軍から補給を受けるようになって。
通信機まで置かれて。
それでも。
私たちの生活そのものは、あまり変わらなかった。
「五月雨、それ取って」
「はい!」
「電、そっちお願い」
「分かったのです!」
朝食の後片付け。
いつも通り。
「天龍ちゃん、お皿残ってるわよ~」
「今持ってく!」
「昨日も忘れてたよね」
「忘れてねえ! 後で持ってこうと思ってたんだよ!」
「それを忘れてたって言うんじゃない?」
「多摩は黙ってろ!」
「何で!?」
いつも通り。
軍との通信機は。
今のところ、一度も鳴っていない。
いや。
一回だけ鳴った。
慌てて出たら。
『通信確認だ』
それだけだった。
しかも。
「聞こえますか?」
『聞こえている』
「こっちも聞こえてます」
『では問題ない』
「……終わり?」
『終わりだ』
切れた。
軍って。
そういうものなのかもしれない。
そんなことがあってから。
二日後。
また鎮守府の前に軍の車が止まった。
「今度は何?」
窓から見る。
「補給には早くねえか?」
天龍も覗く。
「通信機あるのに直接来るんだ」
「何かあるんじゃない?」
龍田が言う。
「嫌な言い方しないでよ」
「悪い意味とは言ってないわよ~」
「それもそうだけど」
外へ出る。
車から降りてきたのは。
いつもの軍人。
それと。
もう一人。
女性。
和服に。
袴。
見覚えがある。
ものすごくある。
「……」
黙る。
言わない。
今回は。
絶対に言わない。
「どうした?」
軍人に聞かれる。
「なんでもないです」
「そうか」
「はい」
後ろから五月雨が小声で。
「多摩さん」
「言わないよ」
「まだ何も言ってません」
「顔に書いてある」
「書いてません!」
電が笑っている。
最近。
完全に遊ばれている気がする。
女性が一歩前へ出る。
「初めまして」
柔らかい声。
「航空母艦、鳳翔です」
やっぱり。
「本日より、こちらでお世話になります」
「……はい?」
待って。
「こちらで?」
「はい」
「お世話に?」
「はい」
にこりと笑う。
「よろしくお願いいたします」
「……」
軍人を見る。
「聞いてない」
「今伝えた」
「そういう意味じゃなくて!」
「だから今日来た」
「順番おかしくない!?」
「何がだ」
「普通、先に話しません!?」
「断るのか?」
「いや、そうじゃないけど!」
鳳翔さんが少し困ったように笑っている。
「すみません。私から説明した方がよろしいでしょうか?」
「お願いします」
「いや。その前に私から話す」
「じゃあ最初からそうしてくださいよ」
「話そうとしていた」
「私が驚いたから?」
「ああ」
「……すみません」
それは私が悪かった。
場所を食堂へ移す。
六人。
いや。
軍人を入れて七人。
いつもより席が多い。
それだけで。
少し変な感じがする。
「まず」
軍人が一枚の紙を机へ置いた。
「以前預かった鎮守府設置届についてだ」
「あ」
最初の頃。
妖精さんに渡された。
何処へ出せばいいのかも分からなかった紙。
「どうなったんです?」
「受理された」
「……え?」
「受理された」
二回言った。
「それって」
「ここを鎮守府として認めるということだ」
「……」
全員。
黙った。
「え?」
もう一度。
今度は私が言った。
「正式に?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「やっぱり無しとか」
「ならない」
「後からやっぱり変だから駄目とか」
「しつこい」
「だって!」
思っていたより。
急だった。
いや。
急じゃない。
最初に紙を渡してから。
ずっと時間は経っている。
軍の人が来て。
話をして。
共同任務をして。
町とも話して。
補給まで来た。
ちゃんと。
順番に進んでいた。
でも。
「……そっか」
実際に言われると。
変な感じだ。
「ただし」
「やっぱり何かある」
「最後まで聞け」
「はい」
「通常の鎮守府とは多少扱いが異なる」
「多少?」
「施設が軍によって建設されたものではない。所属する艦娘も、現在は軍籍を外れている者が多い。そして」
軍人が私を見る。
「司令官本人が艦娘だ」
「そこですよね」
「前例がない」
「でしょうね」
私だって。
ゲームやってた頃にこんなの見たことない。
