天龍と龍田が加わってから数日。
五人になった鎮守府は、三人だった頃とはまた少し違う賑やかさになっていた。
まず。
朝がうるさい。
「天龍ちゃん、起きて~」
「起きてる!」
「まだお布団の中だけど?」
「意識は起きてんだよ!」
「それは起きてるって言わないのです」
「電まで言うな!」
廊下の向こうから聞こえてくる声を聞きながら、私は食堂で朝食の準備をしていた。
「多摩さん、お味噌汁これで大丈夫ですか?」
「うん。味見した?」
「あっ」
「してない?」
「……してきます!」
五月雨が慌てて鍋の方へ戻っていく。
その姿を見送り。
「……平和だなぁ」
思わず呟いた。
「そうねぇ」
「うわっ」
いつの間にか隣に龍田が立っていた。
「びっくりした……」
「そんなに?」
「気配なく来ないでよ」
「普通に歩いてきたわよ?」
「嘘だ」
絶対嘘だ。
この人。
いや。
艦娘。
気付くと後ろにいる。
「多摩ちゃんは朝早いのね」
「まあね。やることあるし」
「提督さんだものねぇ」
「艦娘でもあるけど」
「大変ね」
「今更かな」
そんな話をしているうちに、ようやく天龍も食堂へやってきた。
「眠そう」
「うるせえ」
「おはようなのです!」
「おはようございます!」
「おう……」
「天龍ちゃん、髪すごいわよ?」
「あとで直す」
五人分の朝食が並ぶ。
最初は広すぎると思っていた食堂も、五人いると少しだけ様になってきた。
まだ空席の方が圧倒的に多いけれど。
「いただきます」
「いただきますなのです!」
「いただきます!」
「いただくぜ」
「いただきます~」
声まで増えた。
それだけで、少し楽しい。
食事が終われば、今度はその日の仕事だ。
人数が増えたおかげで、出来ることはかなり増えた。
「今日はどうする?」
天龍に聞かれ、私は頭の中で予定を確認する。
「電と五月雨で近場の哨戒。天龍と龍田は資材回収」
「多摩は?」
「私は町の方に行ってくる。昨日、漁港の人が手伝ってほしいことがあるって言ってたから」
「提督が漁港の手伝いかよ」
「非公認鎮守府だからね」
「便利な言葉だな、それ」
「便利でしょ」
龍田が横から覗き込んでくる。
「私は天龍ちゃんと一緒でいいの?」
「うん。場所は妖精さんが案内してくれるから」
机の上を見る。
小さな妖精さんが一人、何故か既に準備万端という顔で立っていた。
「……ほんと便利だね、君たち」
敬礼された。
「返事はそれなんだ」
「可愛いじゃない」
「うん。可愛いけど」
何を考えているのかは分からない。
皆が出る前に、一度だけ資材置き場を確認する。
燃料。
弾薬。
鋼材。
食料。
昨日よりどれだけ減ったか。
今日どれくらい必要になりそうか。
軍へ提出するような報告書なんてものはないけれど、これくらいは確認しておかないと、いざという時に足りませんでは困る。
「……燃料はまだ大丈夫」
「弾薬は?」
天龍が横から覗き込む。
「もう少し欲しいかな」
「じゃあ今日はそっち優先で探してくる」
「お願い」
「鋼材は?」
「今のところ余裕ある」
「了解」
こういうところだけ見ると。
ちょっと鎮守府らしい。
「多摩さん」
「ん?」
「なんか嬉しそうです」
「そう?」
「はい」
五月雨に言われて、少し考える。
「……まあ、こういうのは嫌いじゃないかも」
ゲームの数字を見るのとは違う。
けれど。
皆が使うものを確認して、その日の動きを決める。
それはそれで。
提督らしい仕事なのかもしれない。
予定を決め、それぞれ外へ出る。
私が向かったのは漁港だった。
「お、多摩ちゃん来たか!」
「おはようございます。何すればいいです?」
「今日は網の整理手伝ってくれ!」
「了解」
軍所属の提督が見たら、何と思うだろう。
軽巡洋艦が。
提督が。
漁港で網を運んでいる。
「……まあいいか」
「何か言ったか?」
「なんでもないです」
この町に食べ物を貰っているのだから。
出来ることくらいは返したい。
それだけだ。
昼を少し過ぎた頃。
電と五月雨が先に戻ってきた。
「ただいまなのです!」
「ただいま戻りました!」
「おかえり。異常あった?」
「ありませんでした!」
「海も静かだったのです」
「そっか。ならよかった」
五月雨が手に持っていた袋を机へ置く。
「それは?」
「町の人からです」
「また?」
「はい」
中を見る。
野菜。
干物。
何故か菓子。
「……完全に差し入れ所になってるね」
「ありがたいのです」
「それはそうなんだけど」
