共同任務の翌日。
特に何かが変わったわけではなかった。
朝になれば起きて。
朝食を食べて。
哨戒の予定を決める。
いつも通り。
「昨日の記録、出来ました!」
五月雨が紙を差し出してくる。
「早いね」
「昨日のうちに書きました!」
「寝る前に?」
「はい!」
「何時?」
「十一時くらいです!」
「……普通だ」
「何ですか、その反応」
「いや」
最近。
時間の感覚に少し敏感になった気がする。
「多摩さんこそ何時に寝たのです?」
電が聞いてくる。
「十一時半」
「本当に?」
天龍まで。
「本当だよ!」
「確認したのか?」
「天龍ちゃん、そこまでしたら監視よ~」
「分かってるよ!」
「信用ないなぁ」
「誰のせいだ」
「……私です」
「素直でよろしい」
「腹立つ」
そんな話をしていた時。
外から妖精さんが走ってきた。
「また?」
最近。
この子たちが走ってくると、大体何かある。
妖精さんは玄関の方を指差した。
「お客さん?」
頷く。
「軍?」
もう一度頷く。
「……ほんと増えたね」
「何が?」
「軍の来訪」
「前まで一人も来なかったのにな」
天龍が立ち上がる。
「行く?」
「行く」
私も席を立った。
外にいたのは。
いつもの軍人だった。
「おはようございます」
「ああ」
「昨日の結果?」
「それもある」
「それも?」
「今日は一つ、頼みがある」
「また依頼ですか?」
「戦闘ではない」
「じゃあ何です?」
男性は少しだけ町の方を見る。
「町の人間と話がしたい」
「……町の?」
「ああ」
少し意外だった。
「何の話を?」
「この地域の防衛についてだ」
「軍が?」
「軍が」
「今まで来なかったのに?」
「……」
少し。
空気が止まった。
「責めてるわけじゃないです」
「分かっている」
「ただ、町の人たちは結構その辺気にしてると思いますよ」
「それも聞いている」
「誰から?」
「あなたからだ」
「ああ」
そうだった。
「じゃあ」
私は少し考える。
「桂梧さんに話してみます」
「誰だ?」
「町の人たちの中では、一番話を通しやすい人です」
「任せる」
「私が?」
「こちらには誰が代表なのか分からない」
「それはそうですね」
こういうところ。
本当に軍は軍だ。
海のことは知っていても。
町の中のことまでは知らない。
「じゃあ行ってきます」
「私も行くのです!」
電が言う。
「電も?」
「はいなのです」
「なら私も!」
五月雨まで。
「全員で行くの?」
「俺らも行くか?」
天龍が聞く。
「いや」
さすがに多い。
「私と電でいいと思う」
「五月雨は?」
「留守番お願い」
「はい……」
少し残念そう。
「あとで話すから」
「約束ですよ!」
「うん」
龍田が笑う。
「じゃあ私たちはお留守番ね~」
「頼んだ」
今度は。
ちゃんと任せて。
私と電。
それから軍人の三人で町へ向かった。
「軍の人?」
桂梧さんは。
私たちを見るなり、少しだけ表情を硬くした。
「はい」
「何の用だ」
軍人が前へ出る。
「この地域の防衛について、話をしたい」
「今更か?」
いきなり。
来た。
「桂梧さん」
「分かってる」
でも。
声は少し低い。
「電が一人で戦ってた時は何もしてくれなかった。それを今になって話だって?」
「……その件については」
軍人が答える。
「軍側にも問題があった」
「問題?」
「電が軍を離れた後、こちらは本人が戦闘を続けていることを把握していなかった」
「知らなかった?」
「ああ」
「じゃあ何をしてた」
「……」
「桂梧さん」
止める。
「その話、私たちも最近聞いた」
「嬢ちゃんたちも?」
「うん」
電を見る。
「軍は、電を捨てたつもりじゃなかったみたい」
「……」
桂梧さんが電を見る。
「本当なのか?」
「はいなのです」
「でもお前は」
「電も、捨てられたと思っていたのです」
「……」
「軍は、もう戦わなくていいと言ったのです。でも、電はそれを、もう必要ないという意味だと思っていたのです」
桂梧さんの顔から。
少しだけ怒りが抜けた。
「じゃあ」
「伝わってなかった」
私が言う。
「軍が考えてたことと、電が受け取ったことが」
