五月雨が加わってから、鎮守府での生活は少しだけ変わった。
いや。
少しだけ、というのは違うかもしれない。
「司令官さん! これ、どこに置けばいいですか?」
「それは食堂の方で――」
「あっ」
ガシャン。
「……」
「……」
「……ご、ごめんなさい!」
増えた。
色々と。
「大丈夫。割れたの、皿だけ?」
「はい……」
「怪我は?」
「してないです」
「ならいいよ」
「でも、お皿が……」
「お皿は怒らないから」
「そういう問題でしょうか……」
「多分」
床に散らばった破片を片付けようとする五月雨を止め、ほうきを取りに行く。
その途中、向こうから電がやってきた。
「どうしたのです?」
「五月雨がお皿割った」
「うぅ……」
「怪我はないのです?」
「ないです……」
「なら良かったのです!」
電も私と同じことを言った。
五月雨は少し困ったような顔をして、それから申し訳なさそうに笑った。
「二人とも、同じこと言うんですね」
「そう?」
「そうなのです?」
「……はい」
そんな風に、三人での生活は始まった。
五月雨はよく働いた。
というより、働きすぎた。
「それ、私がやります!」
「こっちもやります!」
「あ、それも!」
「五月雨」
「はい!」
「一回止まろうか」
「でも」
「止まろう」
「……はい」
なんというか、見ていて分かりやすかった。
自分が役に立つことを証明しようとしている。
それも、必死に。
「五月雨」
「はい」
「ここにいるために、そこまで頑張らなくていいからね」
「え?」
「いや、頑張るなって意味じゃなくて。仕事はしてもらうよ?」
「はい!」
「でも、それが出来なかったら追い出すとか、そういうのはないから」
「……」
「この前も言ったでしょ。失敗してもいいって」
「でも……何もしないでいたら、迷惑になる気がして」
「じゃあ、五月雨が一人で全部やろうとして倒れたら?」
「え?」
「その方が困る」
「……」
「だから、適度に頑張って」
「適度に……」
「そう。適度に」
五月雨はしばらく考えてから、小さく頷いた。
「分かりました」
「よし」
分かってくれたなら、それでいい。
その日の午後。
三人で海へ出た。
目的は哨戒。
深海棲艦がいないかを確認しながら、ついでに資材になりそうな漂流物を探す。
三人になったおかげで、これまでより広い範囲を見られるようになった。
「五月雨、あんまり離れすぎないでね」
「はい!」
「電も」
「了解なのです!」
「何かあったらすぐ合流。敵を見つけても、一人では仕掛けないこと」
二人が頷く。
こうして指示を出していると、改めて自分が提督になったのだと実感する。
ゲームなら画面の中で全部済んでいたけれど、今は二人が目の前にいて、その場で動いている。
やっぱり、同じようにはいかない。
「司令官さん?」
「ん?」
「難しい顔をしてるのです」
「……そう?」
「はいなのです」
「気を付けるよ」
そう答えて、視線を海へ戻した。
それからしばらくは、何事もなかった。
海は穏やかで、偵察機からも異常なし。
今日はこのまま帰れる。
そう思った頃だった。
「多摩さん!」
五月雨の声。
「どうした!?」
「あっちに何か!」
指差した方向を見る。
海面に黒い影。
一つ。
二つ。
いや。
「深海棲艦!」
「電!」
「はいなのです!」
すぐに二人を呼び戻す。
数は少ない。
この程度なら。
「私が前に出る。二人は後ろから――」
「司令官さん」
「ん?」
「電も戦えるのです」
「……それは知ってるけど」
「五月雨ちゃんもいるのです」
横を見る。
五月雨も、しっかりこちらを見ていた。
「私も戦えます!」
「五月雨」
「大丈夫です!」
言って。
すぐに少しだけ目を逸らした。
「……多分!」
「そこは言い切ってほしかったな」
「ご、ごめんなさい!」
思わず笑ってしまった。
こんな時なのに。
「分かった」
息を吐く。
「じゃあ三人でやろう」
「はい!」
「はいなのです!」
戦闘は、思っていたより早く終わった。
数が少なかったのもある。
けれど、三人で戦うというだけで、今までより随分と楽だった。
「右、一隻!」
「電が行くのです!」
「五月雨、そのまま!」
「はい!」
指示を出す。
私も撃つ。
走る。
避ける。
提督でありながら、自分も戦う。
やっぱり忙しい。
けれど、一人で戦っていた時とは違う。
「あと一隻!」
「私が!」
五月雨が飛び出した。
「五月雨、待って!」
「え?」
気付くのが遅れた。
敵の砲口が、五月雨へ向いている。
「っ!」
砲撃。
水柱。
「五月雨!」
「だ、大丈夫です!」
声は聞こえた。
けれど、明らかに体勢を崩している。
私はすぐに五月雨と敵の間へ入った。
「多摩さん!?」
「下がって!」
砲を向ける。
撃つ。
一発。
命中。
続けて電の砲撃が入り、最後の一隻が沈んだ。
静かになる海。
「五月雨!」
振り返る。
五月雨は立っていた。
少し傷はある。
でも、大きな怪我ではない。
「大丈夫?」
「はい……」
「よかった」
そう思ったのも束の間。
五月雨は青い顔をしていた。
「ごめんなさい」
「え?」
「また、失敗しました」
「……」
「指示を聞かないで、勝手に前に出て」
「五月雨」
「せっかく置いてもらえたのに……」
「五月雨」
「私、やっぱり――」
「五月雨!」
少し強く呼ぶ。
五月雨がびくりとする。
「怪我は?」
「……これくらいなら」
「なら帰ろう」
「でも」
「帰ってから反省会」
「……怒らないんですか?」
「怒るよ」
「え」
「勝手に前に出たことは怒る」
「……はい」
「でも、それと五月雨がここにいていいかどうかは別」
「……」
五月雨は、しばらく何も言わなかった。
「失敗してもいいって言ったでしょ」
「……はい」
「同じ失敗をしないようにしよう。それでいいよ」
「はい……」
小さな返事。
その横から、電が口を開く。
「それに、五月雨ちゃんが無事でよかったのです」
「電ちゃん……」
「次は三人でもっと上手に戦えばいいのです!」
五月雨が少しだけ笑った。
「……うん」
「じゃあ帰ろっか」
「はい」
「帰るのです!」
鎮守府へ戻り、入渠を済ませて。
約束通り、反省会をした。
「飛び出さない」
「はい」
「周りを見る」
「はい」
「指示を聞く」
「はい」
「以上」
「……え?」
「何?」
「もっと、こう……」
「長々怒られたい?」
「い、いえ!」
「じゃあ終わり」
五月雨はしばらく呆けていた。
そして。
「多摩さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「何が?」
「……色々です」
「そっか」
よく分からないけれど。
まあ、いいか。
その日の夕食。
三人で食卓を囲む。
五月雨はまだ少し落ち込んでいたけれど、それでも昨日より自然にここへ座っているように見えた。
「そういえば」
「はい?」
「明日から五月雨にも仕事増やすから」
「はい!」
すごい勢いで返事が返ってきた。
「嬉しそうだね」
「頑張ります!」
「適度にね」
「はい!」
「ほんとかな」
「大丈夫なのです!」
「電が保証するの?」
「するのです!」
「じゃあ信じようかな」
「任せてください!」
三人分の声。
三人分の食器。
三人分の生活。
広かった食堂は、まだまだ広い。
けれど少しずつ、この場所が鎮守府になっていく。
そんな気がしていた。