鎮守府。
そう呼んでいいのかは、未だによく分からない。
けれど、工廠があって、食堂があって、寮があって、入渠施設があって、執務室まである。
そして。
提督と艦娘がいる。
なら、まあ。
「鎮守府、でいいのかな」
「いいと思うのです」
隣に立つ電が、こくりと頷いた。
「……非公認だけど」
「そこは、これからなのです」
「これから、かぁ」
これから。
その言葉だけ聞けば、なんとなく希望に満ちているように思える。
実際、昨日まで何もなかった場所に、こうして拠点が出来た。
ずっと一人で戦っていた電には、帰る場所が出来た。
私にも、多分。
居場所が出来た。
なら、きっと。
いいことなのだろう。
「それで司令官さん」
「うん?」
「これから何をするのです?」
「……」
現実が。
やってきた。
「まず、食料」
「はいなのです」
「次に、資材」
「はい」
「それから、この場所について町の人たちに説明」
「はい」
「軍にも連絡……」
そこで言葉が止まる。
「……出来るかな」
「難しいと思うのです」
「だよね」
軍の連絡先なんて知らない。
仮に調べられたとして、何と言えばいいのか。
所属不明の艦娘です。
軍を離れた艦娘と一緒にいます。
昨日までなかった鎮守府が出来ました。
ついでに私が提督になりました。
「……怪しい」
「とても怪しいのです」
「そこは否定してよ」
「で、でも事実なのです」
「そうなんだよねぇ」
頭を抱える。
提督。
提督か。
ゲームなら、資材は数字で、艦娘は一覧で。
出撃も遠征も入渠も、全部画面の中だった。
今は。
「……全部自分でやるんだよね」
「電もいるのです」
「うん」
そうだった。
一人ではない。
隣を見れば、電がいる。
「じゃあ、二人で頑張ろうか」
「はいなのです!」
元気よく返事をする電を見ていると、なんとなく私も頑張れそうな気がした。
まず、食料問題については想像していたよりずっと早く解決した。
「持ってけ持ってけ!」
「いや、こんなに貰えないって!」
「昨日助けてもらった礼だ!」
「電ちゃんにもちゃんと食わせてやってくれ!」
「電は今までもいっぱい貰ってたのです!」
「だったら今日から二人分だな!」
「そういう問題!?」
漁港の人たちから、魚、米、野菜、その他諸々。
大量に渡された。
というか。
押し付けられた。
「こっちは海を守ってもらってんだ。これくらいさせろ」
「でも……」
「なら今後も頼むわ!」
「……はい」
負けた。
完全に。
隣では電が何度も頭を下げている。
「ありがとうなのです!」
町の人たちも笑っていた。
それを見ていると、少しだけ安心した。
「……電」
「はい?」
「ずっとこんな感じだったの?」
「こんな感じ、とは?」
「食べ物とか」
「ああ」
電は少し考えてから答えた。
「皆さん、よく持ってきてくれていたのです」
やっぱり。
そうだった。
電は一人で戦っていたけれど、本当の意味で一人だった訳じゃない。
「そっか」
「はいなのです」
電は笑った。
私も、少しだけ笑った。
問題は資材だった。
「……少ない」
「少ないのです」
「燃料」
「少ないです」
「弾薬」
「少ないのです」
「鋼材」
「もっと少ない」
「ボーキサイト」
「今は使わないからいいかな」
「そうなのです?」
「空母いないし」
工廠に置かれていた紙を見ながら、二人で唸る。
妖精さんが最低限だけ用意してくれていたらしい。
けれど、本当に最低限。
この前のような戦闘がもう一度あれば、すぐになくなるだろう。
「……ゲームなら遠征に出すんだけどなぁ」
「遠征ですか?」
「資材を取りに行く感じ」
「なら取りに行けばいいのです」
「……」
電を見る。
「うん?」
「行けばいいのです」
「私たちが?」
「はい」
「提督も?」
「多摩さんは艦娘でもあるのです」
「……」
便利だ。
兼任。
とても便利だ。
「なんか納得いかない」
「どうしてなのです?」
「いや、なんでもない」
そうして私たちは、初めての遠征。
のようなものへ向かった。
妖精さんが指し示した場所には、随分昔に使われなくなったらしい、小さな放棄施設があった。
