軍の人と町の話をした翌日。
朝。
私は食堂で、昨日までの報告を聞いていた。
「食料は問題ないのです。昨日も町の人から魚と野菜をいただいたのです」
「ありがとう。五月雨は?」
「哨戒記録、昨日の分まで整理しました!」
「あとで見るね」
「はい!」
「資材は?」
「減ってはいるけど、すぐ困るほどじゃねえな」
天龍が紙を見ながら答える。
「昨日の共同任務で弾薬使った分は?」
「それ込みだ」
「じゃあ、しばらくは大丈夫か」
「まあな。ただ、弾薬は補充しといた方がいい」
「じゃあ次の回収で――」
言いかける。
天龍がこっちを見た。
「何?」
「いや」
「何その顔」
「ちゃんと『次の回収で』って言ったなと思って」
「……一人で行くとは言ってないでしょ」
「成長したな」
「またそれ?」
最近。
天龍が完全に保護者みたいになってきている。
「誰と行こうかな」
「私、行きます!」
五月雨がすぐ手を上げる。
「じゃあお願いしようかな」
「はい!」
「今日行くのです?」
電が聞く。
「んー。急ぎじゃないし、明日でも――」
その時。
外から。
今まで聞いたことのない音がした。
低い。
何か大きなものが近付いてくる音。
「何だ?」
天龍が立ち上がる。
「車?」
「この辺まで?」
全員で外へ出る。
鎮守府の前。
そこに。
軍用らしい大きな車が止まっていた。
「……何あれ」
「見りゃ分かんだろ。トラックだ」
「そうじゃなくて」
荷台。
そこには。
いくつもの箱と。
見覚えのある容器。
「資材?」
そして。
運転席から降りてきたのは。
もう見慣れてしまった軍人だった。
「おはようございます」
「ああ」
「今日は何です?」
「補給だ」
「……はい?」
「補給だ」
「聞こえなかったわけじゃなくて」
後ろを見る。
箱。
ドラム缶。
その他。
かなりある。
「これ、うちに?」
「ああ」
「何で?」
「共同任務を行ったからだ」
「昨日の?」
「そうだ」
軍人が書類を一枚出す。
「昨日使用した燃料、弾薬。それに今後の連絡に必要な物品だ」
「……もらっていいんです?」
「そのために持ってきた」
「返せって言われたり」
「言わない」
「後から請求書とか」
「出さない」
「本当に?」
「何をそこまで警戒している」
「だって軍ですよ?」
「理由になっていない」
「いや、何となく」
天龍が横から覗き込む。
「何が入ってんだ?」
「燃料、弾薬、鋼材。それと簡単な予備部品だ」
「結構あるな」
「共同任務で使用した分より多くない?」
「今後、同様の協力を依頼する可能性がある」
「ああ」
なるほど。
「前払いみたいな?」
「補給だ」
「そこは譲らないんですね」
「軍だからな」
便利だな、その言葉。
「でも」
私はもう一度荷台を見る。
「今まで、こういうのなかったですよね」
「なかったな」
「軍に所属してないから?」
「ああ。それに、この場所自体を正式な拠点として扱っていなかった」
「今は?」
「正式ではない」
「そこは変わってない」
「だが」
軍人が鎮守府を見る。
「少なくとも、ここに戦力があり、周辺防衛を行っていることは軍も認識した」
「……」
「その戦力へ協力を求めておきながら、必要な物資を全てそちらで用意しろというのもおかしい」
「まともだ」
天龍が言う。
「失礼だな」
「いや、軍ってもっと融通利かねえと思ってた」
「お前たちは軍を何だと思っている」
全員。
少し黙った。
「……」
「何故黙る」
「いろいろあったので」
「そうだったな」
軍人も否定しなかった。
「じゃあ、とりあえず運ぼうか」
「そうだな」
箱を持つ。
「重っ」
「無理すんな」
天龍が横から持ち上げる。
「一人で持つつもりなかったよ」
「本当か?」
「最近それ多くない?」
「実績があるからな」
「嫌な実績だなぁ」
電と五月雨も、小さな箱から運び始める。
「これはこっちでいいのです?」
「うん。資材置き場」
「分かりました!」
「五月雨、それ一人で大丈夫?」
「大丈夫です!」
「転ばないでね」
「転びません!」
言い切った。
不安だ。
龍田も箱を一つ持ち上げる。
「天龍ちゃん、こっちは?」
「予備部品だろ。工廠の近くでいいんじゃねえか?」
「そうね~」
軍人もいくつか荷物を下ろす。
皆でやれば。
思ったより早く終わった。
最後に。
軍人が小さな箱を一つ下ろした。
「これは?」
「通信機だ」
「通信機?」
「軍と直接連絡を取るためのものだ」
「……電話?」
「似たようなものだと思えばいい」
「今までの連絡先じゃ駄目なんです?」
