女体化を免れてしまった新規実装キャラの苦悩 作:POTROT
「……俺も丸くなったとは自覚しているが、アレは俺以上だな」
マウルが自らの手を見つめながらそう呟いたのは、和解を終え、将たる彼女との触れ合いにも満足したらしいゼーラスが踵を返し、曲がり角の向こうへ消えた後だった。
「そうなんですか? 今でも、結構
「かも知れん。が、俺と笑顔で見え、握手を交わした時点で、相当だ」
ゼーラスは荒れ狂う雷の神である。
天の怒りと理不尽の象徴たるその在り方は、一度敵と認識した存在にはとことん容赦がない。
散々に追い詰められ、殺されたマウルは、その冷酷さと苛烈さを身を以て体感していた。
「奴を変えたのは時間の流れか、人の成長か……それとも、星の外から来た連中か」
窓に歩み寄り、空を見上げながら、マウルは言う。
太陽の沈んだ宵の空には、無数の小さな光が散りばめられていた。
しかし、それらは決して星ではなく、虎視眈々と地球を狙う、異星人共の監視の目だった。
「……屈辱極まりないだろうな」
マウルが見上げる星空は、実際のものではない。
彼らが今いる場所は、人類が連中の監視の目から逃れるために作り上げた、『巨大地下空間アガルタ』であり、そこから見える星空は、地上に設置されたカメラから送られてくる映像情報に過ぎなかった。
薄い液晶を一枚徹せば、そこにあるのは無慈悲で無機質な土の壁。
かつては天上を自らの座とした神々も、今や皆、地の底での暮らしを強いられていた。
天空の島々の王として、この境遇に思う所が無いわけがない。
屈辱と憤怒が、かの存在の在り方に影響を与えたのだろうか。
偽りの空を見上げながら、マウルはそんなことを考えた。
「……否。今は斯様なことを考える時間ではない、か」
自分一人であったのなら、これから思案に耽るところであったが、しかし今は人との用事の最中である。
そして何より彼女は長い冥府の旅の後、すぐにでも休息を取りたいであろうところを、わざわざマウルに敬意を払い、自ら施設の案内を申し出てくれたのだ。
そんな彼女に余計な時間を使わせるのは、失礼というものであろう。
「済まぬ、要らぬ時間を取ったな。早速、この施設を案内してくれ」
「分かりました。では、主要な所から見ていきましょうか」
カツ、カツ、と。
足音を響かせながら、施設内部を歩いてゆく。
「……この建築様式は、天空の島々のそれに似せたのか?」
辺りを見渡しながら、マウルは彼女に問うた。
磨き上げられた大理石のタイルで敷き詰められた床に、一定間隔で並べられた柱。
そして、その間から見える空の景色。
その建築の在り方に、かつての自らの居城と似たものを見出したからだった。
「え? あぁ、別にそういうわけではないですよ。多少豪華な造りですけど、人間が発展の中で、最も効率的な建造物を模索していった結果です」
「効率…………そうか、効率か。いいことだ」
「ありがとうございます」
効率。その言葉を、マウルは嚙み締めた。
それはかつてマウルがとことん追求したものだ。
少ない収穫量。奪った物資。瘦せた土地。傷つき飢える民。
それらを如何に効率よく運用し、立て直すか。如何に多くの非効率を消し去るか。
当時のマウルにとって、それこそが最重要事項だった。
そうでもしなければ、眷属たる人々が死ぬ。そう思ったからこそのことだ。
だからマウルは人々を思って法を模索し、人々を思って施行した。
しかし、人々はそれを良しとしなかった。
非効率的な行為の様々を是とし、それらを禁じたマウルに不満を奏したのだ。
かつてのマウルはそのことに、軽い絶望感を覚えたものだった。
人間とは、ここまで愚かなものなのか、と。
しかし今では、人々も効率を追い求める世の中になったのだという。
ならばそれは、素晴らしい事だ。
「さて、この辺りが施設の主要な部分が集まっている所です。司令室やデータセンター、医務室、事務室などですね」
「ふむ……すまんが、それぞれの役割を説明してくれ。いや、字面でわかるものもあるにはあるが、それも念のためにな」
マウルは知らぬを素直に知らぬと言える神である。
自分の知らない事を知っている人間を目の敵にして天罰を与えるような野蛮な神ではない。
「あ、そうですね。じゃあ……まず司令室は、文字通りの司令室。司令官が駐在し、指揮を執る部屋です」
「要するに将の天幕だな。それなら俺の時代にもあったが……ここからでも伝令がすぐ届くのか」
「はい。何なら冥府の中にも届いていましたよ。しかもほぼ時間差もありません」