「そのため、当面は周辺防衛を担当する鎮守府として運用し、軍とは協力関係を取る」
「軍から全部命令されるわけじゃない?」
「通常の鎮守府より裁量は大きい」
「今までの生活は?」
「基本的には変える必要はない」
「町との関係も?」
「ああ」
少し。
安心した。
「それと」
軍人が新しい書類を出す。
「あなたについても、ここの司令官として正式に登録される」
「私?」
「他に誰がいる」
「いや、そうだけど」
紙を見る。
名前。
多摩。
その横。
司令官。
「……本当に兼任になっちゃった」
「今までもそうだっただろ」
天龍が言う。
「気分の問題!」
「諦めろ」
「嫌なところだけ現実的だなぁ」
「提督がそんなのでいいのです?」
電まで。
「電?」
「冗談なのです」
「電まで冗談言うようになった……」
「誰の影響でしょうね~」
龍田がこっちを見る。
「何で私を見るの」
「さあ~?」
絶対私だと思ってる。
「電、五月雨、天龍、龍田については」
軍人が続ける。
少し。
空気が変わった。
「軍へ戻ることを強制するつもりはない」
四人が軍人を見る。
「ただ、本人が希望するのであれば、この鎮守府の所属艦として改めて登録することが出来る」
「……」
「それは」
電が聞く。
「また、軍に戻るということなのです?」
「形式上は軍所属になる」
「……」
「ただし、現在の配置はここだ。別の基地へ戻れという意味ではない」
「ここにいていいのです?」
「ああ」
「司令官さんと?」
「ああ」
電が私を見る。
「だったら」
ほとんど迷わなかった。
「電は、ここがいいのです」
「電」
「ここで、司令官さんと一緒にいたいのです」
軍人が頷く。
「分かった」
「私もです!」
五月雨もすぐ続いた。
「私もここにいたいです!」
「五月雨」
「もう迷惑かけないように頑張ります!」
「いや、そこは普通にしてていいよ」
「はい!」
「返事だけはいいな」
「天龍さん!」
いつものやり取り。
軍人が少し笑っている。
「お前たちは?」
天龍と龍田を見る。
「俺?」
「ああ」
「……まあ」
天龍が少しだけ頭を掻く。
「今更、他行けって言われても困るしな」
「希望を聞いている」
「だったらここだ」
「そうか」
「俺は多摩の下でやる」
さらっと言われた。
「……何?」
「何だよ」
「いや」
ちょっと。
照れる。
「私も天龍ちゃんと一緒なら、ここがいいわ~」
「龍田」
「それに」
龍田が私を見る。
「多摩ちゃん見てないと、また夜中まで仕事しそうだもの」
「しないよ!」
「どうかしら~」
「しない!」
「三時」
天龍。
「二時の日もあったのです」
電。
「四時もありました!」
五月雨。
「鳳翔さんがいる前でやめて!」
初対面!
鳳翔さんを見る。
「……」
笑ってる。
口元を押さえて。
「すみません」
「いえ」
鳳翔さんが優しく答える。
「賑やかな鎮守府なのですね」
「いつもこんな感じです」
「良いことだと思います」
「そうですか?」
「はい」
なら。
いいのかな。
「それで」
私は軍人を見る。
「鳳翔さんは?」
「ここからが本題だ」
「今まで本題じゃなかったんです?」
「重要な話ではあった」
「ですよね」
「鳳翔は軍から正式に、この鎮守府へ転属する」
「転属」
「ああ」
今までとは違う。
電も。
五月雨も。
天龍も。
龍田も。
それぞれの理由で軍を離れて。
ここへ来た。
でも。
鳳翔さんは。
軍から。
ここへ送られてきた。
「何のために?」
「複数ある」
軍人が指を折る。
「まず、生活面と補給面の支援」
「生活面」
「あなたたちだけで問題なく運営していることは確認している。ただ、今後人数が増えれば負担も増える」
「それはそうですね」
「次に、新しい艦娘が来た場合の教育や訓練」
「ああ」
それも。
今まで考えていなかった。
「そして軍との連絡役」
「連絡役」
「何かあった場合、鳳翔を通じて軍と調整することも出来る」
「なるほど」
「最後に」
「まだあるんです?」
「状況の確認だ」
そこで。
少しだけ引っかかった。
「……監視?」
鳳翔さんを見る。
「私たちが変なことしてないか見るため?」
「その意味が全くないとは言わない」
軍人が答える。
「正直だなぁ」
「正式に認める以上、軍として状況を把握する必要はある」
「まあ」
分かる。
分かるけど。
「鳳翔さんは」
