死に戻りを成功させた二階堂ヒロは氷上メルルに命じ、サバトを行うべく行動する。
少女たちが裁判所に集う。少し遅れて、メルルと共に幽霊少年は姿を現した。
「浮いてますわ! わたくしと同じ魔法を、っていうか透けてますわ! スケスケですわ!」
「……メルルちゃん、これはどういう状況?」
「ヒロさんが、【死に戻り】の魔法を持っているそうなんです。大魔女様に会うために裁判を開いて、と! 私たち、大魔女様に会えるんです!」
メルルの言葉に、少年は虚を突かれたように固まる。やや間があって、柔らかい笑みを浮かべた。
「そっか。良かったね、メルル」
「君、何者だい? そうして宙に浮き半透明の姿を見ると、まるで幽霊のようだが」
「ご明察、僕は牢屋敷の幽霊。名前は、まあ『シグレ』とでも」
蓮見レイアの言葉に穏やかに返す少年と、その名乗った名前にヒロは違和感を抱く。
「魔女裁判を始める前に、シグレ、君に聞いておこうか。君の行動原理は氷上メルルにある。違うか?」
「……【死に戻り】だっけ。そっちの僕は随分ヘマをしたみたいだね……まあ良いよ、それで合ってる。メルルちゃんが大魔女様に会えるなら、それは僕の望みが叶うのと同じだ。僕も協力するよ」
「なら良い。魔女ではない、部外者である君に儀式をひっかき回されてはたまらないからな」
そうして、ヒロは少女たちに向き直り、魔女裁判の開廷を宣言した。
「さて、ヒロちゃん。大魔女様に会う方法を教えてくれるかな」
少年はヒロの隣に向かい、そう耳打ちした。ヒロは細心の注意を払い、小声で彼に告げる。
「十三人の魔女候補……私を除いて十二人全員を魔女化させることだ。それには当然メルルも含まれるが、構わないな?」
「それで大魔女様にメルルちゃんが会えるならね」
よろしい、言質は取った。そう呟いて、ヒロは改めて告げる。
「告発しよう。この中には、私以外にも魔女がいる、と!」
その言葉に、早々とメルルに疑いが向く。もはや秘匿する意味はないと判断したのだろう、メルルはあっさりと自分が魔女であることを認めた。
「だが、君の姿形は人間と変わりない。私のように魔女化はしていないのかな?」
「……では、少しだけ説明しますね。魔女化について」
そうしてメルルが語る内容を、少年は黙って見守っている。
しかし。
「──最後に残った、【原初の魔女】なんです」
メルルがそう言った時。少年は、声を上げた。
「それはおかしいよ、メルル」
「……え?」
思いもよらぬ人物からの反論に、メルルは目を丸くした。
「忘れてしまったのかい。メルルは……僕たちは、人間だ」
「そ、それは……」
「今、彼が言ったことを裏付ける証拠もある。これは私が見つけた手紙だが……かつての大魔女の一人から、君に宛てられたものだ。この手紙には、君と
「……そうだよ。僕の本当の名前は、氷上ウルル。さすがに下の名前だけでもメルルと関係ありそうで怪しまれちゃうからね、外の漫画から取って毎回
「お、お兄ちゃんの言う通り、です……私は、元々人間でした。で、でも私は、大魔女様に認められて魔女になったんです! 私は、私たちは大魔女様の家族に……!」
尚もメルルは食い下がろうとするが。その主張を、ヒロは切って捨てた。
「正しくない。私は大魔女の手記も見つけているが……それには、人間の子供二人を実験体とした、と書いてあったよ。【魔女】には、二種類ある。人間とは異なる種族である【原初の魔女】と……魔女因子を植え付けられた、空想上の化物の再現である【人間魔女】。君は、どちらだろうな?」
「でっ、でも、大魔女様は、私を家族って……! だ、だから私は、こうして魔女を集めて……!」
