軍の人が帰ったあと。
電は、ずっと考え込んでいた。
前みたいに、自分は軍に捨てられたのだと、それだけを思っているわけではない。
むしろ。
今はその逆だった。
「司令官さん」
「ん?」
「もし……軍が、本当に電を捨てるつもりではなかったのなら」
「うん」
「どうして、こんなことになったのでしょう」
「……それなんだよね」
私も同じことを考えていた。
昨日までなら。
軍は電を使えないと判断して、見捨てた。
そう考えれば一応は話が通った。
でも。
今日来たあの人は、電を見て最初に「無事だったか」と言った。
帰る前にも。
元気そうでよかった、と。
そして最後には。
電を死なせるために軍から外したわけではない。
そうはっきり言った。
そこまで聞けば。
軍が電を捨てるつもりだったとは、もう考えにくい。
「たぶん」
私は言う。
「軍が思ってたことと、電が受け取ったことが違うんだと思う」
「……はいなのです」
「でも、何でそこまで違ったのかは分からない」
電は俯く。
「電が、勘違いしたのでしょうか」
「それだけじゃないと思うよ」
「でも」
「電は『もう戦わなくていい』『自由にしていい』って言われたんだよね?」
「はいなのです」
「それだけ言われて軍から外されたら、そう思ってもおかしくないよ」
「……」
「だから、次に来たら聞こう」
「何をなのです?」
「軍は何を考えてたのか。それと、何でそれを電にちゃんと伝えなかったのか」
電が少しだけ顔を上げる。
「聞いてもいいのでしょうか」
「聞かないと分からないでしょ」
「……はいなのです」
少しだけ。
電の表情が和らいだ。
その答えは。
思っていたより早く来た。
翌日。
「司令官さん!」
「今日は何?」
「軍の人なのです!」
「また?」
昨日帰ったばかりだ。
電の後ろから天龍が顔を出す。
「昨日の奴だぞ」
「年上の方?」
「ああ」
「早かったね」
「向こうも気になってたんじゃねえの?」
「かもね」
昨日。
軍側の記録を確認してから話すと言っていた。
なら。
たぶん今日はその続きだ。
今回も食堂へ案内した。
私たち五人。
軍人一人。
昨日と同じような並びだ。
「昨日の件について、確認が取れた」
男性はそう言って、鞄から何枚かの紙を取り出した。
「まずは電について話したい」
「はいなのです」
電が少し緊張した様子で答える。
「昨日、あなたが話した内容と軍側の記録を照らし合わせた」
「……はい」
「結論から言えば、あなたが軍を離れた理由については大きな食い違いはない」
電の肩が少し下がる。
「命令への不服従。戦闘継続への強い抵抗。敵艦への救助を主張したことも記録されている」
「はいなのです」
「その状態で実戦任務を続けさせることは、本人にも周囲にも危険だと判断された」
そこまでは。
私たちが知っていた通りだ。
「そのため、電は実戦部隊から外された」
「……でも」
電が小さく言う。
「それは、電がいらなくなったからではなかったのです?」
「違う」
男性ははっきり答えた。
「少なくとも、軍側にその意図はなかった」
分かっていた。
昨日の言葉から。
たぶんそうなのだろうとは思っていた。
それでも。
本人の口から否定されると。
やっぱり少し違う。
「では」
電が聞く。
「どういう意味だったのです?」
男性は紙へ目を落とす。
「記録上では、戦闘任務から外し、以後の強制的な出撃を行わない。本人の意思を尊重し、非戦闘環境での生活を認める、とある」
「……」
「簡単に言えば」
男性は電を見る。
「もう戦わせない、という判断だ」
「戦わせない……」
「ああ」
「それは」
私が口を挟む。
「電のために?」
「そうだ」
即答だった。
「このまま戦場に置き続けるべきではないと判断された。だから、もう戦わなくていいと伝えた」
電が黙る。
「じゃあ」
私は続ける。
「やっぱり、昨日言ってた通りなんですね」
「何がだ」
「電を死なせるために外したわけじゃない」
「当然だ」
男性は少し眉を寄せる。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「これ以上戦わせないためだ」
