ミニ輸送ロケットと垂直発射サイロの量産体制が整った事で、DSP社はついに衛星打ち上げビジネスへの参入を決めた。今までは自社の物資輸送のためだけに使っていた設備を、外販向けの打ち上げサービスとして転用するだけだから、判断そのものに迷いはなかった。問題は、需要が伸びれば伸びるほど、ミニ輸送ロケットと垂直発射サイロに必要なチタン合金の消費量も比例して膨れ上がっていく事だった。
備蓄していたチタン鉱石は、目に見える速さで減っていった。倉庫の在庫確認をするたびに、経理担当の顔色が悪くなっていくのが分かる。ロシアと中国からの輸入だけでは、いずれ立ち行かなくなるのは目に見えていた。
一方で、こちらの動きに気づいている国がないはずはなかった。ダイソンスフィア建築の件は、表向きは徹底して秘密にしているつもりだが、太陽の周辺に不自然な構造物が増えていく事に、NASAやJAXA、ヨーロッパ宇宙機関、中国国家航天局あたりがとっくに勘付いていないわけがない。観測衛星の性能を考えれば、むしろ気づかない方がおかしい。
それでも表立った追及や国際問題化する動きが一切無いのは、恐らく自社に飼っている凄腕のハッカー――こちらでは「先生」とだけ呼んでいる、素性のよく分からない男――が、水面下でせっせと情報操作と痕跡消しをやってくれているおかげなのだろう。俺自身、詳しい手口は聞かない事にしている。知らない方がいい事も、この会社にはいくつもある。
そんな折、俺はふと思い出した。
チタンなら、月でも採れるはずだ。
DSPのゲーム内でも、月のようなガス惑星の衛星や岩石惑星は、良質な鉱脈が眠っている事が多かった。地球の備蓄が心許ないなら、いっそ調達先を宇宙に広げてしまえばいい。
誰にも言わず、イカロスを月まで飛ばした。表向きの人工衛星打ち上げ業務のついでに、こっそり積み込んでおいた形だ。月面にソーラーパネルを設置し、採鉱機とアーク溶鉱炉を並べて、チタニウムインゴットの試験製造を始めた。
最初はごく小規模な、実験レベルの生産量だった。だが月の低重力と、地球より豊富に露出したチタン鉱床のおかげで、想像以上に効率良く精製が進んだ。出来上がった月産チタニウム――社内ではいつの間にか「ルナチタニウム合金」と呼ばれるようになっていた――は、純度も強度も文句のつけようがなく、自社で消費しきれない分は、他の重工業メーカーにも販売する事になった。
ここまで規模が大きくなると、さすがに水面下だけで済ませるのは難しい。宇宙冶金事業として、正式にJAXAと提携を結ぶ事にした。地球側と月側にそれぞれ惑星間物流ステーションを建設し、専用の輸送機が定期的に物資をやり取りする体制を整えていく。
地球側の惑星間物流ステーションから輸送機が飛び立ち、月面の惑星間物流ステーションでチタンやその他の資源を積み込んで、また地球へ戻ってくる。戻ってきた輸送機の貨物室には、いつもチタンの延べ棒がぎっしりと詰め込まれていた。管制室のモニターでその様子を眺めていると、ゲームの画面で見ていた光景が、そのまま現実になっているという実感が、今更ながら湧いてくる。
事業拡大が続く中、新しい柱として立ち上げたのが、SDGsを意識した風力発電とソーラーパネルの発電設備事業だった。既存メーカーの製品と比べて、性能こそ突出しているわけではないが、価格は圧倒的に安く抑えられる。合成機による製造効率のおかげで、原価そのものが桁違いに低いからだ。「安くてそこそこ使える再生可能エネルギー設備」という評判が広まると、自治体や中小の発電事業者から、問い合わせがひっきりなしに来るようになった。
宇宙開発、量子チップ、防衛装備、金属リサイクル、そして今度は再エネ設備――事業の柱は増える一方だが、根っこにあるのは結局、最初に北海道の荒れた土地で始めたスクラップ製錬と、変わらない考え方だ。目立たず、着実に、少しずつ現実世界に技術を溶け込ませていく。
そして、私生活にも小さくて大きな変化があった。
若い嫁さんの妊娠が分かったのだ。
報告を受けた時は、正直、仕事の話よりも何よりも、頭が真っ白になった。ダイソンスフィアだの月面採掘だの、規模の大きい話ばかり考えていた自分が、急に足元の現実に引き戻された気分だった。
これを機に、残業を減らすよう、自分の働き方を見直す事にした。会長という肩書きの割に現場に口を出す事も少なかったが、それでもつい根を詰めてしまう性分は、そろそろ改めなければならない。
家内安全。神棚に手を合わせる習慣なんて今までなかったが、最近はつい、そんな気持ちになる。
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