戦いから数日が経った。
鎮守府は、驚くほどいつも通りだった。
工廠では妖精さんたちが忙しそうに動き回り、五月雨は朝から記録をまとめている。電は食料の確認をしていて、天龍と龍田は資材置き場で何か言い合っていた。
鳳翔さんは台所。
私は。
「……書類」
机の上を見る。
増えた。
正式な鎮守府になった以上、多少は増えるだろうと思っていたけれど、思っていたより増えた。
「これ全部?」
「全部です」
鳳翔さんが笑顔で答える。
「軍に認めてもらう前の方が楽だったかもしれない」
「多摩さん?」
「やります」
逃げられない。
内容自体はそこまで難しくない。
資材の使用量。
補給の記録。
先日の戦闘報告。
今後必要になりそうな物資。
以前なら全部一人で確認していただろうけど、今は五月雨がまとめたものを確認して、必要なところだけ私が書けばいい。
それでも面倒なものは面倒だった。
「提督って、こういう仕事なんだなぁ」
「今更かよ」
いつの間にか天龍が入口に立っていた。
「何?」
「軍から人来たぞ」
「え」
「また?」
「またって言うなよ」
「だって最近よく来るし」
少し前まで軍の人間が来るだけで身構えていたのに、今ではそんな感想が出るくらいには慣れてしまったらしい。
「誰?」
「この前の人たちと神通」
「神通さんも?」
「ああ」
書類を見る。
鳳翔さんを見る。
「後でいいですよ」
「助かります」
「ただし戻ったら続きです」
「はい」
やっぱり逃げられなかった。
玄関へ向かうと、見慣れた軍服の二人と神通さんが待っていた。
「お久しぶりです」
「数日前に会ったばかりですよ」
「確かに」
神通さんが少し笑う。
軍の二人にも挨拶をして、食堂へ案内した。
電たちも何となく集まってくる。
「全員いなくても大丈夫ですよ?」
「聞いておきたいのです」
電。
「俺も」
天龍。
「私もです!」
五月雨。
龍田は当然のように天龍の隣に座っている。
鳳翔さんまで来た。
「結局全員ですね」
「いつものことです」
神通さんが笑った。
軍の人が持ってきた書類を机の上に置く。
「本日は、今後のこの鎮守府の運用について確認に来ました」
「運用?」
「はい。先日の戦闘も含め、こちらとしても今の体制が機能していることは確認出来ました」
少し身構える。
でも、以前とは違う。
何かを取り上げられる気がしているわけじゃない。
ただ、これから何が変わるのかが気になった。
「まず、多摩さん」
「はい」
「今後もこちらの鎮守府の指揮官として登録を継続します」
「……今後も?」
「はい」
「私のままで?」
「そうです」
思わず聞き返してしまった。
「何か問題が?」
「いや、ないですけど」
ない。
ないけど。
「もっと普通の提督を置くとかは?」
「現時点では考えていません」
「現時点では」
「多摩さん」
鳳翔さんに小さく呼ばれる。
「分かってます。そこ引っ掛からなくていいやつですよね」
「はい」
軍の人も少し困った顔をしている。
「もちろん、今後重大な問題が発生した場合には別途検討します。ただ、この鎮守府については現行の体制を維持する方針です」
「分かりました」
「良かったですね、多摩さん!」
五月雨が笑う。
「うん」
「嫌そうだな」
「嫌じゃないよ」
天龍を見る。
「責任が重いなって思っただけ」
「今更だろ」
「今日それ二回目」
「事実だからな」
「次に、所属艦についてです」
電たちを見る。
「現在登録されている皆さんについても、そのままこちらへの所属を継続します。本人から異動希望が出ない限り、軍側から一方的に移す予定はありません」
「……本当なのです?」
電が確認する。
「はい」
「命令で別の鎮守府へ戻せと言われたりは?」
「通常の異動が絶対にないとは言えません。ただ、少なくとも皆さんの過去の事情を理由に、強制的に戻すことはありません」
電が少し安心した顔をした。
五月雨も同じ。
「天龍さんと龍田さんについても同様です」
「俺らも?」
「はい」
「勝手に出てきたのに?」
「その件については既に整理されています」
「便利だな」
「天龍ちゃん、蒸し返さない方がいいと思うわよ~」
「分かってるよ」
龍田が楽しそうに笑う。
「鳳翔については、当初お伝えした通りです」
「はい」
「支援、教育、生活面の補助、それから軍との連絡役を継続してください」
「承知しました」
「監視も?」
私が聞く。
「多摩さん」
「一応」
軍の人が苦笑する。
「以前もお答えしましたが、状況確認の役割が全くないとは言いません」
「ですよね」
「ただし、それだけを目的に配置しているわけではありません」
「分かってます」
今なら。
