艦これー兼任提督は楽じゃないーReBuild   作:ラリカ

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第七話

 その日は、特に何かが起きる予定もない日だった。

 

 朝起きて、電と朝食を食べて、昨日持ち帰った資材の確認をする。その後は海の見回りに出て、何もなければ昼過ぎには戻ってくる。

 

 そんな、最近では当たり前になりつつある一日のはずだった。

 

「司令官さーん!」

 

 はずだったのだけれど。

 

「……ん?」

 

 執務室で書類を眺めていた私を呼ぶ電の声が聞こえた。

 

 何事かと顔を上げれば、廊下を走ってくる足音が近付いてくる。

 

「司令官さん!」

 

「どうしたの?」

 

「お客さんなのです!」

 

「お客さん?」

 

 この場所に?

 

 町の人なら、わざわざ電がこんな慌て方をすることもないだろう。

 

「誰?」

 

「それが……艦娘なのです」

 

「……え?」

 

 思わず、先日の食堂での会話を思い出した。

 

 ここに誰かが増えるとすれば、その誰かが自分の足でここまで来た時だけ。

 

「……ほんとに来た」

 

「何の話なのです?」

 

「いや、こっちの話」

 

 椅子から立ち上がる。

 

「どこにいるの?」

 

「入口なのです」

 

「分かった。行こう」

 

 電と一緒に廊下を歩きながら、私は妙に落ち着かない気分になっていた。

 

 艦娘。

 

 誰だろう。

 

 知っている子なのか。

 

 いや、私の場合『艦これ』にいた艦娘なら大体知っていることになるのだけれど、そういう意味ではなく。

 

 向こうが私たちを知っているのか。

 

 軍から来たのか。

 

 それとも、電のように軍を離れたのか。

 

 いくつもの可能性を考えながら外へ出る。

 

 そこにいた少女を見た瞬間。

 

「……五月雨」

 

 思わず、その名前を口にしてしまった。

 

 青い髪に、見覚えのある制服。

 

 そして、どこか不安そうにこちらを見ている少女。

 

「え?」

 

「あ」

 

 しまった。

 

「どうして、私の名前を……?」

 

 当然の疑問だった。

 

 電の時は自己紹介されるまで我慢出来たのに、今回は完全に油断した。

 

「あー……」

 

 どうする。

 

『艦これ』で知っていました。

 

 なんて言える訳がない。

 

「電から聞いた!」

 

「えっ」

 

「え?」

 

 電を見る。

 

 電も私を見る。

 

「……電?」

 

「え、えっと……」

 

 視線で訴える。

 

 お願い。

 

 合わせて。

 

「……そ、そうなのです! 前に軍にいた時のお話を、少し!」

 

 ありがとう電。

 

「そう、だったんだ……」

 

 五月雨は納得したように頷いた。

 

 危ない。

 

 早速怪しまれるところだった。

 

「それで……私は多摩。軽巡洋艦、多摩」

 

「多摩さん……」

 

 少し考えるような顔をしてから、五月雨はぺこりと頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

「うん。よろしく」

 

 私も頭を下げる。

 

 そして、沈黙。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 どうしよう。

 

 何故ここに来たのか、聞いていいのだろうか。

 

 というか、聞かなければ何も始まらない。

 

「あの」

 

 私が口を開くのと、五月雨が声を出したのはほとんど同時だった。

 

「あ」

 

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

「いや、こっちこそ。五月雨からどうぞ」

 

「はい……」

 

 五月雨は一度、胸の前で手を握った。

 

「電ちゃんが、ここにいると聞いて来ました」

 

「電が?」

 

「はい」

 

 隣を見ると、電も驚いている。

 

「五月雨ちゃん、どうして……」

 

「私も、ここに来るように言われたから」

 

 そこで五月雨の声が少し小さくなった。

 

「軍から?」

 

「……はい」

 

 やっぱり軍か。

 

 少し身構える。

 

 私たちのことが知られた?

 

 でも、それなら五月雨一人だけを送ってくるだろうか。

 

「何て言われたの?」

 

「苫小牧へ向かって、電ちゃんと合流するようにって」

 

「……それだけ?」

 

「はい」

 

「その後は?」

 

「現地で待機するように、と」

 

「……」

 

 命令だけを聞けば、そこまでおかしな話ではない。

 

 電がいる場所へ五月雨を送った。

 

 そういう風にも聞こえる。

 

 けれど、五月雨の顔は暗かった。

 

「五月雨ちゃん……?」

 

 電もそれに気付いたらしい。

 

「大丈夫なのです?」

 

「大丈夫だよ」

 

 五月雨は笑った。

 

 でも、明らかに無理をしている。

 

「私、失敗が多かったから」

 

「……」

 

「出撃でも、訓練でも。ちゃんとしようって思うんだけど、慌てちゃって」

 

 少しずつ言葉が出てくる。

 

「装備を壊したり、転んだり。命令を聞き間違えたこともあって」

 

「五月雨ちゃん……」

 

「だから」

 

 その声が、少し震えた。

 

「いらなくなったんだと思う」

 

 電が何も言えなくなる。

 

 私も、すぐには何も言えなかった。

 

「ここに行けって言われて、その後のことは何も言われなくて。きっと、もう帰ってこなくていいってことなんだよ」

 

 五月雨は笑っている。

 

 さっきより、ずっと下手な笑顔だった。

 

「でも、電ちゃんがいるって聞いたから」

 

「五月雨ちゃん……」

 

「一人じゃないなら、大丈夫かなって」

 

 その言葉を聞いた時。

 

 どこかで、似たようなものを見た気がした。

 

 軍から見捨てられたと思い、それでも一人でここを守り続けていた少女。

 

