■2章1話より
騒ぎを聞きつけたのか、レインが天井をすり抜けて現れた。
「いやあ姦しいったらありゃしない、そろそろ痛ましい殺人事件でも起きた頃合いかな? 全く君たちってのは本当に度し難い──」
歌うような彼の語りが、唐突に止まった。幽霊が呼吸するのもおかしな話だが……私には、彼が息を呑んだように聞こえた。
「落ち着け、そんな、はずは、ない。僕はただ落ち着いて、いつも通りに───」
あ、と。レインは、何かを見つけたように、小さく声を上げた。
「儀礼、剣……地下に、何で、いや、じゃあ、まさか」
よろよろと、彼はメルルの死体に近づき……彼女の顔を覗き込んだ。
「める、る」
彼女の名を呼んだかと思うと、彼は黙ってしまった。私たちはゴクチョーの招集により、ラウンジへ向かう。
何故、彼がメルルの死に異様な反応を見せたのか。ラウンジでゴクチョーが告げた情報が、それに一定の解答を与えるのだった。
■2章2話より
「もしかして……幽霊の仕業かも……!」
「【幽霊】……? それはあの、レインとかいう少年のことか?」
「ううん、違うよ。のあ、アトリエに入るときたまに気配を感じることがあって……レインくんは気配しなかったから、別の幽霊だと思う」
(別の幽霊……? これ以上未知の要素が事件に関わっているとでも? いや、もう少しノアの話を聞いてみよう)
「気配を感じた時のことについて、詳しく教えてもらえるか?」
「うん。物音とか、人影とかを感じて、アトリエに入るんだけど──」
■2章3話より
──加えてどういった趣向なのか、殺人事件で犠牲になった少女たちも氷漬けにされており。
そうした氷塊の一つの前で、幽霊の少年……レインが佇んでいた。
思えば、彼を見るのは随分と久しぶりだ。メルルが死んで以降、彼を牢屋敷の中で見かけることは無かった。当時の彼の反応と、メルルが黒幕であったというゴクチョーの言も合わせて考えると……彼の前にあるのは、メルルの死体なのだろう。
牢屋敷に連れてこられた当初の彼の言動を思えば、ここにやって来た私に皮肉の一つでも言ってきそうなものだが……彼はこちらに視線一つ向けず、ただじっと目の前の氷を見つめていた。
(……私は感傷に浸りに来たわけじゃない)
氷塊が並ぶエリアから離れ、私は大きな金庫の前に立った。
■2章4話より
私は一目散に目的の氷塊へと向かう。やはりと言うべきか、レインが見守っている氷塊に封じられているのはメルルだった。
私はバッグからピッケルを取り出し、振りかぶる。と、そこでレインが声を上げた。久しぶりに聞いた彼の声は、随分と上ずっていた。
「待……て。何を、するつもりだい。ヒロちゃん」
「情報が要る。メルルなら何か持っているかもしれない」
「何をするつもりだと聞いているんだ」
「氷塊を砕き、メルルの持ち物を検める」
いくら黒幕と言えど、死者の平穏を乱すのは気が咎める。だが、それを押しても私は情報を得なければならない。
「それが正しい行いだとでも?」
「必要なことだ」
彼にとってメルルがどんな存在で、私にどんな言葉を投げかけようと、私は止まる気はない。
私は短く答え、改めてピッケルを構えた。
「よせ!」
振り下ろす。
「やめろ! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」
レインが声を荒げる。皆は彼の剣幕に気圧され、あるいは驚いている様子だった。
「おい、やめろと言っているんだ! 遺体を暴くなど、悪でしかない! 君の最も唾棄すべきところだろう!?」
的確に私の神経を逆撫でするような言葉選びに、私はやはり、と得心する。
私と彼は、大して会話をした訳でもない。メルルが殺されるまでの短い間に彼が私のパーソナリティを把握したと考えるよりも、運営側として私たちのことを事前に調べていたと考えた方が妥当だろう。
