さりなちゃんと藍斗くんとの関係はずっと続くと思っていた。
いや、さりなちゃんの病気を考えたらそんなことはないとわかっていたのに私雨宮五月は見て見ぬふりをしていたと思う。
終わりを迎えたのは年を越して少ししてだった。
その日も私は研修をさぼってさりなちゃんがいる201号室の病室へと向かっていた。
時間的にはすでに藍斗君も到着しているころだろう。
さりなちゃんの兄である彼のことを思うとどこか胸の奥がそわそわする。
年齢にそぐわない落ち着き、整った中性的な顔、腰まで届く長い黒髪、長身で細めだがしっかりとした体、医学も理解しているとんでもない頭脳。
高校生に差し掛かるころにはすでに青年として完成しているように見えた。
(私ってそんなに面食いお年下趣味だったかなぁ)
ただ、彼の成長に反比例するかのように彼は体調を崩していった。
さりなちゃんにはばれないようにしていたが何回も倒れ点滴を受け、顔色の悪さは濃い化粧をしないと隠せないほどになっていた。
一度どのような生活をしているのかを聞いたらさりなちゃんに話さないことを条件に医者である雨宮五月に教えてくれた。
ここ数年まともに睡眠をとらず薬で無理やり体調を整え、勉強をしたりお金をかせいだり、医療研究について調べたりしていたらしい。
何故か、とは聞かなかった。
『退形成性星細胞腫』
さりなちゃんを蝕む病を治す方法を探していたのだ。
結果は、誰も幸せにならなかった。
彼はただ自分の寿命を犠牲にさりなちゃんを助けられないという現実を突きつけられた。
彼は家のお金の一部を元手に株や投資、企業コンサル等で一般人の生涯年収を優に超えるほどお金をかせぎ、かせいだお金は最先端の研究機関への出資をしたり病院の機器の更新のために寄付へと使われた。
それが功をなすことはなかった。
医学の勉強をしていた彼にはわかってしまったのだ。
すでに弱っているさりなちゃんの体力が持たず新たな治療法が見つかっても間に合わないと。
(辛いな)
この仕事をしていく上で飲み込まなければいけないことだとは言え、これに慣れることはないだろうと思った。
さりなちゃんの担当医である藤堂先生からは『あまり入れ込みすぎると、つらくなるぞ』と言われていた通りのことが起きてしまった。
無意識に手を握り力が入ってしまう。
「ん?」
いつの間にかさりなちゃんの病室の近くついていたのだが部屋の中からライブや音楽の音ではなく聞いたことがない荒げた声が聞こえてきた。
「どうせお兄ちゃんも私のことなんて面倒に思ってるんでしょ!」
聞こえてきたさりなちゃんの声に驚きわたしは慌てて部屋の中に入った。
ベッドの上で涙をながし息を切らしながら横に座る藍斗君をにらみつけているさりなちゃんが目に入った。
「ど、どうしたのさりなちゃん!?お、おちついて!?」
「せんせは黙っててよ!」
「っ」
なんとか止めようと思い声をかけるがさりなちゃんの気迫に押され思わず止まってしまう。
ここまで感情をあらわにしたさりなちゃんを見たのは初めてだった。
「お母さんもお兄ちゃんも私が早く死ねばいいって思ってるんでしょ!だから治療も変わったんでしょ!」
さりなちゃんの言葉に思い当たることがあった。
最近さりなちゃんの治療方針が変わり治療から緩和ケアへとシフトしていた。
そう、末期患者へと行われる人としての尊厳を守る方針へと。
「ライブまで生きられないってわかってたくせに変な希望持たせないでよ!何が妹よ!血がつながってないくせに!私のことを憐れんでるだけでしょ!わかってもいないくせに変な同情しないでよ!お兄ちゃんのことなんか嫌い!大っ嫌い!!もうどっかいってよ!」
「さりなち」
「いいんです。先生」
いくら兄妹間のこととは言えあまりにも言ってはいけないことを言ってしまっているさりなちゃんを止めようと口を出そうとしたところで藍斗君に手で静止された。
その表情はあまりにも寂しげで彼の真っ黒な瞳はどこまでも悲しげだった。
「ごめんな。さりな」
彼はそれだけ言って立ち上がり病室を出て行った。
慌てて追いかけようとしたけど彼は顔を横に振ってさりなちゃんのほうを見た。
「さりなを見てあげてください。俺は患者じゃないですから」
私だけ聞こえる声でそういうと彼はそのままいなくなった。
それを黙って見送ったさりなちゃんは息を荒げたままさらに大粒の涙を流して両手で顔を覆った。
「う、うあああぁぁっ!ああああぁっ!ごめ、ん、なさい!ごめんなさいっ!」
先ほどの怒りとは打って変わって彼女からは出てきたのは謝罪だった。
私はベッドのそばに行き彼女が落ち着くまで震える彼女の背中を撫で続けた。
「さりなちゃん、どうしてあんなことを」
しばらくして落ち着いたさりなちゃんに問いかける。
事情を知らないとはいえあれは言ってはいけないことだということはわかった。
「ぐす、だ、だって」
さりなちゃんは鼻をすすり、収まってきた涙を袖でごしごしとこする。
「このままだと、お、お兄ちゃんし、死んじゃうんでしょ!」
言葉に出してまたつらくなったのか収まりかけた涙がまたあふれてきた。
「ぐす、すん、私、し、知ってるもん。わた、私の為に無茶してるって」
その言葉にあまりにも心当たりがあった。
家族のためとは言え異常なほどの献身。
時間のほとんどをさりなちゃんの為にささげている。
そんな生活を送れば体を壊す。
そして、彼はそれを薬でごまかして無理やり動いている。
そうすればどうなるかなんていうのは言うまでもない。
「ま、まさかさりなちゃん!」
先ほどのやりとりを思い出す。
彼に辛辣な言葉を浴びせたかと思えばいなくなった瞬間の謝罪。
「わざと藍斗君に嫌われようとしたの?」
それを聞いて彼女はより自覚したのか真っ赤になった瞳から大粒の涙がされにあふれてきていた。
「私、もう死ぬもん!だったらお兄ちゃんには幸せに生きてほしい!」
「さりなちゃん・・・」
「嫌いなわけないよ!大好きだよ!」
本当に届けたい思いはその相手には届かない。
相手を思う愛から導かれたあまりに悲しい嘘だった。
それでもその嘘を言うのが彼女にはあまりにもつらかったようだ。
「せんせ、少し、一人にさせて」
「う、うんわかった」
私は彼女の要望通り部屋を出て扉を閉めた。
中からはすすり泣く声と謝罪がずっと聞こえてきた。
「つらいなぁ」
相手を思いやるからこそ相手を傷つけてしまっている。
わかっているのに、それに何もできない自分がどこか情けなく感じた。
気が付けば私の頬を涙が伝っていた。
なんか、展開を考えたらさりなちゃんが暴走したんです!
嘘じゃありません!
だから幸せにしなければなりません!