軍の人たちが来てから、数日。
特に何も起きなかった。
「……遅くない?」
「何がだ?」
「返事」
食堂で朝食を食べながら、私は天龍を見る。
「後日連絡するって言ってたでしょ」
「数日くらい待てよ」
「でも鎮守府設置届まで持っていったんだよ?」
「軍ってそういうの時間かかるんじゃねえの?」
「知らない」
「俺も知らねえよ」
軍に所属していたとはいえ、天龍も書類を処理する側ではなかったらしい。
「気になるのです?」
電が聞く。
「そりゃ気になるよ」
受理されるとは思っていない。
そもそも。
妖精さんが勝手に作った鎮守府に、いつの間にか提督になっていた艦娘。
そこへ軍を離れた艦娘が四人集まっている。
私が軍の人間なら。
「……怪しいなぁ」
「今更かよ」
「改めて考えるとね」
「考えない方がいいんじゃないですか?」
五月雨にまで言われた。
「それもそうか」
とりあえず。
今は待つしかない。
その返事が来たのは。
昼過ぎだった。
「司令官さん!」
「今度は何?」
「軍の人なのです!」
「来た?」
「来たのです!」
電の後ろから天龍が顔を出す。
「今回は一人だぞ」
「この前の人?」
「ああ。年上の方」
あの人か。
「じゃあ行こう」
「俺も行く」
「私も~」
「全員来るの?」
「前も全員だっただろ」
「まあいいけど」
結局。
また五人で迎えることになった。
玄関前には、この前来た軍人が一人で立っていた。
「先日はどうも」
「こちらこそ」
軽く頭を下げる。
「今日は返事ですか?」
「早いな」
「気になってたので」
「そうか」
男性は持っていた鞄から一枚の紙を取り出した。
「まずこれを」
「はい」
受け取る。
「……」
見る。
読む。
「……長い」
「読め」
「はい」
横から天龍が覗き込む。
「何て書いてある?」
「今読んでる」
「分かるか?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
軍の書類らしい。
難しい言い回しが多い。
けれど。
要するに。
「……鎮守府としては、まだ認められない?」
「そうなる」
「やっぱり」
まあ。
そう簡単にはいかないと思っていた。
「理由は?」
「まず、あなたに正式な提督任命の記録がない」
「はい」
「施設の設置経緯も不明」
「はい」
「所属艦も全員、現在の軍籍上ではここに配置されていない」
「はい」
「返事が軽いな」
「全部その通りなので」
「そうか」
仕方ない。
「じゃあ、この鎮守府はどうなるんです?」
五月雨が少し不安そうに聞く。
男性は五月雨を見る。
「今すぐ閉鎖する予定はない」
「……え?」
「いいんですか?」
私も聞き返した。
「現状、この施設は周辺海域の警戒と防衛に機能している。民間との関係も確認した」
「はい」
「補給と修理も独自に行えている」
「まあ、一応」
「そして、現時点で軍の作戦行動を妨害した事実もない」
「ないですね」
「なら、急いで排除する理由もない」
「……」
思っていたより。
ずっと普通だ。
「もっと、勝手なことするなって言われると思ってました」
「勝手なことをしている自覚はあるのか」
「あります」
「あるのか……」
「でも、なんでこうなったんでしょうね」
「あなたが言うのか」
この前と同じような顔をされた。
「とにかく」
男性は話を戻す。
「正式な扱いが決まるまでは、現状維持だ」
「現状維持」
「これまで通り周辺の警戒を続けても構わない。ただし、大規模な敵を発見した場合は単独で対処しようとせず、軍へ連絡してほしい」
「連絡?」
「ああ」
もう一枚。
今度は小さな紙を渡される。
連絡先らしい。
「ここへ?」
「最寄りの軍施設へ繋がる」
「……電話あるんだ」
「あるだろう」
「いや、私たち軍との連絡手段なかったので」
「そうだったな」
「今まで何かあったらどうするつもりだったんだよ」
天龍が言う。
「だから自分たちでどうにかしてたんでしょ」
「それがおかしいって話だろ」
「今更じゃない?」
「お前が言うな」
怒られた。
「それから」
男性の声が少し変わる。
「今後、最低限の活動記録をこちらにも共有してもらいたい」
「活動記録?」
「細かい書類を毎日出せという話ではない」
「よかった」
「そこまで嫌そうな顔をするな」
「軍所属じゃないのに書類増えるの嫌だなって」
「正式に認めろと言っているのはそちらだろう」
「……確かに」
言われてみればそうだった。
「定期的に、周辺で深海棲艦を何体確認したか。戦闘があったか。大きな異常がなかったか。それだけでいい」
「それなら」
今でも記録している。
「五月雨」
「はい!」
「今の記録使えそう?」
「使えると思います!」
「じゃあお願いしていい?」
「はい!」
即答。
少し前なら。
自分でやると言っていたかもしれない。
でも。
五月雨はもう記録を任せている。
なら。
そのまま任せればいい。