彼の言葉には、耳を貸さない。決して。
私は腕を動かし続ける。
「止まれ二階堂ヒロ! 待て、待ってくれ……!」
視界の端で、ついてきた皆の様子をちらりと確認する。皆気まずそうにして、ミリアに至っては顔を青褪めさせていた。だがそれでも、一人として私を制止する人間はいない。運営側であるレインの不都合に、私たちが迎合してやる必要など欠片もありはしないからだ。
「っ、頼む、やめてくれ! 情報が欲しいなら僕が……!」
彼の言葉に、懇願の色が混ざり始めた。私は腕を止め、吐き捨てるように答えた。
「君の言葉が真実だ、と、なぜ私たちが信じると思うんだ? 君の言葉に、価値はない」
そうして、再びピッケルを振る。ミリアが寒さを理由に冷凍室を離れた。
「……確かに僕らは人でなしだ、この牢屋敷で何人も犠牲になった! それでも、それでもメルルはもう死んだ! 死んでしまったんだ!」
彼の声が滲み始めた。それでも私は氷塊にピッケルを振るう。止まる意味は無く、止まるわけには行かない。シェリーが他の氷塊を検分しに向かった。ハンナもいつの間にか見当たらない。
「あの子は、たった一つの望みも叶えられずに死んだんだ! あの子は、奪われて、傷ついてばかりだった、なのに、なのになんで! 最後の平穏さえ奪うんだよ……!」
彼の言葉はもはや、私に向けた怒りとも、この世に向けた呪詛とも判別がつかなかった。感情的な声が冷凍室に響く。温かい飲み物を用意する、とレイアが牢屋敷に向かった。
何故、メルルのためにそこまで激情を抱くことのできる彼が、このような牢屋敷の運営側にいるのだろうか。そんな疑問が頭に浮かび、それは自明だとすぐに氷解する。それはメルルのために他ならないのだろう。
「あの子は、家族に会いたかっただけなのに……頼む、お願い……お願いです……やめて、ください……」
私は努めて強くピッケルを振るう。なるべく、氷の砕かれる音が響くように。彼の声が聞こえないように。エマが、高い所を調べたいと脚立を探しに向かった。
そうして、ようやく。メルルの身体は、氷塊から解放された。
(せめて、手早く終わらせる程度のことはしよう)
私はメルルの衣服に手を入れ、懐を探る。
そうして、私は二つの物を見つけた。
■2章After
佐伯ミリアと紫藤アリサは、連れ立って地下の冷凍室を訪れた。目的は一つ、【魔女を殺す薬】……トレデキム。
「うう~、いつ来ても寒いねここは……おじさんには堪えるよ」
「……悪いな、炎は使えない。ここじゃ、皆の氷を溶かしちまう」
「ううん、全然いいよ。倉庫で水筒見つけたしね」
二人は寒さに震えながら、かつてトレデキムが保管されていた金庫を確かめる。しかし、目につくところにあるトレデキムは全てゴクチョーが回収しており、当然そこにもトレデキムは無い。
「あ……レインくん、まだここにいるんだ」
と、そこでミリアがレインの存在に気付いた。彼はいつかと同じように、一つの氷塊の前で佇んでいる。いつの間にやら、メルルの遺体は再度凍結されていたようだ。
「あいつか。……よっぽど、氷上のことが大事だったんだろうな」
「うん。ヒロちゃんがメルルちゃんの持ち物を調べた時も、彼、すごく取り乱してて……」
「二階堂、そんなことまでしてたのかよ。よくやるな……」
「……レインくん、トレデキムがどこにあるか知らないかな?」
「は? いや、律儀に教えてくれるわけ……っておい、佐伯!」
ミリアは小走りでレインのもとへ向かう。レインもミリアに気付いたようで、暗い瞳を彼女へと向けた。
「ね、ねえレインくん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「……」
レインはすぐに視線をメルルへと戻す。構わずに、ミリアは彼へ尋ねた。