電がゆっくり顔を上げる。
「生きていてほしいから、なのです?」
「ああ」
今度も。
迷わず答えた。
「……そうだったのです」
電はそれだけ言った。
嬉しいのか。
困っているのか。
まだ自分でも分からないような顔だった。
「それで」
私は言う。
「一番聞きたかったんですけど」
「何だ」
「何でそれ、電にちゃんと説明しなかったんです?」
男性の動きが止まった。
「……」
「電は『もう戦わなくていい』『自由にしていい』としか聞いてない」
「ああ」
「それで軍から外されたら、捨てられたと思ってもおかしくないですよね」
「……その点については」
「しかも」
私は電を見る。
「この子、ここでずっと一人で戦ってたんですよ」
男性の表情が硬くなる。
「それは昨日聞いた」
「軍は知らなかった?」
「ああ」
「何かあったら連絡しろって言ったんですか?」
「……」
「言ってないんですね」
「明確には」
「それ、分からないですよ」
少し。
声が強くなる。
「軍の方では『戦わなくていいから自由に暮らしてくれ』だったのかもしれない。でも電の方は『もうお前はいらない』って受け取ってた」
「……」
「それで、何かあったら自分から連絡してくるだろうって?」
「その想定だった」
「無理がありますよ」
「否定はしない」
あっさり認められて。
逆に言葉に詰まった。
「……認めるんですね」
「事実だからな」
男性は紙を置く。
「当時の判断そのものが間違っていたとは思っていない。電をそのまま実戦部隊に置き続けることは出来なかった」
「はい」
「だが、その後の説明と支援は不十分だった」
電が男性を見る。
「軍側は、戦わせないことが本人のためだと考えた。だが、その意図を本人に伝えきれなかった」
「……」
「そして、本人が困った時には連絡してくるものだと考えていた」
「電は」
電が小さく言う。
「連絡してもいいと思っていなかったのです」
「……そうだろうな」
「軍から外されたのだから、もう軍とは関係ないのだと思っていたのです」
「その認識にさせたのはこちらの責任だ」
「……」
電が少し驚いたように目を見開く。
「善意だったから問題なしってことじゃねえんだな」
天龍が言った。
「違う」
男性は天龍を見る。
「意図がどうであれ、結果として電を一人にした。それは事実だ」
「ならいい」
「よくはないだろう」
「そういう意味じゃねえよ」
天龍が少しだけ目を逸らした。
「電」
男性がもう一度呼ぶ。
「はいなのです」
「あなたを不要だと判断したわけではない」
「はい」
「あなたが戦うことを拒んだから、死んでも構わないと考えたわけでもない」
「……はいなのです」
「そこだけは、はっきり伝えておきたい」
電は。
少しの間、何も言わなかった。
それから。
「……ありがとうございますなのです」
静かに頭を下げた。
「次に」
男性が別の紙を取る。
「五月雨」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて、五月雨が背筋を伸ばす。
「あなたについても記録を確認した」
「……はい」
「あなたは、自分が何故ここへ来たと思っている?」
「それは……」
五月雨が少し俯く。
「失敗が多かったからです」
「具体的には?」
「訓練でも、任務でも。何度もミスして……」
「それで?」
「だから、もう軍では使えないから、ここへ送られたんだと思ってました」
「そう説明されたのか?」
「……いいえ」
「では、何と?」
「ここへ行って、電ちゃんと合流するように。その後は現地に残るようにって」
男性が頷く。
「命令としてはそれで合っている」
「じゃあ……」
「ただし」
五月雨が止まる。
「あなたは軍から放逐されたわけではない」
「……え?」
「ここへ送ったのは、電への支援だ」
「……」
「はい?」
私まで聞き返してしまった。
「支援?」
「ああ」
電と五月雨が顔を見合わせる。
「軍は、電ちゃんがここにいることを知ってたんですか?」
私が聞く。
「所在は把握していた」
「でも一人で戦い続けてたことは?」
「知らなかった」
