二階堂ヒロが看守に殺害され、ゴクチョーが説明を終えて飛び去った後。陰鬱な雰囲気が場を支配し──それを壊すように、場違いに高らかな声が響いた。
「グド・イヴニング少女諸君! これからの共同生活に不安たっぷりといったご様子で……おや? おやおやぁ? もう人死にが出ているじゃあないか! 大方看守ちゃんに逆らったのだろう、可哀想に可哀想に!」
蓮見レイアよりも余程芝居がかった調子で、どこからともなく声は朗々と語る。声はやや高いが男性のようで、この場にいる少女たちのものではないことは明らかだ。
「何者だ、姿を見せろ!」
周囲を見回しながら、レイアはレイピアを構える。
「おっと、ここで親愛なる魔女候補からのリクエストだ! 期待にお答えして、この姿を晒すとしよう──」
そうして、声の主は。天井をすり抜けて、ラウンジへと現れた。
「僕こそはこの牢屋敷に巣食うしがない幽霊、幾度となく繰り返されてきた魔女裁判を見届けてきた傍観者! 此度は、『シズク』とでも名乗っておこうか」
半透明のその人物は、役者さながらに礼をしてみせた。纏う服は少女たち同様華美な装飾に包まれ、劇団かサーカス団の一員のようにも見える。背丈はそれほど高くなく、声と合わせて少年であることが伺えた。
「ゆ、幽霊……!?」
彼の名乗りに、佐伯ミリアは顔を青褪めさせた。
「魔法があるなら、幽霊が存在する可能性も確かにありますね! あるいはホログラフィーかもしれませんが、その場合光源はどこでしょうか?」
他の少女たちも怯えるか警戒する中、橘シェリーは魔法に続く超常現象の出現にあからさまに高揚しつつも、あくまで現実的な可能性を検討していた。
「おや、僕の存在を疑うかい? といっても、外の技術には詳しくないからねえ。ま、僕はこの牢屋敷の中ならどこにだって現れる。そのうち、嫌でも僕が幽霊だと分かるさ」
シズクのこの言葉に反応したのは沢渡ココだった。
「どこにでもって……それってあてぃしたちのこと覗くとかできるってことじゃねーの? ユーレイだかなんだか知らないけどキッモ!」
中指を立ててシズクを罵るココだったが、彼はそれを涼しい顔で受け流す。
「これでも僕は紳士を自認していてね。トイレやシャワールーム、それから就寝時間の地下牢にも近寄らないようにしているんだ。そのあたりは安心してくれたまえ──と言ってもまあ、幽霊である僕には触れることが出来ない以上、仮に僕が覗きを働いても君たちに咎める手段は無いけどね!」
何がおかしいのか一人で大笑いするシズクを余所に、幾人かの少女はシャワールームの存在が明言されたことに安堵していた。
思い出したように、レイアが注目を集めるように挙手をして発言する。
「シャワールームといえば……皆、胸元のポケットを確認してもらえるだろうか。恐らく、スマホが入っているはずだ」
レイアを中心に、スマホの機能について共有が行われていく。
「あれ、僕もう無視される感じ? おーい、ねえ! ヘイ! ルックアットミー!」
ぐるぐると少女たちの周囲を飛び回るシズクだが、相手にされることはなかった。
「ちぇっ、今回の子たちはクールだねえ。いきなり人が死んで逆に冷静になってるのかな? まあいいや」
そんな言葉を最後に、シズクは壁をすり抜けてラウンジを去った。
◆
それから。少女たちはやかましく騒ぎ立てるシズクのことを極力無視して共同生活を始めた。
「このご飯すっごいマズいらしいね~! 僕幽霊だから食べたことないけど。ねえねえどんな味? 食感は?」
「へぇ~、君8ミリフィルムの見方分かるんだ? シブいね~! 幽霊と一緒にホラー映画見るのオススメだよ」
「ハーブティー? いいな~、僕も飲みたいな~。幽霊は匂いも分からないんだよ? 僕のこと可哀想と思わないかい?」
「えー、ココちゃん配信するの? 僕も見た~い! ゴクチョーくんに配信見れるスクリーンの設置とか頼めないかな?」
