天龍と二人で哨戒に出た次の日。
朝食を終えて、今日の予定を決めていた時だった。
「司令官さん!」
外にいた電が、珍しく慌てた様子で食堂へ飛び込んできた。
「どうしたの?」
「お、お客さんなのです!」
「お客さん?」
最近は町の人が来ることもある。
食料を持ってきてくれたり、何か手伝ってほしいと言われたり。
だから最初は、またその辺りだと思った。
「誰?」
「軍の人なのです」
「……え?」
食堂が静かになった。
天龍が椅子から立ち上がる。
「軍?」
「はいなのです」
「何人?」
「二人です」
龍田もいつもの笑顔のまま、少しだけ目を細めた。
「とうとう来たのねぇ」
「みたいだね」
数日前。
町へ軍から確認の電話があった。
何人かの艦娘がこの辺りで活動しているらしい。
それは本当か。
聞かれたのは、それだけだった。
だから。
いつか来るだろうとは思っていた。
「どうします?」
五月雨が不安そうに私を見る。
「どうするって……」
逃げるわけにもいかない。
ここにいることは、もう知られている。
「会うよ」
「大丈夫なのです?」
「分からない」
正直に答える。
「でも、話もしないで軍から逃げ回るわけにもいかないでしょ」
「そうだな」
天龍が頷く。
「俺も行く」
「私も~」
「全員で行ったら威圧してるみたいにならない?」
「向こうも軍人二人で来てるんだろ?」
「それはそうだけど」
「だったらいいじゃねえか」
「どういう理屈」
結局。
全員で迎えることになった。
玄関へ向かう。
そこには二人の男性が立っていた。
一人は四十代くらい。
もう一人はそれより若い。
二人とも軍服を着ている。
武器を構えているわけではない。
けれど。
軍服を見るだけで、自然と身体に力が入った。
「お待たせしました」
私が前へ出る。
年上の男性がこちらを見る。
一度。
私を上から下まで確認するように見て。
「軽巡洋艦、多摩で間違いないか」
「……はい」
「そして、ここで提督を名乗っている」
「名乗っているというか……そうなっているというか」
「そうなっている?」
「説明すると長いです」
「そうか」
困ったような顔をされると思ったけれど。
男性はそれ以上追及しなかった。
代わりに。
私の後ろへ目を向ける。
「電」
「……はいなのです」
電の身体が少し強張った。
私は無意識に半歩前へ出る。
けれど。
男性の口から出た言葉は。
「無事だったか」
「……え?」
電が目を丸くする。
私も。
たぶん他の皆も。
想像していなかった。
「……はいなのです」
「そうか」
それだけ言って、男性は小さく頷いた。
「五月雨もいるな」
「は、はい!」
「天龍、龍田」
「おう」
「はい~」
全員知っている。
当たり前といえば当たり前か。
軍にいた艦娘なのだから。
「今日は何の用ですか?」
私が聞く。
「まずは事実確認だ」
「事実確認?」
「ああ。ここに軍の管理下にない艦娘が複数集まり、周辺海域で活動しているという報告がある」
「……はい」
「そして」
男性が鎮守府を見る。
「軍が設置した覚えのない施設が存在している」
「それは……」
説明が難しい。
「昨日まで何もなかった場所に突然出来た、という話まで聞いている」
「だいたい合ってます」
若い方の軍人が、初めて表情を崩した。
「合っているのか……」
「なんででしょうね」
「あなたが言うのか」
「だって本当にそうなんで」
妖精さんが作った。
それ以上。
私にも説明出来ない。
「中を確認しても?」
年上の男性が聞く。
「……何をするんです?」
「施設の確認だ。武器を取り上げるつもりも、今すぐ誰かを連れていくつもりもない」
「今すぐ?」
天龍が反応した。
「その言い方、後なら連れてくってことか?」
「決まっていない」
「なら何で――」
「天龍」
止める。
「でもよ」
「まだ話してる途中」
「……分かったよ」
天龍が一歩下がる。
男性はそれを見てから、もう一度私へ視線を戻した。
「こちらも、状況を把握していない」
「軍なのに?」
「軍だから何でも知っていると思わないでもらいたい」
「……それはそうですね」
妙に納得してしまった。
鎮守府の中を案内する。
食堂。
寮。
工廠。
入渠施設。
資材置き場。
男性二人は、場所を見るたびに何かを記録していた。
「工廠まであるのか」
「装備は作れます」
「艦娘は?」
「作れません」
「……そうか」
「そこ、聞くんですね」
「重要だからな」
「私も最初に確認しました」
若い軍人がこちらを見る。
「確認したのか?」
「ゲームでは出来たので」
「ゲーム?」
「忘れてください」
「……そうする」
危ない。
説明するとさらに長くなる。
入渠施設では、二人とも少し長く足を止めた。
