テレビ局との打ち合わせは、社長と広報が対応した。俺は、会長室でその報告を聞いた。
「会長、テレビ局の希望は、けっこう大きいです」
松山が、資料を置いた。ドキュメンタリーの企画書だ。タイトルは、仮で「謎の巨大企業DSPの素顔」となっていた。俺は、そのタイトルだけで、少し嫌な予感がした。
テレビ局が求めてきたのは、三つだった。
一つは、研究開発棟の内部撮影。二つは、社長への長時間インタビュー。三つは、創業からの歩みを、社員の証言でたどること。
社長が言った。
「研究開発棟は、無理です。防衛装備と、量子チップのラインが入っています。保安上の理由で、と断りました」
「それで、テレビ局は?」
「代わりに、スクラップの浄化現場ならどうか、と提案しました。全国を巡っている旅の現場です。あれなら、すでに地元のテレビにも取材させています」
俺は、うなずいた。表の顔を見せる。それは、見学デーと同じ方針だ。ただし、テレビとなると、見学デーとは規模が違う。全国に流れる。切り取られ方も、こちらの思い通りにはならない。
「会長へのインタビューは、どう言ってありますか」
「会長は表に出ない方針だ、と伝えています。顔出しも、声だけでも、なしです。代わりに、私が対応します」
社長は、少し笑った。
「テレビ局は、最初は渋っていました。でも、社長インタビューと、現場の撮影だけでも、十分に番組になる、と納得したようです」
条件は、さらに詰めた。
生放送はなし。撮影できる場所は、事前に決めた範囲だけ。撮影した映像は、放送前に保安上の確認だけさせてもらう。内容の検閲ではなく、企業秘密や、他社の情報が写り込んでいないかの確認だ。社員の自宅や、家族の撮影もなし。これは、絶対だ。
松山が、最後に小さく言った。
「会長。テレビ局に、匿名の情報提供があったそうです。『DSPの本当の工場は、ここにはない』という内容だった、と。局の方は、詳しくは教えてくれませんでした」
俺は、背筋が少し冷たくなった。本当の工場は、ここにはない。それは、半分は当たっている。月にも、隣の恒星系にも、工場はある。だが、誰がそこまで知っているのか。取引先の社員が、SNSで真相に近づきかけたことは、過去にもあった。そのときは、静かに火消しをした。
「その件は、追わないでくれ。テレビ局に、余計な詮索をさせるだけだ」
「はい。こちらからは、触れていません」
打ち合わせの結果、ドキュメンタリーは、条件付きで受けることになった。撮影は、来月。場所は、スクラップの浄化現場と、勇払平野の施設の、公開できる範囲だけ。社長が、正面に立つ。俺は、また会長室でモニターを見るだけだ。
夜、家に帰ると、妻が言った。
「テレビに出るの?」
「俺は出ない。社長が出る」
妻は、ほっとしたように笑った。
「それがいいよ。うちの子が、学校で変なことを言われない方がいいから」
子どもは、まだ小さい。だが、妻の言うことは、正しい。表に出るのは、社長だけでいい。俺は、目立たず、着実に。それが、最初から変わっていない方針だ。
撮影の前日、松山から連絡が入った。テレビ局のディレクターが、最後に一つだけ、追加の希望を出してきたという。
「会長室の、窓の外の景色だけでも、撮らせてほしいそうです。会長本人の姿は、写さないという条件で」
俺は、少し考えてから答えた。
「断ってくれ。会長室の窓からは、見せられないものが、少しだけ見える」
撮影当日、俺は会長室にいた。今回も、表には出ない。
モニターには、スクラップの浄化現場が映っている。ヘルメットをかぶった社長が、カメラの前で説明していた。
「ここは、長年放置されていた不法投棄地でした。金属を回収しながら、土地を更地に戻しています」
現場の作業員は、いつも通りに動いていた。採鉱機が、鉄くずの山を崩していく。地元の人が、カメラに向かって言った。
「前は、誰も近づかなかった場所だったんですよ。それが、今はこんなにきれいになって」
これは、表の顔だ。全国を巡っている旅の現場は、すでに地元のテレビにも取材させている。新しい秘密は、ここにはない。
午後、撮影は勇払平野の施設に移った。風力発電機、ソーラーパネル、リサイクル工場。どれも、見学デーで見せた範囲だ。社長のインタビューも、同じ調子で進んだ。
「祖業は、金属リサイクルです。そこから、マイコンボード、量子チップ、防衛装備、宇宙関連事業へと広がりました」
どれも、会社の資料に書いてあることだ。詳しい技術の中身には、触れない。社長は、その線を、きちんと守っていた。
会長室では、松山がモニターを見ながら、小声で言った。
「会長、テレビ局のカメラは、今のところ決められた範囲から出ていません」
「ああ。窓の件も、断ったままか」
「はい。会長室の撮影は、なしで通っています」
夕方、ディレクターが、夜の撮影を希望してきた。風車と、施設の明かりを、夕景で撮りたいという。松山を通じて、条件を伝えた。撮っていいのは、公開している照明だけ。研究開発棟の方向は、向けないこと。ディレクターは、了承した。
風車が、夕日を背にして回っている。ソーラーパネルの列が、オレンジ色に光っている。カメラは、その景色を、静かに撮っていた。地元で「人工太陽」と呼ばれた明かりも、今はただの施設の照明に見えるはずだ。
撮影が終わる頃、ディレクターが松山に、小さく声をかけた。松山は、会長室に来て、少し困った顔をした。
「会長。ディレクターから、伝言です」
「なんだ」
「夜の撮影で、少しだけ、説明のつかないものが写っていたそうです。放送には使いません。ただ、会長にだけ、確認してほしい、と」
俺は、モニターを消した。ゲーム用のPCは、今日は一度も起動していない。写ったものが何かは、まだ分からない。だが、ディレクターが「放送には使わない」と言ったのは、交渉の材料にするつもりがない、という意味にも聞こえた。
「分かった。放送前に、俺だけが見る。場所と時間は、松山が調整してくれ」
「はい」
撮影隊が帰ったあと、施設は静かになった。社長は、疲れた顔で会長室に来た。
「会長、今日のところは、無事に終わりました」
「ああ。お疲れさま。……ただ、まだ終わりじゃないみたいだな」
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