翌日。
約束通り、軍の人はまた鎮守府へやってきた。
「今日は天龍と龍田の話、ですよね」
「ああ」
食堂へ案内すると、天龍は既に椅子に座って待っていた。
「ようやく俺たちの番か」
「そんなに聞きたかったの?」
「そりゃ気になるだろ」
その隣で、龍田はいつものように笑っている。
「天龍ちゃん、昨日からずっと気にしてたものねぇ」
「余計なこと言うな」
「でも本当でしょう?」
「……まあな」
今回は。
電や五月雨の時とは少し違う。
二人とも、軍を離れた時のことをある程度分かった上でここまで来ている。
だから。
何が食い違っていたのか。
私も少し気になっていた。
「では、天龍から」
「おう」
軍人が紙を一枚取り出す。
「あなたが軍を離れた理由について、本人の認識を聞きたい」
「俺の?」
「ああ」
天龍は腕を組む。
「単純だろ。命令聞かなかったからだ」
「もう少し詳しく」
「詳しくって言われてもな」
一度。
天龍が考える。
「上と合わなかった。それだけだ」
「天龍ちゃん、結構怒られてたものねぇ」
「お前は黙ってろ」
「は~い」
「命令に従わなかったことは?」
「あった」
即答だった。
「勝手に動いたことも?」
「ある」
「作戦中に指示された位置を離れたことも」
「それもある」
「……結構やってるね」
思わず言う。
「うるせえ」
「いや、これは言いたくなるよ」
電も五月雨も少し困った顔をしている。
「でもよ」
天龍が続ける。
「別に何でもかんでも反抗してたわけじゃねえぞ」
「分かっている」
「本当か?」
「ああ」
軍人が紙へ目を落とす。
「記録にもそうある」
「……あるのか?」
「命令違反そのものは複数ある。だが、全てが単純な反抗だったとは記録されていない」
天龍が少し黙る。
「たとえば?」
私が聞く。
「味方艦の損傷を確認し、撤退命令より救援を優先した事例」
「……ああ」
「予定された哨戒範囲を外れ、民間船への接近を確認した深海棲艦を追跡した事例」
「それもあったな」
「その他にもあるが」
軍人は天龍を見る。
「問題は理由ではなく、命令系統から外れた行動が繰り返されたことだ」
「分かってるよ」
「天龍ちゃん、そこは反省してるのねぇ」
「反省くらいするわ!」
「意外~」
「龍田!」
いつも通りだ。
でも。
天龍の顔は少しだけ真剣だった。
「軍側としては」
軍人が話を続ける。
「天龍の戦闘能力そのものを問題視していたわけではない」
「……そうなのか?」
「ああ」
「じゃあ何で外した」
「その能力を、現在の指揮系統の中で安定して運用することが難しいと判断された」
「言い方が堅い」
「軍の記録だからな」
「簡単に言うと?」
「強いが、命令を守らない」
「……」
「だいぶ簡単になったね」
「多摩、お前後で覚えとけよ」
「私じゃないよ」
軍人が言った。
「事実だ」
「お前もかよ!」
龍田が楽しそうに笑う。
「でも」
私は少し気になった。
「それなら、配置を変えるとかじゃ駄目だったんですか?」
「検討はされた」
「されたのか?」
天龍が聞く。
「ああ。だが、天龍自身が現在の軍の運用方針と合わない部分が多かった」
「……まあな」
「無理に別の部隊へ移しても同じ問題が起きる可能性が高い。そう判断された」
「それで軍から外した?」
「そうだ」
天龍は少し考える。
「じゃあ」
「何だ」
「俺が使えねえからじゃなかったのか?」
「違う」
即答だった。
「命令に従えない艦娘を、そのまま実戦部隊へ置くことが出来なかった。それだけだ」
「それだけって……」
「能力がないという意味ではない」
「……」
「むしろ」
軍人が紙を見る。
「戦闘能力については高く評価されている」
「本当か?」
「何故そこで嬉しそうなんだ」
「別に嬉しくねえ!」
「顔が嬉しそうだよ」
「多摩!」
少し。
食堂の空気が軽くなった。
「で」
天龍が聞く。
「軍から外した後は、俺をどうするつもりだったんだ?」
「特に強制する予定はなかった」