天龍がこっちを見た。
「何?」
「いや」
少し笑っている。
「気持ち悪い」
「何でだよ!」
「話はそれだけですか?」
龍田が聞く。
男性は少し黙った。
「いや」
やっぱり。
何かある。
「もう一つ確認したいことがある」
「何です?」
男性の視線が。
私ではなく。
電へ向いた。
「電」
「はいなのです」
電の背筋が少し伸びる。
「あなたが軍を離れた時のことについて、話を聞きたい」
「……」
空気が変わった。
「何で今更」
天龍が低い声で言う。
「責めるためではない」
「じゃあ何だよ」
「確認だ」
「何を?」
男性は天龍を見る。
「軍側の記録と、本人の認識が一致しているかを」
「……どういう意味?」
今度は私が聞いた。
「そのままの意味だ」
「電は軍に捨てられたって」
「司令官さん」
電が小さく私を止める。
「……」
男性の表情が。
少しだけ変わった。
「捨てられた?」
「違うのです?」
電が聞いた。
声は小さい。
「電は……もう必要ないから、軍から外されたのだと思っていたのです」
「……」
「戦いたくないと言って、敵も助けたいと言って……だから、電は使えないって」
男性は黙って聞いていた。
「それで、一人でここに?」
「はいなのです」
「連絡は?」
「していないのです」
「何故」
電が困ったように俯く。
「……する理由が、ないと思っていたのです」
男性が目を閉じた。
一瞬だけ。
「そうか」
それだけ。
でも。
前に来た時とは違う。
明らかに。
何かがおかしい。
「……軍では、どういうことになってたんですか?」
私が聞く。
男性はすぐには答えなかった。
「それを話す前に」
「はい」
「電だけではなく、五月雨、天龍、龍田にも同じ確認をしたい」
「俺たちも?」
「ああ」
「何で」
「それぞれ、軍を離れた時に何を説明されたか。それを知りたい」
「……」
天龍も黙った。
「今日全部話すんですか?」
「いや」
男性は首を振る。
「一度にする必要はない」
「じゃあ」
「今日は電だけでいい」
電を見る。
「話せるか?」
「……はいなのです」
「電」
私が声をかける。
電は私を見る。
少し不安そうだった。
「私も一緒にいていい?」
男性を見る。
「本人が構わないなら」
「電は?」
「……いてほしいのです」
「分かった」
私は電の隣へ立つ。
天龍たちも残ろうとする。
「お前らは」
「残る」
天龍が即答した。
「俺らにも関係あるんだろ?」
「……そうだな」
男性も断らなかった。
場所を食堂へ移す。
五人と。
軍人一人。
妙な組み合わせだ。
「では」
男性が電を見る。
「まず、軍を離れた時のことを覚えている範囲で話してほしい」
「はいなのです」
電がゆっくり話し始める。
自分が。
戦うことを嫌がったこと。
敵も助けたいと言ったこと。
命令に従えないことが増えたこと。
そして。
ある日。
もう軍の任務には就かなくていいと言われたこと。
「その時」
男性が聞く。
「『もう戻ってくるな』と言われたか?」
「……いいえ」
「『あなたは不要だ』とは?」
「言われてないのです」
「『軍との連絡を絶て』」
「それも……」
「では、何と言われた?」
電は思い出すように目を伏せる。
「もう……戦わなくていい、と」
「……」
「これからは自由にしていい、と言われたのです」
誰も何も言わない。
「それを」
男性が静かに聞く。
「あなたは、捨てられたという意味だと思った?」
「……はいなのです」
男性は。
しばらく黙っていた。
そして。
「そうか」
また。
同じ言葉を言った。
ただ。
今度は。
少し苦そうに聞こえた。
「今日はここまでにしよう」
「え?」
私が思わず聞き返す。
「軍側の記録も確認した上で、改めて話す」
「今ここで分からないんですか?」
「私が不用意に話すべきことではない」
「……」
「ただ」
男性が電を見る。
「一つだけ言える」
「何なのです?」
「少なくとも」
少しだけ。
言葉を選ぶように間を置く。
「あなたを死なせるために、軍から外したわけではない」
「……え?」
「それだけだ」
それ以上は。
何も言わなかった。
軍人が帰ったあと。
食堂は静かだった。
「……どういう意味だと思う?」
五月雨が言う。
「分からねえ」
天龍が答える。
龍田も珍しく何も言わない。
私は電を見る。
「大丈夫?」
「……分からないのです」
「そっか」
「でも」
電が胸元を握る。
「少しだけ……怖いのです」
「何が?」
「もし」
電は言う。
「電がずっと、勘違いしていたのだとしたら」
「……」
「じゃあ今までのことは、何だったのかなって」
答えられなかった。
まだ。
何も分かっていない。
軍が何を考えていたのかも。
どうして。
こんなにも話が噛み合っていないのかも。
ただ。
一つだけ。
今まで私たちが思っていた軍と。
実際の軍は。
少しだけ。
違うのかもしれなかった。