この作品は非公式の二次創作小説です。実際の人物、団体、事件とは一切関係ありません。また、物語の進行上、実際のゲーム内容とは異なる演出や、世界設定の捏造が含まれます。あらかじめご了承ください。
太陽が眩しく照りつけるバンカラ街のバトルロビー入口。この地にバトルの中心が移転してから四年が経つが、相変わらずロビー前の広場には、バトルやバイトに明け暮れる大勢の若者たちが、今日も最高にイカした仲間と楽しげに過ごしていた。
「っはぁ〜疲れた! やっぱお前強いわ。久しぶりにガチエリアでめちゃくちゃ連勝したぜ! ありがとな!」
「どういたしまして。ウデマエポイントもいい感じに稼げたし、今日はまぁまぁチョーシよかったな」
ロビー近くのベンチに座るボーイが二人。彼らもたった今バトルを終えたようで、滴る汗を拭きながらスポーツドリンクを一気に流し込んでいた。流行りのギアを身に纏ったイカボーイが、隣でナマコフォン片手にギア構成を模索する友人のタコボーイに話しかける。
「そういえば、これ知ってる? バンカラマッチに現れる“最恐”集団!」
「なんだそれ。また3.9ギア使いが増えたのか?」
タコボーイは怪訝な表情でナマコフォンを閉じ、隣へ視線を移した。人気配信者たちが面白おかしく紹介する狂ったギアや立ち回り、魅せプレイ、最強と称されるブキ。それらを真似する輩などとはもう見飽きるほど対面してきた彼にとって、それはどうでもいい退屈な話題だった。彼が好きなのは、どんなプレイヤーにも当てはめられるお手本プレイやブキのメンテナンス方法だけである。
「ネタじゃねぇよ! 本気でガチのやつ! 噂じゃ負け知らずで全員のXPが3000超えなんだとか」
「お前……そういうのホント好きだよな。仮にマッチングしたらどうすんだ?」
「あ? そりゃあ……」
不敵な笑みを浮かべ、使い古されたリュックサックから出したスプラシューター。それを真っ直ぐ天に掲げながら、イカボーイは宣言する。
「ボッコボコにしてノックアウト勝利してやるに決まってんだろ!!!」
人前も気にせず豪快に笑う友人に肩をすくめたタコボーイ。その顔には諦めと闘争心が混ざり合って現れていた。
「はっ……まったく、昔から勢いだけはいいな。そうだ! せっかくだしもう一試合するか。その“最恐集団”様とやらを俺たちの手でインクまみれにしてやろうぜ」
タコボーイがブキケースからスプラマニューバーコラボを取り出し、くるくると回してみせる。
「よっしゃあ! 絶対勝つぞ〜!」
威勢よく立ち上がったボーイ二人は、再びロビーへと足を踏み出した。
「疲れてるからって甘えんなよ!」
「お前もな!」
友人との一時的な別れと激励の言葉を交わし、いつも通りのマッチメイクを終えたタコボーイ。イカスポーンの中、冷えた自チームのインク内をイカ状態で漂いながら、彼は画面に表示された各プレイヤーのネームプレートを眺めていた。
相手チームは4人ともふざけた絵文字を縦一列に並べていた。どうせ遊びでバトルしにきたアマチュア集団だろう。彼は鼻で笑った。相手のぎこちない攻撃をスライドでかわし、華麗にキルを取る光景が目に浮かぶ。到着を知らせるアラーム音と共に彼はヒトに変わり、イカスポーン上に跳び乗った。
試合の開始直前を知らせるジングルの重低音。乾いた風は各々が握りしめたブキを撫でていく。ステージ「ユノハナ大渓谷」を囲む、煙突のように隆起したいくつもの奇岩。かつて海底にあった熱水噴出孔が地殻変動で地上に現れたものらしい。彼は手慣れた動作で相手と自分のブキ編成を確認した。味方はトライストリンガー、バケットスロッシャー、友人のスプラシューター、そして自分のスプラマニューバーコラボ。対する相手はバレルスピナー、ホットブラスターカスタム、.52ガロン、カーボンローラーデコ。編成事故ではないが特に特筆すべき点もない。少なくともネタ集団でないことは確定したので後は相手の力量しだいだろう、と冷静な分析を終わらせた彼は息を吐いて再び愛銃二丁を構え直す。
Ready……?