「……は?」
「軍を離れた後は、本人の希望する場所で生活することを認める」
「それだけ?」
「ああ」
「本当に?」
「本当だ」
「じゃあ俺がどこ行こうが好きにしろって?」
「そうなる」
「……」
天龍が眉を寄せる。
「それ、俺は『もう好きにしろ』って意味だと思ってたぞ」
「意味としては近い」
「近いのかよ!」
「ただし」
軍人が続ける。
「見放したという意味ではない」
「……またそれか」
「まただな」
私も思わず言う。
「軍、言い方下手すぎません?」
「否定出来ない」
「昨日からずっとそれですね」
「事実だからな」
なんだか。
軍人の方も慣れてきた気がする。
「次は龍田だ」
「は~い」
龍田が笑顔で答える。
「あなたについては」
「天龍ちゃんと一緒でしょう?」
軍人が少し止まる。
「概ねそうだ」
「やっぱり~」
「え?」
私は龍田を見る。
「龍田も命令違反してたの?」
「したわよ?」
「そんな軽く言うこと?」
「だって天龍ちゃんが行くんだもの」
「俺のせいにすんな!」
「でも、天龍ちゃん一人で行かせる方が危ないでしょう?」
「それは……」
「否定出来ないんだ」
天龍が黙った。
「龍田の場合」
軍人が続ける。
「自身が独断で動くというより、天龍の行動に追従することが多かった」
「はい」
「止める役目を期待されていたこともあった」
「そうねぇ」
「止めなかった」
「だって止まらないもの」
「おい」
「事実でしょう?」
「そうだけどよ!」
「それだけではない」
軍人が紙を一枚めくる。
「場合によっては、天龍より先に行動している」
「……龍田?」
「何かしら?」
「笑顔で誤魔化さないで」
「誤魔化してないわよ~」
怖い。
「軍側としては」
話が戻る。
「二人を別々に配置する案も出ていた」
「……」
天龍と龍田。
二人とも反応した。
「別々に?」
天龍が聞く。
「ああ」
「それで?」
「龍田が拒否した」
「でしょうね」
つい言ってしまった。
「多摩ちゃん、分かってるじゃない」
「なんとなく」
「俺は聞いてねえぞ」
「言ってないもの」
「言えよ!」
龍田は笑う。
でも。
「天龍ちゃんを一人にする気はなかったから」
その言葉だけは。
少し違って聞こえた。
「結果として」
軍人が続ける。
「二人とも同時に実戦部隊から外すことになった」
「俺のせいか?」
天龍が龍田を見る。
「違うわよ」
「でも」
「私が自分で選んだの」
「……」
「天龍ちゃんがいなくなった後も、私だけ軍に残る気はなかったもの」
「お前なぁ……」
「何?」
「いや」
天龍が頭を掻く。
「何でもねえ」
「そう?」
「じゃあ」
私は軍人を見る。
「この二人も、軍としては捨てたつもりはなかった?」
「当然だ」
「ですよね」
「だが」
少しだけ。
軍人の声が重くなる。
「電や五月雨とは事情が違う」
「どう違うんです?」
「この二人については、軍を離れること自体は本人たちも理解していた」
「まあな」
天龍が答える。
「だから、『捨てられた』っていうより」
少し考える。
「いらねえって言われたと思ってた」
「同じような気もするけど」
「ちょっと違うんだよ」
「そう?」
「ああ」
天龍は腕を組む。
「俺は命令聞かねえ。軍として使いにくい。だから外す」
「うん」
「そこまでは分かってた」
「じゃあ何が?」
「その先だ」
「その先?」
「外した後、何も言われなかった」
天龍が軍人を見る。
「だから、もう俺たちがどうなろうが興味ねえんだと思ってた」
「……」
「違うのか?」
「違う」
軍人は答える。
「軍を離れた者に、その後の生活まで命令する権限はない」
「だから自由にした?」
「ああ」
「それを俺たちは」
「見放されたと受け取った」
「……そういうことだな」
また。
同じようで。
少し違う食い違い。
「それで二人は」
私は聞く。
「軍を離れたあと、そのまま電と五月雨を探しに来たんだよね?」
「ああ」
