艦これー兼任提督は楽じゃないーReBuild   作:ラリカ

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第三話

 街に、警報の音が鳴り響いた。

 

 途端に慌ただしくなる楓たちを見ながら、私は一つのことを考えていた。

 

「逃げるよ!」

 

 私の手を取ろうとした楓から、そっと手を離す。

 

 悔しそうな顔をする者。

 慌てる者。

 悲しげな顔をする者。

 

 そんな彼らに、私は言った。

 

「……先に行って」

 

 口から零れた声は、自分でも分かるほど震えていた。

 

 その震えが、まるで自分の決意から逃げようとしているように思えて。

 

 私は、自分の頬を強く叩いた。

 

 突然のことに呆気に取られる彼らへ、もう一度告げる。

 

「先に避難して」

 

 今度の声は、震えていなかった。

 

「私は、多摩。球磨型軽巡洋艦二番艦、多摩」

 

 一度、息を吸う。

 

「だからここを――あなたたちを守るために、海に出る!」

 

 自分自身へ言い聞かせるように、声を張った。

 

 たとえ、この中に別の何かが混ざっていたとしても。

 

 私は、私が信じた『多摩』なのだから。

 

 桂梧さんは強く拳を握った。

 

 しばらく何も言えずにいた彼は、やがて絞り出すような声で言った。

 

「……情けない大人ですまない」

 

 そして。

 

「頼む。あんたの持ち物は、納屋にある」

 

「なんで!? たまちゃんも早く逃げないと!」

 

 必死に叫ぶ楓を、桂梧さんが抱き上げた。

 

 そのまま彼らは外へ向かう。

 

 最後までこちらへ手を伸ばしていた楓の姿を見て、決意が鈍りそうになった。

 

 けれど、迷っている時間はない。

 

 私は急いで納屋へ向かった。

 

 そして。

 

 そこに置かれていたものを、身に纏う。

 

 砂浜へ放り出してしまっていた艤装は、まるでずっと私を待っていたかのように身体へ馴染んだ。

 

 力が満ちていく。

 

「……待たせたね」

 

 小さく声をかけて。

 

 私は海へと向かった。

 

 

 

 

 海へ出ると、すぐに水上偵察機を飛ばした。

 

 どうか間に合って。

 

 祈るような気持ちで、海面を駆ける。

 

 不思議と戸惑いはなかった。

 

 身体そのものが、どう動けばいいのか知っているようだった。

 

 飛び立っていく偵察機。

 

 その機内から妖精さんがこちらへサムズアップしているのを見て、

 

 ……いや、そこに乗るんだ。

 

 などと場違いなことを考えてしまったけれど。

 

 やがて、その妖精さんが敵の発見を知らせてくれた。

 

 それがまた。

 

 自分が『多摩』なのだという実感を、少しずつ強くしていく。

 

 だからこそ。

 

 奴らを沈める。

 

 漁港へ一直線に向かっている、魚にも見えなくはない、夥しい数の化け物たち。

 

 その進路へ回り込み、私は奴らの前に立ちはだかった。

 

「ここから先には行かせない」

 

 深海棲艦を睨み据える。

 

「守るために――私は、私として、お前らを沈めてやる」

 

 撃つ。

 

 撃つ。

 

 撃つ。

 

 狙いに時間をかけすぎず、それでも確実に当てていく。

 

 もちろん、奴らだって案山子ではない。

 

 圧倒的な数を頼みに、こちらへ雨のような砲撃を浴びせてくる。

 

 痛い。

 

 当然だ。

 

 それでも。

 

 この程度なら、耐えられる。

 

 この街に暮らす人たちへの思い。

 

 この身体が抱えている後悔。

 

 そして。

 

「たとえゲームの中だったとしても――」

 

 声が零れる。

 

「“私”は、彼女をここに送っていたんだ」

 

 あの場所へ。

 

 あの戦場へ。

 

「その彼女に、取り返しのつかないことをした」

 

 だから。

 

「けれど……」

 

 違う。

 

「いや、だからこそ!」

 

 砲を構え直す。

 

「この程度で、やられるものかっ!」

 

 

 

 

 それから、どれほど戦い続けたのだろう。

 

 すでに辺りは闇に包まれていて、時間の感覚もとうに失っていた。

 

 四肢は痛みを訴え、動きも目に見えて鈍くなっている。

 

 それでも。

 

 あれほどいた敵は、もう数えられるほどしか残っていなかった。

 

 撃つ。

 

 沈める。

 

 撃つ。

 

 沈める。

 

 そして、残り一隻。

 

 その時。

 

 気付いた。

 

 すぐ真横。

 

 手を伸ばせば届きそうなほど近くに、大きく口を開けた化け物がいる。

 

 その口から覗く砲塔は、はっきりとこちらを向いていた。

 

「っ――!」

 

 避けられない。

 

 来る衝撃を恐れて、思わず目を閉じた。

 

 けれど。

 

 予想していた衝撃は、いつまで経っても訪れなかった。

 

 恐る恐る目を開く。

 

 そこに見えたのは。

 

 沈んでいく、最後の深海棲艦。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 声をかけられて、初めてそちらを見る。

 

 いつの間にか、一人の少女が立っていた。

 

 そして彼女もまた。

 

 私と同じように、ひどく傷付いていた。

 

「大丈夫。えーっと……その、ありがとう」

 

「こちらこそ、ありがとうなのです」

 

 少女はほっとしたような表情を浮かべた。

 

「……あなたがいなかったら、あのままきっと……」

 

 それから二人で周囲を警戒した。

 

 けれど、どうやら敵はもう残っていないらしい。

 

 私たちは陸へ戻ることにした。

 

 その途中。

 

「あ。自己紹介がまだだったのです」

 

 少女がこちらを向く。

 

「駆逐艦、電です」

 

「軽巡、多摩です」

 

「えーっと……多摩さんは、どちらに所属されているのです?」

 

「そのことなんだけど……私、どこにも所属してないんだ」

 

 ここまで傷付いてしまえば、さすがに修理が必要だ。

 

「できたら、入渠施設を借りたいんだけど……」

 

「……ごめんなさい」

 

 電は、申し訳なさそうに俯いた。

 

「電には、入渠施設がないのです」

 

「……ない?」

 

 どういうことなのか尋ねてみれば、なるほどと思うと同時に、胸の奥に重いものが沈んだ。

 

 電は、軍から文字通り放逐されていた。

 

 できることなら戦いたくない。

 

 敵であろうと、その命を救いたい。

 

 そんな思想を持っていたがゆえに。

 

 鎮守府へ戻ることもできず。

 

 満足な施設もないまま。

 

 それでもずっと、この地を守るために戦い続けてきたらしい。

 

 そんな話をしているうちに、いつの間にか漁港へ戻ってきていた。

 

「こっちで少し、お話を聞きたいのです」

 

 電に案内されたのは、倉庫の一角だった。

 

 どうやら彼女は、ここで暮らしているらしい。

 

「こちらに座ってください」

 

「うん」

 

 勧められた椅子へ腰を下ろした。

 

 その瞬間。

 

 胸の奥が、ざわついた。

 

「……?」

 

 何が起きたのか。

 

 どう表現すればいいのか。

 

 それは分からない。

 

 けれど。

 

 一つだけ、確かなことがあった。

 

 理解したのではない。

 

 誰かから教えられたわけでもない。

 

 ただ、そうなのだと分からされた。

 

 ――提督が、着任した。

 

 顔を上げる。

 

 電もまた、驚いた表情で私を見つめていた。

 

 その顔を見た瞬間。

 

 私はようやく。

 

 帰ってきたのだと、そう思えた。

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