「技術の進歩とは素晴らしいな……」
かつての時代、戦において重要な要素の一つは伝達であった。
戦場の様子を将へ如何に正確に、如何に素早く伝えられるかは、そのまま勝敗に直結する要素であった。
故にかつての時代は、大将が直接戦場に赴くことが多く、また、大将からの指示を待つ空白の期間を埋めるための、陣頭指揮を執る優秀な将が多く必要になったものであるが、こんなものが作り出せてしまうのならそんな常識は根底から覆されることになる。
流石のマウルも、半ば呻き声のような感嘆を抑えることが出来なかった。
「それで、データセンターは……まぁ、色々と役割が多すぎて説明が難しいんですが、人体における脳や心臓、神経のようなものと考えてください」
「重要どころの騒ぎではないな。よもや司令室よりも重要なのでは?」
「これも効率化の賜物ではあるんです。情報通信技術の発達はあらゆる分野に絶大な影響を及ぼし、その在り方を大きく変貌させたんですけど……今度はそれらを束ねるもう一つの脳や心臓が必要になってしまって……」
「要するに、技術の進歩の過程で必要不可欠になったあらゆる機能をまとめたら、そこを突かれた瞬間に全てが破綻するとんでもない急所が一つ出来上がっていました、と。ままならんものだ」
「そういう認識で大丈夫だと思います」
効率化にはそういう落とし穴もあるのか、と。マウルは考えを改める。
どうやら効率化は突き詰め過ぎると、不測の事態にとことん脆弱になるようだ。
ある程度の無駄も、必要に応じて許容することが必要なのだろう。
だからと言って生前のマウルの行動が間違いだったとは思わないが。
「大丈夫です、防衛機構はしっかりしていますし、神々にもその一端を担ってもらっているので、そう易々と突破は出来ません」
「具体的には?」
「司令室にアテネ様がいますし……また書記の守り神である黄金砂漠のトト様や、疫病を防ぐ日ノ本のクナド様が、内部データの守護もしてくださっています」
「……守り神の権能を防衛機構の一部と組み込むか。一昔前では信じられんな」
「不敬なのは承知の上ですが……今は、そんなことを言ってもいられませんので」
「神々と人々が足並みを揃える、か。凄まじいところだな、ここは」
神が戦い、人が支えるのではない。
人と神が共に戦い、人と神が共に支える。
人も、神も、等しく役割が与えられ、それを果たすことを求められる。
そんなルールが、この城には敷かれているのだろう。
「さて、残りの医務室と事務室は、まぁ、やはり字面でわかるが……」
「それぞれ医療を担当する部屋と、事務を担当する部屋ですね。医務室にはスレピオス様が居ますし、事務室ではルメス様が働いたりしてます」
「適材適所この上ないな」
医療を司る勤勉なスレピオスは、死者蘇生という禁忌さえも犯せるほどの天才。
商業や旅など、多くを司る狡猾なルメスは、裏方でこそ光る男だ。
それぞれ医療、事務という自らの力を存分に振るえる分野で、見事な働きを示しているに違いない。
「お知合いですよね。顔、出して行きます?」
「ふむ……いいや、やめておこう。わざわざ俺のために時間を取らせるわけにもいくまい」
マウルは彼ら2柱が非常に仕事熱心な神である事を知っている。
だからそんな二柱の仕事を邪魔したくない───などというのは建前である。
「……もしかして、同郷出身には会いたくないとかですか?」
「そういうわけではない……わけでもないが、うーむ………………」
正直。知り合いが女体化した姿を見たくない、というのが本音であった。
将たる彼女は、天空の島々出身の神々で、初めて見た男神がマウルであると言った。
であるのなら、彼が男神として認識していたルメスとレピアも、当然女神と化しているハズ。
かつての友たる神々が女人と化した姿を見る心の準備が、マウルには未だできていなかった。
勇猛果敢で知られた神マウルも、最高神があのような姿になっていたり、息子達までもが既に女人になっていると言われたり、それらの衝撃から未だ抜け出せていなかったのである。
「…………先ず、我が妻や娘たちに会っておきたい。何処に居る?」
そして変わらぬ姿でいるのを見て安心したい。
そんな言葉の裏が聞こえて来るようであった。
「であれば、居住層の神殿区域にいると思いますよ。丁度ですし、マウル様のお部屋も決めちゃいましょうか」
「それで頼む」
どうか、そこまで大きく変わっていないでくれ。
自分の知っているままの姿でいてくれ。
彼女の背中を追いながら、マウルは心の中で何度もその文言を唱えた。