DSP社は反物質を対消滅させる発電方法、人口恒星で売電する事になった
人口恒星の発電量はGJクラスなので北海道は原発を廃止しても問題無くなった
その年の冬、勇払平野の外れに建つ電力会社の検針票を見て、佐藤のばあちゃんは何度も数字を見直した。
「あら、また安くなってる」
去年の今頃と比べて、電気代が三割近く下がっている。灯油の値段は相変わらず高いままなのに、電気代だけがじわじわと下がり続けているのが、どうにも不思議だった。テレビをつければ、ちょうどそれを説明するニュースがやっていた。
「北海道電力管内の電力自給率が、ついに100パーセントに達しました。要因の一つとされるのが、地元企業・株式会社DSPが独自開発した発電設備の稼働です」
画面には、勇払平野の一角に建つ、無機質な灰色の建屋がいくつも映し出されていた。周囲は高いフェンスで囲われ、警備員が常駐している。地元の人間は、あの一帯を親しみと少しの畏怖を込めて「秘密箱」と呼んでいた。中で何をやっているのか、詳しい事は誰も知らない。ただ、あそこから流れてくる電気が、この地域の暮らしを静かに変えているのは、誰の目にも明らかだった。
その煽りを受けてか、隣町の原子力発電所は、もうかれこれ一年以上、発電を止めたままになっている。
「もう再稼働しないんじゃないか」
町の寄合所では、そんな話が出るたびに、年配の男たちの間で意見が割れる。長年発電所に勤めてきた者は、雇用が減っていく事への不安を口にする。一方で、若い世代からは「あんな危ないもの、もういらないだろう」という声も、遠慮がちにだが確実に増えていた。
だが、原発が要らなくなったからといって、町の空気が手放しに明るくなったわけでもなかった。
隣の畑を継いだばかりの若い農家、田中は、農閑期の冬場、DSP社の関連工場で臨時のアルバイトをしていた。仕事の中身は資材の搬入と検品程度で、機密性の高い作業には一切関わらせてもらえない。それでも時給は近隣のどの職場よりも良く、しかも入社時に分厚い秘密保持契約書にサインさせられる事から、余計に「何かとんでもない事をやっているんだろうな」という空気だけが、町中に漂っていた。
「あそこ、夜中でも大型トラックが出入りしてるんだよな」
田中がそう言うと、幼馴染の運送業者は、含みのある笑みを浮かべるだけで、詳しくは答えなかった。北極や南極に何かを設置する仕事があるらしい、という噂も一部で囁かれていたが、真偽のほどは誰にも分からない。
夜勤明けの警備員仲間うちでは、もっと具体的な、もっと落ち着かない話も交わされていた。深夜二時過ぎ、敷地の一番奥、立ち入りが厳しく制限されている一角だけ、低く唸るような音が地面から響いてくる事があるという。空を見上げても何も見えないのに、頭上を何かが通り過ぎたような、一瞬の空気の揺れを感じる夜もあるらしい。数年前には、あの一角のすぐ近くで小規模な爆発があったという話もあるが、当時の地元紙には「敷地内の設備トラブルにより小規模な火災、けが人なし」としか載らなかった。
「あれ、絶対もっと大ごとだったよな」
当時を知る老いた消防団員は、酒の席でだけ、そう漏らす。だが翌朝には、決まって「言い過ぎた、忘れてくれ」と付け加えるのが常だった。
数年前、DSP社の内部事情を追っていたフリーライターが一人、町に長期滞在していた事があった。近隣住民に聞き込みを重ね、独自ブログでたびたび疑問を投げかけていたが、ある日を境に、その更新はぴたりと止まった。ブログそのものも、いつの間にかアクセス出来なくなっていた。本人がどうなったのかを知る者は、この町にはいない。
漁業関係者の間でも、気になる話が出ていた。施設に近い沿岸で、以前より計器の値がおかしな挙動を示す事があるという。役所に問い合わせても「基準値の範囲内であり問題はありません」の一点張りで、それ以上の説明は返ってこない。
「別に何かあったわけじゃないんだろうけどさ」
漁師の一人はそう言いながらも、最近はその海域での操業を、心なしか避けるようになっていた。
小学校では、社会科の授業で「地域の産業」を取り上げる際、担任の教師が決まってDSP社の話をする。
「みんなの町には、日本でも珍しい先進的な発電技術を持つ会社があります。電気代が安くなったのも、実はこの会社のおかげなんですよ」
子どもたちの間では、それとは別に、もっと物騒な怪談も広まっていた。「DSPの敷地に夜中忍び込んだ奴は、二度と戻ってこない」「あそこで働いてた人が急にどこかへ引っ越していった」――真偽の分からない噂話が、ちょっとした肝試しの定番ネタとして、学年をまたいで語り継がれている。
町の不動産屋も、この変化を肌で感じていた一人だった。かつて産業廃棄物の不法投棄で誰も見向きもしなかった土地を、無職の若者に二束三文で売った事を、彼は今でもよく覚えている。あの時は、正直、頭のおかしい買い物だと思っていた。それが今では、日本の電力事情を支える一大施設の中心地になっている。
「人生、何が起こるか分からないもんだなあ」
車で現場のそばを通りかかるたび、彼はそんな独り言を漏らすのが、いつしか癖になっていた。フェンスの向こうに何があるのか、正確なところは今も知らない。ただ、あの荒れ果てていた土地が、こんな形で町を、そして日本の電力を支える場所に変わったという事実と、その裏側でどうにも説明のつかない噂が絶えないという事実、その両方が、彼の中で同じくらいの重さで居座っていた。
夜、家路につく人々の頭上を、見えない何かがひっきりなしに行き交っているとは、この町の誰も、はっきりとは想像していなかった。ただ電気代の明細と、消えていくブログと、誰にともなく語り継がれる怪談だけが、静かにその存在を物語っていた。
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