鎮守府へ戻った私は、そのまま入渠させられた。
「本当にそのままなんだ……」
「当たり前です」
鳳翔さんに即答される。
「せめて報告くらいしてからでも」
「後です」
「でも」
「後です」
「はい」
強い。
結局、艤装を外すところまで見届けられ、そのまま工廠の妖精さんたちにも囲まれた。
何人かが私の艤装を確認し始める。砲身を見た一人が露骨に嫌そうな顔をして、その隣では別の妖精さんが装甲を見ながら同じような顔をしていた。
「そんな顔しなくても」
返事の代わりに、砲身と装甲を順番に指差される。
「……直る?」
聞くと、全員が揃って頷いた。
「じゃあお願いします」
今度は全員が胸を張った。
頼もしい。
入渠している間にも、戦闘の後始末は進んでいた。
電たちの損傷は軽いものが中心で、順番に整備すれば問題ないらしい。軍側にも沈没艦はいなかったと聞いて、ようやく少し肩の力が抜けた。
あれだけの数を相手にして、途中から増援まで来たのに、誰も沈まなかった。
それだけで十分だった。
問題があるとすれば。
「暇だなぁ」
入渠中は何も出来ない。
身体は少しずつ楽になっているし、動こうと思えば多少は動ける。でも、だからといって勝手に出たら確実に怒られる。
多分ではない。
絶対に。
「司令官さん」
「はい」
ちょうどそんなことを考えていたところへ、電が来た。
「何をしているのです?」
「何も」
「本当なのです?」
「何で疑うの」
「司令官さんだからなのです」
「信用がない」
「自業自得なのです」
厳しい。
電は近くに腰を下ろすと、少しこちらの様子を見てから聞いた。
「身体はどうなのです?」
「だいぶ楽になったよ。電は?」
「電はほとんど大丈夫なのです」
「そっか。よかった」
それから少しだけ、二人で黙る。
昨日のことを話すなら今かなと思った。
「……昨日はごめんね」
「何がなのです?」
「庇ったこと」
電が少しだけ困った顔をする。
「庇ったことを謝るのは変なのです」
「私もそう思う」
「じゃあ謝らなくていいのです」
「でも、次はもう少し考えるよ」
「本当なのです?」
「本当」
「電も気を付けるのです。司令官さんに庇わせないようにするのです」
「それはそれで無理しないでね」
「司令官さんにだけは言われたくないのです」
「それもそうか」
何も言い返せなかった。
昼過ぎになって、ようやく入渠を終えた。
食堂へ行くと、全員揃っていて、私が入るなり天龍がこっちを見る。
「遅いぞ」
「入渠してたんだから仕方ないでしょ」
「飯残してあるぞ」
「優しい」
「鳳翔さんがな」
「天龍じゃないんだ」
「何で俺が作るんだよ」
「ちょっと期待したのに」
「絶対してねえだろ」
鳳翔さんが笑いながらご飯を出してくれる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。身体はもうよろしいのですか?」
「大丈夫です」
そう答えた瞬間、全員の視線が集まった。
「……何で誰も信じないの?」
「前例がありますから」
「鳳翔さん、それ便利に使ってません?」
「事実ですから」
何も言えない。
とりあえず座って、ご飯を食べる。
「……生き返る」
「さっきまで入渠してた人の台詞じゃねえな」
「それとこれとは別」
「元気そうでよかったです」
五月雨が安心したように笑う。
「うん。もう大丈夫」
「本当?」
「五月雨まで!?」
今日だけで何回聞かれるんだろう。
食事を終えた頃、通信機が鳴った。
「軍かな」
「私が出ます!」
五月雨が立ち上がる。
「お願い」
少しして、すぐにこちらを振り返った。
「多摩さん、神通さんです!」
「今行く」
通信機の前へ行って応答する。
「もしもし」
『多摩さんですか?』
「はい」
『お身体は?』
「大丈夫です」
後ろから視線を感じる。
「……入渠は終わりました」
『そうですか』
何故か少し間があった。
「何です?」
『いえ。念のため確認しただけです』
「神通さんまで信用してない」
『昨日の様子を見ていますので』
「それを言われると何も言えない」
『それより、戦闘結果について報告があります』
「はい」
気持ちを切り替えて、姿勢を正す。
『今回確認された深海棲艦は、最終的に全て排除されました。周辺海域についても、現在まで新たな大規模反応は確認されていません』
「よかった」
『こちらの損傷艦も全員帰投しています』
「それも聞きました」
『そして、民間船への被害はありません』
一瞬、言葉が出なかった。
「……本当に?」
『はい。事前に出港を停止していた船も、海上に出ていた船も全て港へ戻っています』
「よかった……」
これが一番怖かった。
私たちが勝っても、町の人に被害が出たら意味がない。
『事前の連絡が間に合ったことが大きかったと思います』
「でも、それは軍が早く知らせてくれたからですよね」
『それだけではありません』
「え?」
『こちらから直接伝えても、この町でどこまで早く動いてもらえたかは分かりませんでした。多摩さんたちが間に入ったからこそ、すぐに漁を止めてもらえたのだと思います』
言われて、少し考える。
軍から私たちへ。
私たちから町へ。
今までは、どこかで切れていたものが今回はちゃんと繋がった。
「……そっか」
『今後も同じような状況では、協力をお願いすることになると思います』
「はい。こちらこそ、早めに教えてもらえると助かります」
『分かりました。今後ともよろしくお願いします』
