五月雨が加わってから、しばらく。
三人での生活にも少しずつ慣れてきた。
五月雨は相変わらず時々何かを落としたり、慌てて転びそうになったりしているけれど、その度に世界が終わったような顔をすることは減っている。
電とも仲がいい。
私としても、二人でやっていた頃と比べれば随分と楽になった。
「多摩さん、今日の見回りは私が電ちゃんと行ってきますね」
「うん。お願い」
「任せるのです!」
「何か見つけても、二人だけで無理しないこと」
「はい!」
「分かっているのです」
二人を送り出し、私は執務室へ戻る。
最近になって、ようやくこういう形も増えてきた。
私が鎮守府に残って、二人に見回りを任せる。
最初は自分も行こうとしたけれど、誰か一人くらいここに残っていた方がいい。
町の人が来ることもあるし、妖精さんが何か持ってくることもある。
それに。
「……書類、増えたなぁ」
人数が一人増えただけなのに、何故かやることまで増えた。
食料の確認。
資材の確認。
装備の確認。
哨戒の記録。
入渠。
その他色々。
ゲームなら数字を見るだけだったものが、一つ一つ現実として存在している。
「提督って大変だね」
誰に言うでもなく呟きながら、紙へ目を戻した。
それから少しして。
外が騒がしくなった。
「司令官さーん!」
「また何かあった?」
最近、この呼ばれ方を聞くと少し身構えるようになった。
執務室を出ると、廊下の向こうから五月雨が走ってくる。
「お、お客さんです!」
「また?」
「はい!」
「艦娘?」
「はい!」
「……また?」
ついこの前も同じようなことがあった気がする。
「今度は二人です!」
「二人?」
「電ちゃんが一緒にいます!」
とりあえず外へ向かう。
何だろう。
この鎮守府。
本当に人が増え始めてない?
外へ出ると、すぐに電の姿が見えた。
「司令官さん!」
「電」
その瞬間。
「……あ?」
電の隣に立っていた少女の一人が、こちらを見た。
「今、司令官っつったか?」
「はいなのです」
「誰を?」
電が何の迷いもなく、私を指差す。
「多摩さんを、なのです」
「……は?」
少女の視線が私に移る。
隣にいたもう一人の少女も、少し意外そうな顔をしてこちらを見ていた。
「お前、軽巡の多摩だよな?」
「うん」
「司令官?」
「うん」
「どういうことだよ」
「それは私も聞きたい」
「いや、お前が説明する側だろ」
「そうなんだけど」
早速ややこしい。
目の前の二人が誰なのか、私には分かっている。
分かっているけれど。
五月雨の時みたいな失敗はしない。
今度こそ。
「とりあえず、私は多摩。軽巡洋艦、多摩」
「ああ、見りゃ分かる」
「そう言われると困るんだけど」
「俺は天龍。んで、こっちが龍田」
「龍田よ~。よろしくね、多摩ちゃん」
「うん。よろしく」
よし。
今度はちゃんと名乗られてから名前を聞けた。
「それで」
天龍が改めてこちらを見る。
「さっきの話だ。なんで多摩が司令官なんだよ」
「あー……」
これ、毎回説明することになるのだろうか。
「色々あって」
「色々で済ますな」
「私だって詳しくは分からないんだよ」
「分からないまま提督やってんのか?」
「そうなるね」
「大丈夫なのか、この鎮守府」
「今のところは」
「今のところって言ったぞ、お前」
その隣で、龍田が楽しそうに笑っている。
「あらあら、面白そうなところねぇ」
「龍田、お前なぁ……」
「でも電ちゃんも五月雨ちゃんも元気そうじゃない」
「それはそうだけどよ」
何となく。
二人がここまで来た理由が、少し見えた気がした。
ひとまず、立ち話も何なので中へ入ってもらうことにした。
「……何だここ」
「鎮守府」
「いや、それは見れば分かる」
「私もそれ以上は説明出来ない」
廊下を歩きながら、天龍が周囲を見回している。
「電、お前ずっとこんなとこにいたのか?」
「出来たのは最近なのです」
「出来た?」
「妖精さんが作ったのです」
「……は?」
「朝起きたら出来てた」
「お前ら説明する気ある?」
「事実しか言ってないよ」
後ろを見ると、龍田は壁や扉を興味深そうに眺め、五月雨は何故かその横で施設の説明をしていた。
「こっちに食堂があって、向こうに寮があります」
「あら、本当にちゃんとした鎮守府なのね」
「はい!」
五月雨。
いつの間に案内役になったのだろう。
食堂へ移動し、五人で座る。
