目が覚めた時。
「……明るい」
最初に思ったのは、それだった。
窓から差し込んでいる光が、明らかにいつもの朝より強い。
「……?」
ぼんやりと天井を見る。
何かがおかしい。
何だっけ。
昨日。
天龍に怒られて。
夜中の三時で。
それから――
「今何時!?」
飛び起きた。
時計を見る。
「……九時?」
もう一度見る。
九時。
「嘘でしょ!?」
慌てて部屋を飛び出した。
食堂へ行くと。
「あ、司令官さん。おはようございますなのです」
「おはようございます、多摩さん!」
電と五月雨が普通に朝食を食べていた。
「お、おはよう……じゃなくて!」
「どうしたのです?」
「九時だよ!?」
「九時なのです」
「何で起こしてくれなかったの!?」
二人が顔を見合わせる。
「天龍さんが起こすなって」
「天龍が?」
「お前、何時に寝たと思ってんだ」
奥から声がした。
天龍がやってくる。
眠そうだ。
「……天龍も眠そうじゃん」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「私?」
「お前以外に誰がいる!」
そういえば。
昨日、六時に起きると言っていた。
「本当に起きたんだ」
「約束したからな」
「天龍ちゃん、目覚まし三回止めてたけどねぇ」
龍田が後ろから顔を出す。
「余計なこと言うな!」
「でも起きたでしょう?」
「起きた!」
「えらいえらい」
「子供扱いすんな!」
いつもの二人だ。
いや。
「そうじゃなくて、朝の確認は?」
「やった」
天龍が答えた。
「資材は?」
「見た」
「食料は?」
「電が見たのです」
「装備は?」
「妖精さんに聞いた。急ぎはねえってよ」
「今日の哨戒は?」
「それは決めてねえ」
「……え?」
天龍が呆れたように私を見る。
「そこは提督の仕事だろ」
「……」
「何でもかんでも勝手に決めるって話じゃねえぞ」
「ああ……」
そういうことか。
「朝飯残してあるぞ」
「……ありがとう」
「礼はいいから食え」
「はい」
何だろう。
昨日までなら、九時まで寝た時点で一日を無駄にした気がしていたと思う。
でも。
資材も。
食料も。
装備も。
別に何も困っていない。
「……回ってる」
「何が?」
「いや、なんでもない」
席に座る。
私が寝ていても。
朝は来るらしい。
遅い朝食を終えてから、全員で今日の予定を決めることにした。
「じゃあ今日は……」
いつものように口を開いて。
少し止まる。
四人がこちらを見ていた。
「何だよ」
「いや」
昨日のことを思い出す。
一回くらい、人に任せろ。
「……天龍」
「おう」
「昨日確認した資材、どうだった?」
「燃料は余裕あり。弾薬も今すぐ取りに行くほどじゃねえ。鋼材は結構ある」
「食料は?」
「二、三日は大丈夫なのです」
電が答える。
「装備は急ぎなしだったよね」
「ああ」
「じゃあ今日は資材回収なしでいいか」
「そういうことだな」
決めるのは私。
でも。
全部を自分で見たわけじゃない。
少し変な感じがする。
「哨戒は昨日と範囲を変えたいんだけど……電」
「はいなのです」
「昨日の海の様子、もう一回教えて」
「分かったのです!」
電から話を聞いて。
五月雨からも補足をもらう。
それを元に今日の範囲を決める。
「じゃあ、天龍と龍田がこっち。電と五月雨は近場をお願い」
「多摩は?」
天龍に聞かれる。
「私は――」
資材でも探しに行こうか。
そう言いかけて。
止まった。
足りている。
今。
自分で確認したわけではないけれど。
皆がそう言っている。
「……今日は鎮守府にいる」
「そうしろ」
「何その言い方」
「また一人でどっか行くって言ったら縛っとこうと思ってた」
「怖いよ」
「天龍ちゃんじゃ無理でしょう?」
「何でだよ」
「私なら出来るわよ~」
「龍田も怖いよ」
どうしてこの姉妹はすぐ物騒な方向へ行くんだろう。
皆が出たあと。
鎮守府に残った私は。
「……暇だ」
思わず呟いた。
やることはある。
もちろんある。
でも。
今までみたいに、目についたものを全部自分で処理しようとしなければ。
思っていたより少ない。
「こんなもんなの?」
妖精さんが首を傾げる。
「聞いても分からないよね」
とりあえず、昨日途中だった哨戒範囲の整理だけ終わらせる。
それから。
資材の記録へ手を伸ばしかけた。
「……」
止まる。
昨日、天龍が確認した。
なら。
今もう一度見る必要はない。
「……気になる」
ものすごく気になる。
本当に合っているのか。
見落としはないか。
「一回くらい、人に任せろ……か」
自分で呟く。
手を引っ込めた。
「……落ち着かないなぁ」
昼前。
近場を回っていた電と五月雨が戻ってきた。
「ただいまなのです!」
「ただいま戻りました!」
「おかえり。何かあった?」
「異常なしなのです」
「海も静かでした!」
「了解」
いつものように記録へ手を伸ばす。
「あ」
五月雨が声を上げた。
「何?」
「それ、私が書いてもいいですか?」
「これ?」
「はい!」
哨戒の記録。
どこを回ったか。
何か異常があったか。