本当にそう思える。
鳳翔さんが来てから、生活は明らかに楽になった。
軍から何か連絡が来た時も、分からないことを聞ける。
それに。
もう。
ただの軍から来た人ではない。
「鳳翔さんはもううちの人なので」
口に出す。
鳳翔さんが一瞬こちらを見た。
「……はい」
それだけ言って、少し笑った。
「それから、今後の任務についてですが」
「はい」
「この鎮守府単独で対応可能な範囲については、これまで通り周辺海域の哨戒と防衛をお願いします。ただし、大規模な敵影が確認された場合は軍から連絡します」
「今回みたいに?」
「はい。逆に、こちらで異常を確認した場合も早めに知らせてください」
「分かりました」
「命令というより、連携ですね」
神通さんが言う。
「お互いに情報を出し合って、その時必要な側が協力を求める形になります」
「それが一番助かります」
無理に全部こちらへ押し付けられるでもなく。
全部軍に任せるでもない。
出来る方が出来ることをする。
今までの私たちにはなかった形だった。
「町への連絡についても、可能であれば今後はこちらを通してお願いしたいと考えています」
「私たちを?」
「はい」
軍の人が頷く。
「今回の件で分かりました。軍から直接知らせるより、皆さんを通した方が町側も状況を受け入れやすい」
「それって」
少し考える。
「私たちが間に入る前提?」
「負担が大きいようであれば別の方法を考えます」
「いや」
それは。
嫌じゃない。
「やります」
すぐに答えた。
「出来る範囲で」
「ありがとうございます」
横を見ると、電たちも特に反対する様子はない。
むしろ。
「今まで通りなのです」
電が言った。
「町に何かあれば伝えるし、困ってたら手伝うのです」
「そうですね」
五月雨も頷く。
「軍からの連絡が増えるだけですよね」
「増えるだけって言うと嫌だな」
「多摩さん、書類も増えますよ」
「鳳翔さん」
「事実です」
「そこは黙っててほしかった」
天龍が笑う。
話は思っていたより早く終わった。
もっと細かい規則を山ほど言われるのかと思っていたけど、実際には今やっていることを少し整理したくらいだった。
軍の人たちが帰る前。
神通さんが少しだけ残った。
「多摩さん」
「はい」
「先日はありがとうございました」
「急ですね」
「きちんと言っていなかったので」
「こっちこそですよ。軍側がいなかったら無理でした」
「私たちだけでも難しかったと思います」
「じゃあ、お互い様?」
「そうですね」
神通さんが笑う。
最初に共同任務へ出た時は、まだ探り探りだった。
相手がどう動くのか。
信用していいのか。
どこまで任せていいのか。
それが今では。
「次もよろしくお願いします」
自然にそう言えた。
「はい。こちらこそ」
神通さんもそれだけ答えて帰っていった。
「で」
全員を見送って。
食堂へ戻る。
机の上を見る。
「……」
書類。
残ってる。
「戻りましたね」
鳳翔さん。
「戻りました」
「続きを」
「今?」
「今です」
「ちょっと休憩」
「先ほど十分休まれました」
「話してたんですけど」
「座っていましたよね」
「厳しい」
仕方なく席につく。
五月雨が横から記録を持ってきた。
「ここまでまとめてあります!」
「ありがとう」
「燃料は私と龍田で確認したぞ」
天龍。
「助かる」
「食料の記録はこっちなのです」
電。
「ありがとう」
鳳翔さんが必要な書類を順番に並べる。
「では、多摩さんはこちらを確認してください」
「……」
見る。
皆。
「何?」
「別に?」
天龍が言う。
「早く終わらせろよ」
「手伝ってくれる?」
「もう手伝ってるだろ」
「あ」
そうだった。
私がやるのは。
最後の確認だけ。
前なら、全部自分でやっていた。
記録も。
資材も。
食料も。
何もかも。
でも今は。
それぞれが自分の仕事をして。
最後に私のところへ持ってくる。
「……楽になったなぁ」
「今頃気付いたのです?」
電に言われた。
「いや、分かってはいたけど」
改めて。
思っただけ。
軍との関係も。
同じなのかもしれない。
全部向こうに任せる必要はない。
全部こっちで抱える必要もない。
町とのことも。
私一人で何とかする必要はない。
出来ることを。
出来る人がやる。
必要なら頼る。
頼られたら、出来る範囲で返す。
それでいい。
「多摩さん?」
「あ、ごめん」
「また考え事です?」
「ちょっとだけ」
「手は止めないでくださいね」
「はいはい」
書類へ戻る。
面倒なのは。
変わらない。
「兼任提督って、やっぱり楽じゃないなぁ」
「でも前より楽だろ?」
天龍が言う。
「……まあね」
それは。
間違いなかった。