「はい」
「監視役なんです?」
本人に聞く。
鳳翔さんは。
少し考えて。
「そう思っていただいても構いません」
「構わないんだ」
「ですが」
穏やかに続ける。
「それだけのために来たつもりはありません」
「……」
「私も、ここで皆さんと一緒に生活をすることになります」
「はい」
「でしたら」
笑う。
「出来ることは、出来るだけお手伝いしたいと思っています」
「……そっか」
「よろしくお願いいたします。多摩さん」
「こちらこそ」
少しだけ。
警戒していたものが。
抜けた。
「部屋は?」
鳳翔さんが聞く。
「あ」
そこ。
「あります!」
五月雨が勢いよく立ち上がる。
「いっぱいあります!」
「五月雨」
「はい?」
「言い方」
「え?」
「いっぱい空いてるって言うと寂しい」
「す、すみません!」
「事実だろ」
天龍。
「事実だけど!」
鳳翔さんがまた笑った。
「では、一部屋お借りしますね」
「好きなところ選んでください」
「よろしいのですか?」
「ほとんど空いてるので」
「あ」
自分で言った。
「多摩さんも言ってます!」
「今のは忘れて」
「無理です!」
電まで笑っている。
その後。
軍人は必要な書類だけ置いて帰っていった。
いや。
必要な書類だけ。
ではない。
一人。
置いていった。
「……本当に増えた」
玄関で。
鳳翔さんの荷物を見る。
「何か?」
「いえ」
最初。
電と二人だった。
それから。
五月雨。
天龍。
龍田。
そして。
「六人か」
「私を含めて、ですね」
「はい」
「お邪魔ではありませんか?」
「まさか」
即答した。
「むしろ」
後ろを見る。
五月雨と電が。
どの部屋を案内するか相談している。
天龍が荷物を持とうとして。
龍田に「天龍ちゃん、それ女の子の荷物よ~」と言われて止まっている。
「賑やかになると思います」
「それは楽しみです」
「ただ」
「はい?」
「うち、結構変ですよ」
「そうなのですか?」
「妖精さんいるし」
「妖精さん?」
鳳翔さんが少し周囲を見る。
ちょうど。
工廠の方から妖精さんが一人歩いてきた。
「あ」
こっちに気付いた。
止まる。
鳳翔さんを見る。
「……」
鳳翔さんも。
妖精さんを見る。
「あら」
「見えるんです?」
「はい」
普通に答えられた。
「……そっか」
「どうかしましたか?」
「いや」
そうだ。
艦娘なんだから。
見えてもおかしくない。
妖精さんが鳳翔さんの前まで来る。
じっと見上げる。
「初めまして」
鳳翔さんが少し屈んだ。
「鳳翔です。本日からこちらでお世話になります」
妖精さんが。
ぺこり。
頭を下げる。
鳳翔さんも。
同じように頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
妖精さんが嬉しそうに跳ねる。
「気に入られたみたいですね」
「それならよかったです」
最初から。
普通に馴染んでいた。
夕食。
食卓に。
皿が六つ並ぶ。
「……」
「多摩さん?」
五月雨が気付く。
「何?」
「また数えてました?」
「数えてないよ」
「絶対数えてたのです」
「電まで!」
「最初は二つだったもんな」
天龍が言う。
「三つになって」
「五つになって~」
龍田。
「今日は六つですね」
鳳翔さんが続けた。
「……そうですね」
六つ。
随分増えた。
「では」
鳳翔さんが皆を見る。
「改めまして。本日からよろしくお願いいたします」
「よろしくなのです!」
「よろしくお願いします!」
「よろしくな」
「よろしくね~」
最後。
私。
「よろしくお願いします」
「はい」
鳳翔さんが笑う。
正式な鎮守府になった。
私も。
正式に提督になった。
でも。
食事をして。
話をして。
笑って。
明日の予定を決める。
やっていることは。
昨日までと。
そんなに変わらない。
「多摩さん」
「はい?」
「明日の朝食ですが」
「はい」
「私が作ってもよろしいでしょうか?」
「……」
全員。
止まった。
「いいんですか?」
「もちろんです」
「本当に?」
「はい」
天龍が。
私を見る。
「多摩」
「何」
「明日から楽になるな」
「……」
否定出来ない。
「鳳翔さん」
「はい」
「末永くよろしくお願いします」
「急に重くないですか?」
鳳翔さんが。
初めて少し困った顔をした。
皆が笑った。