朝。
「……焦げてる」
「焦げてません!」
「いや、焦げてるだろ」
「ちょっとだけです!」
「それを焦げてるって言うのです」
「電ちゃんまで!?」
食堂に、少し焦げた匂いが漂っていた。
五月雨が持っているフライパンの中では、卵だったものがなんとも言えない色になっている。
「食べられないほどじゃないよ」
「多摩さん……!」
「優しいな、お前」
「捨てるのもったいないし」
「そっちかよ」
天龍が呆れた顔をする。
「大丈夫よ~。天龍ちゃんが食べるから」
「何で俺なんだよ!」
「いっぱい食べるでしょう?」
「焦げたもん押し付ける理由になってねえ!」
結局、焦げた卵は皆で分けて食べた。
味は。
「……苦い」
「すみません……」
「次は火、弱めようね」
「はい……」
五月雨がしょんぼりする。
その隣で龍田が綺麗に焼けた卵を皿へ乗せていた。
「龍田さん、上手ですね」
「これくらいならねぇ」
「最初から龍田にやらせりゃよかったんじゃねえか?」
「天龍ちゃん」
「ん?」
「明日は天龍ちゃんが作る?」
「五月雨、頑張れ」
「逃げたのです」
「逃げましたね」
「うるせえ!」
そんな朝食を終えて。
今日の予定を決める。
「近場の哨戒は?」
「昨日何もなかったし、今日は一回でいいと思う」
「じゃあ俺行くぜ」
「私も一緒に行こうかしら」
「天龍と龍田ね。お願い」
「電たちは何をするのです?」
「食料はまだあるし……資材も昨日確認した分なら余裕あるね」
私は置いてあった記録をぱらぱらとめくる。
燃料。
弾薬。
鋼材。
どれも急いで取りに行くほどではない。
「じゃあ今日は暇ですか?」
五月雨が聞く。
「暇……」
その言葉に、少し考える。
最近は何かしらやることがあった。
哨戒。
資材集め。
町の手伝い。
食料の受け取り。
装備の手入れ。
暇と言われると。
「……そうかも」
「やったのです!」
電が嬉しそうに言った。
「何する?」
「お掃除とか?」
「暇になって最初に出てくるのが掃除なの?」
「だ、だって何かしないと落ち着かなくて……」
「五月雨ちゃんらしいわねぇ」
「でも掃除はした方がいいんじゃねえか?」
天龍が食堂を見回す。
「ここ広いしな」
「妖精さんが結構やってくれてるよ」
見ると。
ちょうど一人の妖精さんが、小さな箒を持って隅を掃いていた。
「……いつからいた?」
「さあ?」
「本当に気付いたらいるな、こいつら」
妖精さんがこちらを見て胸を張る。
「褒めてるよ」
敬礼された。
天龍と龍田が哨戒へ出たあと。
私たちは結局、寮の使っていない部屋を見て回ることになった。
「ここも空いてます」
「ここもなのです」
「……多いなぁ」
扉を開けても。
また空室。
次も空室。
その次も空室。
「妖精さん、何人来る想定で作ったんだろ」
返事はない。
ついてきた妖精さんは、何故か満足そうに頷いている。
「答える気ないね」
「でも、せっかくあるなら使えそうですよね」
五月雨が部屋の中を覗く。
「倉庫にするって話してましたよね?」
「全部倉庫にするほど物ないけどね」
「悲しいのです」
「言わないで」
食料も資材も。
貯め込めるほど余裕はない。
必要な分を集めて、使って。
また減ったら取りに行く。
そんな生活だ。
「一部屋は予備の装備置き場にしようか」
「はい!」
「こっちは?」
「空けとこう」
「誰か来た時のためですか?」
「まあ、来るか分からないけど」
電と五月雨が顔を見合わせる。
「また来るかもしれないのです」
「ですね」
「何で二人とも嬉しそうなの」
「賑やかな方が楽しいのです!」
「私もそう思います」
「そっか」
私も。
たぶん同じだ。
使う部屋を決めたところで、今度は装備置き場を少し整理する。
「これはこっち」
「はい!」
「それ重いから気を付けて」
「大丈夫です!」
「その台詞、信用していい?」
「今度は大丈夫です!」
五月雨が箱を持ち上げる。
一歩。
二歩。
ぐらり。
「五月雨」
「だ、大丈夫です!」
「置こう」
「はい……」
電が横から半分を持つ。
「二人で運ぶのです」
「ありがとう、電ちゃん」
「最初からそうしようよ」
そう言いながら、私も別の箱へ手を伸ばす。
「あ、司令官さん」
「ん?」