「それだけか?」
「それだけじゃない」
軍人が答えた。
「その後の支援も不十分だった。連絡手段も明確に伝えなかった」
「……」
「結果として、この地域の人々にも負担をかけた」
軍人が頭を下げた。
「申し訳なかった」
「……」
私まで少し驚いた。
軍人って。
ちゃんと頭下げるんだ。
いや。
偏見か。
「顔を上げてくれ」
桂梧さんが言う。
「別に謝らせたいわけじゃない」
少し間を置く。
「ただ」
「はい」
「こいつらを、また勝手に放り出すようなことはするな」
電。
私。
そして。
鎮守府にいる皆。
その全員を指しているのだと思う。
「承知している」
「本当に?」
「少なくとも、同じことを繰り返すつもりはない」
「……そうか」
話は。
そこから少しずつ進んだ。
軍が今後。
周辺で大きな深海棲艦の動きを確認した場合。
鎮守府へ連絡する。
必要なら。
こちらからも軍へ連絡する。
町の漁船についても。
危険が高い時は早めに情報を回す。
「つまり」
桂梧さんが言う。
「今までよりは、軍とも話が出来るってことか」
「そう考えてほしい」
「こいつらの鎮守府は?」
「まだ正式ではない」
「まだ?」
「検討中だ」
「どれくらいかかる」
「分からない」
「軍ってやつは」
「そこは私に言われても困る」
「あなたも大変だな」
「……否定はしない」
少し。
空気が柔らかくなった。
「でも」
桂梧さんが私を見る。
「この子たちは、今まで通りここにいるんだろ?」
「そのつもりです」
「軍に連れていかれたりは?」
「現時点ではない」
軍人が答える。
「正式にどう扱うにしても、本人たちの意向は確認する」
「本人たちの?」
「ああ」
「前はそんな話聞かなかったぞ」
「それも問題だった」
「……」
桂梧さんが少し笑った。
「随分素直に認めるんだな」
「認めるべきことまで否定するつもりはない」
「そうか」
「はい」
「なら」
一度。
外を見る。
海の方。
「今度はちゃんと話してくれ」
「承知した」
帰り道。
「意外と普通に終わったね」
「何を期待していた」
「もっと揉めるかなって」
「私もそう思っていた」
「思ってたんだ」
「当然だ」
「軍の人でも緊張するんですね」
「する」
「へえ」
「何だその反応は」
「いや」
人間なんだなと思った。
言わないけど。
「司令官さん」
電が私の袖を引く。
「ん?」
「電は」
少し考えて。
「町の人たちにも、軍のことをちゃんと話せてよかったのです」
「そうだね」
「ずっと」
電は前を見る。
「みんな、電のために怒ってくれていたのです」
「うん」
「でも、本当は少し違ったのだと分かったから」
「うん」
「それも、知ってほしかったのです」
「……そっか」
町の人たちが軍を嫌っていた理由の一つ。
それは。
電を見捨てたと思っていたから。
なら。
そこが違ったと分かれば。
少しずつ。
変わるのかもしれない。
鎮守府へ戻ると。
「遅え!」
天龍に言われた。
「そんなに?」
「五月雨が十回くらい外見に行ってたぞ」
「十回も行ってません!」
「八回?」
「……六回くらいです」
「結構行ってるじゃん」
「だって気になったんです!」
「ごめんごめん」
龍田が近付いてくる。
「どうだったの?」
「ちゃんと話せたよ」
「喧嘩しなかった?」
「しなかった」
「残念ねぇ」
「何を期待してたの?」
「冗談よ~」
本当かな。
食堂へ移って。
町で話したことを皆へ伝える。
「じゃあ」
五月雨が言う。
「町の人たちも、軍が電ちゃんを捨てたわけじゃないって知ったんですね」
「少なくとも桂梧さんは」
「そのうち他の人にも伝わるだろ」
天龍が言う。
「そうだね」
「それでいいのです」
電が笑う。
「うん」
軍。
町。
私たち。
今までは。
それぞれが別々に考えて。
別々に動いていた。
でも。
今日は。
初めて。
同じ場所で話をした。
それだけ。
本当に。
それだけのことだった。
でも。
「……こういうのでいいのかもね」
「何がだ?」
「んー」
少し考えて。
「話すこと」
「今更だな」
「ほんとにね」
天龍が笑う。
私も笑った。