天童寺兄妹の喧嘩から2週間ほどたった。
その間藍斗君は病院には来ていたがさりなちゃんに面会することはなく経過を聞くだけで、さりなちゃんは落ち込みながらも落ち着きを取り戻し始めたが、体調の悪化が加速しベッドから起き上がることができなくなっていた。
そして、その日は来てしまった。
その日の業務を終え家に帰りうとうととしていると日付が変わる少し前ぐらいに藤堂先生からすぐに病院に来てほしいとの連絡がきた。
それだけで何が起きているのかを想像するには十分だった。
土砂降りで雷がなるなか急いで病院につくと憔悴した藤堂先生が待っていてくれた。
「数時間前にさりなちゃんの容態が急変した。できる限りの処置はしたが、以前生死の境をさまよっている。今夜が峠だ」
告げられた言葉に頭が真っ白になった。
どうしてあの子がそんな報われない最後を迎えなければいけないんだ。
悲しみと怒りで思わず手を強くよぎってしまう。
「そ、そうだ藍斗君に連絡を・・・!」
そこまで言って思い出した。
今日の昼に彼は東京に行き帰ってくるのは明日の昼すぎだと言っていたことを。
その間、私にさりなちゃんを頼む、と。
「そうだ、親御さんは?娘がこんな状態なんだから早く合わせてあげないと」
「それが」
先生の横にいた看護師が口を開いた。
なんでもはずせない予定があり顔を出せない、と。
それを聞いて全身の血液が沸騰するかのような感覚が全身を襲った。
「さりなちゃんはお前によくなついていた。最期はお前がそばにいてやれ」
藤堂先生に言われて全身をめぐる怒りを吐き出す機会を私は失った。
「つらい経験だが、医者ならば誰もが通る道だ。あまり気を落とすな」
「・・・はい」
藤堂先生はそれだけ言うとその場からいなくなった。
感情の行き場を失った私はとぼとぼとさりなちゃんの部屋へと向かった。
部屋の中で眠るさりなちゃんは半日前の元気な様子とは雲泥の差があ酸素呼吸器やほかの機械のコードが体から伸びていた。
私はベッドの横の椅子に腰を掛けた。
「・・・せんせ?」
座った時の音で気が付いたのかさりなちゃんは目を覚ましこちに目線を向けてきた。
さりなちゃんは震える手で酸素呼吸器を外すとにこりと微笑んだ。
「わたし、もう、もたないんだよね?」
目を覚ましてすぐなのに私より彼女は現状を把握していた。
「そんなことない!こんな病気すぐに治って!ライブに行ってアイとおしゃべりできるようになるんだから!」
自分でもわかるほどつたない嘘だと思った。
それがわかったのか彼女は小さく笑った。
「せんせ、嘘下手すぎかなぁ・・・」
「そんな嘘だなんて」
「嘘をつくならもっと愛情を、こめないと」
愛情のある嘘、それはこのさりなちゃんが藍斗君についた嘘。
「そうだ、せんせにこれあげる」
さりなちゃんは震える手をグッズのおかれたサイドテーブルに伸ばし、そこに置かれているものをつかむと私にわたした。
それは『アイ無限恒久永遠推し!!!』とかかれたアクリルキーホルダーだった。
「せんせはわたしの、推し活弟子、だから、布教、よろしくね」
「それは責任重大だなぁ」
なるべく軽い口調で答えるがどうしても声が震えてしまう。
こんなちいさな子が自分の運命を受け入れて可能な限りやり残しがないようにしているのを見て自分が情けなくなる。
「・・・よね」
「え?」
ぽつりとつぶやいた彼女の言葉をわたしは聞き取れなかった。
それまで笑顔を浮かべていたはずのさりなちゃんの表情が少し歪み目に涙が黙っていた。
「お兄ちゃん、来てないよね?」
それは確認ではなかった。
声色があまりにもそれ否定してほしがっていた。
返答に困っていると状況を理解したのかさりなちゃんはゆがんだ笑みを浮かべてたまった涙が頬を流れた。
「そっか、そうだよ、ね。お兄ちゃんを傷つけた悪い子、だも、んね。会いたくないよね・・・ううぅ」
気丈にふるおうとしたのに涙が止まらないようだった。
覚悟していたはずなのに、その場面になり覚悟が揺らいでいる。
と、その時廊下のほうから誰かが走る音が聞こえてきた。
そして、それはこの部屋の扉をあけて入ってきた。
Side Sarina
涙で視界がゆがむ中視界に入ってきたのは私が待ち望んだけど、望んではいけない人物だった。
「さりな!」
「お、にいちゃん?」
入ってきたのは普段の様子とは全く違う全身ずぶぬれで息を切らしているお兄ちゃんだった。
そこまで焦っている彼の様子を見るのは私は初めてだった。
お兄ちゃんはベッドのそばに膝立ちをすると私の手を両手で握った。
「あ、ああぁ」
それだけで私は限界だった。
雨にでも打たれたのか普段より冷たい彼の手は私を包むほど暖かかった。
涙が止まらなかった。
「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「お前は何も悪くない!優しい俺の妹だ」
謝れないと思った。
妹だって、言ってもらえないと思った。
もう、会えないと思っていた。
「さりな、俺はお前が大好きだ!愛している」
「うん、うん!わたしもだよぉ」
そういってお兄ちゃんは立ち上がり額を合わせて私の目の前でジッと見つめてきた。
「お兄ちゃんの、眼、きれいだなぁ」
ずっと見たかった夜空に輝く一番星がその眼のなかに見えた。
気が付けば私はそっと顎を上げてお兄ちゃんと唇を重ねていた。
1秒にも満たない時間だったがそれはこれまでの人生を超えるような濃厚な時間だった。
「えへへ、未来のアイドル様、のファーストキス、だよ」
まだある程度自由に動けたころに言った将来の夢。
アイちゃんにあこがれて抱いた夢。
「ねぇ・・・」
「なんだ?」
「私が16歳になったら、結婚してくれる?」
もう一つの夢。
その夢を抱いたのはいつだったろうか?
それが可能か調べたのいつだろうか?
兄と血がつながっていないことを喜んでしまったのはいつだろうか?
覚えていないがそれでも大事な夢だった。
「スキャンダル、だな」
「ふふ、そうだねぇ。アイドルと結婚」
「約束はしないが、手を出させてみろさりな」
あぁ、私の兄はなんてひどいのだろう。
今際の際だというのにこんな簡単な願いにもうなずいてくれない。
「じゃあ、今約束しないこと、を、後悔、させるから」
「ああ、待ってるよ」
「もう・・・限界かな」
なんだかものすごく眠い。
未練があったかもしれない。
それでもそれに気づけないほど今が満たされている。
「もし、生まれ変わっても・・・」
私は、きっとあなたを好きになるんだろうな・・・
ゴローちゃん(五月先生)は藍斗君が手を握ったときに空気を読んで部屋からこっそり出て行っているらしいっすよ