事あるごとに少女たちに絡んでくるシズクの存在は鬱陶しがられながらも、どことなく空気を弛緩させていた。やかましい賑やかしでもいないよりは、という程度のものではあるが。
牢屋敷を探索しながら、エマたちはシズクについて話す。
「よく分からない人……人でいいのかな? ともかく、掴みどころがないよね」
「彼が現れるたびに周囲を調べてみましたが、光源の類は見つかりませんでした。本物の幽霊みたいですね!」
「ぞっとしない話ですわね……それにしても彼の態度、なんというかチグハグに見えますわ」
「確かに、最初に私たちの前に現れた時は大仰な話し方で、いかにも企みがありそうな感じでしたが……実際には、彼は私たちにちょっかいをかけてくるだけです」
「うん……最初の言葉通り、トイレやシャワールームには来たことがないし。シズクくんは、何がしたいんだろう」
怪しまれつつも、シズクの存在により少女たちの緊張の糸は弛んでいた。
しかし、その空気も──殺人事件の発生により霧散する。
城ケ崎ノアの死亡。少女たちが捜査をする中で、幽霊であるシズクにも証言が求められる。だが、彼は笑顔で滔々と諧謔するばかり。
「ああなんと痛ましい! とうとう起きてしまったようだ、殺人事件が! 生憎、僕は紳士なのでね。就寝時間の間、地下牢には近づいていない。昨日は偶々、夜の自由時間からずっと地下牢に行かなかったからねえ……有益そうなものは何も見ていないよ。 シズクよお前は何故紳士なのだ、お前が救いようのない変質者であれば彼女の最期を見届けることが出来たやも知れぬというのに……! ああそうそう、幽霊の僕が犯人ということはありえないとも。君たちの中に殺人犯がいるということさ……悲しいねえ、可哀想だねえ」
不気味な笑顔で語るシズクに、少女たちはやはり目の前のソレは人ではない存在であり、ゴクチョー側の存在なのだと認識を改め去っていく。
そして、裁判が開かれる。証言台は用意されていないが、律儀なのかなんなのかシズクもまたそこに同席した。
議論が進む中、シズクもまたその俎上に乗せられた。
「そういやさあ、ユーレイやろーがモノに触れないってのも自己申告じゃん? お前がやった可能性もあんじゃね?」
「確かに、彼の犯行なら足跡が残っていないのも不自然ではないね。何せハンナくん以上に日頃から飛び回っているのだから」
「だったらわたくしより先にあいつを疑いやがれですわ!」
「哀れだねえハンナちゃん。ま、僕がモノに触れるか触れないかは確かに証明不可能だ。とはいえ僕としても潔白は示したい──何せ幽霊である僕が魔女として処刑されることは出来ない。それでは意味が無いからね」
「でしたら、現場不在証明……アリバイを示すのはいかがでしょうか! 例え壁をすり抜けられる幽霊でも、誰かの目撃証言があれば犯行は不可能だと言えると思います!」
「けどよ、アリバイつってもそもそも城ケ崎が死んだ時間が分からねーんじゃ意味ねえだろ。誰か検死でもしたやつがいんのか?」
「す、すいません、私、多少の知識はありますけど、検死までは……」
「なら、昨日最後にノアさんを見た方はいねーんですの?」
「夕食前に、ボクとメルルちゃんが見てるけど……」
エマの言葉に、続く目撃証言を行う少女はいない。
「わ、私たちが見たのが最後みたいですね……」
「先程までの議論で、城ケ崎ノアが就寝時間中に殺害された可能性は否定されているわ。彼女が死亡したのは、夜の自由時間が終わるまでの間……」
「なら、僕の潔白は証明出来そうだね。食事の時間は食堂にいた、それは皆が見ている。その後は娯楽室で喧嘩を見物し、ラウンジでココちゃんたちの配信に映り込めないか試していた。それぞれ、証言してくれる人がいるよね?」
「で、でもお前床とか壁とかすり抜けられんじゃん! 急いで地下に行って、急いでノアっち殺したとか……!」
