次の日。
朝食を終えて、その日の予定を決めようとしたところで。
「今日は俺と多摩で哨戒行くぞ」
天龍が突然言った。
「……え?」
「何だよ」
「いや、なんで?」
「なんでって、哨戒だからだよ」
「それは分かるけど」
いつもなら、私が誰と誰を組ませるか決めるところだ。
「天龍と龍田で行けばいいんじゃない?」
「今日はお前」
「私?」
「ああ」
天龍が当然のように頷く。
「昨日まで一人で勝手にあちこち行ってただろ」
「勝手にって……ちゃんと必要なところに行ってたよ」
「一人でな」
「妖精さんもいた」
「その言い訳好きだなお前」
「言い訳じゃないよ」
龍田が横でくすくす笑っている。
「今日は天龍ちゃんと行ってあげて、多摩ちゃん」
「行ってあげてって何だよ」
「あら、違った?」
「違う!」
いつものやり取りをしながらも、天龍は私を見る。
「鎮守府のことはこいつらに任せりゃいい」
「でも――」
「昨日決めたばっかだろ」
「……」
そうだった。
資材と装備は天龍と龍田。
食料は電。
哨戒の記録は五月雨。
必要なことがあれば、私に報告する。
「今日は天龍がいないから、資材と装備は私が見ておくわ~」
龍田が言う。
「食料は電が確認するのです」
「記録もやります!」
五月雨までやる気満々だ。
「……大丈夫?」
「昨日任せるって言った奴の台詞か、それ」
「だって」
「いいから行くぞ」
「まだ何も決めてないよ」
「決めろ」
「雑だなぁ」
結局。
今日は私と天龍で少し遠めの哨戒。
電と五月雨は鎮守府周辺。
龍田は残って資材や装備を確認することになった。
「何かあったら――」
「戻ってくる頃には報告するわよ~」
「でも急ぎだったら」
「妖精さんもいるのです」
「……」
逃げ道がない。
「分かったよ」
「よし」
天龍が満足そうに頷く。
「行くぞ」
「天龍が提督みたい」
「うるせえ」
海へ出る。
天気は悪くない。
風も強くなく、波も穏やかだった。
「静かだね」
「ああ」
天龍が少し先を進む。
その横へ並ぶ。
二人で海へ出るのは、考えてみれば初めてだった。
「そういや、お前」
「ん?」
「一人で海出るの好きなのか?」
「別に?」
「じゃあ何で一人で行くんだよ」
「その方が人手を分けられるから」
「またそれか」
「何が?」
「効率」
「大事でしょ」
「そりゃ大事だけどよ」
天龍は前を見たまま言う。
「全部効率だけで決めてたら、そのうちまた寝なくなるぞ」
「それはもう言わないで」
「二時間」
「言わないでって」
「四時」
「天龍」
「分かった分かった」
絶対面白がってる。
「今日はちゃんと寝たし」
「何時間?」
「……七時間」
「やりゃ出来んじゃねえか」
「九時まで寝かされたからね」
「俺たちに感謝しろ」
「はいはい」
昨日の朝よりは。
確かに身体が軽い。
言われるまで、自分がどれだけ疲れていたのか分かっていなかったのかもしれない。
それを口にしたら天龍がまたうるさそうなので、黙っておく。
しばらく進む。
海は静かなまま。
深海棲艦の姿もない。
「このまま何もないといいな」
「そうだな」
「暇だけど」
「いいだろ暇で」
「哨戒で暇なのはいいことか」
「そういうこと」
天龍が笑う。
そのまま進んでいると。
ふと。
鎮守府のことが頭に浮かんだ。
今頃。
龍田は資材を確認しているだろうか。
電は食料を。
五月雨は――
「……五月雨、記録ちゃんと出来るかな」
「始まったぞ」
「何が」
「鎮守府の心配」
「ちょっと思っただけ」
「任せたんだろ?」
「任せたけど」
「じゃあ任せとけ」
「でも間違えてたら」
「帰ってから直しゃいいだろ」
「……」
昨日。
五月雨自身が言っていた。
間違えたら、直せばいい。
「そうなんだけど」
「そうなんだよ」
「天龍、昨日から偉そうだね」
「昨日からじゃねえ」
「元からか」
「喧嘩売ってんのか?」
「売ってないよ」
少し笑う。
それから。
鎮守府のことを考えるのをやめた。
完全には無理だったけれど。
少なくとも。
今は目の前の海を見る。
「……多摩」
「うん」
天龍の声が変わった。
私も見えている。
遠く。
海面にいくつかの影。
「三……いや、四かな」
「小型だな」
「うん」
深海棲艦。
大きな群れではない。
「どうする?」
天龍が聞く。
「倒そう。この数なら問題ない」
「了解」
砲を構える。