「それは本当に大魔女の望んだことかな? 魔女因子は本来、君を【なれはて】にして他人へ移る呪いだ。だが君は【なれはて】るどころか、絶海の孤島で静かに暮らしているだけ……出来損ないのモルモットを、大魔女が愛するだろうか?」
ヒロの物言いに、少年改めウルルは静かに拳を握る。
「言質は先程取ったはずだが」
「……分かってるよ」
それから、なおもヒロはメルルへの口撃を続け。ついに、メルルは魔女と化した。
続けざまに、ヒロは少女たちの禁忌を抉り、魔女へと転じさせていく。ウルルは運営側の事前調査で得ていた知識からそれを補助し、メルルは魔女化した少女たちに強化された【治癒】を施し、精神の鎮静を図る。
「蓮見レイアは幼少期に母が病に臥せっている。彼女が芸能界入りしたのはその後だね。魔法が【視線誘導】であることと合わせれば、彼女の【禁忌】もある程度見えてくるはず」
「ああ。私が経験した彼女の振る舞いからも、彼女の原動力には察しがついている」
「城ケ崎ノアは……」
「不要だ。“前回”の裁判で、彼女からおおよその話は聞いている」
「宝生マーゴは……幼少期ネグレクトを受けていたこと、家に母の恋人が出入りするようになってからしばらくして母もその恋人も家を去り、彼女もまた家を出ていったこと。以降、彼女は大人相手に詐欺行為を働いて生計を立てていたことが分かっている」
「そうか。裁判での様子も踏まえ……おおよそ、検討はついた。……全くもって、正しくない」
「黒部ナノカは……こちらでも分かっていないことが多いね。彼女は以前集められた魔女候補の一人で、犯人として処刑されたはずなんだけど……忘却を選んだメルルも、適当なゴクチョーも、あまり気に留めていなかったみたいで」
「……いや、その情報で十分だ。裁判の際に事情はある程度把握できている」
「沢渡ココは……いや、魔女化したナノカちゃんの方が、情報の入手元としては適切かな。ヒロちゃんも、黒幕側を頼るよりは気持ち的に楽でしょ」
「分かったようなことを言う……だが、そうだな。ナノカの方が好ましいのは事実だ。何か不足があれば君に聞こう」
ナノカが魔女化して以降、ウルルは情報の提供役を彼女に譲った。佐伯ミリアについてもまた、ナノカの意思を尊重し多くは語らず。
そうしてミリアも魔女化し──強化された【入れ替わり】の魔法が、全員を襲う。
ヒロが“一周目”の情報を得た傍らで。ウルルもまた、“一周目”“二周目”の情報を得ていた。
「……メル、ル……」
(“二周目”の情報はウルルには受け入れがたいだろう。しばらく、彼の助力は期待できなさそうだ)
そう判断し、ヒロは魔女化して殺意を撒き散らすアリサと対峙する。
だが、ナノカが【幻視】の負荷に耐えきれずダウンしたのち、ヒロの予想に反しウルルは口を開いた。
「補足すると、紫藤アリサの両親は彼女のことをかなり溺愛していたことが分かっている。決して彼女のことを否定したことはないと、当人たちから証言されているよ」
「そうか……把握した。だがウルル、思ったよりも元気そうだな」
「勿論、“前回”のことはショックだけど……それ以上に、素晴らしいものを見たよ。ミリアちゃんには感謝しないとね」
「何を……まあいい。情報をくれると言うならありがたく頂戴するまでだ」
そうしてサバトは続く。
「遠野ハンナはかなり困窮した状態だったことが分かっている。親がいなかったこと、幼い妹を亡くしていることもね」
「それで“前回”のあの言動か……了解した」
「橘シェリーについては、“一周目”の裁判で彼女が語った通り。任せるよ」
「相棒面をしないでもらえるか?」
最後に残った桜羽エマについては、ウルルは沈黙を選んだ。それはヒロへの配慮か、あるいは。