並んで止まった四つの着地点。開始合図の直前、彼はふと友人の顔へ視線を向ける。そこにあったのは、いつもの熱血的な雰囲気をまといながらも、どこか怯えを隠しきれない引きつった笑みだった。
GO!
開始合図で射出された衝撃が、違和感に支配されかけていた彼の脳を揺さぶる。友人の些細な異変に動揺して初動を失敗するわけにはいかない。着地と同時にカーリングボムを投げ、中央のエリアへ急ぐ。
ガチエリア確保した!
味方のトライストリンガーが相手のバレルスピナーを牽制している間にエリアを塗る。彼の前方には、.52ガロンを持ったマッシュのイカボーイが友人と対面していた。まだこちらには気づいていないだろう。そのまま目の前にインクを塗り拡げ、対面を仕掛けようと距離を詰めたとき、真横からいきなり影が迫った。
「とりあえず一人目〜」
戦闘の雰囲気とはかけ離れた朗らかな声色に、思わず彼の足が止まってしまう。至近距離に迫ったアシンメトリーのイカボーイがローラーを振り下ろし、彼は抵抗する間もなく押し潰された。
カーボンローラーデコにやられた!
くそっ、先にクリアリングするべきだったか。リスポーン地点へ送られながら彼は悪態をついた。気持ちを切り替え、復帰時間で他プレイヤーの動向を確認することに意識を集中させる。そこには、またたく間に崩壊する前線の様子があった。
カウントストップされた!
ガチエリア確保された!
カウントリードされた!
その後も一気に劣勢へ押しやられていく。相手のモヒカンタコボーイが放つ、ホットブラスターカスタムの直撃音。一切のブレを感じさせない.52ガロンの射撃。神出鬼没のカーボンローラー。難攻不落のバレルスピナー。減り続ける敵チームのカウント。復帰したと思えばまたすぐに消えていく味方。
彼は見誤っていた。あの、一見ふざけているようにしか見えない馬鹿らしい絵文字が並んだネームプレートを。ブキ編成を。プレイヤーを。
上位勢なら誰もが知っているその“最恐集団”の名前を。
Finish!
終了合図と共にその場へ崩れ落ちたタコボーイは、自陣高台からこちらを見下ろすタテロールのバレルスピナー使いへ、降参と称賛の笑みを浮かべるのだった。
「ふぅっ、今回も楽勝だったな。なぁアイ」
ロビーのロッカールームで.52ガロンをブキケースへしまうイカボーイ。その目線の先には、バレルスピナーの銃口を眺めるタコガール、アイがいた。
「さっきの試合は敵の動きが甘かった。勝って当然よ。あとヨシ、貴方はそろそろキルした後に観戦カメラへキメ顔する癖をやめなさい。後でメモリープレイヤーを見返す際のノイズでしかないわ。煽り行為で通報されて出禁になりたくないのなら、次からはやらないことね」
彼女は琥珀色の瞳でレンズ越しに彼を睨みながら、マルサンSV925を頭上へ上げる。
「わかってないなぁ、ファンサだよファンサ! あ! ねぇねぇそこの君!」
ヨシは悪びれもせず、ロッカールームに入ってきた、先ほどのトライストリンガー使いのタコガールへ声をかけに行った。
「っわ、私ですか?」
挙動不審気味でヨシを横目に眺めていた彼女の身体が一瞬固まり、ぎこちない動作でヨシの方を見る。
「さっきの試合、ずっと僕のこと見てたでしょ?」
その言葉を聞いた途端、ガールの顔が耳まで真っ赤に染まり、持っていたトライストリンガーをぎゅっと抱きしめながら後ずさった。それも気にせずヨシはにじり寄りながら言葉を続ける。
「もしかして僕のファン? 嬉しいな。いやぁ~曲射で一確当てられたときはびっくりしちゃったよ。対戦ありがとね」
手慣れた動作で片手を握るヨシ。彼女は今にも泣き出しそうになりながらも、優しく握られた手と彼の顔を交互に見て不器用に笑った。
「あっあの、ヨシさんのこと、前から応援してました……! そ、それで……!」
必死に言葉を紡ごうとする彼女を遮るかのように、アイの咳払いがロッカールームに響く。
