「軽巡洋艦、神通です。本日はよろしくお願いします」
「多摩です。こちらこそよろしくお願いします」
軍側の艦隊を率いていたのは、神通だった。
その後ろには駆逐艦が二人。
当然。
全員知っている。
知っているけれど。
今回はちゃんと黙っていた。
「多摩さん」
小声で五月雨が呼ぶ。
「何?」
「言いませんでしたね」
「言わないよ」
「前は言ったのです」
「電まで」
忘れてほしい。
「何の話ですか?」
神通に聞かれる。
「なんでもないです」
「そうですか?」
「はい」
これ以上掘らないでほしい。
「では、先に状況を確認しましょう」
神通が海図を広げる。
私たちも周囲へ集まった。
「昨日までに、この周辺で小規模な深海棲艦の群れが何度か確認されています」
「同じ場所?」
「完全に同じではありません。ただ、この辺りに集中しています」
神通が指を動かす。
「今のところ、大規模な艦隊は確認されていません」
「じゃあ今日は捜索が中心?」
「はい。発見した場合は規模を確認し、対処可能なら撃破。難しい場合は後退して増援を要請します」
「分かりました」
普通だ。
当たり前だけど。
私たちが普段やっていることと、そこまで違わない。
「指揮についてですが」
「はい」
「基本的には、それぞれの部隊をそれぞれが指揮する形でよろしいですか?」
「私がこっちの四人を?」
「はい。私は軍側を担当します」
「その方がやりやすいです」
「では、それで」
全部こちらが従うわけでも。
全部こちらが決めるわけでもない。
必要な時に相談する。
それだけ。
少し拍子抜けした。
「じゃあ」
私は皆を見る。
「電と五月雨は左側。天龍と龍田は右側をお願い。あまり離れすぎないでね」
「了解なのです!」
「はい!」
「おう」
「分かったわ~」
「多摩さんは?」
神通が聞く。
「真ん中にいます。両方見える位置で」
「戦闘になった場合は?」
「必要なら前にも出ます」
「提督自身が?」
「艦娘でもあるので」
「……聞いてはいましたが、不思議ですね」
「私もそう思います」
「本人が言うんですね」
「なんででしょうね」
「……」
神通が少し困った顔をした。
この反応。
なんだか最近よく見る。
捜索を始める。
軍側の三人は、動きが綺麗だった。
間隔。
速度。
確認。
全部。
ちゃんと訓練されているのが分かる。
「……違うなぁ」
「何が?」
隣にいた天龍が聞く。
「動き」
「ああ」
「やっぱり軍って感じ」
「そりゃ軍だからな」
「私たち、結構自由だよね」
「今更気付いたのか?」
「気付いてはいたよ」
ただ。
並べて見るとよく分かる。
「でも」
「何だ?」
「私はこっちの方が好きかも」
「そりゃよかった」
天龍が笑う。
「じゃなきゃここにいる意味ねえしな」
「それもそうだね」
しばらく進む。
特に異常なし。
左側から電の声が届く。
「司令官さん、こちら異常なしなのです」
「了解。そのままお願い」
「はいなのです!」
少しして。
今度は龍田。
「多摩ちゃ~ん」
「どうしたの?」
「こっち、少し変なの見えるわよ~」
「変なの?」
龍田が指差す。
遠くの海面。
小さな影。
「神通さん」
「こちらでも確認しました」
すぐに返事が来る。
「数は……六?」
「おそらく」
「小型ですね」
「はい」
敵もこちらに気付いたらしい。
ばらばらだった影が集まり始める。
一列ではない。
中央に二体。
左右へ二体ずつ。
「……広がるつもりかな」
「こちらを挟む気かもしれません」
「どうします?」
神通が私を見る。
「え?」
「そちらの判断を聞かせてください」
試してる。
たぶん。
でも。
敵は待ってくれない。
「この数なら倒せます」
「配置は?」
皆を見る。
電と五月雨。
天龍と龍田。
神通たち。
今までなら。
自分が前に出て。
全部見ようとしたかもしれない。
「天龍、龍田。そのまま右。電と五月雨は左。敵の外側には回り込まないで」
「おう!」
「了解よ~」
「はいなのです!」
「はい!」
「神通さんたちは正面をお願い出来ます?」
「分かりました」
「私は中央。どこかが崩れたらそっちに入ります」
神通が一度頷いた。
「では、それで行きましょう」
敵との距離が縮まる。
最初に火を噴いたのは向こうだった。
「砲撃、来ます!」
五月雨の声。
「回避!」
直後。
海面がいくつも弾けた。
一発。
二発。
中央だけじゃない。
左右からも。
「散開しすぎないで!」
「了解なのです!」
電と五月雨が左へ動く。