「ココちゃん、その可能性は低いと思うな……シズクくんは21時前に2階からラウンジに来て、おじさんたちが配信の準備をしてるのを見てたでしょ? 少なくとも、その間シズクくんは地下に行ってないよ」
「私も、彼が娯楽室にやって来てから21時の少し前に下に降りていくのを見ているわ。その前はずっと食堂にいたようだし……1階から登ってくるところを見たわけではないから不可能とは言わないけれど、彼がノアちゃんを殺すのは時間的には相当シビアだと思うわ」
「そういうことで。僕に疑いを向けるなら、他の誰にも犯行が不可能だったと分かってからでも遅くはないんじゃないかな?」
「ぐぬぬ……じゃ、じゃあ、他のやつらのアリバイはどーなってんのさ!」
ココの言葉に、少女たちが各々アリバイを証言していく。そうして、最後に残ったのは役者の少女、蓮見レイア。
唯一アリバイの無い彼女に疑いが集まり、彼女が犯人である可能性について検討されていく。そうして、最後には決定的な物的証拠──塗料が付いた、彼女が曲芸に使用したリンゴが見つかり。
レイアは魔女として、処刑された。『ノアに注目を奪われたことで、彼女を殺した』。ココによって暴かれたあまりにも身勝手な言い分と、悲痛で長い断末魔に少女たちが言葉を発せずにいる中。
シズクは、笑みを浮かべていた。
◆
裁判後、黒部ナノカはこの牢屋敷への軟禁の黒幕としてシズクとミリアを糾弾した。ナノカが幻視で見たと語った内容に対しミリアは見るからに狼狽えるが、シズクは飄々とナノカに問う。
「へぇ、ミリアちゃんは本当におじさんだったってね。それで? 僕を黒幕だって言うならその根拠は何かな?」
「証拠なんて必要かしら。あなたは明らかに、この牢屋敷の運営側として振る舞っているわ」
「おや、最初からそう振る舞っていたつもりだけど。今更それに気付いたのかい?」
くつくつと笑うシズクに、ナノカは静かに銃口を彼へと向ける。だが、結局銃を下ろした。
「……試した限りでは、あなたに物理的干渉を行うことは出来ない。それはつまり、弾丸はおろか【幻視】も通用しないということ。ここであなたを糾弾したのは、改めて皆にあなたを警戒するべきと示したかっただけよ」
「やけに近寄ってくると思ったら魔法が使いたかっただけか。アプローチかと思って期待しちゃったよ、責任取って?」
「……どうあれ、あなたが運営側の存在なのは確か。私は必ず、あなたをこの世から消滅させる」
「将来はエクソシストかい? 素敵な進路だ! 家族にも自慢できるね!」
「……っ」
ナノカは再び銃を構えようとするが、先程彼女が撃ち抜いたはずのゴクチョーがそれを遮った。間もなく就寝時間であると告げられ、少女たちはぞろぞろと地下へ向かう。
「頑張ってねナノカちゃん! 応援してるよ!」
底意地の悪い笑顔で手を振るシズクを睨みつけて、ナノカもまた裁判所を後にした。
以降。殺人事件が起こるたび、シズクは笑顔で少女たちを嘲弄し、処刑の時さえ笑顔を浮かべ。橘シェリーが遠野ハンナ殺人事件の犯人として処刑された際には、感動したと涙さえ流した。
少女たちを悪意を持って観察しているとしか思えない彼の態度に、少女たちは警戒を深める。最初の数日の、いかにも無害そうに少女たちに絡んできた彼の面影はどこにも無い。
そして、黒部ナノカ殺人事件の裁判にて。牢屋敷の運営者であり、アリサ、ナノカの両名を殺害した犯人が氷上メルルであることが暴かれると──。
「ブラボー、おお、ブラボー! メルルちゃんが黒幕だと暴かれたのは久しぶりだ! 君たちは優秀だよ──ああ、でも優秀なだけだね。君たちには力が足りない。魔女であるメルルちゃんを処刑しても意味はない。そして君たちの魔法は攻撃能力のない【千里眼】と【モノマネ】、エマちゃんに至っては魔法がなんなのかさえ分からない。黒幕を突き止めたからって、それが何だって言うんだい?」