食料については本当に困らなくなった。
というか。
こちらが断っても持ってくる。
「今度何か返した方がいいかな」
「今日は多摩さんが手伝いに行ってたのです」
「まあ、それだけだけどね」
「十分じゃないですか?」
五月雨はそう言うけれど。
私は少し落ち着かない。
「また何かあったら手伝いに行こうかな」
「私も行きます!」
「電も行くのです!」
「じゃあ今度ね」
こういう仕事なら。
増えても悪くない。
夕方前。
天龍と龍田も戻ってきた。
「疲れた!」
戻ってくるなり天龍が椅子に座り込む。
「お疲れ」
「聞いてねえぞ」
「何が?」
「妖精さん、無茶苦茶働かせるじゃねえか」
「そう?」
「資材見つけるたびに指差してくんだぞ。次、次って」
「働き者だからね」
「お前、完全に他人事だな」
龍田は笑いながら、その横へ座った。
「でもいっぱい取れたわよ?」
「ほんと?」
「ああ。それなりにな」
「ならよかった」
「よくねえよ。俺は疲れた」
「入渠する?」
「そういう疲れじゃねえ!」
それもそうか。
「じゃあご飯多めにする?」
「それでいい」
「天龍ちゃん単純ねぇ」
「うるせえ」
本当に。
この二人はよくやっている。
持ち帰った資材を妖精さんたちに運んでもらい、今日の分を軽く確認する。
「弾薬、結構増えたね」
「だろ?」
「助かった」
「なら働いた甲斐あったな」
「燃料も昨日より余裕が出来たのです」
電が横から覗き込む。
「これならしばらく大丈夫そう」
「明日は資材集め休めそうですか?」
「うん。無理に毎日行かなくてもいいと思う」
「やった!」
五月雨が嬉しそうに言う。
「そんなに嫌だった?」
「ち、違います! 明日は別のことも出来るかなって!」
「五月雨らしいのです」
「電ちゃん!?」
そんなやり取りをしながら。
今日使った分。
増えた分。
明日必要そうな分。
それだけを簡単に残しておく。
正式な書類ではない。
ただの記録。
でも。
これがないと、昨日何がどれだけあったのかをすぐ忘れそうだった。
「よし。終わり」
「それだけか?」
「それだけ」
「もっと提督って面倒な書類とかあるんじゃねえの?」
「軍に所属してないから、提出する相手いないし」
「ああ……」
「便利でしょ、非公認」
「そこだけはな」
何故か少し虚しい。
その日の夜。
食後。
珍しく全員が食堂に残っていた。
「そういえば」
五月雨が口を開く。
「部屋って、このままでいいんですか?」
「部屋?」
「寮の」
「ああ」
そういえば、かなり適当に使っていた。
電は元々使っていた部屋。
五月雨は空いている部屋。
天龍と龍田もそれぞれ空き部屋。
「一人一部屋でいいんじゃない?」
「私は別にいいですけど」
「電も問題ないのです」
「俺も」
「私は天龍ちゃんと同じでもいいわよ?」
「俺がよくねえ」
「あら残念」
「何が残念なんだよ」
「冗談よ~」
本当に冗談かは分からない。
「でも部屋、かなり余ってるよね」
「余ってるのです」
「数えた?」
「途中でやめました」
「そんなにあるんだ」
五月雨が少し困った顔をする。
「使わない部屋、どうするんですか?」
「……どうしようね」
考えていなかった。
「倉庫にでもするか?」
「それはありかも」
「客室とかもいるんじゃない?」
龍田が言う。
「客なんて来る?」
「私たち来たじゃない」
「確かに」
そう言われればそうだ。
「じゃあ何部屋か空けとこうか」
「賛成なのです!」
「いつか誰か来るかもしれないですもんね」
五月雨がそう言う。
「……また増えるかな」
「増えるんじゃねえか?」
天龍が当然のように言った。
「そう?」
「知らねえけど」
「適当だなぁ」
「でもよ」
天龍は周囲を見る。
「こういう場所があるって分かりゃ、来る奴はいるんじゃねえの?」
「……」
少し考える。
電。
五月雨。
天龍。
龍田。
みんな、それぞれ違う理由でここへ来た。
「まあ」
私は椅子の背にもたれる。
「来たら、その時考えようか」
「それでいいのです!」
「多摩さんらしいですね」
「そう?」
「多分!」
「五月雨まで適当になってきた」
「えっ!?」
食堂に笑い声が広がった。
その後。
皆が部屋へ戻ってから。
私は最後に食堂の灯りを消す。
五人分の食器。
五人分の椅子。
まだ、空席は多い。
けれど。
前ほど広くは感じない。
「……五人、か」
二人だった頃には想像もしていなかった。
「悪くないね」
誰に言うでもなく呟いて。
私も自分の部屋へ戻った。