天龍と龍田は右。
正面では神通たちがほとんど間隔を崩さないまま砲撃を避けていた。
「すご……」
「見とれてる場合か!」
天龍の声。
「分かってる!」
右側の敵が二体、天龍たちへ距離を詰める。
「天龍、一体お願い! 龍田はもう一体を止めて!」
「任せろ!」
「は~い」
左を見る。
「電、前の一体!」
「はいなのです!」
「五月雨はもう一体を牽制! 無理に当てなくていい!」
「はい!」
中央。
神通たちが正面の二体へ向かう。
綺麗に並んで。
綺麗に撃つ。
二つの砲声が重なった。
命中。
一体が大きく揺らぐ。
「……上手い」
その瞬間。
「司令官さん!」
電の声。
左を見る。
五月雨が押さえていた敵が急に進路を変えた。
電ではない。
中央。
私の方へ来る。
「抜けます!」
「見えてる!」
砲を向ける。
狙う。
撃つ。
外れた。
「ちっ」
敵の砲口がこちらを向く。
もう一度。
間に合う。
そう思った時。
「多摩、左!」
天龍の声。
「え?」
反射的に動く。
直後。
さっきまでいた海面が爆ぜた。
中央の敵。
神通たちが相手をしていた一体が、私へ砲撃していた。
「一体だけ見んな!」
「ごめん!」
抜けてきた敵へもう一度照準を合わせる。
今度は。
「多摩さん、そのまま!」
神通の声。
正面から砲撃。
私へ向かっていた敵の進路が逸れる。
「今です!」
「了解!」
撃つ。
命中。
敵が大きく傾いた。
「五月雨!」
「はい!」
「仕留めて!」
「はいっ!」
五月雨の砲撃が続く。
直撃。
一体目が沈む。
「やった!」
「周り見て!」
「はい!」
すぐに五月雨が顔を上げる。
よし。
左はまだ一体。
「電、五月雨と一緒に!」
「了解なのです!」
右側。
「龍田!」
「大丈夫よ~」
龍田が一体を引きつけている。
その隙に天龍がもう一体へ踏み込む。
「近くない!?」
「この方が当たんだよ!」
「無茶しないで!」
「任せろって言っただろ!」
砲撃。
至近距離。
敵が吹き飛ぶ。
「一体撃破!」
「了解! 龍田の方へ!」
「分かってる!」
すぐに天龍が方向を変える。
龍田もそれを見て、少しだけ敵との距離を空けた。
「天龍ちゃん、こっちお願いね~」
「おう!」
二人の砲撃が重なる。
二体目。
沈む。
「右、終わった!」
天龍の声。
「左まだ一!」
こちらも確認する。
電と五月雨が挟む。
「五月雨、焦らないで!」
「はい!」
敵が電へ砲撃。
電が避ける。
その横。
五月雨が照準を合わせる。
「今です!」
撃つ。
外れる。
「す、すみません!」
「いい! 次!」
電が続けて撃つ。
命中。
敵が止まる。
「五月雨!」
「はい!」
二発目。
今度は当たった。
「撃破なのです!」
「よし!」
残り。
中央。
神通たちを見る。
一体はすでに沈んでいる。
最後の一体。
三人が包囲するように動いていた。
「こちらで――」
神通が言いかける。
その敵が。
突然。
向きを変えた。
「逃げる?」
こちらから離れていく。
「追います!」
軍側の駆逐艦が前へ出る。
「待って!」
思わず声を出した。
全員が止まる。
「多摩さん?」
「少し変」
「何がです?」
「一体だけ逃げるの早すぎない?」
神通が敵を見る。
私も見る。
逃げている。
確かに。
でも。
真っ直ぐではない。
少しずつ。
こちらを誘うように。
「……追わない方がいいと思います」
「理由は?」
「分かりません」
「分からない?」
「ただ、嫌な感じがします」
神通が少し考える。
軍側の二人を見る。
それから周囲。
「……同意します」
「いいんですか?」
「無理に追撃する必要はありません。今日の目的は掃討ではなく、状況確認です」
「じゃあ」
「ここまでにしましょう」
最後の一体が遠ざかっていく。
天龍が少し不満そうに見る。
「逃がすのか?」
「追って何もなければいいけど、何かあったら嫌だから」
「まあな」
「それに」
神通が続ける。
「敵がこの方向へ撤退した、という情報も価値があります」
「なるほど」
そういう見方もあるのか。
「周囲確認!」
私と神通の声が重なった。
「……」
「……」
一瞬。
目が合う。
「お願いします」
「そちらも」
少し笑いそうになった。
敵影なし。
砲撃なし。
周囲に新しい反応もない。
「被害確認します」
「こっちも!」
皆を見る。
「電?」
「問題ないのです!」
「五月雨」
「大丈夫です!」
「天龍」
「無傷だ」
「龍田」
「私も大丈夫よ~」
「了解」