いつになく酷薄な調子でシズクは語る。宝生マーゴは証言台を飛び出し、エマとココの手を取った。
「っ、逃げましょう、エマちゃん、ココちゃん! 私たちにはもう、殺される結末しか用意されていない……!」
三人は看守が出入り口から動いたのを逆手に取り、裁判所から逃げ出した。メルル、ゴクチョー、看守、そしてシズクもまた、三人を追う。
エマたちは森へと逃げ込むが……メルルたちから隠れるという状況にココが禁忌を呼び起こされ、魔女化。異形となったココからエマを庇い、マーゴが命を落とす。
一人残されたエマは、涙を流しながらふらふらと歩く──そこに、シズクの声が響いた。
「ああ、ああ、なんと素晴らしい……! ココちゃんの、そしてマーゴちゃんのエマちゃんへの想い! シェリーちゃんの時も思ったが、これだから君たちは素晴らしい……!」
「っ、シ、シズクくん……!」
見つかった。そう思いエマは青褪めるが、シズクは慌ててそれを制した。
「ああ、落ち着いてエマちゃん。メルルちゃんにもゴクチョーにも君の居場所を教えるつもりはないよ、僕と二人は目的が違うんだ。何処へなりとも逃げるといい……まあ、どうせこの島からは出られないんだけど」
薄気味悪い笑顔で語るシズクにエマは理解できないといった様子の視線を向け、それからまた歩き出した。
少しして。エマは結局、裁判所へと戻ってきていた。そこへメルルの声が響く。こっそりと廊下の様子を見ると、なれはてとなったココの身体を抱えた看守とともにメルルが歩いていた。隣にはゴクチョーとシズクも浮いている。
メルルはおよそエマには理解できない理屈を語りながら──ココの口を開け、魔女を殺す薬・トレデキムを飲ませた。思わず、エマは声を上げる。
まるで大切な人を見つけたかのように、メルルは顔を輝かせた。対照的に、シズクはココへと昏い視線を向けていた。
裁判所にて。エマに大魔女の存在・生存を否定されたことでメルルは珍しく気色ばんで、一枚の写真をエマに見せた。ある時、【念視】の魔法を持つ少女に貰ったというその写真には、メルル、シズク、大魔女の三人が映っている。
その写真は、エマの禁忌に触れた。大魔女であるというその少女の姿は、紛れもなく、エマの友人、月代ユキのもので。
困惑するエマとシズクを余所に、メルルは看守にエマの殺害を命じ──エマの身体が、光り輝いた。
蝶の如き、骨の翼。エマの身体は、宙に浮いている。
「死ね」
一言で、看守は活動を停止した。メルルもシズクも、状況を理解できていない。
「こんな気持ち、なんて言えばいいんだろう。ああ、そう──【殺したい】んだ」
そう語るエマに。シズクの困惑は、その色を変えた。
「……待て。待ってくれ、エマちゃん。それは……それはおかしい」
縋るように、願うように。シズクは呆然と呟く。
「それは本当に、魔女化の殺人衝動か──いや、違う、
「死ね」
やはり一言で。シズクの存在は消え失せた。彼が何を思い、何を見て、何を信じていたのか。もはや、この世界に理解できる人間はいない。
それから、エマはゴクチョーに処刑台の用意を命じ、やはりゴクチョーを殺し。メルルを処刑し。少女たちの記憶を空に溶かし、囁きに従うまま──空へ飛び立った。
そして───。
◆
「──【戻った】、ということか……」
そして。牢屋で、二階堂ヒロは目を覚ました。
「グド・イヴニング少女諸君! これからの共同生活に不安たっぷりといったご様子で何より! いやはや今回も個性豊かな面々が揃っているようで、楽しみで仕方がないね全く!」
ラウンジで、ゴクチョーの説明が終わって少し。どこからともなく声が響いた。
「何者だ、姿を見せろ!」
蓮見レイアの声に応えるように、天井からすり抜けてそれは姿を現した。
「おっと、ここで親愛なる魔女候補からのリクエストだ! 今こそこの身を晒し、そして名を名乗ろうじゃあないか! 僕こそはこの牢屋敷に巣食うしがない幽霊、幾度となく繰り返されてきた魔女裁判を見届けてきた傍観者! 此度は、『