 電を見る。

 

 電は、唇を噛んでいた。

 

「……ねえ、五月雨」

 

「はい」

 

「軍の人から『いらない』って言われた?」

 

「……え?」

 

「もう戻ってくるな、とか。使えないから出て行け、とか」

 

「それは……」

 

 五月雨は答えない。

 

「言われてないんだね」

 

「でも」

 

「でも?」

 

「だって、私……失敗ばっかりで」

 

「うん」

 

「だから……」

 

「それと、捨てられたことは同じなの?」

 

「……」

 

 黙ってしまった。

 

 とはいえ、私だって軍が何を考えているのか知らない。

 

 本当に五月雨の考えている通りなのかもしれないし、違うのかもしれない。

 

 今の私には分からない。

 

 だから、軍がどういうつもりだったのかを勝手に決めることは出来ない。

 

 でも。

 

 一つだけなら言える。

 

「失敗したからって、全部自分で背負わなくていいんだよ」

 

「……え?」

 

「失敗なんて、誰だってする」

 

「でも……」

 

「私もしたよ」

 

 その言葉だけで、胸の奥が少し痛んだ。

 

 今でも忘れてはいない。

 

 きっと、忘れることもない。

 

「取り返しがつかないようなことだってした」

 

「多摩さんが……?」

 

「うん」

 

 五月雨の失敗と、私の失敗を同じものとして扱うつもりはない。

 

 けれど。

 

「だからって、自分にはもう何も出来ないって決めちゃったら。それこそ、本当にそこで終わりでしょ?」

 

「……」

 

「失敗したなら、次に失敗しないようにすればいい。それでも失敗したら、また考えればいい」

 

「そんな簡単には……」

 

「簡単じゃないよ」

 

 それは、私自身が一番分かっている。

 

「でも、一人で全部抱えるよりは楽だと思う」

 

 言ってから、少しだけ自分で引っかかった。

 

 一人で全部抱えるより。

 

「……」

 

 まあ。

 

 今はいい。

 

「それに五月雨ちゃん!」

 

 隣から電が声を上げた。

 

「はい?」

 

「電は五月雨ちゃんが来てくれて嬉しいのです!」

 

「電ちゃん……」

 

「だから、いらないなんて思わないのです。ここにいてほしいのです!」

 

 電は迷うことなく言った。

 

 五月雨の目が、少しずつ潤んでいく。

 

「でも、私……」

 

「いいんじゃない?」

 

 二人がこちらを見る。

 

「ここ、広いし」

 

「……」

 

「……」

 

「あれ?」

 

 何か違ったらしい。

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 咳払いをする。

 

「部屋なら余ってるし。食料も、とりあえずはどうにかなってる」

 

「でも……」

 

「それに今、この鎮守府にいる艦娘って二人しかいないんだよ」

 

「二人……?」

 

「私と電」

 

「多摩さんも、ここに所属してるんですか?」

 

「所属っていうか……」

 

 電を見る。

 

 電がこちらを見る。

 

「あー」

 

 そうか。

 

 そこから説明しないといけないのか。

 

「実は私、ここの提督でもある」

 

「……」

 

 五月雨が固まる。

 

「艦娘で」

 

「はい」

 

「提督」

 

「……はい?」

 

「兼任」

 

「……そんなこと出来るんですか?」

 

「私が聞きたい」

 

「司令官さんは司令官さんなのです!」

 

「電、それ説明になってない」

 

 五月雨は私と電を何度か見比べてから、ほんの少し笑った。

 

 今度の笑顔は、さっきまでより自然に見えた。

 

「……変なところですね」

 

「それは否定出来ないかな」

 

「否定してほしいのです」

 

「電がそれ言う?」

 

 三人で少しだけ笑う。

 

 その笑いが収まってから、私は五月雨へ手を差し出した。

 

「軍がどういうつもりで五月雨をここに送ったのか。それは、今の私には分からない」

 

「……はい」

 

「でも、五月雨がここにいたいなら、いていいよ」

 

「……本当に?」

 

「うん」

 

「失敗しても?」

 

「する前提なんだ」

 

「うっ」

 

「冗談」

 

 笑う。

 

「失敗してもいいよ。一緒にどうにかしよう」

 

 五月雨は差し出した手を見て、私の顔を見て、電を見る。

 

 それからもう一度、私の手を見て。

 

 恐る恐る、その手を握った。

 

「……よろしく、お願いします」

 

「うん。よろしく」

 

「五月雨ちゃん、よろしくなのです!」

 

「うん……電ちゃん」

 

 そうして。

 

 二人しかいなかった鎮守府に。

 

 三人目が加わった。

 

 その日の夜。

 

 食堂には、三人分の食器が並んでいた。

 

「増えたね」

 

「増えたのです」

 

「え?」

 

 五月雨だけが意味が分からないという顔をしている。

 

「こっちの話」

 

「はあ……」

 

 昨日まで広すぎると思っていた食堂は、まだ三人には広すぎる。

 

 それでも。

 

 昨日よりは少しだけ、この場所に合っている気がした。

 

「五月雨」

 

「はい?」

 

「ご飯、おかわりいる?」

 

「あ、はい!」

 

「電は?」

 

「欲しいのです!」

 

「はいはい」

 

 二人の茶碗を持って立ち上がる。

 

 そして、ふと思った。

 

 二人でもいい。

 

 昨日、確かにそう思っていた。

 

 けれど。

 

「三人も、悪くないか」

 

「何か言いました?」

 

「なんでもない」

 

 いつか、この広い食堂が本当に狭く感じるような日が来るのだろうか。

 

 その時の私は。

 

 そんなことを、少しだけ考えていた。

 

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