「トレデキムがどこにあるか、知ってたりしないかな? おじさん、どうしても必要で……」
ミリアの声を聞いているのかいないのか、レインは反応を返さない。寒さに耐えかね、ミリアが諦めて踵を返そうとしたその時。
「自決用かい」
短く、小さな声でレインは尋ね返した。
「……!」
「いや、そうだろうね。ここに運ばれてきた遺体の数は把握してる。残っているのは君たちだけ。二人で来たなら、それは相手を殺すためじゃなくて自決のためだ。……生憎、知らないよ。僕が把握していたのはあの金庫にある分だけだ」
「……そうかよ。邪魔したな」
追いついてきたアリサが、ぶっきらぼうに礼を言った。冷凍室を去る前に、ミリアは振り返り言う。
「レインくん。よければ今度、娯楽室に来てよ。一緒に映画でも見ない?」
「佐伯、お前……」
「せっかく映画を見るなら、少しでも大人数の方が楽しいと思って。立場は違うけど、同じ場所で生活してるんだし。あ、も、もちろんアリサちゃんが嫌がるならおじさんとレインくんの二人でってことにするから……!」
「……別に嫌とは言ってねえよ。黒幕側つっても、最初の事件からずっとここでこうしてるみたいだしな。過去はともかく、ウチらは正直、何もされてねえし」
そう言って、今度こそ冷凍室を去る二人の背中に、レインは小さく呟いた。
「……眩しいねえ。君たちは」
次の日から──レインは、二人のトレデキム探しに協力するようになった。トレデキムは厳重に保管されていたもので、そう簡単には見つからない。それでも三人は、根気よく探し続ける。
それだけではない。誘いがあれば、彼は二人と一緒に映画を見るようになった。少女たちの牢屋敷での生活が始まった頃とは異なり、彼は非常に言葉少なだった。それでも、娯楽室で過ごす彼は小さな笑みを浮かべていた。
ある日。二人とともに、牢屋敷では数少ないアクション映画を見ていたミリアは、ふとあることを思いついた。映画を見終えると、ミリアは二人を連れて地下牢へと向かう。
「レインくん、地下牢の壁や床下って見れたりしないかな? ほら、さっきの映画で壁を掘ってものを隠してたでしょ?」
「そういや、お前ウチらに遠慮してこのへんには近寄ってなかったな。まだ探してなかったか」
「……まあ、君たちが良いなら。いない子たちには悪いけど」
そうして、レインは各部屋を調べていき。最後の一部屋、かつて氷上メルルが使用していた房で。
「……あった」
恐らくは、運営である彼女が万一の奥の手として隠していたのだろうそれを、ついに見つけたのだった。
「本当!?」
「……! 倉庫から、床壊す道具探してくる! 待ってろ!」
駆け出すアリサ。ミリアはレインとハイタッチしようとして、空振った。
「ありゃっ、そ、そうだったそうだった、レインくん触れないんだった……」
バランスを崩して転びかけるミリアの姿に微笑みつつ、レインは呟いた。
「……間に合って良かった」
「!」
ミリアはもちろんのこと。レインもまた、気付いていた。アリサの魔女化は、この数週の間もじわじわと、しかし確実に進んでいることに。
「……間に合ったのは多分、レインくんのおかげだよ」
「僕?」
「うん。レインくんは、触れられないし燃えない。アリサちゃんからしたら、絶対に自分が傷つける心配のない相手だから」
「……ま、それもそうか。こんな僕でも、誰かの役に立てるなんてね」
レインは大きく息を吐いて、天井を見上げた。
「……泣いてる?」
「雨だよ」
「ふふ」
やがて、アリサがハンマーを持って戻ってきた。床を破壊し、隠されていた小箱の中身を手に取る。
「これが……」
やや銀色の、一見してただの色水のようにも見えるそれを、アリサは軽く揺らした。
「……なあ、佐伯、レイン。明日、映画見ないか」