大した内容ではない。
「でも五月雨――」
「間違えるかもしれません!」
「自分で言うんだ」
「でも!」
五月雨は少し力を入れて続ける。
「間違えたら、直せばいいんですよね?」
「……」
どこかで聞いたような。
「多摩さんが言ってくれたじゃないですか」
嫌な予感がする。
「失敗したからって、全部自分で背負わなくていいって」
「……それ、私にも使うの?」
「はい!」
即答だった。
電が横で頷いている。
「司令官さんにも同じなのです」
「……」
言った。
確かに言った。
五月雨に。
失敗してもいい。
一緒にどうにかしよう。
「自分で言ったことだろ?」
「うわっ」
いつの間にか天龍たちも戻っていた。
「聞いてたの?」
「最後だけな」
「多摩ちゃん、自分だけ例外はずるいわよ~」
龍田まで。
「……分かったよ」
私は記録を五月雨へ渡す。
「やってみて」
「はい!」
「分からなかったら聞いて。勝手に想像で埋めないこと」
「はい!」
「書いたら一回見せて」
「はい!」
元気がいい。
少し不安だ。
「顔に出てるぞ」
天龍が笑う。
「だって五月雨だよ?」
「多摩さん!?」
「冗談」
「絶対本気でした!」
否定はしない。
その日の午後。
五人で一度、鎮守府の中の仕事を整理することになった。
きっかけは天龍だった。
「今のままだと、またこいつ全部やり始めるだろ」
「こいつ言うな」
「違うのか?」
「……」
否定しきれない。
「だから最初から分けときゃいいんだよ」
「分けるって?」
「誰が何見るか」
なるほど。
龍田が楽しそうに笑う。
「じゃあ私は天龍ちゃんを見る係ね~」
「いらねえ!」
「残念」
「真面目にやって!」
「は~い」
話し合った結果。
食料や町から受け取ったものは、電が中心になって確認する。
哨戒の記録は五月雨。
資材と装備については天龍と龍田が妖精さんたちと確認する。
もちろん、それぞれ一人だけで全部やるわけではない。
手が空いている人が手伝う。
ただ。
誰が最初に見るかだけを決めた。
「で、お前は最後に聞け」
天龍が言う。
「最後に?」
「何か足りねえとか、壊れてるとか、そういうのがあったら俺らが言う」
「でも全部見ないと――」
「また始まったぞ」
「……」
「必要なとこだけ見りゃいいだろ。何も問題ねえのに毎回最初から全部確認する必要あるか?」
「……ない、かも」
「だろ?」
龍田が続ける。
「多摩ちゃんが決めないといけないことは、多摩ちゃんが決めればいいのよ。でも、そのための材料まで全部一人で集めなくてもいいでしょう?」
「材料……」
「私たちが持ってくるのです」
電が言う。
「それで司令官さんが決めるのです」
「……」
それなら。
出来る気がする。
全部渡してしまうわけじゃない。
提督じゃなくなるわけでもない。
ただ。
一人で全部見なくていい。
「じゃあ……やってみようか」
「最初からそう言え」
「天龍が偉そう」
「誰のせいでこんな話してんだよ!」
「私です」
「素直に認めんな!」
怒られた。
夜。
夕食を終えて。
私はいつもの癖で資材置き場へ向かおうとした。
「多摩」
「……何」
「どこ行く」
「ちょっと確認を」
「俺がやった」
「でも」
「燃料、弾薬、鋼材、全部問題なし。装備も急ぎなし」
「……本当に?」
「疑ってんのか?」
「そういうわけじゃ」
「なら終わり」
「……」
行く理由がなくなった。
「食料も大丈夫なのです」
電が言う。
「今日の哨戒記録も書きました!」
五月雨が紙を持ち上げる。
「見せて」
「はい!」
受け取って確認する。
文字が少し曲がっている。
でも。
内容は合っている。
「……ちゃんと出来てる」
「本当ですか!?」
「うん」
「やった!」
「そんなに驚くなよ」
「天龍さん!」
笑い声が広がる。
「じゃあ」
天龍が私を見る。
「今日のお前の仕事、終わりな」
「……まだ十時だよ?」
「十時だから何だよ」
「寝るには早くない?」
「昨日四時まで起きてた奴が言うな」
「一昨日ね」
「どっちでもいい!」
龍田が笑う。
「今日はゆっくりしたら?」
「ゆっくりって……」
何をすればいいんだろう。
「お風呂入るとか」
「本読むとか」
「電たちとお話するのです!」
「寝る」
天龍だけ選択肢がおかしい。
「天龍ちゃんも昨日あまり寝てないでしょう?」
「誰のせいだ」
「……ごめん」
「そこで素直になるな。調子狂う」
少し考えて。
椅子に座り直す。
「じゃあ、少しここにいる」
「何すんだ?」
「何もしない」
「出来んのか?」
「失礼だな」
そう言ったものの。
最初の十分くらいは、かなり落ち着かなかった。
資材は大丈夫だろうか。
装備は。
明日の哨戒は。
でも。
全部、明日でも間に合う。
必要なことがあれば。
誰かが言ってくれる。
「……天龍」
「あ?」
「明日の朝、資材の方お願いしていい?」
一瞬。
天龍が目を丸くした。
それから。
「おう」
笑った。
「任せろ」
その言葉を聞いて。
まだ少しだけ落ち着かないまま。
「うん。任せる」
今度は。
ちゃんと言えた。