「こんなところに来てたんだね」
30分ほど前に雨宮先生から少し話がしたいと連絡があり、俺が今いる場所を告げると先生はすぐに来てくれた。
春にB小町がライブを行う大きめのライブハウス。
その中で俺はおいてあったパイプ椅子に座っていた。
先生も俺の横においてあるパイプ椅子に腰かけてこちらをみた。
「えっと、入っても大丈夫なの?」
「許可はもらっています。問題ありません」
先生から連絡がきた段階でもう一人来る旨は管理人に伝えてある。
「そっか」
それだけ言って先生は口を閉じた。
それから互いに何を言うでもなく少しだけ時間が過ぎた。
気まずいというわけでもなくただ今の空気で落ち着きたい、そのような思いが互いの心を満たしているのはなんとなくわかった。
そして、先に口を開いたのは先生だった。
「さりなちゃんの告別式、今日だよね?」
「ええ」
あの日、さりなはそのままその短い生涯を閉じた。
その最期は安らかだった、と思いたい。
「聞いたんだけど通夜にもでてないんだって?」
「・・・ええ」
どこか責めるような口調だった。
何故、とは思わない。
見舞いにもほとんど来なかった両親が最後の別れにでて、常にそばにいたはずの俺が最後の別れに出ないというのが理解できないのだろう。
俺自身もそれが正しいとは思っていない。
「どうしてか聞いてもいい?」
「さりなとは十分に別れの時間を過ごしました。ならあの両親にも最後くらい別れと向き合ってもらいたい。それだけです」
さりなは他の入院患者の親が来るたびにいつも寂しげだった。
俺がそばにいるときは特にそれを必死に隠そうとしていた。
だから最後くらいは親としてさりなと向き合ってもらいたい。
たとえ嘘だとしても最後くらい娘へと愛情を見せてもらいたかった。
それがさりなに言った『愛してる』の呪いに対する贖罪だと。
「本当は違う理由があるでしょ?」
無意識に思い浮かべた言い訳はその一言で一気に消えていった。
先生の瞳には確信の光が宿っておりそれがカマかけでないことを如実に表していた。
「藍斗君ならそんな理由であんな人達にさりなちゃんを任せない。いや、キミの場合なら任せたんじゃなくて、行くことができない、が正解かな?」
「・・・」
俺が答えることができず言葉に詰まっていると先生は立ち上がって俺のほうへきてそのまま頭を包むように俺を抱きしめた。
「私には聞くことしかできないけど、言葉にすることで区切りをつけられることもあるんじゃないかな」
優しい言葉に視界が少しゆがんだ。
そして、蓋をしたはずの言葉が胸の中からあふれてきた。
「聞いてください・・・先生」
Side Amamiya
「聞いてください・・・先生」
腕の中で藍斗君は口を開いた。
その声は普段から落ち着いている彼から聞いたことがないほど震えていた。
「あの日、俺はさりながもうもたないと、なんとなくわかってました」
あの日とはさりなちゃんが息を引き取った日。
その日藍斗君は珍しく私にその日の夜には自分がいないことを伝えてきた。
「だから俺は用事を入れて宮崎から離れようとしました」
だから、という言い方にひっかかった。
その言い方はまるでその時にさりなちゃんのそばにいたくない、そう言っているようだった。
そこまで言って震が声だけでなく、彼自身も震え始めた。
「酷い兄です。もう眼を開けない、あの星が輝く瞳を見れないという現実を受け止めたくなくて別れすらつげず逃げてしまった」
彼がいつも落ち着いていたから勘違いしてしまった。
彼女の死を受け入れていたのではなく、誰よりも怖がっていた。
それを理解して狂気ともいえる献身が腑に落ちた。
怖くて、どうしようもなくて、眠ってしまったら起きた瞬間にそれを迎えるかもしれない。
だから彼はほぼ眠らないであんな無茶な生活を送っていたのか。
「でも、あの日キミはちゃんと戻ってきた」
あの日は土砂降りだったからかなり無茶をして戻ってきたのだろう。
だから到着したときあんなずぶぬれで呼吸が乱れていたのか。
「ちゃんとさりなちゃんの最期に向き合った」
彼は彼女の死と向きあうのが逃げたくなるほど辛いと分かったうえで戻ってきた。
それはどれだけ勇気がいるだろうか?
