軍の人と話をしてから。
少しだけ。
本当に少しだけだけど。
軍というものが、前ほど遠く感じなくなった。
だからといって、急に仲良くなったわけじゃない。
私たちは相変わらず正式な鎮守府ではないし、軍から命令を受ける立場でもない。
ただ。
何かあった時に、話せる相手がいる。
それだけでも、前とはかなり違った。
「今日はどうする?」
朝食のあと。
天龍に聞かれ、私は昨日までの記録を見る。
「近場は静か。資材も問題なし。食料も――」
「大丈夫なのです」
電が答える。
「装備も問題ないわよ~」
龍田も続く。
「じゃあ今日は普通に哨戒かな」
「私、記録持ってきます!」
「今から?」
「忘れないうちに!」
「まだ何も起きてないよ」
「そうでした!」
五月雨が慌てて止まる。
「先に書く気だったのかよ」
「違います!」
「何が違うんだ」
「天龍さん!」
朝から元気だ。
「じゃあ今日は――」
そこまで言った時だった。
外から妖精さんが走ってくる。
「ん?」
一人。
何かを持っている。
「それ何?」
机の上に置かれたのは。
小さな紙。
「……手紙?」
妖精さんが頷く。
「誰から?」
今度は外を指差した。
見る。
玄関の方に。
見覚えのある軍服が立っていた。
「また来たんですか」
「嫌そうだな」
「そういうわけじゃないです」
「顔に出ている」
「そんなに?」
「少し」
「気を付けます」
いつもの軍人だった。
「今日は話じゃない」
「じゃあ何です?」
「依頼だ」
「……依頼?」
その言葉に。
全員が少しだけ反応した。
食堂へ移る。
「軍が私たちに依頼?」
天龍が聞く。
「ああ」
「命令じゃなくて?」
「お前たちは軍所属ではない」
「それはそうだけど」
「だから依頼だ」
私は少し不思議な気分になる。
「何をすればいいんです?」
男性が地図を広げた。
「ここから少し離れた海域で、深海棲艦の活動が増えている」
「数は?」
「まだ分からない」
「まだ?」
「偵察中だ」
地図を見る。
私たちが普段哨戒している範囲より、少し外側。
「軍だけじゃ足りないんですか?」
「足りないわけではない」
「じゃあ何で私たちに?」
「この海域に近いからだ」
「……ああ」
それなら分かる。
「それと」
「まだあるんです?」
「今後、ここを正式にどう扱うか判断する材料にもしたい」
「……つまり」
天龍が言う。
「俺たちが軍と一緒に動けるか見たいってことか?」
「そういうことだ」
「試されてる?」
「言い方を変えればな」
「変えてない気がする」
龍田が笑う。
「でも、悪くないんじゃない?」
「龍田?」
「だって、正式に認めてもらうなら、何も見せないわけにはいかないでしょう?」
「それはそうだけど」
私は地図を見る。
軍から。
初めて。
私たちに協力を求めてきた。
命令じゃない。
依頼。
「断っても?」
「構わない」
「本当に?」
「ああ」
「断ったら承認に響くとか」
「判断材料にはなる」
「やっぱり」
「だが、断ったという事実だけで不利益を与えるつもりはない」
「……難しい言い方するなぁ」
「軍だからな」
「便利ですね、それ」
「お互い様だろう」
言われた。
「で」
天龍が私を見る。
「どうする?」
「うーん」
全員を見る。
電。
五月雨。
天龍。
龍田。
誰も嫌そうではない。
むしろ。
少し興味があるように見える。
「私は受けてもいいと思う」
「電もなのです」
「私も!」
「俺も構わねえ」
「私もいいわよ~」
「全員一致だね」
男性を見る。
「受けます」
「分かった」
「ただし」
「何だ」
「危険すぎるなら引きます」
「当然だ」
「軍の命令だからって無茶はしません」
「命令ではない」
「そうでした」
まだ慣れない。
「具体的には?」
「明日、軍の哨戒部隊がこの海域へ入る」
「艦娘?」
「ああ」
「誰です?」