半透明のそれは、自らを幽霊と名乗る。これに反応を示したのは、二階堂ヒロだった。
「幽霊? すでに死した人物が現世に留まるなど、正しくない。魔法が存在する以上、君のようなオカルトの存在自体には一定の可能性を認めなければならないのが業腹だが……いずれにせよ、正しくないものは正さねばならない。レイン、君は自分が成仏する方法を把握しているか?」
「おっと大分クセ強~い。そんな簡単に成仏するなら僕だって苦労しないっての、想像力とカルシウム足りてる? あと幽霊本人に成仏の仕方聞くの大分変だよ」
芝居がかった口調を止め、ヒロを嘲るレイン。最後の言葉は素でしょうか、と内心で氷上メルルは思った。
「そうは言っても、この場で幽霊などというオカルトに一番詳しいのは幽霊本人だろう。それとも、君にはこの中に祈祷師が居るように見えるのか?」
「あっちのメルルちゃんとかいかにもな見た目してるけど?」
「わっ、わ私ですか!?」
「私の服装は目覚めた時点で着替えさせられていたものだ。彼女の服も同様である可能性が高い」
「ワオ真面目かよ。こりゃ相性が悪そうだ、僕は逃げまーす」
壁をすり抜け、レインは去っていった。
(あっさりやり込められた……というよりは、本格的に言い負ける前に撤退された、と言ったところか)
二階堂ヒロは内心でそう分析しつつ、ぱん、と手を叩いて注目を集めた。
「魔女図鑑の記載によれば、間もなく就寝時間のようだ。ひとまず、今日は地下に戻ろう」
その言葉に、少女たちはぞろぞろと地下へ戻っていく。そうして、房の一つで。
「はー、ほーん。黒幕が居て、あのユーレイもそっち側で、あてぃしが死んで……こりゃひでー、つかサイテー!」
【千里眼】を持つ少女は、盤面を覆しうる情報をひっそりと手に入れていた。
「にしてもあのユーレイ、名前がちげーじゃん。わざわざ偽名使ってなんのつもりだっつの」
◆
共同生活が始まってから数日。
レインは少女たちにちょっかいをかけつつも、ヒロのことはそれとなく避けて行動していた。どうも彼は初対面の時以降ヒロに苦手意識を抱いたらしく、一方的に喋りかけてくる彼が鬱陶しくなってくるとヒロを呼ぶのが少女たちの間でレイン対策として定着しつつあった。
ノアのスプレーアートでアンアンが体調を崩したのをきっかけにヒロとノアが仲違いしたのを見るや否や、嬉々としてレインはヒロを嘲笑しようとした、が。
そう間を置かず殺人事件が起きたことで、その目論見は瓦解した。
──牢屋敷の黒幕、氷上メルルは死んでいた。城ケ崎ノアにより白く染められた部屋に、血で蝶を描いて。
レインは、氷上メルル殺人事件の捜査にも裁判にも協力しなかった。続く沢渡ココ殺人事件にも、また。それどころか、屋敷内で彼の姿を見かけることさえなくなった。
水精の間の地下室の存在が明るみになると、冷凍されたメルルの死体の前で佇んでいるのが見つかった。探索に訪れた少女たちに一分の興味を示すこともなく、ただじっとメルルのことを見ていた。
唯一反応を示したのは、ヒロがメルルの冷凍された氷を砕き、死体を暴こうとした時だ。彼はいつになく真剣な目で「やめろ」と告げ、その声量は増し、ついにはヒロに頭を垂れて涙ながらに懇願さえした。
しかし、もはや彼が運営側の存在であることはヒロは勿論のこと少女全員にとって疑いようもない。ヒロはレインのことを一顧だにせず、他の少女たちも気の毒に思ったりあるいは気味悪がったりしたが、ヒロを止めることはしなかった。
ヒロが氷を砕き終え、死体から手紙を写真を手に入れ、冷凍室を去ると。レインは再び口を閉ざし、メルルの死体を見つめていた。
そうして。桜羽エマ・蓮見レイア殺人事件の裁判が終わり、二階堂ヒロが最後の【死に戻り】を行うまで。レインはずっと、メルルの傍を離れなかった。