第33話「再び来た霧と、施設警備隊」
朝、松山が会長室に飛び込んできたのは、まだ空が白み始めた頃だった。
「会長、ダークフォグです。また、来ました」
場所は、勇払平野の北側の山間部だった。夜明け前、黒い霧のようなものが空から落ち、地面に広がったという。最初は、山火事かと思われた。だが、霧の中から、機械のようなものが次々に現れた。6年目に初めて接触し、8年目に拠点を破壊したはずの敵が、また地球に来たのだ。残党ではない。新しい群れだった。
自衛隊は、すぐに出動した。DSP社製のガウス砲台と、高周波レーザータワーが、前線に並んだ。ミサイルタワーもあった。どれも、かつてDSP社が防衛装備庁に持ち込み、正式採用された装備だ。
だが、今回は様子が違った。敵は、数が多かった。地面を這う小型の群れに加え、空を高速で飛ぶ飛行体が混じっていた。飛行体は、自衛隊の砲火をかわし、レーザーの照射範囲の外から、次々に攻撃してきた。さらに、群れの中心には、シールドをまとった中核があった。ガウス砲の弾は、そのシールドに弾かれ、レーザーは拡散してしまう。自衛隊は、弾薬とエネルギーを消耗しながら、少しずつ後退していた。
テレビは、避難所からの生中継を始めていた。アナウンサーの声が、震えていた。
「自衛隊が、苦戦しています。敵の数が、あまりにも多い」
俺は、妻に電話をした。
「今すぐ、子どもを連れて、指定の避難所に行ってくれ。荷物は、最小限でいい」
妻は、短く答えた。
「分かった。あんたは、どうするの」
「俺は、施設に残る。施設には、守るものがあるから」
電話を切ると、松山が言った。
「会長、施設警備隊の出動準備ができました」
DSP社の施設警備隊。それは、警備会社との契約に加え、数年前から社内に置いていた、小さな組織だった。元は施設の警備員と、防衛装備事業の技術者たちだ。人数は、数十名規模にすぎない。だが、彼らが扱うのは、自動化された砲台と、シールド発生装置だ。人が前線に立つのではない。機械が、前線を作る。
「出動の条件は、施設防衛と、住民の避難支援だけだ。自衛隊の指揮と、連携を取ること。独断で、敵の本拠地まで追うな」
俺は、そう言った。社長も、同じことを、現場の隊長に繰り返した。
施設の防衛線に、敵の群れが近づいたとき、警備隊が動いた。まず、シールドドームが、施設と、その周辺の避難路を覆った。青白い膜のようなものが、空に広がる。テレビのカメラが、そのドームを捉えた。アナウンサーが、声を上げた。
「何ですか、あれは。施設の上に、膜のようなものが」
次に、ガウス砲台が、一斉に火を噴いた。ただし、狙いはばらばらではない。警備隊の管制システムが、敵の飛行体の軌道を予測し、一点に集中させていた。高速で飛ぶ飛行体が、次々に墜ちた。レーザータワーが、地面の群れを薙ぎ払うように照射した。群れは、燃えながらも進んできた。だが、シールドドームの前で、足が止まった。
問題は、中核だった。シールドをまとった中核が、ドームに体当たりを繰り返した。ドームが、揺れた。警備隊の隊長が、無線で言った。
「中核のシールドは、一定のリズムで強弱があります。弱くなった瞬間を、狙います」
その瞬間、ミサイルタワーと、ガウス砲台が、同時に撃った。数十発の弾と、ミサイルが、中核の一点に集中した。シールドが、割れた。次の瞬間、中核は、内側から爆発した。爆発の光が、山間部を昼のように照らした。
群れは、指揮を失った。中核が壊れると、小型の群れも、飛行体も、動きが鈍くなった。警備隊は、その隙を逃さなかった。ガウス砲の連射と、レーザーの掃射が、残りの群れを、一つずつ潰していった。自衛隊も、後方から態勢を立て直し、側面から攻撃を加えた。昼過ぎには、山間部の霧は、ほとんど消えていた。
テレビは、その一部始終を流していた。避難所の人々が、拍手をした。ネットでは、すぐに二つの声に分かれた。
「DSPの警備隊が、自衛隊より強いって、どういうことだ」
「でも、あの人たちがいなかったら、施設も避難路も、危なかったんじゃないか」
俺は、その声を、会長室で見ていた。嬉しくはなかった。むしろ、怖かった。民間企業が、軍隊のように見えることほど、危険なことはない。だからこそ、次の展開は、予想していた。
数日後、国会への参考人招致が決まった。呼ばれたのは、社長ではなく、会長である俺だった。理由は、はっきりしていた。DSP社の技術と、警備隊の実態について、経営の最高責任者から聞きたい、というのだ。