兎にも角にも、十三人の少女が魔女となり、儀礼剣は用意された。
儀式は果たされ──大魔女が、現れる。
◆
「ああ、大魔女様……やっと。──やっと、お会いできました」
「……大魔女様」
現れた大魔女……月代ユキは、人類滅亡までの僅かな時間だと嘯き、少女たちに淡々と告げる。
「───人類への執行の猶予は与えました。もう十分……」
「「異議あり!」」
執行、という言葉に、ヒロとミリアの二人が反論する。
それは不当判決ではないのか。人類に罰を与えるというなら、その理由を知らせ、反省を促すべきではないのか。
力で劣る側が時間を稼ぐための、屁理屈のような言い分。しかし、いかなる理由か。ユキは、それを承諾した。
かくて、最後の魔女裁判が始まる。
議論は進む。
幾度かの指摘の末──島の大魔女たちが望むか否かに関わらず、私は復讐を完遂しなければならない、とユキは主張する。
その中で、「昔から人間のことを信じていない」と発言したユキに対し、エマが反論した。
「もし、最初から人間を信じていなかったなら……メルルちゃんとウルルくんを拾って育てたりはしないはずだよ!」
エマの言葉に乗じるように、メルルは思いをぶつける。
「も、もし、私たちは【家族】というのが嘘だったなら……そうだと、おっしゃってください! それが、私の勘違いだったと言うなら……それで、構いません。あなたの手で……私に、終止符を打ってください」
ウルルもまた、メルルに続きユキに語りかける。
「……僕はメルルほど、芯が強くはないし。人間に滅んで欲しいとも、思ってません。けれど、メルルがそれで納得するなら……僕はどっちだって、受け入れます。だから、大魔女様。どうか、メルルに応えてあげてください」
「……っ」
ユキは二人の視線に射抜かれ、たじろぎ。ようやく、振り絞るように口にした。
「……嫌、です」
「それは、どうしてかな。君の計画は魔女因子によって人類全てを滅ぼすこと……その中には、当然メルルとウルルの二人も含まれている。もっとも、ウルルはすでに死んでいるが……ともあれ、メルルの思いを踏みにじることは出来ない、と言うんだね」
「……そう、です。二人は……例外、です。人間じゃない……【魔女】なんですから」
「──それは違います、大魔女様」
その言葉に、ウルルは反論する。
「言葉遊びはやめてください。メルルは魔女因子によって魔女となった【人間魔女】で、僕は死後発動した
「……っ」
「今、彼が指摘した通りだ。ユキ、君の行動には矛盾がある」
「うん……! ユキちゃん、キミは人間の絶滅なんて望んでないんだ!」
「そんな、ことは……!」
言い繕うユキに、少女たちが反論を重ねる。
「あなたが破滅を望むなら、地獄の果てまでお付き合いしましょう。……でも、そうでなくても、私にとっての大魔女様は大魔女様のままです。いつまでも……あなたは、私の大切な家族なんです! どうか……本当の心に従ってください」
メルルさえ、ユキの本心を問い。そして、ウルルもまた告げる。
「僕には……大魔女様の気持ちが、分かります。あなたは、人間への希望を取り戻している。エマちゃんに【魔女殺し】を託したのは、そのせいですよね」
「っ、ウルル、貴方は何を……!」
戸惑うユキに、ウルルは言葉を並べる。
「僕は人間を見るのが好きです。
「そりゃ、昔は皆を殺した人間が憎かったですけど。
「この牢屋敷で僕は、人間が素晴らしい生き物だと思うようになりました。
「友情を見ました。
「憎悪を見ました。
「信頼を見ました。
「裏切りを見ました。
「憧れを見ました。
「嫉妬を見ました。
「善を見ました。
「悪を見ました。
「どれも、輝いて見えました。
「趣味の悪い話ですけどね。