「電がこっちにいるのは前から知ってた」
天龍が言う。
「それに五月雨まで送られたって聞いたからな」
「二人とも大丈夫なのかって思ったのよ~」
龍田が続ける。
「だから来た」
「軍には?」
「言ってねえ」
「でしょうね」
「何だその言い方」
「今までの話を聞いてたら」
「……まあな」
軍人が天龍を見る。
「その点については」
「怒るのか?」
「いや」
「怒らねえの?」
「既に軍を離れていた。どこへ行くかは自由だ」
「……」
「ただし」
「何だよ」
「海路でここまで来るのは危険だ」
「今更!?」
「言える立場ではなかった」
「だったら言うな!」
思わず笑ってしまった。
しばらくして。
話は終わった。
電。
五月雨。
天龍。
龍田。
四人とも。
理由は違う。
でも。
軍が考えていたことと。
本人たちが受け取ったことは。
どこかで少しずつずれていた。
「確認したいんですけど」
私は最後に聞いた。
「軍は、戦えない艦娘とか、命令に従えない艦娘を処分するつもりはないんですよね?」
男性の表情が変わった。
「当然だ」
「でも」
「艦娘を兵器として扱っているように見えることは理解している」
「……」
「実際、軍は艦娘の戦闘力を必要としている」
否定はしない。
「深海棲艦との戦争が続く限り、それは変わらない」
「はい」
「だが」
男性が四人を見る。
「戦えない者に死ぬまで戦えとは言わない」
少しだけ。
間があった。
「戦えないなら、戦わなくていい」
「……」
「それが軍の考えだ」
「じゃあ」
私は言う。
「それを、もっと本人たちに言ってください」
「……」
「言わないと分からないです」
「ああ」
「本当に」
「分かった」
「電、一人でボロボロになるまで戦ってたんですよ」
「……分かった」
「五月雨もずっと自分を――」
「分かったと言っている」
「ならいいです」
「お前、軍人相手に強いな」
天龍が呆れる。
「必要なことだから」
「そこは変わらねえのな」
「何が?」
「いや」
天龍が笑った。
軍人が帰ったあと。
私たちは食堂に残っていた。
「どうだった?」
私が聞く。
「何がだ?」
「聞いてみて」
天龍は少し考える。
「……まあ」
「まあ?」
「思ってたより腹立たねえ」
「何その感想」
「もっと『お前らが悪い』って言われると思ってたんだよ」
「実際、天龍ちゃんも悪いでしょう?」
「龍田!」
「命令違反いっぱいしたんでしょう?」
「お前もだろ!」
「そうねぇ」
「認めるの早えよ!」
いつもの二人。
でも。
少しだけ。
肩の力が抜けているように見えた。
「龍田は?」
「私は~」
少し考えて。
「天龍ちゃんと一緒なら、どこでもよかったから」
「それ答えになってる?」
「なってるわよ?」
「そうかなぁ」
「ただ」
龍田が少しだけ笑みを薄くする。
「いらないって思われてたわけじゃないなら、それはそれでいいかなって」
「……そっか」
「天龍ちゃんは?」
「俺に振るなよ」
「聞きたいもの」
「……」
天龍は頭を掻く。
「俺も似たようなもんだ」
「素直ねぇ」
「うるせえ」
それで。
いいのだと思う。
軍が正しかった。
私たちが間違っていた。
そんな話じゃない。
軍にも理由があった。
この四人にも理由があった。
それなのに。
話さなかった。
聞かなかった。
伝わらなかった。
その結果。
随分遠回りをした。
「さて」
私は立ち上がる。
「今日はどうする?」
「普通に哨戒だろ」
「だね」
「多摩ちゃん、一人で行っちゃ駄目よ~?」
「もう行かないって」
「本当か?」
「天龍まで!」
「確認だよ確認」
「信用してよ」
「それ、お前が言うか?」
「……」
何も言い返せなかった。
皆が笑う。
軍との距離が。
急に近くなったわけではない。
まだ。
正式な鎮守府でもない。
分からないことも多い。
でも。
少なくとも。
今までみたいに。
お互い何も言わないままではなくなった。
それだけでも。
少しは前に進んだのだと思う。