「ヨシ、ラクとアングスが戻り次第、今日の反省会をするわよ。ナンパをするならその後で、そして私の十メートル圏外でやってちょうだい」
「あぁ、ごめん。はい、これ僕の連絡先。六時ぐらいには終わるから、電話していいよ。今日は空いてる。じゃ、またあとでね」
胸元から取り出した名刺を、静かにトライストリンガーのリール部分へ差し込む。彼女は声にならない悲鳴と頷きを繰り返し、全力疾走でその場から立ち去った。その後ろ姿を名残惜しそうに見ているヨシ。アイはソファーへさらに深く腰掛けた。いつもの、そして何の生産性もない戯れに、彼女の口からは思わずため息が漏れ出る。
「野暮用は済んだかしら」
「もちろん。さぁ、今日はどんなダメ出しを食らうか楽しみだ」
彼はヘラヘラと笑いながら無造作に彼女の隣へ座る。その直後、ロッカールームの自動ドアが開き、二人のイカタコが入ってきた。
「みんなおつかれ〜! 見て見てこれ〜広場にキッチンカー来てたからアングスくんと一緒に買ってきたんだ〜。みんなで食べよ〜」
満面の笑みでアシンメトリーのゲソを揺らしながら入ってきたイカボーイ。その背中には、カーボンローラーデコが入っているであろうケースが背負われている。ラクはカラフルなドリンクと共に大きなゼリーをプレートに乗せ、ゆっくりとテーブルへ置いた。
「お~さすがラク! 気が利くなぁいい子だぞ〜」
「でしょ〜? これぜ〜んぶアングスくんの奢りだけどね〜」
ラクはヨシから雑に頭を撫で回されて嬉しそうにしつつ、ワンテンポ遅れてテーブルへ来たアングスの顔色を伺っている。眉間にシワを寄せたモヒカンのタコボーイは、舌打ちをして目を逸らした。
「オレはアイ様のために買うつもりだったんだ。こいつが『え〜? みんなで食べた方が百倍おいしいよ〜?』などと駄々をこねたから仕方無く全員分買っただけだ。勘違いすんなヨ」
それを聞きながら水色のゼリーが乗った皿を手に取るアイ。それは清涼感のある水色のゼリーの中に、イカやタコ型にくり抜かれたフルーツが閉じ込められている実に可愛らしい品だった。
「あら、美味しそうじゃない。気が利くわねアングス」
「オ、オウ……」
そっぽを向いて後頭部を掻くアングスを見て、既にドリンクの一つを飲み始めていたヨシが盛大に吹き出した。
「ぶははっ何恥ずかしがってんだよ! よっ、奴隷根性!」
「黙れチャライカ! “奴隷”じゃなくて“護衛”! 何度言えばわかる! オレは良家の出であらせられるアイ様の誇り高き護衛ダ! 二度と履き違えるなよ!」
ヨシは自業自得で胸ぐらを掴まれたことも気にせず、顔を真っ赤にして怒るアングスへさらなる追撃を食らわせた。
「ちょっマジで照れ隠しにしか見えないからっあはははっ落ち着いてよ!」
「っ次間違えたら今度こそタコ殴りにして──」
「アングス、ヨシのつまらない軽口に乗らないでちょうだい。反省会の時間が延びてしまうわ」
「…………スミマセン」
ゼリーを食べながら頭を抱えるアイ。咎められて素直に手を放すアングス。急に支えが無くなり盛大に尻もちをつくヨシ。既にドリンクとゼリーを完食しソファーで微睡み始めたラク。
こうして、あまりにも混沌とした最恐集団の何の変哲もない一日が過ぎていった。
明け方の薄暗い青を反射した高層マンション。その一室で、ヨシは乱れた服装を整えながらベランダへ足を運んでいた。紫色のマッシュのゲソを澄んだ空気に晒し、どこか退屈そうな瞳をバンカラ街へ向ける。部屋のベッドで静かな寝息を立てるガールには目もくれず、彼がポケットから取り出したのはルアー型の小さなキーホルダー。少し塗装が剥げ、透明感のある水色を纏ったプラスチックを、ゆっくりと目の前に掲げて揺らす。
昨夜の熱はとうの昔に冷めきっており、彼はただ、その安っぽい飾りによって幼い頃の回想へ、深く深く引きずり下ろされていくのだった。
お読みいただきありがとうございます! 次回からはしばらく幼少期のヨシ視点でお送りします。お楽しみに。