「こちらこそ」
通信を切ると、すぐに天龍が聞いてきた。
「何て?」
「民間船、被害なしだって」
「お」
「本当ですか?」
五月雨の顔が明るくなる。
「うん。全部無事。軍側も、私たちが町との間に入ったから早く止められたって」
「へえ。役に立ったじゃねえか」
「他人事みたいに言わないで。天龍も入ってるからね」
「分かってるよ」
「多摩ちゃん、ちょっと嬉しそうね~」
龍田が笑う。
「まあね」
「素直ですね」
鳳翔さんまでそう言うので、私は少しだけ笑った。
「嬉しいですよ。すごく」
その日の夕方、港へ行くことにした。
特に用事があったわけじゃない。ただ、全員無事だったと聞いたら、何となく顔を見ておきたくなった。
「行ってきます」
「司令官さん、無理しないでくださいね」
「歩くだけだよ」
「本当に歩くだけなのです?」
「信用なさすぎない?」
「一緒に行きます!」
五月雨がすぐに立ち上がり、それを見た天龍も続く。
「俺も行く」
「天龍ちゃんが行くなら私も~」
「じゃあ電も行くのです」
最後に鳳翔さんを見ると、少し笑って立ち上がった。
「では、私もご一緒します」
「結局全員じゃん」
「いつものことだろ」
「それもそうか」
港へ着くと、昨日までとそこまで変わらない景色が広がっていた。
船が並んでいて、人が荷物を運び、あちこちから声が聞こえる。
いつもの港。
でも今日は、その当たり前の景色が少しだけ違って見えた。
「あ、たまちゃん!」
楓がこちらに気付いて走ってくる。
「楓」
「昨日すごかったって聞いた!」
「誰から?」
「お父さん」
「何て?」
「すごかったって。あと、無茶したって」
「余計なところまで伝わってる」
「本当なんでしょ?」
「まあ」
楓がじっとこっちを見る。
「もう大丈夫?」
「大丈夫。本当に」
「ならいい」
ようやく安心したように笑った。
「嬢ちゃん」
後ろから声を掛けられて振り向く。
桂梧さんだった。
「こんにちは」
「昨日は大変だったみたいだな」
「まあ、それなりに」
「それなりで済む顔してねえだろ」
「今日は皆にそれ言われます」
「だろうな」
桂梧さんは少し笑ってから、港の方へ目を向けた。
「船は全部戻った」
「聞きました。よかったです」
「ああ。もし昨日、普通に漁に出てたら何隻かは戻って来られなかったかもしれねえ」
その言葉に、何となく皆が黙る。
「早めに知らせてもらえて助かった」
「軍にも伝えておきます」
「ああ」
以前、軍の人と初めて町で話した時のことを思い出す。
あの時の桂梧さんは、軍に対してかなり警戒していた。
それは当然だったと思う。
説明されないまま、艦娘たちが捨てられたように見えていたんだから。
「軍の人らも、ちゃんと見てんだな」
「多分」
「多分かよ」
「私も全部知ってるわけじゃないですし」
「まあ、それもそうか」
桂梧さんが小さく笑う。
それから、鳳翔さんへ目を向けた。
「あんたらの方から連絡が来たんだろ?」
「軍からこちらの鎮守府へ連絡がありました」
「そうか」
「はい」
少し間が空く。
「……助かった」
鳳翔さんがわずかに目を見開いた。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ。全部信用したってわけじゃねえけどな」
「分かっています」
「ただ、助かったことまで無かったことにはしねえ」
「はい」
鳳翔さんは静かに頷いた。
帰り道、鳳翔さんが隣で言った。
「少し変わりましたね」
「何がです?」
「町と軍です」
「ああ」
「以前は、お互いほとんど何も知らなかったのでしょう?」
「そうですね。軍は説明しないし、町は軍を信用しないし」
「その間に、多摩さんたちがいた」
「今もですけどね」
「今は少し違うと思います」
「?」
「橋になっています」
「橋?」
「はい。軍の情報を町へ届けて、町の声を軍へ返す。今回それが、きちんと人を守ることに繋がりましたから」
何だか大げさな気もする。
でも、軍から来た連絡を私たちが町へ伝えて、町がそれを信じて船を止めた。
その結果、誰も死ななかった。
そして今度は町から軍へ、ありがとうが返っていく。
言われてみれば、確かに橋なのかもしれない。
「……悪くないかも」
「何が?」
天龍が後ろから聞く。
「橋」
「急に何だよ」
「鳳翔さんに言われた」
「なるほど~。多摩ちゃん、橋だったのね~」
「私だけじゃないでしょ」
「司令官さん一人では橋になれないのです」
電が言う。
「そうだね」
「両側がないと橋は架からないです!」
五月雨まで乗ってくる。
「確かに」
「じゃあ俺ら全員橋か?」
「それはなんか嫌」
「何でだよ!」
「見た目が」
「見た目の話じゃねえ!」
いつものようにくだらないことで言い合いながら、鎮守府へ戻る。
この鎮守府が出来た時、ここには私と電しかいなかった。
軍から見れば何者かも分からず、町から見ても突然現れた艦娘たちだった。
それが今では仲間が増えて、町の人たちに支えてもらって、軍とも少しずつ話が出来るようになった。
全部が上手くいっているわけじゃない。
軍への不信感が全部消えたわけでもないし、これからまた何か食い違うこともあると思う。
それでも、昨日は軍からの連絡で町の船が止まり、私たちと軍が一緒に海へ出て、誰も失わずに帰って来られた。
前なら、きっと出来なかった。
そう考えると。
少しだけ。
ここまで来たんだなと思った。