B小町センターのアイ。
その界隈ではすでに高い知名度を誇るアイドルでさりなや先生が最推しとしている人物だ。
そんな人物と俺の出会いはさかのぼること数年前になる。
元々俺が預けられていた施設に寄付をするためにそこに訪れた際に出会ったのがきっかけだ。
預けられている子供たちが遊んでいるのを遠目に見た際に一人だけ張り付けたような笑顔を浮かべておりそれが妙に目についた。
警戒心の強い心を閉ざした人間だと思っていたのだが俺が見ていることに気が付くその笑顔は一瞬で消え失せまぶしい笑顔になりこちらに走ってきた。
「わたし星野アイ!よろしくね!」
俺が何者かも聞かず彼女は手を差し出してきた。
苗字を聞いて握手に応じながら納得できた。
「俺のことは親に聞いたのか?」
それならば面識がないのにこのような態度をとってくれることに納得できる。
しかし俺の考えとは裏腹に彼女は首を傾げた。
「何のこと?お母さんと何かかんけーあるの?」
誤魔化そうという雰囲気ではなく、純粋に彼女は首をかしげていた。
それを見て俺は考え直しを迫られた。
苗字の件は俺の早とちりだったのかもしれない。
寄付に来るのは初めてでないから施設の人から何か聞いたのかとも考えたいが、あそこまで大きな態度の変化の説明がつかなかった。
「私はね、昔からアイトを知ってるよ?」
彼女はまだ名乗っていない俺の名前を言った。
いや、それに関しては複数回寄付に来ている関係で子供たちにあらかじめ通達している可能性がある以上おかしいとは言い切れない。
しかし、『昔から』というのが引っかかる。
この段階で俺の彼女への警戒心はかなり高い物となった。
それが態度に出たのか彼女は焦ったように手を振った。
「え、えっとね夢・・・そう!夢で会ったの!」
「そうか」
誤魔化しているようにも感じるがその言葉に嘘を感じられなかった。
ただ、本当のことは言っていない。
そもそも俺を知っていることを誤魔化したいならわざわざ俺に声をかける必要がなかったはずだ。
そこまで考えて俺は警戒を少し緩めた。
俺自身だって出所不明の知識がある状態で生まれているのだからそういうこともあるのだろうと納得するのは簡単だった。
「だが実際に会うのは初めてだな。初めまして俺は天童寺アイト。昔ここで世話になっていた」
「え・・・」
名乗ると今度は彼女のほうが困っていた。
「星野、じゃないの?」
不安げに彼女は聞いてきた。
やはり両親に聞いていたのか?と思ったが、さきほどの態度と矛盾する。
無理に納得するとしたら夢とやらで出会った俺が天童寺と名乗らなかったからだろう。
そして『星野』という苗字は俺の父親の苗字で俺が天童寺家に引き取られる前の苗字だ。
「今は違うな」
「そっか・・・で、でも、アイトよろしくね」
「ああ、よろしくアイ」
「うん!」
俺がそう言うと不安げな表情は消え、満面の笑みになり彼女の瞳に星が輝いたように見えた。
後で調べてわかったことだが俺の父親は俺を捨てた後に彼女の母親と結婚したらしい。
彼女は母親の連れ子であったため、一応形としては血のつながらない義理の兄妹ということになる。
それがわかってからはここに来るたび彼女の相手をするようになり、連絡先が知りたいといわれ交換した。
そして、彼女との関係が施設にいる形式上義理の妹から変わったのは初めて会ってから数年後のアイドルにスカウトされたという連絡が始まりだった。
やるなら勝手にやればいいと思っていたがその面談(面接ではないらしい)に一緒に受けてほしいとのことだった。
そんな時間はなかったのだがちょうど別件で近くに来ており心配事の一つがなくなり気分が少しだけよかったので行くことにした。
「はぁ・・・まさかこいつが呼んだのがアンタだったとはなぁ」
「それは俺も思っていたところだ壱護さん」
そこにいたのは面談を受ける予定のアイと、もう一人は金髪にサングラスとぱっと見はそっち系の人物斎藤壱護だった。
彼は俺を見ると頭を抱えて天を仰いだ。
俺たちとのやりとりにアイはきょとんとしていた。
「知り合い?」
「頭が上がらない人物連れてくるのは反則だろうが」
「いやそんなの知らないよ」
壱護さんが小言を言いたくなるのも、アイからしてみれば確かに知ったことではないのもどちらもよくわかる。
「二人はどんな関係なの?」
「どんなってか、なぁ」
「苺プロダクションの立ち上げに俺が出資しているだけだ」
そう、それが俺と壱護さんの関係だ。
2年半ほど前に俺の代理人で資産運用で世話になってる人を介して出会ったのが壱護さんだった。
壱護さんとの関係は昔からの知り合いでかなり仲が良く、なんとかしてあげたいが自分は個人的な理由では動けないからと俺に声をかけたらしい。
なんでも銀行からお金を借りられなかったから融資してほしいとのこと。
そこまで聞いて俺は事業内容と必要額を聞いて、その倍を出資した。
想定より少なく、その程度なら今後の運用に影響しないと判断したからだ。
それで代理人と彼に恩を売れるなら問題ない。
その後は地下アイドルのプロデュースがうまくいったらしくたびたびグッズやら送られてきた。
俺には必要ないのでそれはさりなに横流しした(喜んでくれた)。
そこからは妙にのめり込んでいったのは予想外だったが。
「とりあえず壱護さんのところなら問題ないだろう」
「ふ~ん、そっか」
「そ、そうか。ならさっそく契約書を」
「ちょっと待った」
と、早く話を終わらせようとする壱護を俺は手で制した。
「これは貸しだと思うがどう思う?」
「そうだよなぁ!」
壱護さんはまた天を仰いだ。
そう、ここでアイが首を縦にふるかどうかは俺次第。
それがわかっているからこそ彼は天を仰いだのだ。
素人目に見ても彼女は金の卵。
その瞳が指先が声が妙に目を引き付ける。
彼としては何としても手に入れたいだろう。
「まぁ冗談だ。勝手にしてくれ」
これ以上話すことはないと思い俺はさっさとその場を離れた。
その場を離れたことを俺は後悔すること、アイが俺の見えないところでにやりと笑っていたことを俺は知るよしもなかった。