「司令官さん……なのですか……?」
電は、驚いた顔のまま私を見つめていた。
きっと、このまま私は「多摩」であることだけを話して、以前の自分については隠し通すこともできただろう。
けれど。
私は、そうしたくなかった。
思っていた以上に、現実に疲れていたのかもしれない。
あるいは、戦闘の高揚がまだ収まっていなかったのかもしれない。
それとも――。
……いや。
理由なんて、正直なところ私自身にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは。
私の口から出た言葉が、肯定だったということ。
「……私にも、何が起きてこうなったのか分からないけど」
しばらく、電は口をぱくぱくとさせていた。
けれど。
やがて、ぽつりと言った。
「電は、嬉しいのです」
「……え?」
その言葉に、私は少し戸惑った。
「電はここで、皆さんを守るために海へ出てきました」
電は、ゆっくりと話し始める。
「軍からも見捨てられて。一人でなんとかしなきゃって、ずっと戦ってきたのです」
「……」
「けれど、今日」
電が、こちらを見る。
「多摩さんが一緒に戦ってくれて、とっても嬉しかったのです」
そして。
「そんな多摩さんが司令官さんなら、電はもっともっと頑張れるのです」
そこまで聞いて。
ようやく分かった。
私が考えていたことなんて、ただの邪推だった。
裏切られた。
騙された。
そんなふうには、思っていない。
電はただ。
私をそのまま受け入れてくれている。
そう感じた。
「……もしかしたら、私は電にとって、いい提督じゃないかもしれない」
「それでも、電は多摩さんを信じたいと思ったのです」
「私の提督としての力は、大したものじゃないかもしれない」
「司令官さんとしての力は、これから一緒に成長すれば大丈夫なのです」
「……軍と敵対することになるかもしれない」
「電だって、もう見捨てられているのです」
「……電の知り合いと、戦うことになるかもしれない」
「ここを守っている時点で……覚悟はしているのです」
「……」
だめだ。
もう、言葉が出てこない。
口が震える。
身体の奥を、ぞわりと寒気が走る。
泣きそうになる私を。
電は、温かく包み込むように抱きしめた。
「……こんな私でも……本当に、いいの……?」
「電は、そんな司令官さんがいいのです」
その言葉が。
その温かさが。
まるで。
これが、本当の意味での私の生誕なのではないか。
そんなふうにさえ思えた。
私は産声を上げるように泣いた。
電の優しさに包まれながら。
お互い、傷だらけのまま。
意識を失うまで、そうしていた。
ぼんやりとした意識のまま。
温かな何かに包まれているのを感じながら、私は目を開けた。
白。
黒。
そして、肌色。
「……?」
ここがどこなのか思い出そうとして。
一気に意識が覚醒した。
私は、椅子に座ったまま眠っている電へ抱きつくような格好で眠っていた。
「……うわ」
起こさないように、そっと回された腕を外す。
立ち上がり、少し痛む目を擦りながら周囲を見渡した。
そして。
「……なに、これ」
困惑した。
移動はしていない。
はずだ。
電も、電の座っているソファも、眠る前に見たものと変わっていない。
けれど。
倉庫そのものが、大きく姿を変えていた。
見覚えのない壁。
存在しなかったはずの扉。
海側を見れば、外へ開けていたはずの場所は壁になり、窓だけが外の景色を映している。
そして机の上には。
「……」
一人の妖精さんが立っていた。
敬礼して。
なぜか、とても誇らしげな顔で。
「……もしかして、これ」
私が固まっている間にも、時間だけはしっかり流れていた。
妖精さんは満足げに頷くと、
ぽーん。
と机から飛び降り、そのままどこかへ走り去っていった。
「……いや、待って?」
追いかけることもできず。
私はただ、困惑するしかなかった。
しばらく呆然としていると。
「ん……」
背後から聞こえた電の声で、ようやく我に返る。
「……おはよう」
「おはようなのです……って」
電が周囲を見る。
「なんなのです、これ!?」
「多分……妖精さんがやった」
「聞いたこともないのです……」
どうやら。
妖精さんが勝手にここまで大掛かりな施設を作ってしまうなんて話は、電も知らないらしい。
「……これ、大丈夫なの?」
「しょ、正直に言うしかないのです……」
「だよね……」
とりあえず、増えていた扉を開けてみる。
その先には、廊下らしきものが続いていた。
しかも、他にもいくつもの扉がある。
順番に確認していくと。
工廠。
寮。
食堂。
そして――。
「入渠施設まである……」
電と顔を見合わせる。
そこで改めて、彼女の傷だらけの姿が目に入った。
「……電」
「はいなのです?」
「先に入渠しておいで」
「でも、多摩さんもボロボロなのです」
「私は大丈夫。……とは言えないけど」
自分の身体を見下ろす。
確かに、人のことを言えた状態ではない。
「でも、電はずっと入渠もできないまま戦ってたんでしょ?」
「それは……」
「だったら、先に行ってきて」
少しだけ迷うようにこちらを見ていた電だったが、やがて小さく頷いた。
「……分かったのです。ありがとうございます、司令官さん」
「うん。ゆっくりしておいで」
入渠施設へ向かっていく電を見送りながら、私はもう一度周囲を見渡した。
一晩で出来上がった、見知らぬ施設。
勝手に動き回る妖精さん。
そして、突然できた提督としての立場。
「……ほんと、どうなってるんだろ」
分からないことだらけだった。
けれど。
少なくとも一つだけ。
今の私たちにとって、この場所が必要なものだということだけは確かだった。