軍がこちらの存在を確認したらしい。
けれど、それから何日か経っても特に何かが起きることはなかった。連絡もないし、誰かが来るわけでもない。
結局、私たちは今までと変わらない生活を続けていた。
「今日は電と五月雨が近場。天龍と龍田は昨日見つけたところをもう一度お願い」
「了解なのです!」
「はい!」
「おう」
「分かったわ~」
朝食のあと、いつものようにその日の予定を決める。
「深海棲艦を見つけても、数が多かったら無理しないで戻ってきてね」
「分かってます!」
「五月雨は特にね」
「私ですか!?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「天龍さん!」
朝から賑やかだ。
「で」
天龍が私を見る。
「多摩は?」
「私?」
「今日は何すんだ?」
「ああ。ちょっと別のところ見てくる」
「別のところ?」
「妖精さんが、もう一ヶ所資材を取れそうな場所を見つけたみたいだから」
机の上にいた妖精さんが頷く。
「一人でか?」
「うん」
「俺らと一緒に行けばいいだろ」
「方向違うし、分かれて行った方が早いよ」
「……まあ、そうだけどよ」
「何かあったら戻るから大丈夫」
そう言って立ち上がる。
「じゃあ、今日もよろしくね」
それぞれが鎮守府を出た。
妖精さんに案内された場所は、以前資材を回収した施設より少し遠かった。
海沿いを進み、途中から陸へ上がる。
「ここ?」
妖精さんが大きく頷いた。
目の前にあるのは、半分崩れた倉庫のような建物だった。
「……使えるものあるのかな」
中へ入ると、古い機械や錆びた金属、空になった容器があちこちに転がっている。
けれど妖精さんたちは迷うことなく、その中から使えそうなものを選び始めた。
「ほんと見分けるの早いね」
一人が得意そうに胸を張る。
「褒めてる褒めてる」
私も持てるものを運んでいく。
大きな金属片。
まだ使えそうな部品。
量は少ないけれど、燃料も残っていた。
「これなら来た意味あったかな」
妖精さんたちが一斉に頷く。
それから、さらに奥を指差した。
「まだあるの?」
また頷く。
「……元気だねぇ」
結局、予定していたより長く資材を集めることになった。
鎮守府へ戻った時には、もう夕方だった。
「ただいま」
「司令官さん!」
電が駆け寄ってくる。
「おかえりなさいなのです!」
「ただいま。そっちはどうだった?」
「異常なしなのです」
「こっちも大丈夫でした!」
五月雨も後ろからやってくる。
「多摩さんの方は?」
「結構あったよ。鋼材になりそうなのと、燃料も少し」
「一人で全部?」
「妖精さんもいたよ」
「そういう意味じゃねえよ」
横から天龍の声がした。
「おかえり」
「おう」
「そっちは?」
「何もなし。資材も少し拾ってきた」
「そっか。じゃあ今日は結構増えたね」
持ち帰ったものを見ながら、残量をざっと頭の中で計算する。
これなら、しばらくは大丈夫そうだ。
「多摩ちゃん」
今度は龍田に呼ばれた。
「ん?」
「疲れてない?」
「ちょっとは」
「ちょっと?」
「歩いたし」
「そういうことにしておくわ~」
「?」
何だろう。
「とりあえずご飯にしよう」
「お前が作る気か?」
天龍が言う。
「今日は簡単なのにするよ」
「……」
「何?」
「いや」
「変なの」
結局、夕食を作って五人で食べた。
その間に今日の哨戒で何があったかを聞いて、食後には持ち帰った資材も簡単に確認する。
いつも通り。
特に変わったことはない。
皆が部屋へ戻ってから、私はもう一度資材置き場へ向かった。
今日増えた分と、使った分。
明日どれくらい必要になりそうか。
燃料、弾薬、鋼材。それから食料。
昼間に確認してもいいことではある。
でも、昼は動ける。
海にも出られるし、町にも行ける。資材を探しにも行ける。
だったら、こういう確認は夜に回した方がいい。
「燃料は……まだ大丈夫」
簡単に記録して、次は装備を見る。
一つずつ細かく確認するほどではないけれど、妖精さんたちから整備が必要なものを聞いておく。
「これは明日?」
妖精さんが頷く。
「分かった」
書いておく。
そこまで終われば、次は明日の哨戒だ。
今日何もなかったから、明日は少し範囲を変えてもいいかもしれない。
「電と五月雨は……」
「何やってんだ、お前」
「うわっ!」
突然声がして振り返る。
天龍が立っていた。
「びっくりした……」
「こっちの台詞だ」
「何が?」
「何してんだって聞いてんだよ」
「明日の確認」
天龍がしばらく黙る。
「……今、何時だと思ってんだ?」
「分かんない」
「三時だぞ」
「……もうそんな時間?」
「もう、じゃねえよ」
「もうちょっとで終わるよ」
「待て」
天龍が眉を寄せた。
「お前、いつもこんな時間までやってんのか?」
「いつもじゃないよ」
「昨日も一昨日も夜にここにいたよな」
「起きてたの?」
「水飲みに来た時に見た」
「そうなんだ」
「そうなんだじゃねえよ。俺はてっきり、そのあとすぐ寝てんのかと思ってたんだ」
声が少し低い。
「何怒ってるの?」
「怒るだろ」
「何で?」
「朝、何時に起きてる?」
「六時くらい」
天龍が黙った。
「何?」