国会の委員会室は、テレビで見たよりも、ずっと静かだった。委員長の質問は、まずそこから始まった。
「DSP社の施設警備隊とは、何ですか。民間企業が、なぜあれほどの火力を持っているのですか」
俺は、ゆっくりと答えた。
「施設警備隊は、軍隊ではありません。人数は、数十名です。持っているのは、施設を守るための、自動化された防衛装備です。今回の出動は、施設の防衛と、住民の避難路の確保のためであり、自衛隊の指揮との連携のもとで行いました。独断で、敵を追撃した事実はありません」
野党の委員が、鋭く聞いてきた。
「では、なぜ自衛隊より、強いように見えたのですか。技術は、どこから来たのですか」
俺は、ここで、絶対に言ってはいけないことを、頭の中で確認した。イカロスのこと。ゲームの仕組みのこと。隣の恒星系の工場のこと。それらは、言わない。言えるのは、表の顔だけだ。
「強いのは、人数や火力の数ではありません。自動化と、連携です。自衛隊の皆さんが、前線で敵を引き受けてくださったからこそ、後方から、集中的な支援ができました。自衛隊がいなければ、我々の装備だけでは、持ちませんでした」
俺は、続けた。
「技術については、十年間の研究開発の積み重ねです。祖業は、金属リサイクルです。その利益を、すべて研究と、生産工程の効率化に回してきました。量子チップも、防衛装備も、宇宙輸送も、同じ流れの上にあります。詳細な設計は、企業秘密ですが、製品そのものは、すでに自衛隊に正式採用され、検査を受けています」
委員の一人が、さらに聞いた。
「民間企業が、これほどの防衛力を持つことは、国家の統制を乱しませんか」
俺は、ここで、切り抜けるための提案をした。これが、今回の本題だった。
「ご指摘は、もっともです。だからこそ、提案があります。DSP社の防衛装備と、シールド技術について、防衛部門に限って、政府の監査を受け入れます。装備の提供は、今後、政府との正式な契約のもとで行い、外国への売却は、政府の承認なしには行いません。民間が、勝手に動く余地を、残しません」
委員会室が、少しざわついた。監査を受け入れる、という言葉は、秘密主義のDSP社からは、意外だったのかもしれない。だが、俺にとっては、計算の上だった。監査の対象は、防衛部門だけだ。イカロスや、ゲームの仕組みや、ダイソンスフィアの建造計画そのものは、そこには含まれない。見せる部分と、隠す部分を、はっきり分ける。それが、十年間、俺がやってきたことだ。
委員長が、最後に言った。
「参考人の説明は、理解しました。今回の行動は、施設防衛と、住民の安全確保の範囲内であったと、委員会としては判断します」
処分は、なかった。むしろ、その後の流れは、逆だった。政府は、DSP社との間で、惑星防衛シールド網の共同整備について、正式な協議を始めた。全国の主要な施設と、避難路を、シールドで結ぶ計画だ。防衛装備の追加発注も、決まった。DSP社の防衛事業は、一段と大きくなった。社員も、増えた。スクラップの旅も、宇宙輸送も、止まらなかった。
世論も、変わった。テレビで流れたのは、民間企業が軍隊になった瞬間ではなかった。民間企業が、自衛隊と一緒に、住民を守った瞬間だった。避難所の人が、インタビューで言った。
「あのドームがなかったら、私たちは、どうなっていたか分からない」
夜、家に帰ると、妻が言った。
「テレビ、見たよ。すごかったね。でも、あんた、痩せたんじゃない」
「……国会は、疲れるんだよ。書類仕事より、よっぽど」
妻は、笑った。子どもは、奥の部屋で、もう寝ている。俺は、その寝顔を、しばらく見ていた。
会長室に戻ると、ゲーミングPCを起動した。画面には、隣の恒星系の工場と、少しずつ形になっていくダイソンスフィアが映っている。完成までは、まだ何百年もかかる。だが、地球の防衛網が強くなった今、その未来は、少しだけ安全になった気がした。
十年前に、ただゲームの知識を活かせないかと四苦八苦していた自分に、言ってやりたい。
「お前は、いつか国会に呼ばれるぞ。でも、逃げるな。隠すものは隠して、見せられるものは、ちゃんと見せろ。それが、お前のやり方だ」と。
俺は、PCを閉じた。明日は、またスクラップの旅の会議がある。防衛の契約の会議もある。目立たず、着実に。ただし、もう完全に表に出ない、というわけにはいかなくなった。それも、十年目の、大きな変化だった。
いかがでしたでしょうか?ぜひとも”お気に入り登録”や”評価”、感想などをいただけると執筆の励みになります。よろしくお願いします。