向こうもこちらに気付いた。
距離が縮まる。
「天龍、右お願い」
「おう!」
砲撃。
海面が弾ける。
一体。
こちらへ回り込もうとした敵へ照準を向ける。
撃つ。
外れた。
「ちっ」
「多摩、左!」
「見えてる!」
次。
当たる。
沈む。
天龍の方でも一体が海中へ消えた。
「あと二!」
「分かってる!」
一体が天龍へ向かう。
私はそちらへ砲を向けかけた。
けれど。
「俺に任せろ!」
天龍の声。
止める。
天龍が撃つ。
命中。
「……」
「何だよ」
「別に」
「今助けようとしただろ」
「してないよ」
「した」
「してない」
「まあいい」
残り一体。
「多摩!」
「うん」
今度は私が前へ出る。
狙う。
撃つ。
砲弾が命中し、最後の一体が沈んだ。
「終わり」
「だな」
周囲を確認する。
他に敵はいない。
「被害は?」
「なし」
「私も」
「じゃあ戻るか」
「うん」
踵を返す。
少し進んでから。
「さっき」
天龍が言う。
「何?」
「俺の方、手出さなかったな」
「任せろって言ったから」
「おう」
「天龍なら大丈夫だと思ったし」
「最初からそうしろよ」
「戦闘と生活は違うでしょ」
「根っこは同じだろ」
「そうかな」
「知らねえ」
「知らないんじゃん」
天龍が笑う。
私も少しだけ笑った。
鎮守府へ戻る。
「ただいま」
「おかえりなさいなのです!」
電が迎えてくれた。
「異常あった?」
「ありませんでした!」
五月雨もやってくる。
「こっちは小型四体。全部撃沈。被害なし」
「分かりました!」
五月雨がすぐに記録を取り始める。
見る。
書いている。
ちゃんと。
「……」
「何ですか?」
「いや」
口を出しかけた。
でも。
「続けて」
「はい!」
やめた。
「多摩ちゃん」
龍田がやってくる。
「資材は問題なしよ~。燃料も弾薬も余裕あり。装備も妖精さんに見てもらったけど、急ぎで直すものはなかったわ」
「食料も大丈夫なのです」
電が続く。
「明日の分もあります」
「……そっか」
全部。
終わっている。
私がいなかったのに。
というか。
私がいなかったから困ったことが何かあったかと聞かれれば。
ない。
「何だその顔」
天龍が横から覗き込む。
「どんな顔?」
「意外そうな顔」
「……ちょっとだけ」
「失礼ねぇ」
龍田が笑う。
「いや、そういう意味じゃなくて」
分かっていた。
出来るだろうとは思っていた。
だから昨日、任せると言った。
でも。
分かっていることと、実際に見ることは違った。
「本当に大丈夫なんだなって」
「何がなのです?」
「私がいなくても」
電が首を傾げる。
「司令官さんはいなくなってないのです」
「そういう意味じゃなくて」
「でも」
電は少し考えて。
「司令官さんが海に出ている間は、電たちがここにいるのです」
「……」
「帰ってきたら、今日のことを司令官さんに伝えるのです」
「そうだね」
「それでいいと思うのです」
「……うん」
それで。
いいのかもしれない。
「多摩さん!」
五月雨が紙を持ってくる。
「書けました!」
「見せて」
受け取る。
今日の哨戒。
異常なし。
私と天龍の方では深海棲艦四体。
撃沈。
被害なし。
文字は少し曲がっている。
でも。
ちゃんと読める。
「どうですか?」
「うん。大丈夫」
「本当ですか!?」
「昨日も出来てたでしょ」
「でも今日は多摩さんいなかったので!」
「関係ないよ」
「……はい!」
五月雨が嬉しそうに笑う。
その顔を見て。
少しだけ。
分かった気がした。
全部自分でやることだけが。
責任じゃない。
任せて。
戻ってきて。
報告を聞いて。
必要なら直す。
それも。
提督の仕事なんだ。
「で」
天龍が言う。
「今日は夜中まで確認すんのか?」
「しないよ」
「本当か?」
「もう確認してくれたんでしょ?」
「おう」
「じゃあしない」
言ってから。
少し考える。
「……多分」
「多分つけんな!」
「冗談だって」
「信用ならねえ!」
龍田が笑う。
電も。
五月雨も。
私も笑った。
夜。
いつもの時間。
食堂を出る前に、一度だけ資材置き場の方を見る。
少し気になる。
まだ。
完全には慣れていない。
でも。
今日は行かなかった。
「明日もお願いしていい?」
天龍に聞く。
「ああ」
「任せた」
「おう」
短い返事。
それだけで。
昨日より少しだけ。
安心して部屋へ戻れた。