「三時間じゃねえか」
「毎日三時まで起きてるわけじゃないよ」
「昨日は?」
「……二時くらい」
「一昨日」
「……四時」
「は?」
「その日はちょっと長引いて」
「朝は?」
「六時」
「二時間じゃねえか!」
「でも寝てるじゃん」
「寝てるうちに入るか!」
天龍の声が響く。
「声大きい。みんな起きるよ」
「今そこ気にするとこか!?」
天龍が額を押さえた。
「こういうの、昼間やりゃいいだろ」
「昼は動けるから」
「は?」
「確認だけなら夜でも出来るでしょ? 昼間は資材取りに行ったり、町に行ったり出来るし」
「だから寝る時間削ってんのか?」
「削ってるってほどじゃないよ」
「二時間とか三時間しか寝てねえ奴が言うな!」
「今日はたまたまだって」
「今日だけってお前……いや、待てよ」
天龍が一度言葉を止める。
「これだけ時間かかることやってんのに、昼は普通に出てんのかよ、お前」
「普通にって……」
「今日だって、朝から一人で資材取りに行っただろ」
「妖精さんもいたよ」
「そこじゃねえ!」
「じゃあ何?」
「俺たちに仕事振って、自分も別の場所に出て、戻ってきたら報告聞いて、飯作って。その上で夜中の三時までこれやってんだろ!」
「でも必要なことだから」
「俺らにやらせりゃいいだろ!」
「皆もやってるじゃん」
「違う!」
天龍が私を見る。
「俺たちがやってる間に、お前は別の仕事増やしてんだろ!」
「増やしてるわけじゃないよ。必要だからやってるだけ」
「それを増やしてるって言ってんだよ!」
「私は提督なんだから、全体を見ないと駄目でしょ」
「それは分かる」
「なら――」
「一人で全部確認しろって意味じゃねえだろ」
「でも最終的に決めるのは私だし」
「だったら確認するところから全部自分でやんのか?」
「その方が間違いないじゃん」
言った瞬間。
天龍の表情が変わった。
「……それだよ」
「何が?」
「お前、俺たちのこと信用してねえのか?」
「は?」
「違うなら、何で全部自分で確認しないと気が済まねえんだ」
「そんなこと言ってない!」
「言ってるのと同じだろ!」
「違う!」
思わず立ち上がる。
「皆のことは信用してるよ!」
「じゃあ任せろよ!」
「任せてる!」
「任せてねえよ!」
即座に返された。
「哨戒だって行ってもらってるし、資材集めだって――」
「それは仕事を振ってるだけだ!」
「……」
天龍が真っ直ぐ私を見る。
「お前がやること決めて、俺らに行かせて、その間に自分は別のことやってる。帰ってきたら全部自分で確認して、寝る時間まで削ってる」
「でも」
「それのどこが任せてんだよ」
言葉が出ない。
「俺らを仲間にしたくせに、何で全部自分でやろうとしてんだ」
「全部じゃない」
「じゃあ何を任せてんだ?」
「だから、哨戒とか――」
「それ以外だよ」
「……」
何を言われているのかは分かる。
でも、どうしてそこまで言われるのかが、まだよく分からない。
「私が出来ることをやってるだけだよ」
「それで倒れたらどうすんだ」
「倒れないよ」
「何で分かる」
「今まで大丈夫だったから」
「今まで大丈夫だった奴は、これからも絶対大丈夫なのか?」
「それは……」
違う。
そんなことは分かっている。
「でも、誰かがやらないと」
「俺たちがいるだろ」
「……」
「電も、五月雨も、俺も、龍田も。五人いるんだぞ」
「分かってる」
「分かってねえよ」
「天龍ちゃん」
後ろから声がした。
振り返ると、龍田が立っていた。その後ろには電と五月雨もいる。
「……起こした?」
「これだけ騒いだら起きるわよ~」
「ごめん」
「謝るところそこじゃねえだろ」
「天龍ちゃんは黙って」
「何でだよ!」
龍田がこちらへ来る。
「多摩ちゃん」
「何?」
「私たち、そんなに頼りない?」
「違うって!」
「じゃあ、少しくらい頼ってもいいんじゃない?」
「頼ってるよ」
「本当に?」
「……」
言葉に詰まる。
電が私を見る。
「司令官さん」
「うん」
「電たちは、司令官さんのお仕事を取ろうとしているわけじゃないのです」
「分かってる」
「でも、司令官さんのお仕事を少し手伝うことは出来るのです」
「……」
「資材の確認くらいなら、私も出来ます!」
五月雨が続ける。
「記録も教えてもらえればやります!」
「五月雨は一回間違えそうだけど」
「天龍さん!」
「でも覚えりゃ出来るだろ」
「……はい!」
天龍が私を見る。
「ほら」
「何が」
「任せろよ」
「……」
「全部じゃなくていい」
少し間を置いて。
「一回くらい、人に任せろ」
私は答えられなかった。
出来ないと思っているわけじゃない。
信用していないわけでもない。
なのに。
「……今日はもう寝ろ」
「でも、明日の――」
「俺がやる」
「分かるの?」
「教えろ」
「今から?」
「必要なところだけな。あとは明日やる」
「でも朝――」
「俺が起きる」
「六時だよ?」
「起きる」
「天龍ちゃんが?」
「龍田、お前は黙ってろ」
「あら~?」
いつものやり取り。
なのに、私は少しだけ居心地が悪かった。
自分がやるはずだったことを、誰かに渡す。
それだけなのに。
思っていたよりずっと、落ち着かなかった。