「あれでも連絡は出来る。ただし、緊急時にはこちらの方が早い」
「へえ」
箱を開ける。
思っていたより簡素。
「これ、ここに置くんですか?」
「ああ」
「誰が使うの?」
「基本的にはあなたでいい」
「私?」
「提督なのだろう」
「一応」
「まだ言うのか」
「正式じゃないので」
「……」
軍人が少し考える。
「その点についても、現在話は進んでいる」
「え?」
全員。
動きが止まった。
「話?」
「この鎮守府の扱いについてだ」
「正式にするって話?」
「まだ決まっていない」
「ああ」
少しだけ。
期待した。
「ただ」
「ただ?」
「以前よりは進んでいる」
「どれくらい?」
「それを私が言うことは出来ない」
「またそれ」
「決まっていないものを決まったように言う方が問題だ」
「それはそうですけど」
「共同任務の報告も上がっている」
「神通さんの?」
「ああ」
「何て書いてあったんです?」
「内容は教えられない」
「えー」
「ただし」
軍人が私を見る。
「少なくとも、問題があったとは聞いていない」
「……ならよかった」
睡眠時間も。
多分。
書かれてない。
多分。
「この通信機」
五月雨が覗き込む。
「こっちから連絡してもいいんですか?」
「ああ」
「深海棲艦を見つけた時とか?」
「それが主になる」
「他には?」
「大きな異常があれば」
「食料がなくなった時は?」
天龍が言う。
「それは自分たちでどうにかしてくれ」
「駄目か」
「何故聞いた」
「試しに」
「試すな」
龍田が笑っている。
「じゃあ天龍ちゃんがお腹空いた時も駄目ね~」
「そんなことで軍呼ばねえよ!」
「呼んだら面白そうだけど」
「多摩まで乗るな!」
軍人が頭を押さえた。
「……本当にこれで大丈夫なのか」
「何がです?」
「いや」
「言ってくださいよ」
「やめておく」
「気になる」
補給品を全部運び終える。
資材置き場。
いつもより。
少しだけ。
余裕が出来た。
「すごいですね」
五月雨が弾薬を見る。
「しばらく回収行かなくても平気そう」
「行かないのか?」
天龍が聞く。
「必要なら行くよ。でも急いで行かなくてもよくなった」
「じゃあ明日は?」
「普通に哨戒かな」
「お」
「何」
「いや」
「また成長したって言ったら怒るよ」
「言ってねえだろ」
「顔が言ってる」
「顔で会話出来んのか、お前」
「天龍とは出来るかも」
「嫌だ」
「即答!?」
「補給については」
軍人が帰る前に言う。
「今後も共同任務を依頼した場合、必要に応じて行う」
「毎回?」
「状況による」
「普段の分まで?」
「現時点では、そこまでは出来ない」
「そっか」
まだ。
軍の鎮守府ではない。
当然と言えば当然。
「ただ、緊急時は別だ」
「緊急時?」
「この地域で大規模な戦闘が発生し、お前たちが対応する必要がある場合だ」
「その時は?」
「出来る限り支援する」
「……分かりました」
「無理をして、自分たちだけで全て用意する必要はない」
その言葉。
少しだけ。
どこかで聞いたことがある気がした。
いや。
内容は違う。
でも。
「分かりました」
今度は。
ちゃんと答えた。
軍人が帰って。
トラックの音が聞こえなくなる。
それを待っていたみたいに。
工廠の方から。
妖精さんたちが出てきた。
「……見てたの?」
頷く。
一人。
二人。
三人。
次々に資材置き場へ向かう。
「待って待って」
止まらない。
「何するの?」
一人が箱を指差す。
「整理?」
頷く。
「あ、そういうこと」
なら。
「お願いしていい?」
全員。
一斉に頷いた。
「元気だなぁ」
「妖精さんたちも嬉しいのです?」
電が聞く。
「資材増えたからじゃない?」
さっそく。
箱が開けられる。
部品が分けられていく。
「早いね」
「いつものことだろ」
「まあね」
こういうところは。
やっぱり妖精さんの方が得意だった。
食堂へ戻る途中。
通信機の置かれた部屋を通る。
今まで。
軍へ何か伝えようとしても。
どうすればいいのかすら分からなかった。
今は。
連絡するためのものが。
ここにある。
正式な鎮守府じゃない。
軍の所属でもない。
それでも。
少しずつ。
出来ることが増えていた。
「多摩ー!」
天龍の声。
「何ー?」
「妖精が箱一個どっか持ってった!」
「え!?」
「資材じゃねえ! 通信機の説明書!」
「何で!?」
急いで戻る。
「妖精さーん!」
結局。
説明書は。
厨房の棚から見つかった。
何でそこにあったのか。
最後まで誰にも分からなかった。