イカロスに重陽子燃料棒を補給する。メーターが満タンを示すまでの数分間は、何度経験しても変な緊張感がある。核融合炉のコアエネルギーが唸りを上げて満ちていく感覚は、数値の上では分かっていても、実際に目の前で見ると未だに背筋がぞくっとする。
問題は、その重陽子の調達先だった。地球上でいくら掻き集めても、これから必要になる量には到底足りない。だったら、本来の供給源に手を出すしかない。木星と土星だ。
イカロスを木星圏まで飛ばすと決めた日、社内の一部の人間には、さすがに「本気ですか」という顔をされた。無理もない。地球産の技術で外惑星まで人を送ろうとすれば、それだけで国家プロジェクト級の予算と年月が掛かる。だがイカロスにとっては、行き先が変わるだけの話だった。
木星と土星、それぞれの赤道上空に、軌道採取機を次々と設置していく。ガス惑星の上層大気を掠め取りながら、重陽子を始めとする希少なガス資源を、無人のまま延々と集め続ける装置だ。設置作業そのものはイカロス一機で完結するので、外部に洩れる心配もほとんどない。
地球側の惑星間物流ステーションで、目的地と積荷の設定を打ち込む。ボタン一つで、輸送機が発射サイロから飛び立っていく。木星・土星の軌道採取機まで往復し、溜め込んだ重陽子を回収してくる――言葉にすればそれだけの作業だが、これを支えるインフラを一から作り上げたのだと思うと、我ながら感慨深いものがある。
ミニ核融合炉を各地に増設していくにあたり、燃料となる重陽子の需要は加速度的に伸びていた。木星と土星からの大量採取は、まさにその需要を賄うための布石だった。
そして、その先に見据えていたのが、ワープ航行の実現だった。
空間歪曲機――ゲームの中では、恒星間の移動時間を劇的に短縮するための、終盤クラスの設備だ。必要な素材も生産工程も複雑で、少しずつ、時間を掛けて製造を進めていくしかなかった。合成機のラインを新たに何本も組み、専用の製造プラントを立ち上げる。焦らず、地道に。
最初の空間歪曲機が完成し、イカロス本体に組み込んだ日の事は、しばらく忘れられないだろう。
「起動します」
管制室で、社長がそう呟いた瞬間、モニター上のイカロスの座標が、一瞬にして数天文単位先へと飛んだ。歓声が上がるかと思いきや、部屋の中は一拍おいて、静まり返った。誰も彼も、自分の目で見た数字が信じられなかったのだと思う。
以降、惑星間物流ステーションの輸送機にも順次、空間歪曲機を搭載していった。これまで軌道計算と燃料効率だけを頼りに、何日、何ヶ月と掛けて往復していた航路が、ワープ航行によって桁違いに短縮されていく。木星・土星との重陽子輸送も、地球―月間の資源輸送と大差ない感覚でこなせるようになった。ここまで来ると、もはや「宇宙開発」と呼んでいいのかどうかすら、自分でも分からなくなってくる。
輸送インフラの目処が立った事で、次に手を付けたのが氷惑星――といっても実際には、太陽系外縁部の氷天体や、木星・土星の衛星の一部――でのメタンハイドレート採掘だった。ここから取れる炭素資源を原料に、合成機でカーボンナノチューブを大量生産出来るようになった事は、事業全体にとって大きな転機になった。
カーボンナノチューブが手に入るという事は、理屈の上では、軌道エレベーターの建設すら視野に入ってくる。強度と軽さの両立という、これまで人類が実現出来なかった条件を、この素材ならクリア出来るからだ。
もっとも、赤道直下で数万キロ規模の巨大構造物を建設するとなると、話は技術の次元では収まらない。土地の確保、通航や航空管制への影響、周辺国との利害調整――政府間協議だけでも何年掛かるか見当もつかない。技術的には可能でも、実現するとしたら、それはもう俺一代でどうにかなる規模の話ではないだろう。
ノートの片隅に、「軌道エレベーター:技術的には可」とだけ書き足して、その後ろに小さく「――しかし国家間の話になる」と付け加えた。
いつか、この一行に本気で取り組む日が来るのだろうか。少なくとも、それは俺の仕事ではなく、この会社を継ぐ誰かの仕事になるはずだ。
いかがでしたでしょうか?ぜひとも”お気に入り登録”や”評価”、感想などをいただけると執筆の励みになります。よろしくお願いします。