こうして見ると、広いと思っていた食堂が少しだけそれらしくなってきた気がする。
「それで」
私は天龍と龍田を見る。
「二人はどうしてここに?」
その言葉で、空気が少しだけ変わった。
「電と五月雨がいるって聞いたからだよ」
答えたのは天龍だった。
「二人が?」
「ああ」
天龍は腕を組む。
「電が軍を離れたのは前から知ってた」
「……はいなのです」
「そんで、五月雨まで苫小牧に送られたって聞いてな」
五月雨の表情が少し曇る。
「それで二人とも心配になったの?」
「まあな」
「わざわざここまで?」
「わざわざだ」
「艤装で?」
「ああ」
「……遠かったでしょ」
「めちゃくちゃ遠かった」
「でしょうね」
北海道である。
軽巡洋艦だから海の上を移動出来るとはいえ、ちょっと様子を見に来る距離ではない。
「でも」
龍田が口を開いた。
「私たちも、もう軍には所属していないから」
「二人も?」
「ええ」
龍田はいつもの柔らかな笑顔のまま頷いた。
「二人一緒に外されちゃったの」
「そっか……」
詳しい事情までは聞かなかった。
聞けば話してくれるかもしれない。
でも、今はいい。
「それで、二人がどうしてるかだけでも見ておこうってな」
天龍が電と五月雨を見る。
「電は何か訳分かんねえ鎮守府にいるし」
「訳分かんねえは余計」
「五月雨までいるし」
「私は後から来ました」
「知ってるよ」
「二人とも元気そうなのです!」
「それは見りゃ分かる」
そう言った天龍の表情は、少しだけ安心しているように見えた。
「それで」
「ん?」
「二人はこれからどうするの?」
聞いてから、天龍と龍田が顔を見合わせた。
「特に決めてねえ」
「決めてないの?」
「二人の様子見ることしか考えてなかったからな」
「あら、天龍ちゃんらしい」
「龍田だって何も考えてなかっただろ!」
「私は天龍ちゃんについてきただけだもの」
「お前なぁ……」
本当に、この二人は変わらないらしい。
「だったら」
言う。
「しばらくここにいる?」
「いいのか?」
「部屋なら余ってるよ」
「食料も?」
「町の人がくれる」
「資材は?」
「自分たちで取りに行く」
「金は?」
「ない」
「……」
天龍が黙った。
「世知辛い鎮守府だな」
「私もそう思う」
「でも、お金がなくても暮らせてるのです!」
「それはそれですげえな……」
龍田はくすくす笑っている。
「私はいいと思うわよ?」
「龍田?」
「電ちゃんも五月雨ちゃんもいるし。それに」
龍田がこちらを見る。
「多摩ちゃんも、面白そうだし」
「面白そうって理由なの?」
「大事よ?」
「そうかなぁ」
天龍は少し考えていた。
それから。
「まあ、今更二人置いてどっか行く気にもならねえしな」
「天龍ちゃん」
「なんだよ」
「素直じゃないわねぇ」
「うるせえ!」
電が笑う。
五月雨も笑った。
私もつられて笑った。
「じゃあ、よろしくでいいのかな」
「ああ」
「よろしくね~」
そうして、三人だった鎮守府に二人が増えた。
その日の夕食。
食卓には五人分の食器が並んでいた。
「増えたね」
「増えたのです」
「増えましたね!」
「何が?」
天龍が聞いてくる。
「こっちの話」
「またそれかよ」
龍田は何となく察したのか、食堂を見回して笑った。
「でも、まだ広いわね」
「……うん」
最初は二人。
それから三人。
今は五人。
「そのうち本当に埋まったりして」
「何がです?」
「この食堂」
五月雨が周囲を見る。
「こんなにですか?」
「いや、さすがにそれはないと思うけど」
「分からないのです!」
「電は何でそんなに楽しそうなの」
「賑やかな方が楽しいのです!」
それは、そうかもしれない。
「おい多摩」
「ん?」
「明日の予定どうなってる?」
「明日?」
「ああ。俺たちもここにいるなら、見回りでも何でもやるぞ」
「天龍ちゃん、来たばっかりなんだから少し休んでもいいのよ?」
「お前も来ただろ」
「私は休むわ~」
「おい」
「冗談よ」
二人のやり取りを見ながら、頭の中で明日の予定を組み直していく。
見回りを二班に出来る。
資材集めにも人を回せる。
誰かを鎮守府に残すことも出来る。
今までより、出来ることが一気に増える。
「じゃあ、明日は――」
そう口にして。
五人での最初の予定を決めていった。
この時の私は。
単純に。
人が増えれば、その分楽になるものだと思っていた。
少なくとも。
しばらくの間は。