「……そこはやっぱり知らなかったんだ」
「ああ」
「じゃあ五月雨を送ったのは」
「電がこの地域にいること。そして周辺で深海棲艦の活動が確認されていたためだ」
「つまり」
天龍が言う。
「二人でここの海を見ろってことか?」
「簡単に言えばそうだ」
「それを本人にちゃんと言えよ!」
天龍の声が響く。
「五月雨、完全に捨てられたと思ってたぞ!」
「……その点についても」
「説明不足?」
私が聞く。
「そうなる」
「またですか」
「……ああ」
「軍、大丈夫?」
「返す言葉がない」
本当に返ってこなかった。
「でも」
五月雨がおずおずと手を上げる。
「私、失敗ばっかりだったのは本当です」
「ああ」
「だからここに送られたのも、本当なんですよね?」
「理由の一つではある」
五月雨の顔が少し曇る。
「ただし、罰としてではない」
「……」
「失敗が続けば、本人だけでなく周囲も危険になる。だから配置を変える必要があると判断された」
「じゃあ私は」
「不要だったのではない」
五月雨が目を見開く。
「前線の主力として運用を続けるより、別の場所で活動させる方がいいと判断された」
「……」
「艦娘として何も出来ないと判断されたわけではない」
「そう……だったんですか」
「ああ」
五月雨はしばらく黙っていた。
それから。
「……もっとちゃんと言ってほしかったです」
小さく。
でも、はっきりと言った。
「私、ずっと失敗したから捨てられたんだと思ってました」
「……すまない」
「あなたが決めたわけじゃないですよね?」
「そうだ」
「じゃあ謝られても困ります」
「それもそうだな」
少しだけ。
五月雨が笑った。
「でも、聞けてよかったです」
「そうか」
「はい」
その隣で。
電も小さく頷いていた。
「で」
天龍が腕を組む。
「次は俺と龍田か?」
「そうなる」
「天龍ちゃん」
龍田が静かに呼ぶ。
「何だよ」
「今日はここまででもいいんじゃない?」
「気になるだろ」
「気になるけど~」
龍田は笑っている。
いつものように。
でも。
その笑顔は少しだけ固い気がした。
「急いで全部聞かなくても、軍はもう逃げないでしょう?」
「逃げない」
男性が答える。
「次に改めて話す」
「……分かったよ」
天龍が椅子にもたれる。
「ちゃんと来いよ」
「ああ」
男性が帰ったあと。
食堂には五人だけが残った。
「……なんか」
五月雨が最初に口を開く。
「思ってたのと、全然違いました」
「うん」
私もそう思う。
軍が艦娘を大事にしていた。
だから全部問題なかった。
そんな単純な話ではない。
電は実際に一人になった。
五月雨は自分を責め続けていた。
その事実は変わらない。
でも。
「捨てるつもりではなかったんだね」
「はいなのです」
電が答える。
昨日よりも。
少しだけ、すっきりした顔をしていた。
「電は」
一度言葉を探してから。
「……嬉しいのです」
「うん」
「ずっと、いらないと思われていたと思っていたから」
「そっか」
「でも」
電は少し困ったように笑う。
「もう少し、ちゃんと言ってほしかったのです」
「それは本当にそう」
「五月雨もです!」
「二人ともだな」
天龍が呆れたように言う。
「善意でやってんのに、伝わらなくて全部逆に受け取られてんじゃねえか」
「すごいよね」
「褒めてねえぞ」
「分かってる」
龍田がくすくす笑う。
「天龍ちゃんたちの時も同じだったりしてねぇ」
「笑えねえ」
「私はちょっと気になるわ~」
「俺もだよ」
天龍はそう言って。
少しだけ黙った。
今まで。
私たちは軍を敵みたいに考えていた。
艦娘を使って。
必要がなくなれば捨てる。
そういう場所なのだと。
でも。
どうやら。
そんなに単純な話ではなかったらしい。
悪意があったわけではない。
だからと言って。
何も悪くなかったわけでもない。
「……食い違ってたんだね」
「何がなのです?」
「軍が考えてたことと、皆が受け取ったこと」
「……はいなのです」
たぶん。
そこから。
全部が始まった。
なら。
少しずつでも。
今から話せばいい。
少なくとも。
もう、話す相手はいるのだから。