「それは現地で確認してくれ」
「秘密?」
「そういうわけではない」
「じゃあ教えてくれても」
「顔を見れば分かる」
「……知ってる艦娘?」
「おそらく」
嫌な予感がする。
「私、名前先に言わないように気を付けよう」
「何の話だ?」
「こっちの話です」
五月雨が少し笑っていた。
「多摩さん、前にやりましたもんね」
「忘れて」
「何だ?」
「忘れてください」
軍人が首を傾げる。
説明はしない。
「役割は?」
「周辺の偵察と、敵を発見した場合の報告。戦闘になれば、軍側部隊と協力して対処する」
「指揮は?」
「そこが今回の確認事項でもある」
「……?」
「軍側の指揮官と、お前が連携する」
「私?」
「ああ」
「艦娘としてじゃなくて?」
「両方だ」
「……」
嫌な言葉を聞いた。
「兼任」
「何だ?」
「なんでもないです」
天龍が笑っている。
「便利だな、兼任」
「うるさい」
自分でもそう思ってる。
軍人が帰ったあと。
食堂には少し変な空気が残った。
「明日か」
天龍が言う。
「うん」
「軍と一緒に戦うの、久しぶりなのです」
電が少し緊張した声で言う。
「嫌?」
「嫌ではないのです」
「五月雨は?」
「私も大丈夫です!」
「本当?」
「はい!」
「天龍と龍田は」
「問題ねえ」
「私も~」
なら。
あとは。
「私か」
「何が?」
「軍の指揮官と連携」
「お前提督なんだろ?」
「一応」
「まだ一応って言うのかよ」
「正式じゃないし」
「でも俺らの提督だ」
「……」
天龍がさらっと言う。
「だから普通にやれ」
「簡単に言うね」
「難しく考えすぎなんだよ」
「そうかな」
「そうだ」
龍田も頷く。
「多摩ちゃん、私たちのことは任せてくれるんでしょう?」
「うん」
「なら、多摩ちゃんは自分の仕事をすればいいのよ」
「自分の仕事」
「指揮」
「……」
前だったら。
全部自分でやろうとしていた。
艦娘として前に出て。
提督として全部見て。
全部決めて。
全部確認する。
でも。
今は。
「分かった」
「おう」
「皆、お願いね」
「任せるのです!」
「はい!」
「おう」
「任せて~」
全員。
返事が早い。
「……頼もしいね」
「今更かよ」
「今更だね」
翌朝。
いつもより少し早く準備を終えた。
装備。
燃料。
弾薬。
全部確認済み。
私だけで。
ではない。
「問題なしなのです」
電。
「記録用意しました!」
五月雨。
「装備も大丈夫だ」
天龍。
「妖精さんも準備出来てるわよ~」
龍田。
「……よし」
海へ出る。
五人で。
軍との合流地点へ向かう。
少し進んだところで。
遠くに人影が見えた。
「来たぞ」
天龍が言う。
「うん」
数人。
こちらへ近付いてくる。
軍所属の艦娘。
先頭の一人が手を上げた。
「あなたたちが例の鎮守府の?」
「例のって」
「他に呼び方がないのよ」
「それもそうか」
近付いてきた艦娘を見る。
知っている。
もちろん。
知っている。
でも。
今度は。
名前を言わない。
「……」
「どうしたの?」
「いえ」
「変な子ね」
「よく言われます」
後ろで五月雨が笑いを堪えている。
後で覚えておこう。
「私はこの部隊の指揮を任されている」
艦娘が名乗る。
私はその名前を聞いて。
今度こそ。
「よろしくお願いします」
ちゃんと初対面の顔をした。
「あなたが多摩?」
「はい」
「提督でもあるって聞いたけど」
「……一応」
「本当なの?」
「私もまだよく分かってないです」
「大丈夫なのかしら」
「たぶん」
「不安になる返事ね」
知ってる。
「でも」
私は後ろを見る。
「皆がいるので」
四人。
全員がこちらを見ている。
「何とかします」
「そう」
軍所属の艦娘が少し笑った。
「じゃあ」
海の向こうを見る。
「一緒にやりましょう」
「はい」
こうして。
私たちにとって初めての、軍との共同任務が始まった。