた、赤面がちで純情で恥ずかしがり屋のフェイトさんでは土台無理な話なのだ。
──ああもう泣きそう。ほんとにもう、わたしはどうしたらいいのだろう。
迷う彼女のほっぺには、さっきから久瀬シイナの豊かな胸が、脱出しようともがいている高町なのは共々にぐいぐい押しつけられている。
豪胆で人が好きなシイナらしい、実に豪快なコミュニケーション。それを体で受けながら、フェイトの裡にまた新しい思いが浮かび上がった。
──ああ、今頃になって気付いたけれど、この柔らかいのに固めな感触。自由人なシイナさんも、ブラを付けるくらいの常識は一応備わっているんだな。
偉いなあ。よく出来た人だなあ。わたしってば、一周回ってよく分からない感動が胸を覆いだしてるなあ。
うん、そうだね。もう贅沢を言うのは止めて、あの人に最低限の常識が備わっているっていうんなら、これ以上は求めるべきじゃないのかも。
どうせシイナさんの事なんだから、今の格好で出歩いててもあまりに自然体すぎて、三日で周りもわたしですらも疑問を覚えなくなるのが見えてるし。
注意なんてしなくても。無理に理解を得られなくても。
ノーブラ外出っていう、肝心要の一線さえ守ってくれるというのなら、シイナさんはこのまま放置しちゃうのが最善の判断なのかもしれないな。
──とまあこの通り。結果を見ればフェイトは言葉のやり取りただ一合で。
あれやこれやと長く葛藤はしたものの、現実時間に換算すれば十秒すらも保たないままに、あまりにあっさり心の芯がブチ折れた。
剣技、魔導の腕だけでなく、政治の面でも非凡な才に恵まれた、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという金に輝く天才的美少女が。
戦いの場に在ったという自覚すら持っていない、久瀬シイナの何気ない一言とブラという常識により、完全敗北を喫したのである。
「──ねえフェイちゃんどうかした? 急に脱力しちゃった気がするけれど。わたしのお召し物がどうかしたの?」
「いえ、別に何でもありません。無意味な発言でしたから忘れてもらって結構です…」
「そう? んじゃあそろそろ食堂にまで向かおっか! 朝にしっかり食べないと一日乗り切れないからねー!」
そうしてシイナは長らく続いたハグを解くと、右手はなのは、左手はフェイトの手を繋ぎ、食堂へ向けずんずん元気に寮の廊下を歩き出した。
もうどうでもいーやって放心気味のフェイトをよそに、すれ違う掃除のおばちゃんや一部の女子寮員達は、「久瀬ちゃんおはよーう!」と、実に気軽に挨拶を送ってくる。短いシャツと短いパンツ。シイナの服のえっちぶりを気にしている様子は全くなし。フェイトが予想をした通り、シイナのノリの侵食はとっくの昔に始まっていたようである。
──だがしかし、シイナを止める戦いはまだ終わってなどいなかった。ズルズルと廊下を引きずられていたその途中で。
ハグをされてた途中から、お喋り好きな性格なのに珍しく、奇妙なまでにずっと沈黙を守ってたフェイトの親友高町なのはが、
「あーっ! そうですそうですようやく思い出しましたあーっ!」
シイナに握られていた手をほどき、女子寮いっぱいに響くほど急な奇声を炸裂させた。