「ここは実際に使えるのか?」
「使えます」
「電も?」
「使ったのです」
「……そうか」
まただ。
電に対して。
妙に。
反応が違う。
「何ですか?」
思わず聞いてしまった。
「何がだ」
「さっきから電のこと気にしてません?」
男性がこちらを見る。
少しだけ迷ったように見えた。
「以前の記録を知っているだけだ」
「以前の?」
「その話は今日の目的ではない」
「……」
はぐらかされた。
でも。
気になる。
電を見る。
本人も分からないようで、首を傾げていた。
最後に執務室へ案内する。
男性が机を見る。
「ここを使っているのか」
「一応」
「提督として?」
「一応」
「何故毎回答えに一応が付くんだ」
「私も自信ないからです」
「そうか……」
今度は明らかに困った顔をされた。
「あ」
そこで思い出す。
「そういえば」
机の引き出しを開ける。
ずっと入れていた紙。
妖精さんから渡された。
使い道の分からなかったもの。
「これ」
男性へ渡す。
「……何だ?」
「鎮守府設置届」
「……」
二人とも黙った。
「妖精さんに渡されました」
「妖精に?」
「はい」
「どこへ出すつもりだった」
「それが分からなくて困ってました」
「……」
若い方が顔を逸らした。
肩が少し震えている。
「笑ってません?」
「いや」
「笑ってるよね?」
「笑っていない」
「絶対笑ってる」
年上の男性は紙をじっと見ていた。
「形式は……軍のものだな」
「え?」
「古いが、実際に使われていた形式に近い」
「妖精さん、どこから持ってきたの……」
答えはない。
部屋の隅にいた妖精さんは。
何故か誇らしげだった。
「これを預かっても?」
男性が聞く。
「いいんですか?」
「提出する場所を探していたんだろう?」
「まあ」
「なら、こちらで上に回す」
「……受理されるんです?」
「それを決めるのは私ではない」
「ですよね」
そんな簡単に。
はい鎮守府です。
とはならないだろう。
「ただ」
男性は紙を丁寧にしまう。
「存在しないものとして扱い続けることも、もう出来ない」
「……」
それが。
いい意味なのか。
悪い意味なのか。
まだ分からない。
「確認は以上だ」
一通り話を終え、二人は玄関へ向かう。
「次は?」
私が聞く。
「後日、改めて連絡する」
「軍から?」
「ああ」
「私たちをどうするか決めて?」
少し。
間があった。
「その可能性もある」
天龍の表情が険しくなる。
でも。
男性は続けた。
「同時に、ここをどう扱うかも決めなければならない」
「ここを?」
「艦娘が五人。周辺海域の警戒を行い、民間人と協力関係にあり、補給と修理を行える施設まで存在する」
鎮守府を振り返る。
「軍としても、無視出来る規模ではなくなっている」
「……」
「今日はそれを確認しに来た」
男性が帽子を被り直す。
そして。
一度だけ電を見る。
「元気そうでよかった」
「……なのです?」
電が困ったように答える。
「では」
二人はそのまま帰っていった。
姿が見えなくなってから。
「……何だったんだ?」
天龍が最初に言った。
「分からない」
「怒られませんでしたね」
五月雨が言う。
「怒られると思ってたの?」
「少し……」
「電もなのです」
「私も」
「多摩ちゃんも?」
龍田に聞かれる。
「だって軍の許可なしで鎮守府作って、軍を離れた艦娘四人集めて、勝手に海守ってるんだよ?」
「改めて言うとすげえな」
「でしょ?」
「よく今まで何も来なかったな」
「ほんとだね」
少し笑う。
でも。
気になることは残った。
電への言葉。
無事だったか。
元気そうでよかった。
軍は。
電を捨てたんじゃなかったのか。
「……電」
「はい?」
「軍にいた時、あの人知ってた?」
「知らないのです」
「そっか」
なら。
余計に分からない。
「考えても仕方ないんじゃねえか?」
天龍が言う。
「後で連絡するって言ってたんだろ」
「そうだけど」
「だったらその時聞けばいい」
「……そうだね」
前なら。
今日中に何か調べようとしていたかもしれない。
軍について。
電について。
皆の記録について。
でも。
今は。
分からないものは、分からない。
「じゃあ今日は?」
五月雨が聞く。
「予定通り」
「哨戒なのです?」
「うん」
私が答えると。
天龍が少し笑った。
「今度は一人で別方向とか言わねえよな?」
「言わないよ」
「本当か?」
「しつこい」
「信用ねえからな」
「この前任せろって言ったの天龍じゃん」
「それとこれは別だ」
「ひどい」
いつものやり取りに戻る。
ただ。
机の上から。
一枚の紙がなくなった。
ずっと行き先の分からなかった。
鎮守府設置届。
それが初めて。
軍の手へ渡った。