生きていてほしいとそのために手段を探して無茶を続けた彼に対してのあまりにも無慈悲な現実。
「立派だよ」
「っ・・・先生」
彼の肩が震え嗚咽が漏れる。
それからしばらく彼が落ち着くまで私は彼の背中を撫で続けた。
あの日涙も見せず気丈にふるまい続けた彼の泣いている姿が誰にも見えないように抱きしめながら。
「お見苦しいところお見せしました」
「ううん。私は何も見てないよ」
彼が落ち着いたので、私はもともと座っていたパイプ椅子に腰かけた。
先ほどまで思い詰めていた彼の表情はどこか憑き物がとれたかのように少し気が楽そうだった。
「それで葬儀のほうはどうするの?」
「・・・やはり参列はしません」
「そっか」
改めて先ほどのこと聞き直したけど結論は変わらなかった。
ちゃんと吐きだしたうえでの結論ならきっとそれでいいのだろう。
「じゃあ、私は病院にもどろうかな。サボってここにきてるのばれたら大変だし」
これまではどこにいるか分かっていたらから多少お目こぼしがあったけど、さすがにここにきているのがばれたらまずい。
それを聞いて藍斗君はあきれた表情を浮かべた。
「わざわざ来たのだから非番かと思ったのですがね」
「う・・・」
「病院には俺のほうから無理に来てもらった旨を伝えておきますよ」
「え?」
すごい提案だけど、一患者の家族が呼んだからといってそれが通る物なのかな?
と、考えているとそれが彼にもわかったのか微笑んだ。
「ご存じかわかりませんが、俺あの病院には結構寄付をしていたんですよ。少しでも環境が良くなればいいと思いましてね」
「は、はぁ」
「そんな相手に融通利かせないわけにはいかないでしょう?」
そういわれて改めて目の前の人物がとんでもない人だということを思い出させてくれた。
というか、本当にどれだけ稼いだのだろうか?
「じゃ、じゃあお言葉に甘えてお願いしちゃおうかな」
「ええ任せてください。今日はありがとうございました」
彼は立ち上がって頭を下げるとまたパイプ椅子に腰を下ろした。
「あれ?藍斗君はまだここにいるの?」
「ええ、まだ少し用事があるので」
てっきり一緒に外に出るとおもったのだが違ったようだ。
じゃあ、先に帰らせてもらおうかな。
そう思い私は出口へと足を向けた。
その時ふと思ったことがあり足を止めて彼のほうを向いた。
「そういえばさ、どうして急に東京を行くのを中断して戻ってきたの?そんな急に心変わりするタイプじゃないよね?」
彼なら出した結論を改めて頭の中で議論しないだろう。
私の疑問に彼は少しだけ苦笑いを浮かべた。
「俺のことわかってますね。ええ、ある人物に戻るよう言われたんですよ」
「いい人だね」
私の言葉に彼は首を縦にも横にも動かさずあいまいな表情を浮かべた。
疑問が解消したので私は彼に別れを告げてそのままライブハウスから出た。
その際に少し小柄な女性と入れ違いになった。
帽子をかぶりサングラスにマフラーパーカーを羽織っている。
「ん~なにか私に用事でもあるのかな?」
「あ~すみません、つい」
思わずじろじろ見てしまい彼女は首を傾げた。
慌てて私が手を振って謝ると彼女はそっかとだけ行って中に入っていった。
彼女が藍斗君の用事の相手だろうか?
気にはなるけど詮索しないようがいいよね。
「さてと帰ろうかな」
藍斗君の説得がちゃんとうまくいって怒られませんように、と祈りながら私は車に向かった。
Side Aito
先生が帰るのと入れ違いで俺がここにいる用事の相手がきた。
その人物はあらかじめ用意しておいたパイプ椅子に腰かけると帽子とサングラスとマフラーをはずした。
「今日さっむいね。アイト」
「まあ1月だから当然だな。アイ」
B小町のセンター、星が輝く瞳を持つアイドルアイ。
名前を呼ばれて彼女は誰をも魅了する笑顔を浮かべた。