私も問題なし。
「そちらは?」
「全員問題ありません」
神通が答える。
六体のうち五体撃破。
一体は撤退。
こちらの被害なし。
「……終わった」
息を吐く。
小規模。
数も多くない。
それでも。
普段より少しだけ。
疲れた。
たぶん。
敵のせいだけじゃない。
「多摩さん」
「はい?」
「先ほどは助かりました」
「最後の?」
「はい。私たちだけなら追撃していた可能性があります」
「でも、何かあったかは分からないですよ」
「それでもです」
神通が逃げていった方向を見る。
「違和感を無視しないことも大切です」
「……そうですね」
「それと」
「はい」
「こちらも、一度あなたの指示に助けられました」
「私も神通さんに助けてもらいました」
さっき。
抜けてきた一体。
神通が進路を逸らしてくれなければ。
もう一発撃つ余裕はなかったかもしれない。
「これが連携ってことですかね」
「そうかもしれません」
少しだけ。
共同任務という言葉が。
さっきより分かった気がした。
もう少し周辺を確認してから、私たちは引き返すことになった。
帰り道。
神通が私の横へ来た。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何です?」
「普段から、あのように指揮を?」
「どんな?」
「皆さんへ細かく指示を出しすぎない」
「……ああ」
少し前なら。
違ったかもしれない。
「最近、覚えたんです」
「最近?」
「皆に任せること」
神通がこちらを見る。
「以前は違ったのですか?」
「全部自分でやろうとしてました」
「司令官さん、三時間しか寝てなかったのです!」
何故か遠くから電の声が飛んできた。
「電!?」
「二時間の日もあったぞ!」
「天龍まで!」
「一昨日は四時まで起きてたのです!」
「それもう終わった話だから!」
神通が黙っている。
「……」
「忘れてください」
「それは少し難しいですね」
「ですよね」
恥ずかしい。
「でも」
神通が少し笑う。
「今は、ちゃんと任せているように見えました」
「そうですか?」
「はい」
前を見る。
電。
五月雨。
天龍。
龍田。
全員。
普通に進んでいる。
「なら、よかったです」
「不安ではありませんか?」
「ありますよ」
「それでも?」
「何かあったら、その時一緒に考えればいいので」
言ってから。
少しだけ。
自分でも変わったなと思った。
「そうですか」
神通はそれ以上何も言わなかった。
合流地点まで戻る。
「本日の任務はこれで終了です」
「お疲れさまでした」
「こちらこそ」
神通が手を差し出す。
一瞬。
何だろうと思って。
握手だと気付いた。
「……あ」
「どうしました?」
「いや」
手を握る。
「こういうの慣れてなくて」
「私もです」
「そうなんだ」
「そう頻繁にするものでもありませんから」
少しだけ笑う。
「今回の内容は軍へ報告します」
「何て?」
「そのままです」
「変なこと書かないでくださいね」
「たとえば?」
「睡眠時間とか」
「それは今回の任務と関係ありません」
「よかった」
「ただし」
「はい?」
「健康管理については改善を推奨します」
「書く気だ!」
「冗談です」
「神通さん冗談言うんだ……」
意外だった。
軍側の三人と別れる。
「じゃあ帰るか」
天龍が言う。
「うん」
「どうだったのです?」
電が聞く。
「何が?」
「軍と一緒の任務なのです」
「……普通だった」
「それだけ?」
「だって本当に普通だったし」
軍だから。
もっと何か違うと思っていた。
命令されて。
細かく管理されて。
そんなものを想像していた。
でも。
実際にやったことは。
話して。
役割を決めて。
助けて。
助けられて。
一緒に敵を倒した。
「普通でいいんじゃねえか?」
天龍が言う。
「そうだね」
「次もあるんでしょうか?」
五月雨が聞く。
「あるかもね」
「今度はもっと上手くやります!」
「今日も別に悪くなかったよ」
「本当ですか?」
「うん」
「やった!」
五月雨が嬉しそうに笑う。
「じゃあ帰ったら記録お願いね」
「はい!」
「食料は電が見るのです!」
「装備は私たちね~」
「おう」
皆がそれぞれ答える。
「じゃあ私は」
「報告聞いて決める」
天龍に先に言われた。
「……そうする」
「よし」
「何で天龍が満足そうなの」
「成長を見守ってんだよ」
「腹立つなぁ」
皆が笑う。
軍との初めての共同任務は。
思っていたよりずっと普通に。
終わった。