艦これー兼任提督は楽じゃないーReBuild   作:ラリカ

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第五話

 入渠施設へ向かう電を見送ってから。

 

 私は、一人になった。

 

「……さて」

 

 改めて、周囲を見る。

 

 昨日まではただの倉庫だった場所。

 

 それが今では、廊下があり、部屋があり、工廠があり、食堂があり。

 

 鎮守府。

 

 そう呼んでしまってもいいような場所へと変わっていた。

 

「いや、よくないよね?」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 

 昨日までなかった建物が、一晩で出来ました。

 

 妖精さんが作りました。

 

 なんて。

 

 誰が信じるというのか。

 

 私なら信じない。

 

 いや。

 

 今の私なら妖精さんを知っているから信じるかもしれないけれど。

 

「……そういう問題じゃないか」

 

 頭が痛い。

 

 そう思いながら歩いていると、前方から見覚えのある小さな影が走ってくる。

 

 妖精さんだった。

 

「……」

 

 立ち止まる。

 

 向こうも立ち止まる。

 

「……」

 

 敬礼された。

 

「いや、敬礼じゃなくて」

 

 妖精さんは首を傾げる。

 

「これ、どうしたの?」

 

 周囲を指差す。

 

 妖精さんは胸を張った。

 

「だから、そうじゃなくて」

 

 どうやら会話は難しいらしい。

 

 私が困っていると、妖精さんは何かを思い出したように走り出した。

 

「え、ちょっと」

 

 追いかける。

 

 連れてこられたのは、一つの部屋だった。

 

 扉を開ける。

 

 机。

 

 椅子。

 

 棚。

 

 そして。

 

「……執務室?」

 

 どう見ても、それだった。

 

 机の上には何枚かの紙が置かれている。

 

 恐る恐る、一枚手に取る。

 

「資材……燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト……」

 

 数字が並んでいる。

 

 見覚えがある。

 

 ありすぎる。

 

「ゲームじゃん」

 

 思わず口から出た。

 

 いや。

 

 もちろん、ゲームとは違う。

 

 紙に書かれているのだから。

 

 けれど。

 

 あまりにも見慣れた並びだった。

 

「……で?」

 

 数字を見る。

 

 もう一度見る。

 

「少なっ」

 

 思っていたより遥かに少なかった。

 

 というより。

 

 これでどうしろと。

 

 工廠があって。

 

 入渠施設があって。

 

 食堂まである。

 

 なのに、使うための資材がほとんどない。

 

「建物だけ作って満足したの……?」

 

 振り返る。

 

 妖精さんは。

 

 また胸を張った。

 

「そこ誇るところじゃないからね?」

 

 そんなことをしていると。

 

 遠くから、ばたばたと足音が聞こえてきた。

 

「たまちゃん!」

 

 聞き覚えのある声。

 

「……楓?」

 

 声のした方へ向かう。

 

 廊下の向こうから走ってきたのは、やはり楓だった。

 

 その後ろには桂梧さんたちもいる。

 

「たまちゃん!」

 

「うわっ」

 

 勢いそのままに抱きつかれた。

 

 昨日の電とは違う。

 

 遠慮も何もない。

 

「生きてる! ほんとに生きてる!」

 

「生きてる、生きてるから!」

 

「ばか! ほんとにばか!」

 

「うん……ごめん」

 

 泣きながら怒られて。

 

 けれど。

 

 その腕を振りほどく気にはならなかった。

 

 しばらくそうしていると、楓の後ろにいた桂梧さんと目が合う。

 

「……ありがとう」

 

 短い言葉だった。

 

 それだけで十分だった。

 

「どういたしまして、でいいのかな」

 

「いいさ」

 

 桂梧さんは笑った。

 

 それから。

 

 周囲を見回して。

 

 固まった。

 

「……昨日、こんなんだったか?」

 

「違いました」

 

「だよな」

 

「私もそう思います」

 

「誰が作った?」

 

「妖精さんです」

 

「……ようせい?」

 

「私も説明できません」

 

 沈黙。

 

 とても困る。

 

 こういう時、どう説明すればいいのだろう。

 

 妖精さんだから妖精さんなのだ。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

「まあ……それは後でいい」

 

 桂梧さんは、どうにか納得することを諦めたらしい。

 

「それより、あの子は?」

 

「あの子?」

 

「電ちゃんだ」

 

 その名前が出てきて。

 