いつもの、何気ない誘いのように口にしたそれの意味を、二人は理解している。
レインは少し視線を背けて、それからアリサの目を見て言った。
「───氷上」
「え?」
「氷上ウルル。僕の、本当の名前。アリサちゃんは、苗字のほうが呼びやすいみたいだし」
「氷上、って……」
「じゃあお前、氷上、あ、ええと、氷上メルルの……」
「うん。あの子は、僕の妹」
「そっか。それは、大切だよね」
「……ありがとな。教えてくれて」
「いいよ、僕がそうしたいと思っただけ。それよりさ、明日、何見ようか」
「全部見ようよ。娯楽室にあるの、全部!」
「佐伯はホラー苦手だろ」
「アリサちゃんも苦手でしょ? 僕は気付いてるからね」
「うるせえな」
「確かに苦手だけどさ。全部見たいって、おじさん思ったんだ。明日はいっぱい、楽しい時間を作ろうって」
「……そうだな。良い時間に、ウチもしたい」
「僕は勿論良いよ。楽しみにしてる」
──次の日。三人は片っ端から、娯楽室の映画を見た。それは世にありふれた馬鹿騒ぎのように、賑やかな時間だった。
そうして、その夜。佐伯ミリアと紫藤アリサは乾杯した。人生に。出会いに。友情に。別れに。
「……また、置いてかれちゃった。幽霊だしねえ」
はは、と。氷上ウルルは、寄り添って瞼を閉じた二人を眺め、笑った。
■最終章幕間
世界から魔女因子が消えた翌日。
牢屋敷の森に、少女たちは小さな墓を作った。立てられたありあわせの板材には、三人分の名前が刻まれている。
墓に最初に手を合わせたのは、二階堂ヒロと桜羽エマ。続いて、佐伯ミリアと紫藤アリサ。
「……私が戻った後。彼が二人の傍に居てくれて、本当に良かった」
サバトにおいて、【入れ替わり】の魔法の暴走により、彼女たちは異なる世界、異なる人物の記憶をいくらか垣間見ている。ヒロにとって、自身が自殺した後残されたミリアとアリサのことは小さくない心残りになっていた。
「うん。おじさんも、そう思ったのを覚えてる」
「向こうのウチらがちゃんと終われたのは、あいつのおかげだ。……あいつも、ちゃんと終われたのは、多分良かったんだろうな」
「きっと、ううん、絶対幸せだよ。ユキちゃんと、メルルちゃんと一緒なんだもん」
「そうだな……そうだろうな。月代のことは、桜羽と二階堂の記憶で少し見たっきりだけど……氷上のことは、前のウチが良く知ってる。少なくとも、あいつの優しさは本当だった」
兄妹の話題が出たことで、ヒロの表情が曇る。
「必要なことだったとはいえ……メルルとウルルには、申し訳ないことをした。彼がそれなりに話の通じる相手だと分かっていれば……いや、言っても仕方がないか」
「大丈夫だよ、ヒロちゃん。お墓参りって、そういうことを謝る機会でもあると思うから」
「……そうだな、ミリアの言う通りだ。決めたよ、私は必ず毎年この墓に手を合わせに戻ってくる」
「っとに真面目だなお前……」
少しばかり、四人は眠る三人の話題に花を咲かせ。また来る、と墓前を去って行った。
牢屋敷の黒幕であった、三人の少年少女。彼女たちを弔おうという人間は、ひどく少ない。彼女たちのいくらかの記憶とその最期を見た十二人の魔女候補と、かつて築いたメルルやウルルとの親交を手放さなかった過去の魔女候補がほんの数人。
けれど。その数少ない少女たちは、決して三人のことを忘れることは無く。その墓前には、いつでも美しい供花があった。
■余談
ミリア「前のおじさんがウルルくんから聞いたんだけど、ウルルくんの体は気持ちとイメージで動いてるからため息をついたり涙を流したりできるらしいよ。ものに触れないのに歩けるのも歩くことのイメージをしてるからなんだって」
アリサ「あと、あの派手な服は大魔女が魔法で霊体に固定したらしい。ウチらの服が氷上が月代向けにデザインしたものなら、アイツの服は月代謹製だったわけだ」