「それは電が運ぶのです」
「これくらい平気だよ」
「でも――」
「すぐそこだし」
持ち上げて、そのまま棚へ運ぶ。
軽い。
問題ない。
「ほら、終わり」
「……はいなのです」
電が何か言いたそうな顔をしていたけれど。
次の箱へ目を向けたところで、外から声がした。
「戻ったぞー!」
天龍だ。
「おかえり。どうだった?」
「何もなし」
「静かだったわよ~」
「そっか」
「そっちは何してたんだ?」
「部屋の整理」
「暇って言ってなかったか?」
「暇だったから」
「暇な奴がやることか、それ?」
「他にすることなかったし」
天龍は私の後ろに積まれた箱を見る。
それから。
私を見る。
「……まあいいけどよ」
「何?」
「なんでもねえ」
変なの。
昼食の後は、本当にすることがなくなった。
珍しい。
五月雨と電は外で妖精さんたちと何かしている。
何をしているのかと思って見に行ったら、小さな石を並べて遊んでいた。
「何してるの?」
「分かりません!」
「分からないの?」
「妖精さんが始めたのです」
見る限り。
石を積んでいる。
ただそれだけ。
でも本人たちは楽しそうだ。
「平和だね」
「平和なのです」
「多摩さんもやります?」
「私は――」
一度、執務室の方を見る。
特に確認することはない。
「……やろうかな」
「はい!」
久しぶりに。
何の役にも立たないことをした。
石を積んで。
崩して。
五月雨が妙に本気になって。
電が笑って。
いつの間にか天龍まで混ざって。
「何で俺がこんなこと……」
と言いながら、一番高く積もうとしていた。
「天龍ちゃん、楽しそうねぇ」
「うるせえ」
「手、震えてるよ」
「黙れ! 今大事なところなんだよ!」
最後の一個を乗せる。
少し傾く。
「あ」
「おい待て」
ぐらり。
全部崩れた。
「あああああ!」
天龍の声が響く。
「天龍さん!」
「笑うな五月雨!」
「笑ってません!」
「顔が笑ってんだよ!」
「ふふっ」
「電も!」
「笑ってないのです!」
「お前らなぁ!」
龍田は少し離れたところでずっと笑っていた。
たぶん。
今日一番平和な時間だったと思う。
夕方。
夕食の準備を始めようとしていた時だった。
玄関の方から、聞き慣れた声がした。
「たまちゃーん!」
「楓?」
外へ出る。
楓が立っていた。
珍しく。
少し困ったような顔をしている。
「どうしたの?」
「父さんからなんだけど」
「桂梧さん?」
「うん」
楓は一度、鎮守府の方を見る。
「今日、漁港の方に電話があったんだって」
「電話?」
「軍から」
少しだけ。
空気が変わった。
「……軍?」
「うん」
後ろから天龍たちも出てくる。
「何の用だったんだ?」
「詳しくは分かんない。ただ」
楓は言った。
「この辺りで、何人かの艦娘が活動してるって話を聞いたけど、本当かって」
「……」
誰も。
すぐには何も言わなかった。
「父さんは?」
「いるって答えたって。嘘つくようなことでもないし」
「そっか」
それだけ。
それだけの話だ。
何か命令が来たわけでもない。
誰かが来たわけでもない。
ただ。
聞かれただけ。
「それで?」
「それで終わり。確認しましたって切れたって」
「……そう」
「何かまずかった?」
「分からない」
本当に。
分からない。
軍が何を考えているのか。
今の私たちをどう見るのか。
電。
五月雨。
天龍。
龍田。
そして。
所属のない私。
「まあ」
天龍が腕を組む。
「そのうち気付かれるとは思ってたけどな」
「だよね」
五人もいる。
海にも出る。
町の人たちも私たちを知っている。
ずっと隠れていられるはずもない。
「今すぐ何かあるわけじゃないんでしょ?」
五月雨が少し不安そうに聞く。
「うん。今のところは」
「なら」
電が言う。
「今日はご飯にするのです」
「……そうだね」
その通りだ。
まだ何も起きていない。
だから。
今日は。
いつも通りでいい。
その日の夕食も。
五人で食べた。
天龍が文句を言って。
龍田が笑って。
五月雨が少しこぼして。
電がそれを拭いて。
私はそれを見ていた。
いつも通りの夜。
ただ一つ。
今までこちらを見ていなかった誰かが。
少しだけ。
この鎮守府へ顔を向けた。
そんな気がした。