 私は少しだけ驚いた。

 

「知ってるんですか?」

 

「そりゃあな」

 

 桂梧さんは苦い顔をする。

 

「この辺の人間なら、大体知ってる」

 

 そこで。

 

 今まで引っかかっていたものが、一つ繋がった。

 

 魚。

 

 漁。

 

 鎮守府のない苫小牧。

 

 そして。

 

 町の人たちが話していた、引き取り手のいない女の子。

 

「……もしかして」

 

「ああ」

 

 桂梧さんは頷いた。

 

「あの子が、この辺の海をずっと守ってくれてた」

 

 やっぱり。

 

「漁に出る時も、あの子が見回ってくれてな。遠くまでは行けないが、それでも昔よりはずっと安全になった」

 

「……一人で?」

 

「一人で」

 

 胸が痛くなる。

 

 昨日見た、傷だらけの姿。

 

 施設もない。

 

 軍からも捨てられた。

 

 それでも。

 

 ずっと一人で。

 

「軍は?」

 

「知らん」

 

 吐き捨てるような声だった。

 

「少なくとも、俺たちは何度も掛け合った。あの子を何とかしてくれってな」

 

「でも?」

 

「駄目だった」

 

 拳が握られる。

 

「だったらせめて俺たちで面倒を見るしかない。食いもん持ってったり、服持ってったり。それくらいしか出来なかったがな」

 

 ようやく。

 

 全部が繋がった。

 

 楓の家で出てきた魚。

 

 町にあった魚屋。

 

 警報が最近鳴っていなかったこと。

 

 みんなが「あの子」を心配していたこと。

 

 全部。

 

 電がいたからだった。

 

「……そっか」

 

 それしか言えなかった。

 

「電なら、今は入渠してます」

 

「入渠?」

 

「傷を治す場所です」

 

「治るのか?」

 

「たぶん」

 

 たぶん。

 

 そう言ってから、不安になった。

 

 ゲームなら治る。

 

 でも。

 

 ここは現実だ。

 

「……いや」

 

 違う。

 

 妖精さんがいて。

 

 艤装があって。

 

 私は多摩で。

 

 電も艦娘で。

 

 だったら。

 

「治ります」

 

 今度は、そう言った。

 

 桂梧さんは少し驚いて。

 

 それから、小さく笑った。

 

「そうか」

 

「はい」

 

「なら、よかった」

 

 その時。

 

「司令官さん?」

 

 後ろから声がした。

 

 振り向く。

 

「電」

 

 そこには。

 

 昨日までとは違う、傷の消えた電が立っていた。

 

「おお……」

 

 桂梧さんが声を漏らす。

 

「電ちゃん!」

 

「皆さん……?」

 

 驚く電。

 

 そして。

 

 町の人たちに囲まれていく。

 

 無事でよかった。

 

 よく頑張った。

 

 ありがとう。

 

 そんな言葉が次々に飛んでいく。

 

 電は困ったように。

 

 けれど。

 

 嬉しそうに笑っていた。

 

 私は、その様子を少し離れたところから眺める。

 

 提督。

 

 昨日。

 

 私はそうなった。

 

 いや。

 

 正しくは。

 

 戻った、なのかもしれない。

 

 けれど。

 

 前とは違う。

 

 今度は、私自身も戦う。

 

 今度は、艦娘の痛みを知っている。

 

 そして。

 

 今度こそ。

 

「……失敗したくないな」

 

 小さく呟く。

 

 その時。

 

 隣から服の裾を引かれた。

 

 妖精さん。

 

「ん?」

 

 何かを差し出される。

 

 一枚の紙。

 

「……なにこれ」

 

 受け取る。

 

 読む。

 

「……鎮守府設置届?」

 

 嫌な予感がした。

 

 その下。

 

 大きく空いている欄。

 

 そこには。

 

『提督名』

 

 と書かれていた。

 

「……」

 

 妖精さんを見る。

 

 満面の笑み。

 

「……これ、書くの?」

 

 頷く。

 

「どこに出すの?」

 

 首を傾げる。

 

「そこが一番大事なんだけど?」

 

 答えはない。

 

 私は。

 

 深く。

 

 本当に深く。

 

 ため息をついた。

 

「……兼任提督って、ほんと楽じゃないなぁ」

 

 どうやら。

 

 私の提督生活は。

 

 ここから本当に始まるらしい。

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