「これ、持っていっていいのかな」
「妖精さんは大丈夫だと言っているのです」
「妖精さん喋ってないけどね」
その妖精さんは、自信満々に頷いていた。
「……大丈夫なんだよね?」
また頷く。
「後で怒られない?」
首を横に振る。
「……信じるからね?」
胸を張った。
「そこまで自信満々だと逆に不安になるんだけど」
けれど、今は資材が必要なのも事実だ。
使えそうな金属や燃料、残されていた物資を回収していく。
そして、それを運んでいるのは妖精さんたちだった。
「……どこから出てきたんだろ」
数人。
いや。
十人くらいいる。
「妖精さんなのです」
「説明になってないよ」
小さな身体で、自分たちより大きな荷物を運んでいる。
不思議だ。
とても不思議だ。
「艦これでもこんなんだったっけ……」
「何か言いました?」
「何でもない」
深く考えたら負けな気がした。
そんな日々が続いた。
朝起きて、食事をして、町の人たちと話して、海を見回って、資材を探す。
戻ってきたら書類を見て、時々は電と一緒に出撃する。
敵がいなければ帰ってくる。
敵がいれば沈める。
そして、また次の日。
忙しい。
とても忙しい。
「……提督ってこんなに忙しかったっけ」
「前にも司令官さんだったのですよね?」
「……そうなんだけど」
「なら知っているのでは?」
「画面の中と現実は違うんだよ」
「?」
「いや、なんでもない」
書類を見る。
次は補給。
その次は町の人と話して。
その後は海の見回り。
「司令官さん」
「ん?」
「休まなくていいのです?」
「大丈夫大丈夫」
「でも」
「まだ二人しかいないし」
そう。
二人しかいない。
だから、私がやるしかない。
電に全部任せる訳にもいかない。
私は提督で。
艦娘で。
この場所を作ったのは、まあ、妖精さんだけど。
でも。
ここを守ると決めたのは私だ。
「だから大丈夫」
「……」
電は少しだけ心配そうな顔をしていた。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
その日の夜。
食事を終え、二人で食堂に残っていた。
「……」
「……」
広い。
「広いね」
「広いのです」
何人座れるのだろう。
机も椅子も、明らかに二人用ではない。
「妖精さん、なんでこんな広くしたんだろ」
「これから増えると思ったのではないでしょうか」
「艦娘が?」
「はい」
「……増えるかな」
工廠があるのだから、ゲームと同じように建造すれば艦娘を増やせるのではないか。
少し前に、そんなことも考えた。
けれど。
妖精さんに聞いてみれば、返ってきたのは大きく首を横に振る姿だった。
「装備は作れるみたいなんだけどね」
「艦娘は無理なのですよね」
「みたい」
資材を入れて。
時間を待てば。
新しい艦娘が現れる。
そんなゲームみたいなことは、ここでは出来ないらしい。
「まあ、そりゃそうだよね」
人を作る。
そう考えれば、出来ない方が自然なのかもしれない。
なら。
ここに誰かが増えるとすれば。
その誰かが、自分の足でここまで来た時だけだ。
「……増えるかな」
「分からないのです」
今いるのは。
私。
電。
二人だけ。
軍から外された電と、軍に所属していない私。
そんなところへ好き好んで誰かが来るとは、正直あまり思えなかった。
「まあ」
椅子の背にもたれる。
「二人でもいいんじゃない?」
「そうなのです?」
「うん」
守れる範囲を守ればいい。
無理に大きくする必要なんてない。
そう思っていた。
「司令官さん」
「ん?」
「電は」
少しだけ間を置いて。
「二人でも、嬉しいのです」
「……そっか」
「はい」
「私も」
静かな食堂に、二人分の声だけが響く。
広すぎる場所だったけれど、不思議と寂しいとは思わなかった。
この時は。
そんな平和で、忙しくて、それでも穏やかな日々はしばらく続いた。
けれど。
この鎮守府が。
いつまでも二人だけの場所であるはずもなく。
私たちが知らないところで。
また一つ。
小さな歯車が。
こちらへ向かって動き始めていた。