「エマちゃんと、ヒロちゃん。
「あなたが二人に人間の良い面を見出したように……僕は無数の魔法少女たちに、人間の良い面も悪い面も、鮮烈な感情は全て輝いている、と教えてもらいました。
「夏目アンアンのように我が儘で、省みる心を持ち。
「蓮見レイアのように目立ちたがりで、協調性があり。
「佐伯ミリアのように逃避し、人を思いやり。
「遠野ハンナのように衝動的で、気高く。
「城ケ崎ノアのように周囲を顧みず、機微に敏く。
「沢渡ココのように虚勢を張り、人を想い。
「宝生マーゴのように嘘をつき、人を信じ。
「橘シェリーのように自分を偽り、友情を重んじ。
「紫藤アリサのように暴走し、人を守り。
「黒部ナノカのように視野狭窄で、人のために行動し。
「氷上メルルのように踏みにじり、人を慈しみ。
「二階堂ヒロのように盲目的で、正しくあろうと励み。
「桜羽エマのように狡くて、希望を抱く。
「そんな人間を、僕は信じています。
「価値があると。
「滅んでいいはずがない、と。
「大魔女様。
「あなたも、そうなんですよね?」
ウルルの視線に、ユキは射すくめられたような心地だった。
続けざまに、ヒロとエマが、友人として言葉を紡ぐ。
「君は希望を、エマに託したんだ!」
「僕ら、前みたいに仲良くはできないのかな……?」
「……私は、魔女で……人間とは、相容れない──」
そうして、二人は最後の反論を行った。
ここから出よう。やり直そう。未来を作ろう。
そんな言葉に……とうとう、大魔女は笑った。
その時点で……いや。もっとずっと前。桜羽エマに【魔女殺し】を託した時から──月代ユキは、敗北していたのだ。
◆
しかし。大魔女が計画を翻そうと、すでに広まった魔女因子が消えるわけではない。
魔女化の危険はつきまとい、少女たちが牢屋敷から出られることもない。
故に、解法は一つ。
「私が全ての魔女因子を無害な形に変えて……持っていきます」
月代ユキは、二人の友人に別れを告げる。
浮かび上がった儀礼剣が槍へと形を変え、ユキへとその穂先を向ける。
それは、救世主が原罪を持ち去ったように。
槍は鋭い音とともに、ユキへと飛んでいき───。
「……ああ」
槍は、ユキとの間に飛び込んできたメルルごと、彼女を刺し貫いた。
「メルル……どう、して」
「言ったじゃ、ないですか……地獄の果てまで、お付き合いします、って」
「……ふふ」
ユキはメルルを片腕で抱き返すと、もう片方の手でウルルに手招きした。
「……ウルル。あなたも、こちらへ」
「……触れませんよ」
「私を誰だと思っているのですか? 幽霊に触る魔法ぐらい使えます」
その言葉にウルルは俯き、ゆっくりとユキたちのもとへと向かった。
言葉通りユキはウルルに触れることができるようで、空いている腕でウルルを抱きしめた。
「思えば……島の皆にも言えないようなことを話せたのは、あなたたちだけでした」
「……っ」
その言葉に、ウルルの視界は滲んだ。
「大魔女様……僕、僕は……メルルは僕より先に底が抜けちゃったから、僕が色々支えてやらなきゃならなくて……大変だったんですよ、色々」
「ちょっと、お兄ちゃん……なんですか、それ……ふふ」
「そうでしょうね。メルルは危なっかしいところがありますから」
「だから、僕……ずっと、会いたかった。大魔女様に、褒めてもらいたかったんです」
三人の身体は、光の粒となって消えていく。魔女因子を失いただの少女の身体となったメルルは勿論。
「ええ、ええ……勿論。褒めないはずがないでしょう」
泣きじゃくる二人の背中を、母親さながらにユキは撫でさする。
確かな愛と慈しみを込めて、ユキは囁いた。
「二人とも……よく、できましたね───」